【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)

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群章【兄と弟】

9.喧嘩は終わり

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「殿下、それは甘やかしすぎではありませんか」

真正面から批判するフリードリヒに、アレクシスはなるほど兄弟…と感心の目を向けた。

「それが…朝起きたら、全身が痛いってユークリッドが泣きそうになっていて…医者を呼んでもらったら木登りによる筋肉痛、と…」
「……ユークリッド。」
「………ごめんなさい」

アレクシスに横抱きにされた状態で食堂に来たユークリッドは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆っている。

「いやぁ、医者を要請された時は何事かと思ったけど昨日の時点でギリギリでしたね!帰りも馬車で座っていようにも転がり落ちるから私とフリードリヒで挟んで…」
「セドリック、やめてやれ。これではユークリッドが食事出来ないだろう」

なるほど仲良くやれていたようだ。安心したやら、何をしているやら。アレクシスは腕の中でプルプル震えているユークリッドに苦笑いした。


アレクシスとユークリッドで隣同士に座り、対面にセドリックとフリードリヒが座った状態で朝食は始まった。
これが最後だとは誰も口にせず、いつも通りの穏やかな朝が。

「…兄様、俺これ嫌い」
「身体にいいから半分は食べなさい。」
「レバーは駄目かぁ。ほら、ミルクで流し込んだらいいよ」
「うぅ…」

(………凄いな)

これが、ここで築いた三人の日常なのだろう。アレクシスは隣でレバーのパテが塗られたパンを頑張って食べるユークリッドに驚いていた。
いつも嫌いな物を教えようとせず、無理をして食べるユークリッドが素直に好き嫌いを主張している。

「…ユーク、半分食べようか?」
「いいの?!はい、あーん」
「…………」


──これで他意はないのだから恐ろしい。

子爵家での教育なのか、前世の癖かはわからないがユークリッドは食べ残しを嫌うので、食べられないなら代わりに食べよう、皿に置いてくれればいいと思って話しかけたのに
ユークリッドは満面の笑みでアレクシスにパンを差し出している。

「…あー」

大きく口を開けてパンを迎え入れた。これに関してはアレクシスの方が少し羞恥を感じている。
それを察して生ぬるい視線を送っている対面の二人の顔が見れない。

「…ユークリッド。……いや、仲直り出来て良かったな」
「へへ」

指摘しようとして止めたフリードリヒに、ユークリッドはとても嬉しそうに頷いていた。






 
楽しい朝食が終われば、次にやることはひとつだけしかなかった。
だってこれはユークリッドの家出が原因で、アレクシスと仲直りしたら、終わった話となるのだから。


「兄様は、一緒に帰らないんだ…」
「子爵領は方向が違うからな。セドリックが馬車を出してくれるそうだ」

寂しかったけど、楽しかった家出生活に終わりの時が訪れた。
アレクシスの乗ってきた馬車で一緒に帰るユークリッドは、大好きになった兄が自分とは違う人生を歩むことに、なかなか心の整理がつかないでいた。

「また、会える?」
「出来ない約束はしない。…だが、そうだな。オーグストがちゃんと反省出来たら、お前に頭を下げるよう引きずって行きたいと思う」
「ふは、オーグスト兄様、ちゃんと立ち直れると、いいな…」
「…そうだな。」

ぼろぼろと涙を流すユークリッドを、少しだけ背丈の大きなフリードリヒが抱き締めた。

「本当に、楽しかった。過去を悔やんでも仕方がないのは分かっているが…ユークリッドのことを、もっとちゃんと見ていたら良かったと後悔している」
「ッ…にいさま、大好きです。ずっと、どこにいても、おれの、兄様」

また会えるか、それすら約束出来ない。
今もどこかで自分達を受け入れろと親戚を巡っては交渉しているだろう両親に、フリードリヒは心の中で呟いた。

(父も母も、選択を誤ったな。こんなに可愛い息子が居ることを今も知らないまま、生涯自分達の身の振り方だけを気にして生きなければならないなんて。なんて、滑稽だろうか)

可愛い弟の身体を引き離して、第三王子へと身体を向かせた。

「──これからの人生、ずっと幸せに生きていると信じている。…さようならだ、ユークリッド。」

私達のようになってはならないと背中を押して見送った。影に押し込められていた弟は、これからずっと光の中を生きていく。

決して戻っては来るなと、振り返る弟に最敬礼をして見送った。








弟と、その伴侶を乗せた馬車はレヴァン侯爵家から遠ざかり、やがて姿が見えなくなった。


「泣くの我慢して偉かったね。」
「……私は兄だからな」
「本当に、レヴァンに来てくれればいいのに。可愛い弟にも会えるんだよ?」
「甘やかすな。」

セドリックは真っ直ぐ遠くを見ている赤い瞳を眺めて、本当に時間が足りなかったと心の隅で第三王子を恨む。


限られた時間で信頼関係は得られても、可愛い兄弟の人生は得られなかった。説得する間も与えられなかった。

(ま、俺の手腕がまだまだって事だけど。…悔しいなぁ)

出会う場所が違えば…関わる事はきっとなかった。今だからこそ出会えた隣に立つ男の手を、今後は誰が手当てをするのだろうか。


──そんなセドリックの心情は知らず、弟への未練を断ち切ったフリードリヒはセドリックへと身体を向けた。

きちんと罪を背負って精一杯生きたい。自分はロズウェル家の後継者として生きてきたのだから。
生涯の宝物になる日々の思い出が出来たから、きっと一人で立ち続けられる。その自信がついたから、大丈夫だ。

「ありがとう、セドリック。お前が居てくれて良かった。」
「どういたしまして。…さよならなんだね」
「これ以上は見送りもしなくていい。セドリックも、身分が違いすぎるからな」
「…ここに居る間は、気にしないでって言ったのになぁ」
 
