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外伝
sideユークリッド_入籍、それから2/2
しおりを挟む「熱がある。」
「ない。これくらいなんともないから」
入籍はしたものの、部屋の用意には時間がかかると言われた俺は
今もアレクシスの部屋の続き間で暮らしている。
まぁ小さなベッドは落ち着くし、アレクシスは一緒にベッドで寝たそうだったけど……それは、早いじゃん…
───さて。今は噴水に落ちた次の日の朝だ。
侍従服を着て、いつも通り続き間から出てきた俺をアレクシスは待ち構えていたように駆け寄り、額に手を当てられた。
そしてこの攻防だ。
「顔も少し赤くなってるから、ユークリッドは一日安静に…」
「大丈夫なんだって。原因も分かってるから伝染もないはずだし…問題なく動けるよ」
「ダメだ。」
有無を言わさない雰囲気に押されそうになるが、こんな僅かな体調不良で休んでいたらキリがない。
「これくらいは熱じゃないって。早く鍛練行こう」
「……」
アレクシスの眉間に深い皺が刻まれる。俺をどう説得しようか悩んでるのだろう。
この城の人たちは俺に過保護すぎる。
黙って横を突っ切って廊下に向かおうとすると、そっと壁に向かってアレクシスの腕が伸ばされた。
「…心配なんだ。ユークはすぐ無理をしてしまうから」
「大丈夫だって言ってるのに…」
壁に当てている手とは逆の、大きくてひんやりした手が俺の頬を撫でた。
目尻が下がって、涙は流していないのに泣きそうに見えるアレクシスの顔を見ると何も言えなくなる。
「俺ほんと、その顔に弱いな…」
「すまない…」
そっぽを向いて、呟いた。俺だってこんなに困らせてまで我儘を通したいわけじゃない。
子爵家にいる時は、これくらいの熱で寝込むなんて許されなかったから、今の状況に慣れないだけだし。
「……ん。」
仕方ないからアレクシスの言うことを聞こうと決めた俺は
ただ手を広げて、伝わるかも分からない要求を出した。
アレクシスは、俺が恥ずかしがるから気を使ってあまり触れないようにしてくれている。
……でも寂しいんだ。長い時間、離れることってあまりないから。だから少しだけ充電っていうか。
普段は触らせないくせに、都合がいい要求だけど。
一日分のアレクシスを充電……だめかな。
両手を広げるだけの無言の時間が辛くなって、チラッとアレクシスの顔を見たら
俺を凝視したまま顔が真っ赤になっていた。
「……はぁ、本当に可愛い。」
そしてしっかりと抱き締められる。
やって欲しいことが伝わって嬉しい気持ちと、何故か可愛いと言われて恥ずかしい気持ちと。
よく分からないけど自分の手もアレクシスの背中に回して、ギュッと力を入れて応えた。
「好きだよ、ユーク。ちゃんと寝て待ってて、昼には一度帰ってくるから」
「いや、そこまでしなくてもいい…っひゃぁ」
額にキスされて変な声が出た。
それだけじゃ止まらず、頬に、瞼にと雨が降るように顔中に唇が当てられる。
───ダメだ。アレクシスに変なスイッチが入ってしまった。
「アレク、もう、っ…恥ずかしいって!充電はもう出来たから!」
「充電?…あぁ、そういう意味で求めたのか」
俺の行動に合点がいったらしい。
ますます笑顔になってもう一度抱き締め、「いってくるね」と囁くアレクシスの甘い声が耳をくすぐる。
「…いってらっしゃい」
甘すぎる空気が恥ずかしくて、パッと離れた俺の頭をアレクシスはくしゃっと撫でて機嫌良く部屋を出て行った。
嵐のようなひとときだった。
「………着替えて寝よ。」
撫でられた感触を思い出すように、自分で頭に触れて
アレクシスってやっぱり格好よすぎるよな…って充電が切れないうちに布団に潜った。
次に目を開けた時、シンとした部屋がやけに静かに感じた。
───なんか、すんなり眠ったみたい。どれくらい眠っていたんだろう。
目だけ薄っすら開けてぼーっとしてると、寝ているうちに汗をかいていた事に気が付く。
着替えなきゃいけないってわかってるのに、少しも動く気にならない。
「………充電、切れた」
動けないのは、きっと充電が切れたせい。
布団に頭まで潜り込んで丸まる。アレクシスが帰ってくるのはいつだろう。
(いつもは一緒に行動してるけど、いってきますって見送るのも、結構良かった。)
でも起きても隣の部屋にアレクシスが居ないってわかってるのは、嫌だな。我儘だけど。
アレクシスが帰ってきたらまた充電して、それから着替えてもいいかな。…それじゃアレクシスに汗ついちゃうか。
「うーん…」
喉も乾いた。でも動きたくない。
「アレクまだかな…」
「……いるよ。」
「!」
バサッと勢いよく布団を剥いだら、アレクシスが照れた顔をしてベッドの傍らに立っていた。
「…聞いてた?」
「うん。可愛くてどうしようって思ってた」
「…」
そっと布団をもう一度被って丸くなる。恥ずかしすぎる。
「ユーク」
「…」
「ユーク、…私の充電が切れてしまって、仕事が出来なくなってしまったんだ。助けてくれないかな」
「…」
そろそろと布団をめくると、両手を広げたアレクシスが首を傾げて待っていた。
「…うそつき」
「嘘じゃないよ。ユークがいなくて寂しかった」
「俺、ちょっと汗くさいし」
「大丈夫だから。おいで」
