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群章【兄と弟】
7.夢は終わる
しおりを挟む「フリードリヒ!土が付いた野菜は食べないように言ってるだろう!」
「…ついてない」
「俺の目を見て言いなさい。ユーもこんなに土がついて…」
「ごめんなさい…」
なんで結婚もまだなのに子育て疲れのような状態になっているのか。セドリックは頭痛がする頭を抑えようとして、その手に土がついている事を思い出した。
そんなに歳の違わないフリードリヒは農民志望に本気らしく、領民と熱心に話をし始めたと思えば土の付いた野菜に齧り付いていたし
素直に謝るだけマシかと思われたユークリッドもユークリッドで兄が話し込んでいる間に領民の子供達と遊び始めて気付けば頭から土を被っていた。
「領主様、随分と可愛らしい子達を連れてますねぇ」
「………可愛いは可愛いが、仕事の邪魔になっていないか?」
「いえいえ、今日は天気もいいですから早めに仕事を始めていて、そろそろ引き上げようかと話していたところです」
あまり頻繁には来られないが、こうして領地内を直接巡回もするようにしている。
報告を受けるだけでも良いのだが、直接見る事で気が付く問題というものもある。
「ユー!お前ほんと弱いなー!」
「むぐぐぐ…」
「………はぁー…」
「本当に可愛いらしいですね」
大きな溜め息をついて、クスクスと笑う領民を背に早足で子供達の集まる場所へと向かい、木登りをしようと頑張っているユークリッドを抱っこして木から引き剥がした。
「怪我したら大変だよ。──君たちも、出来ないことを笑ってはいけない」
「はぁい領主様」
「ごめんね、ユー」
「いいよ。俺ほんとに体力ないし」
フリードリヒはともかく、ユークリッドは王族だ。名前を知ったらバレるかもしれないと咄嗟に「ユー」と名乗らせたが、
第三王子が結婚したことは知っていても相手の情報までは平民に伝わっていないらしい。
しっかり子供達と馴染んだユークリッドはそろそろ体力も限界だろう。息が上がっているが本人は気にならないくらい遊びに夢中だ。
「兄上、俺、こんなに遊んだの初めて!」
キラキラした目で何が楽しかったかを報告するユークリッドに、やはり結婚は早すぎたのではと、にこやかに相槌を返しながらも心が曇る。
(まずはレヴァン侯爵家の子供として、私の弟として可愛がってからでも遅くはなかったのでは。)
ユークリッドの前世については何も知らないセドリックにとって、子爵家から追い出されて侍従になったら第三王子に見初められた、という世間一般の噂程度の知識しかない。
周囲が聞く分には確かにドラマチックだが、当人を見ていると早すぎたとしか言いようがない。
「──セドリック、待たせた。こんなに野菜を貰ってしまったから礼がしたい」
両手に野菜を抱えて戻ってきたフリードリヒにも、「後で何か送ろうか」と返事をして肩を並べて馬車に戻る。
なんだかんだ、この生活をすっかり気に入ってしまった。
(ユークリッドは弟、フリードリヒは…伴侶。うん、それもいいな)
第三王子が男を娶ったなら、俺が男を伴侶にしても良いだろう。
二人を制御するのは大変だが、基本的に大人しい性格をしているし時々の暴走など可愛いものだ。
「兄上、俺まだ歩けるよ?」
「今日はたくさん動いて疲れているはずだからね。少しでも体力は温存しておいた方がいいよ」
「そうだな。すぐに熱を出してしまうから無理は禁物だ」
「うぅ…」
身体が弱いことを気にするユークリッドに、ますます庇護欲が掻き立てられる。
ユークリッドの懐柔と、フリードリヒが領地の引き継ぎを終えた瞬間に確保。どちらも達成出来れば可愛い兄弟をこの領地に囲い込めるだろう。
(なんと言っても、手放すには惜しすぎる…)
腕の中で「兄様」と隣を歩く兄に話をせがむ弟と、少し得意そうに今日得た知識を披露する兄。
セドリックは笑顔で二人の話に耳を傾けながら、今後について頭を巡らせていた。
───なのに。
「ユーク!」
第三王子本人がレヴァン侯爵領に来ているとは誰が想像したか。
亡霊王子と名高いアレクシス第三王子にそんな噂の陰は一切なく、ランスロット国王陛下によく似た容姿を泣きそうに歪めながら俺の背後に隠れるユークリッドを見ていた。
