【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)

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群章【兄と弟】

8.価値観の生み出すもの

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数日振りに会う伴侶に、何を言おうかとずっと悩んでいたが
一目見たときに全てが真っ白に塗り替えられていた。
ただ、触れたいと気持ちを抑えるのに必死になっていた。





ユークリッドの為に用意された部屋は広く、家具の配置は城にあるアレクシスの部屋と同じになっていた。

(これでは、かえって寂しかっただろうに)

アレクシスの愛しい伴侶は強がりで、しっかりしているようで…かなりの寂しがりだ。

ソファの隅で膝を抱えて小さくなっている伴侶に静かに歩み寄る。
頭からすっぽりとタオルで覆われているので表情は見えないが、泣いているのはわかった。

「ユーク。迎えに来たよ」
「ッ…あれく、」

すっかりとユークリッドの行動パターンを理解してしまい、小走りで駆け寄って膝をついた。

そして案の定、立とうとするもタオルにつまずいて前のめりに倒れてしまうユークリッドを受け止めた。真面目だけど案外抜けていて、こういううっかりミスをよくする。

(どんな経緯だろうと、こうして伴侶をまた抱き締められたのだから私は幸せだ。)



「ッうぅぅ…」
「まだ顔を見たくなかったら、見なくてもいいよ。でも、ちゃんと話をさせてくれるかな」

その言葉に、ユークリッドはまた大粒の涙を溢れさせた。
アレクシスは、どんな時も、どこまでも優しい。いつだってユークリッドを優先して尊重してくれる。
──わかっていたんだ。最初から、悪意なんてどこにもないって。

ユークリッドが倒れた体勢のまましがみついてきたのを見て、拒否されなくて良かったとアレクシスもしっかり抱き締めなおした。アレクシスの肩が温かく濡れていく。


「ッごめ、ごめんなさい、アレク、ごめんなさい」
「私も、ユークリッドを傷つけたね。ごめんなさい」


──ユークリッドは、アレクシスとどう喧嘩しようかずっと考えていた。
自分が何をされるのが嫌か、何をされないのが嫌か。理解してもらいたいと何度も考えた。

レヴァン領で二人の兄がユークリッドの嫌な事に気付く度に「嫌なことはちゃんと言いなさい」と叱りながら助けてくれて
自分はアレクシスに、本当に嫌なことは何も教えていないと気が付いた。
アレクシスはいつも善意で動いているのに、ユークリッドはそれに甘えて相手に気付かれるのを待ってばかりいたと自覚した。


「寂しかった、会いたかった、ッごめんなさい、ごめんなさい」


自分勝手に家出して、すぐ寂しくなったけど引っ込みつかなくて。
ロズウェル家の事も、きっとアレクシスは公正に対処しただけなのに癇癪起こして、すぐに謝らないといけないのに、実の兄からも離れたくなくて

我儘ばかりで子供な自分を伴侶にしていて本当にいいのか。
不安はどんどん膨らんで、しまいには何も自信がない自分を大好きだと言ってくれるアレクシスまで疑ってしまった。

「私もずっと、会いたかったよ。ユークリッド」

会いたかった。誰よりも会いたかった。そんな大好きな人に会えて感情がぐちゃぐちゃになったユークリッドを
アレクシスは落ち着くまで静かに待っていた。








「前の世界では、温かい家庭だったのかな」

アレクシスの言葉に、心臓がキュッと締められたような苦しさを感じた。

「ッ……うん。そう、家族の仲がよくて、温かかった」

まさかアレクシスから前の世界について言及があると思わなくて固まったけれど、
今回は特に前世の価値観と、この世界の人達の価値観のズレを感じたユークリッドは素直に頷いた。

「兄弟もいたの?」
「ううん。ひとりっ子。だけど兄弟には憧れてて…フリードリヒ兄様が、関わってみたら良い人で、嬉しくなったんだ」

涙が落ち着いたからと隣に座らせようとしたアレクシスから離れたくなくて、ソファに腰掛けたアレクシスの太腿に自分から座って横向きのまま安定感のある胸に寄りかかった。
普段あまりしないからアレクシスはびっくりしてたけどすぐに抱き締め返してくれて、密着したまま仲直りの話し合いが始まった。


「…歳が近い人ってのも新鮮だったのかも。ランス兄さんも、ヘル兄さんも、仲良くしてくれるけど父親って方が違和感ないし」
「それは、そうだね…私もユークとは11歳離れてるから…」