(君を捕まえることもできないなら、侯爵なんて身分も飾りでしかないのに)

当然、悔いは残る。
だからセドリックはせめてもの手向けにポケットから包帯と消毒液を手渡した。フリードリヒの為だけに持ち歩いていたそれは、もう使う事が無くなるから。

「ありがとう。…さよなら」

フリードリヒには流れる涙を止めることが出来ないが、精一杯の笑顔で、セドリックと、もう姿の見えない弟に礼を言って帰らなければならない場所へと帰って行った。











──王城に到着したユークリッドは、ランスロットの執務室へと急いだ。

「ただいま戻りました!ランス兄さん、ヘル兄さん!」
「お。帰ったか」
「ユークリッド…」

いつも通りの姿のヴィルヘルムと違い、相変わらずの無表情だけど小走りで駆け寄って抱き締めてきたランスロットに、ユークリッドは面食らった。

「心配した。怪我はしていないか。体調は」
「え、えっと、」
「兄上、ユークは全身筋肉痛なので座らせてあげないと…」

後ろに立っていたアレクシスに筋肉痛をバラされて顔が真っ赤になったユークリッドと、「医者を…」と抱き締めたまま静かに焦るランスロットで場は混乱しかけたが
ヴィルヘルムが後ろからランスロットを剥がして強制終了させた。

「ヴィル」
「怒んなって。筋肉痛ってことは向こうで医者に診てもらったんだろ。」

声色も普段と変わらないし無表情なのに怒ってるかわかるのか…と感心しているユークリッドをアレクシスは横抱きにして持ち上げて、二人の兄に爽やかな笑顔を向けた。

「挨拶は終わったし、兄上、ユークリッドを休ませないといけないので部屋に戻りますね」
「おう。ゆっくり休めよ」
「えっ、あ、ランス兄さん!いっぱい怒ってごめんなさい!」

連れ去られるようにあっという間に居なくなったユークリッドに、今回は完全にとばっちりで怒りをぶつけられていたランスロットは「無事に戻ってきて良かった」と珍しく脱力してヴィルヘルムに体を預けた。
そんな兄の様子に「どいつもこいつも不器用だな」と満更でもない表情でランスロットを支えつつ、二人きりに戻った執務室の扉を閉めた。


今回の家出で、アレクシスはすっかり心が狭くなったのか、嫉妬心を隠さなくなったのか
クリストファーから仕事に呼ばれたもののユークリッドは傍に居させると言い張って、執務室に着くまで決して降ろさなかった。
横抱きにされるのは恥ずかしいが、普段より少し高い景色が流れる様子は楽しいかもしれない、とユークリッドは筋肉痛に痛む身体をアレクシスに任せていた。


「おかえりなさい、ユークリッド。レヴァン侯爵領はどうでしたか?」
「ただいまクリスさん!セドリック兄上も、領地の人もみんな優しくて楽しかった!」
「気に入ってもらえて良かった。また遠出したくなったらいつでも行きなさい」

どこに行ったか把握出来ないより確実に監視できる場所に居てくれた方がいいと送り出したが、セドリックは上手くやれたようだとクリストファーはセドリックとよく似た笑顔で頷いていた。

「うーん。セドリック兄上にはまた会いたいけど…次はアレクと一緒がいいや」

そう言っていつもの執務机で仕事をしているアレクシスに視線を投げると、書類を読んでいる合間にふと微笑んでくれた。
ちなみにユークリッドは筋肉痛と馬車での移動疲れがあるから休んでいなさいと言われて大人しくソファに座っている。

久しぶりの執務室は、やっぱり落ち着く。勢いで家出してサボってしまったが早く回復して仕事がしたい。


「あ。ねぇクリスさん」
「どうしました?」

前世で見たクリストファーの若い頃とセドリックの顔が似ているとは思っていたが、改めて見ると本当にそっくりだ。セドリックが年齢を重ねたらこうなるというお手本のよう。

「変なこと聞くけどさ、セドリック兄上って男の人が好きなの?」
「……ユークリッド、レヴァン侯爵領のお話をもっと聞かせてもらってもいいですか?」

なんとなく、セドリックがフリードリヒの事を好きなんじゃないかなと見ていて思ったユークリッドのひと言で
クリストファーは色々な事を察して情報収集に奔走することになった。

「──ユーク?セドリックお兄さんに何かされたの?」
「ちが、俺はなにもない!兄様とやけに仲良くしたそうだったから!」
「ユークリッド、どうやらお土産話が沢山ありそうですね」
「ひぇ…」

アレクシスとクリストファーから根掘り葉掘りレヴァン侯爵領での話を聞かれて、へとへとになりながら頑張って答えたユークリッドは、こうして日常生活に戻ってきた。
──同世代ばかりで過ごすのも楽しかったけど、やっぱりアレクシスと一緒がいいから当分は喧嘩したくない。



レヴァン侯爵領で兄二人から影響を受けて、以前より少しだけ我儘になったユークリッドは、何故かそれを喜んだアレクシスからの溺愛が止まらなくなってしまい
納得がいかないと時々セドリックに手紙を書いては血の繋がった兄達を心配して、その度に胸の奥が痛んでいた。

「ユーク、おいで」
「…ん。」

優しい声に引き寄せられるように、大好きな人の胸にゆるやかに飛び込む。
自分には伴侶がいて、誰よりも愛して肯定してくれる。幸せだ。


(──兄様達も、どこかで幸せになってるといいな)


それはこっそりと、願うだけ。過ぎ去った時間は変えられないって知ってるから。


祈りの度に痛む胸の奥が、少年を少しだけ大人にした。



────群章 終
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