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外伝
sideユークリッド_入籍、それから1/2
しおりを挟む広々とした応接間の中心で、ユークリッド、アレクシス、ランスロット、クリストファーの4人がソファに腰かけていた。
「殿下、結婚には準備というものがありますので…まずは婚約からされてはいかがでしょうか」
苦笑いしながら話すクリストファーに、アレクシスは苦い顔をして「籍だけでも先に入れられないものか」と食い下がった。
「あの…そもそも俺、男なのに王族と結婚しても大丈夫でしょうか…」
「アレクシス殿下は、第二妃の子息ですので同性婚はむしろ歓迎されるでしょうね」
「むしろ女性と結婚したら新たな火種になるからな。今まで結婚させられなかった、だ。」
クリストファーとランスロットの言葉にぽかんとして、アレクシスに目を向ければ「亡霊王子の噂も、都合がいいところもあったから放置していたんだ」と申し訳なさそうに笑っていた。
「籍を入れるのは問題ない…が、急ぐ理由はないだろう。」
「……兄上、先に婚約を発表したらユークの存在が全貴族に知れ渡ります。危険です」
「……えっ?」
俺の存在って危険だったの?って周りを見ると全員が深刻な顔をして黙っている。
(な、なんで…?子爵家そんなに問題ある家だった…?)
「俺、やっぱり結婚しない方がいい?」
「ユーク?!」
「アレクシスに迷惑かけるくらいなら、俺は」
続けようとしたらアレクシスの人差し指が唇に当たって止められた。
アレクシスが「結婚やめる」という言葉を心底嫌がって今朝方キスされた事を思い出して顔が熱くなる。
むに。と指で唇を軽く押されてから、先を促すように長い指が離れていく。
「………結婚やめません」
「そうだね」
「その顔もやめて…」
アレクシスの笑顔の中でも、なんというか、蕩けるというか、熱を感じるのは照れてしまう。
顔が真っ赤になっていると自覚して、両手で覆い隠した。
「……確かに、先に籍を入れるのも有効か」
「そうですねぇ。レヴァン侯爵家の養子になったことは情報統制したので、城外ではあまり知られてませんが…」
頷き合うランスロットとクリストファーに、何もわからないけど
とにかく俺はアレクシスと先に籍を入れる事だけは決定した。
そして。新たな問題といえば
「…………本当に、ごめんなさい。侍従服があるからいいやって甘えてました」
「まさか私服がひと揃えとはね…」
「私も侯爵家に連れて行った時に採寸くらいしておけば…」
ランスロットが入籍については進めてくれるということで、いつもの執務室に戻って来たはいいものの
俺は侍従ではなくなったから服を変えた方が…という話になった。
子爵家では、外出着が一着だけしか用意されなかった。
別に侍従になってから買うタイミングはあったんだけど…そこはまぁ、ほとんど休みの日に外出ってしなかったから…
(あと、なんとなく服屋入るの怖い)
この世界の服屋は、というか貴族は基本オーダーメイドだ。身体の隅々まで採寸されて、布を当てて、ボタンとか装飾品を選んで…
考えるだけでげんなりしてくる。
「兄上の子供達から借りることは出来るけど、……ユークの体格的に、子供の服を借りる事になるから…」
「……」
成人と子供では服のデザインが違う。アレクシスと並んだ時に夫夫と見られないのは困る。
流石に子供服は嫌だというのが伝わったらしい。アレクシスは苦笑いした。
「入籍はまだ公表していないから、しばらくは侍従服で我慢してもらって急いで採寸してもらおうか」
「はい…」
この時は、まぁいいよなって思ってた。侍従服好きだし。
でも、この判断が間違っていたのか
自分の服を用意してこなかった怠惰がちょっとした騒ぎを起こす事になる。
───数日後、庭師のじいさんと世間話を楽しんで、また来ますと挨拶して戻っている最中に事は起こった。
「くしゅっ」
くしゃみをして、ぽたぽたと水たまりを作りながら外を歩く。
(困ったな…このまま城の中に入るのは迷惑だよな…)
寒い季節が近付いているこの時期に、俺は頭からつま先まで水浸しになっていた。まぁ…トラブルが起きたのだ。
身体に布が張り付く不快感と、風が当たる度に冷えていく感覚に震えが止まらない。
「くしゅっ……さむい」
みっともないし、知ってる人にはあまり見られたくないから速やかに着替えたい。でも今は着替えがない。
…使用人棟に行って予備の侍従服を貰えないか聞いてみようか。
これじゃ仕事にならないし、問題なく着替えられるはず。
問題は、見つからないように使用人棟に辿り着くことだ。
(ほんと、筋力はつけた方がいいな。虚弱すぎて簡単に風邪引くし)
くしゃみを何度もしているから完全に隠れられるとは思っていなかったが、それでもユークリッドはそろそろと周りの様子を伺いながら歩いた。
「もうちょい…」
「───隠せないよ、ユーク。」
「……無理だったかぁ」
建物に身を潜めて使用人棟を覗き込むと、既に待ち構えていたアレクシスがまっすぐに捕捉してきたので大人しく両手を上げて降参のポーズをとる。