城にいると、同じ年頃の友人というのもなかなか難しい。そういう意味では寂しい思いをさせていたのかもしれないとアレクシスは痛感した。

「それで、兄様と会えるのは最後かもしれないって思ったら帰したくなくて、でも知ったらどんどん好きになって…」
「私より、好きになった?」
「違う!そういう好きじゃない…」

ユークリッドの中で明確に違うのだろう。アレクシスは内心かなり安堵していた。
男同士で結婚すると、周囲の男が皆ライバルに見えてしまう時がある。

今はそれよりも…と頭の中を切り替えて、アレクシスも自分の胸の内を明かすことにした。

「本当は、ユークが何を嫌か私にはわからなかったんだ。でも傷付けたのは確かだから、反省した。もっと相談すべきだった」

次からユークに関わる事は全て相談するように気をつける。そう言われて、それは自分が横暴だと感じたユークリッドは難しい顔で首を振った。

「アレクシスのした事は、きっと正しいんだ。兄様も、セドリック兄上も俺の気持ちの方がわからないって顔してたから…」

ユークリッドにはわからない。今世は普通の貴族としての人生を歩んできたとは言えないし、前世は世界ごと違う。

初めて街を歩いてカラフルな髪色に違和感を抱いたように、前世の感覚に引っ張られている価値観があるのかもしれない。そう思い始めていた。

(アレクシスには、神子はもういないって、失恋させて、断ち切らせた。
なのに俺は、今も前世を引きずって、前世の当たり前が通らなかった事に癇癪まで起こして……あれ?なら間違ってるのかな、俺)

「……ユーク」
「なんか、ごめん。わからなくなってきた」

血が繋がってるからって縁が切れた家族に執着するのは、兄様に執着するのは、おかしいこと?
没落した家族に関心を向けないことが、正しいこと?

冷たい汗が、背中を流れた。

心の奥で封じ込めてた、「この世界が嫌いだ」って気持ちがまた、ユークリッドの中に渦巻き始める。 
切り捨てるのが正しいことなら、俺はこんな世界───


「アレク…ッ」

嫌だ。アレクシスがいるこの世界を、好きになりたい。嫌いになりたくない。
前世で嫌いな気持ちが大きくなって、最後に選んだのが全てを終わらせる事だった。そんな気持ち、二度となりたくない。

不安になるとすぐにアレクシスに助けを求めてしまう。
どうしたらいいかわからなくなって自分より上にあるアレクシスの顔を見ようと頭を上げたが、泣き声を言う前にユークリッドの口は強制的に閉じられた。

後頭部をがっしり掴まれていて動けない。こんなに荒いアレクシスは初めてだ。
蓋をするようにアレクシスの唇がユークリッドの発言を封じて離れてくれない。
いつものお互いに目を閉じてする愛情確認のようなキスではなくて、大好きな青空の瞳が真っ直ぐに緑色の瞳を見据えていて、怖くなったユークリッドはまた大粒の涙を流した。

やがて、そっと唇が離れたけれど、ユークリッドは喋れなかった。

「…ユーク、私は怒ってるよ」
「……ごめ、なさい」

離れた唇から出てきた言葉がいつもより低くて、ヒク、とユークリッドの喉は痙攣した。

「また自分の中に閉じ込めてる。私は、神子の記憶を持つユークリッドも、子爵家で頑張って生きたユークリッドも、私を好きでいてくれるユークリッドも。みんな好きだと言っているのに」
「ッだって、俺、この世界の常識をちゃんとわかってなくて」
「常識で決まっているから、実のお兄さんを切り捨ててもいい?」
「…ッ……だめ、やだ。俺、いまさら兄様に関心を持つなって言われても」

そんなこと、とても出来ない。
フリードリヒだけじゃない、オーグストだって。更生できるならしてほしい。ただ切り捨てるなんて出来ない。関心を持たなくなるなんて、出来ない。
だって、例え嫌いでも、死んでほしいほどの嫌いじゃない。ユークリッドとは相性が悪かったとしても、消えて欲しいなんて思ってない。

(でも俺は、ただの人じゃなくて王族で)

───王族になったから、常に公正でなくてはいけなくて。
ロズウェル家は正しく罰せられて没落して、兄はもう二度と会えないって口振りで俺に挨拶に来て。

この世界では、全て正しく動いてて。


「あ…」

真っ青な顔で首を振るユークリッドが見ていられなくて、アレクシスは自分の胸にユークリッドの頭を押し付けるようにして抱き締めた。
きっと、このまま悩んでいたらユークリッドの心は壊れてしまうから。