──本当に、この王子様はずるい。
その広げた両手が、どれだけ魅力的に見えるか。アレクシスはわかっているのだろうか。
布団から抜け出して、しがみつくようにアレクシスに抱きついた。大好きな匂いに包まれてホッとする。
「良かった。熱は上がっていないね」
「んー…」
こんなに甘えていいのだろうか。結婚って、そんなものなのだろうか。
正解はわからない。でもアレクシスに触れているとドキドキするけど、落ち着くのも確かだ。
「…アレク」
顔を上げると、名前を呼んでるだけなのに心から嬉しそうな表情で「ん?」と首を傾げるアレクシスに、なんだか胸がじわじわと染み込むように満たされる。
「アレク」
「うん。なにか欲しいものある?」
「なんか、…えっと、あの、………キス、したいです」
「……ん」
ゆっくりと顔が近付いてきたので、目を閉じた。
───温かくて柔らかい感触が唇に当たるのは、これ以上ない多幸感があった。
体調も万全になって元気に出勤したら、クリストファーに呼ばれて皆で応接間に移動すると…
大量の服が広い部屋をギチギチにする程に占拠していて、俺は怖くてアレクシスの背に隠れた。
「……財力って、怖い」
「父としての結婚祝いも兼ねたら、つい多くなってしまいました」
いつもの朗らかな笑みを浮かべて、クリストファーは当然のように言い放った。
レヴァン侯爵家お抱えの服屋があるらしく、採寸をしてすぐに用意したそうな。
──いよいよ侍従服を卒業する日が来たようだ。
「礼服のデザインだけは殿下に譲りましたので、この程度のプレゼントは許可なさいますね?」
「…あぁ、こんなに短期間で用意できるとは思いもしなかったけど…」
「ユークリッドが侯爵家に来た時にある程度は用意していたもので…いつでも侯爵家に帰れるように、でしたが」
苦笑いして話すクリストファーに、『帰る場所』として本当に俺を受けいれてくれていた事に嬉しくなった。
アレクシスを見上げると、俺と同じくらい喜んでいる顔をしている。
「…一日で距離が縮まったようですが、最後に調整をしなければならないのでユークリッドをお借りしても?」
「ユークリッド、行っておいで」
「いってきます」
どうにも、俺の中でアレクシスの傍が一番安全な場所って認識になって、今までより近い距離で立ちたくなってしまった。
公私混同はいけないよな…と反省しながらクリストファーの元に駆け寄る。
「クリスさんっ!こんなに沢山の服、ありがとうございます」
「父親として出来ることをしているだけですよ」
「それでは、私は先に執務室に行っているから」
二人でアレクシスを見送り、袖の長さなど細かくチェックする為に一着ずつ袖を通した。
「侍従服より手触りがいい…」
「侯爵家であり、王族になったユークリッドが恥をかかないように素材も妥協はしていませんからね」
「クリスさん…本当に、俺なんかにここまで」
「嫌がらせをしていた該当者も全員罰を与えました。あとは服を整えれば、ユークリッドに無礼を働く者はもういません」
「………全員、罰を」
そっとクリストファーの顔を伺い見れば、相変わらずの穏やかな顔で次の服を手に取っている。
「城内の事でレヴァン家の目の届かない所はありませんよ。…頼ってくれる日を待っていましたが」
「………大したことないと、思って、俺が原因ではあるし…」
「自分が悪いからと、全てを許容するのは正しい行いですか?」
「…………いいえ」
クリストファーの言葉に、冷や汗が止まらなかった。
細々とした嫌がらせは確かに受けていたが、本当に大したことないと思ったから無視していた。
…あんなにかっこいい王子様と結婚するんだから、嫉妬くらい受けて当然だと思ってたし
「噴水に突き落とされるのは大したことですが」
「はい…」
「お説教、足りませんでしたね」
「ごめんなさい」
服の調整中、クリストファーからの説教をたっぷり受けて
アレクシスの待つ執務室に戻った時にはへろへろになっていた。
「ユーク、疲れた?」
「…俺が悪いです…」
「本当に、仲良くなりましたねぇ」
俺の様子に駆け寄ってきたアレクシスが抱きとめて、その横を通り過ぎて自分の机に向かうクリストファーの背中に前世の父親の面影が一瞬映った。
「…愛情がある説教って、嬉しいな」
「説教?」
「ううん。…よし、充電できた。仕事しよう、アレクシス」
「…そうだね。」
身体を離して、一人でしっかりと立った。
侍従服でなく、少し装飾の入ったアレクシスの着ている服と似ているデザインを身にまとった俺に
ほんのり頬を染めて頷くアレクシスは本当に嬉しそうで、見ている俺も嬉しくなる。
「おや。殿下、数日前に処理をした書類が再び提出されていますね。」
「対応が不服だったかな…確認しよう。こちらへ」
いつものように、書類片手に悩んだり、相談したり。相変わらず三人だけの執務室は賑やかに時を刻んでいる。
人々の声に寄り添う二人はかっこよくて、頼りになって。
俺もそうなりたいなってひとつひとつ、向き合った。
───服を揃えることでアレクシスとの婚姻関係が城中に知れ渡って、あちこちから祝われて盛大に照れてしまうのは、また後日の話。
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