城内は多くの使用人が常に動き回っているのに、欺こうと考える事がそもそも間違いだったのだ。
「あのさ。誰がやったか特定しても罰は与えないで欲しいんだ。」
───王城内の浴室で、バスタブに背をもたれながら間仕切りの先で待っているアレクシスに声をかけた。
カーテンで出来た間仕切りだからアレクシスの姿はうっすらとシルエットが見える程度だが、あまり良い反応をしていない事はわかる。
「話す気はないと……噴水に落とされるなんて、嫌がらせの限度を超えているだろう」
「相手は俺がアレクシスと結婚してることを知らないんだ。ただの侍従のくせにアレクシスと距離が近いから、許せなかったんだと思う。」
自分が規律を乱す存在になってたことを自覚して、申し訳なさが心を刺す。
なんだかんだ、ランスロットともよく会ってるしヴィルヘルムにも会えばよく構われている。
そりゃ、贔屓だと思われるのも納得だ。
「確かに俺、王族とやたら仲良くしてるもんな…侍従頭のクリスさんも養父だし、面白くないって思う気持ちはわからなくも…」
何も知らない周りが見れば、子爵家の不要な三男が成り上がったストーリーだ。
「くしゅっ」
「ユーク、風邪を引いたんじゃ…」
「くしゃみだけだから、だいじょぶ…くしゅっ」
本当に鍛えなければ。俺の身体は弱すぎる。
バスタブから身を乗り出して、タオルを掴んだところで着替えの事を思い出した。
「…俺、侍従服濡れちゃったから下着はあっても他の着替えないや。外出着も仕立て直しに出しちゃったし…」
これでも成長期だから、服は時々お直しが必要なんだ。なんともタイミングの悪い…
「とりあえず私の服は持って来たけど…急だったから、これしか用意が出来なかった」
スッと間仕切りから腕だけ出して服が差し出された。
別に男同士だから見ないようにとか、そんなこと気にしなくていいような…と思いつつもお礼を言って受け取る。
装飾のないシンプルなシャツとズボン。鍛錬に行く時によく見る服だ。
なんだかんだ筋肉がしっかり付いているアレクシスの身体と俺の身体じゃ体格が違いすぎるが、ベルトとか駆使してどうにかなるか……?
「………うぅぅ」
「ユーク?なにか困ってる?」
「男としての敗北感を味わってる…」
「うん?」
アレクシスは頭にハテナが浮かんでいそうだけど、こちらには来ない。紳士だ。
……わかってはいたけど、ズボンの丈の長さが段違いすぎた。
引きずるなんてレベルじゃない。いくら引っ張っても足が出てこない。
というか全てが大きくて腕だって袖があまりまくってる。
手が出せないからシャツのボタンを留めるだけでも一苦労だ。
「うぅ。だめだー!これ一人で着れないや。アレク、助けてほしいー」
「わかっ、た……………うん」
ひょこっと顔を出したと思ったら固まって、少ししてまた動いたアレクシスはスッと切り替えたようにテキパキと俺の服を整え始めた。
アレクシスは時々ランスロットみたいな表情をする。
何を考えてるんだろう…とアレクシスの顔ばかり眺めていたら、眉間に小さな皺が寄った。
「ズボンの裾は出来る限り折り曲げたけど、歩いているうちに引っかかってしまいそうだね…」
「ありがと。やっぱり無理があるよなぁ。どうにかして侍従服の予備を借りた方がいいかも」
騎士の人に頼めないかな…と考えていたら、ひょいと抱き上げられる。それもお姫様抱っこで。
「な、ななな……なにしてんの?!」
「うん?今まで触れてたのに、急に恥ずかしくなった?」
「だって、これは違うじゃん!」
そのまま数歩歩いて、先程までアレクシスが座っていた椅子に降ろされて拍子抜けしているところに掛布でふんわりと包まれた。
布越しに温めるように肩を撫でる手からは下心とか一切感じさせない。
恥ずかしがっているのは自分ばかりで、間違いだったと内心反省する。
だってアレクシスの一挙手一投足を意識してしまうんだ。
「ひ、くしゅんっ、…っくしゅ……ふぁ」
完全に身体が冷えきってしまった俺はくしゃみが止められなくて、心配しないでって言いたいのに何も言えなくて。
「ユーク、くしゃみが止まらないし、今日はもう休もうか。部屋で温かいお茶を飲もう」
「うん…ありがと。ごめんな仕事の邪魔し、てっ」
言い終わる前に再び抱きかかえられる。掛布で巻くために一度降ろしただけだったらしい。
そしてやはり触り方に下心は感じない。…紳士なアレクシスに下心を感じることって、ないのかもしれない。
「…もしかしなくても、部屋までこの状態?」
「歩くのは危険だからね。誰にも見られたくなかったら、掛布で顔を隠したら大丈夫だよ」
「確かに…」
アレクシスに抱えられたまま、ごそごそと掛布を引っ張って顔を隠した。
変に意識して避けてるから、結婚する前より触れ合うことが少なくなったけど
アレクシスの安心感のある胸に頭を寄せるの、結構好きなんだよな。それに──
「──やっぱりアレクの匂いも、好きだな」
「…………」
無意識に口から出ていた言葉に、アレクシスの顔は赤くなっていたらしいけど
俺は何も気が付かず、ただ腕の中で揺られていた。
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