背中を撫でて、冷えきった身体が温かさを思い出すようにゆっくりと話し始めた。

「ユーク。大切なものを守りたいって素敵なことだよ。大切なものが増えるのも、同じくらい素敵なことだ。」
「でも、正しくは、」

急激に大人になろうと頑張る伴侶は、時々気持ちよりも正しい事を優先してしまう。
正しいと言われたことを、必死に守ろうとする。

「ユークの心が大切って思ったものを、守ろうとするのは正しいことだよ。
ユークがロズウェルの家族を見捨てないで大切にしていることも、間違いじゃない。」

罪に対する処分は決定し、実行された。それは変わらない。
ロズウェル子爵という家門は消滅するし、ユークリッドの血縁関係は皆バラバラに生きることになる。
でも、大切に思う気持ちが間違いだなんて思う必要はない。

「私だって、両親との幸せだった時の思い出は今も大切に残しているよ。父上に関してはユークは特に恨んでいて、嫌いだと思う。多くの人を蔑ろにして生きて、死んだ父だ。
…でも、後から偽りだったと知っても、それでも笑顔でいられた時間は、確かにあったんだ。」

確かに間違いを起こして罰を受けたが、両親の事はずっと忘れていない。幸せだと思っていた時間は、例え騙されていたとしてもアレクシスの中に確かにあった過去の感情だから。
過去は変えられない。辛いことも、幸せだと思ったことも。

「偽りの幸せな思い出を大切にする私は、間違っているかな?」
「……間違ってない。だってそれは、アレクシスの気持ちだから。悪いことも、良いことも、全部がもう思い出で、その瞬間に感じてた気持ちは変わらないから」

後から裏切られた気持ちになっても、幸せだと思って生きた過去の気持ちは変わることがない。

──ほら。やっぱり私達は似たもの同士だ。
そう言って嬉しそうな顔をするアレクシスがあまりにも不器用で、でもそんなアレクシスだからユークリッドの全てが好きなんだと自信を持って言える。
ユークリッドも、死ぬ程恨んだ前国王の息子でも、大嫌いな世界に生きていても、アレクシスの事が大好きなのは変わらない。

「…お兄さんと、レヴァン侯爵家に泊まって楽しかった?」
「楽しかった。兄様、色んなことを知ってて、ロズウェル領っていい所なんだって思った」
「うん。ロズウェルの名は残してあげられないけど、土地はそのままだから…今度はユークも見に行こうか」
「いいの?」

パッと顔が上がって、目の下は涙で腫れているけれどいつもの好奇心に期待する顔が見れてアレクシスは内心ホッとした。

「でも、添い寝に対しては本当に怒ってるよ」
「添い寝…?」
「毎日お兄さんと一緒に寝てるね?」

あ。と思い当たったユークリッドを咎めるように軽く鼻に噛み付いた。

「!」
「私とは全然してくれないのに。」
「だ、だって!兄様は兄様だから…!アレクと一緒に寝たら、ずっと触ったりくっついたりしたくなって、眠れないと思ったから…」

徐々に顔を赤くして声も小さくなるユークリッドに、アレクシスは苦笑いして、でもすぐに悪戯を思いついたような笑顔に変わった。
慌てるユークリッドをソファに押し倒して顔を隠せないように両手を押さえ込む。

「許さないよ。毎日私と一緒に寝るって約束するまで許さない」
「だって、だってさ…」
「ユークリッドの夫は誰?」
「…アレクシス、だけど…」

至近距離で笑うアレクシスは、久しぶりに顔を合わせたせいだろうか
今までよりもなんだか色っぽく感じるなとユークリッドは見蕩れそうになって、顔を隠せない事を恥じた。自分は今、いったいどんな表情を見せているのだろう。

「本当に、本当に謝るから!」
「うん。毎日、私とだけ、一緒に寝るね?」
「それは…!」

ドギマギしているユークリッドに逃げ場はない。
目を閉じれば瞼にキスされ、顔を背ければ耳を噛まれる。
今日のアレクシスは本当に許してくれる気が無さそうだ。

仲直りしたかったら、ちゃんとお互いの意見をぶつけて喧嘩をするといいとは言われたけれど…

(確かに気持ちをぶつけられた、けど…兄弟と恋人は違うじゃん…!)

今後はアレクシスと一緒のベッドで寝る、とユークリッドがちゃんと約束するまで、アレクシスは決して許してはくれなかった。
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