「───二人とも、土だらけだからお風呂に入っておいで」
「しかし、私は挨拶を…」
「フリードリヒ。ユークリッドを一人には出来ないだろ?」
ここは私の屋敷だ。例え第三王子でも好きに行動は出来ない。
「アレクシス殿下、ようこそいらっしゃいました。すみません、視察から帰ってきたばかりで…すぐに応接間へ案内しますね」
「……いや、突然の訪問で申し訳ない」
顔を見ずに走り去るユークリッドを見守って、切り替えるようにこちらを向いたアレクシス殿下は流石に王族として威厳があり、経験の浅い俺には圧倒されるばかりだ。
ひとまず応接間に通し、ユークリッドを預かっている事に礼をされつつ会話をして時間を稼ぐ。
話せば話す程、あの父を従えているだけあるなと格の違いを感じて内心歯噛みした。
(これは、ユークリッドは厳しいな…)
かつて、ランスロット陛下と先代国王の第二妃と争う渦中で次代の国王候補となっていたが、革命により処刑は免れたものの、残された第二妃派の貴族が何もしないとも限らない。
子を残してはならない第三王子はパフォーマンスとしてユークリッドと結婚したのかとセドリックは思っていた。
…ユークリッドの様子から、どうにも違いそうだとは思っていたが。
今日で二人の婚姻関係に政治的要素が無い事はハッキリした。
(どう見ても、お互い惚れているんだよな…)
この領地内に囲いたいほど可愛い弟ではあるが、足場を固める準備する間もなく伴侶が直接来るとは。タイミングの悪い。
父が忠誠を誓った相手とは聞いていたが、立ち居振る舞いに隙がない。ユークリッドを預かってもらった事への感謝と巻き込んでいる事への謝罪を受けてレヴァン家での様子を報告していると、コンコンとノックの音が二回、扉から響いた。
「──フリードリヒだね。ここに居るよ」
「悪い、セドリック。…アレクシス殿下にご挨拶を」
ノックの音でフリードリヒが来たと把握出来るまでになってしまった。
このノックの音ももう聞けなくなるのかもしれないと思うと内心焦りが出る。
「畏まらなくていい、…ユークリッドは?」
「それが…随分と混乱してしまいまして」
困った様子で報告をするフリードリヒに、アレクシス殿下はすぐに立ち上がって「ユークリッドの所に案内してほしい」と申し出た。
「フリードリヒ、案内は使用人に任せるからおいで。…アレクシス殿下、人払いはしておきますので、時間はお気になさらず」
「すまない」
(夫婦喧嘩は犬も食わない…だったか。昔の言葉であるらしいしね。手に入れられないならスッパリと諦めるのも大事なことだ。)
「…フリードリヒ?」
足早に応接間を出ていったアレクシス殿下を見送り、なかなか部屋に入ってこないフリードリヒに痺れを切らして迎えに行くと、「髪が濡れているんだ」と困った様子で立ち尽くしていた。
ユークリッドの異変を急いで伝えに来たのだろう。ぽたぽたと髪から雫が落ちて床を汚す事を気にする姿に、ユークリッドは諦めても、こちらはやはり手離したくないと欲が溢れる。
「拭いてあげるから、おいでフリードリヒ」
「…」
どうせ、ユークリッドの部屋周辺は人払いしているから隣の部屋のフリードリヒも戻ることが出来ない。
椅子とテーブルが置いてあるだけのつまらない部屋だが、フリードリヒと過ごせるなら関係ないし、世話を焼くのも悪くない。
髪を乾かす為だと俺の太腿の間に座らせて、濡れて輝く髪にタオルを押し付けた。
毎日怪我の手当てをして、危険な事をやらかさないかと追いかけ回した甲斐があった。疑いもせず大人しく世話を焼かれるフリードリヒに第三王子と対峙した緊張感が解れていく。
「…終わりだな。この生活も。楽しかった」
「ずっとここに居てくれていいんだけどね」
勿論、本心からそう願っている。だけどフリードリヒには伝わらない。
「私は新しい子爵の補佐をしなければならない。本当はここで遊んでいる時間なんてなかったんだ。…でも本当に、豊かな毎日だった」
──そんなに気に入ってくれたのに、どうして選んでくれないのか。そんなにロズウェル領が好きで、素晴らしい場所だったのか。
「…出会う時が違えば、俺達は親友になれたかな?」
「そうだな。セドリックはとてもいい奴だ。口うるさいけど」
「一言が余計だなぁ」
二人で笑い合うこの時間がどれだけ俺を満たしてくれたか。肩を揺らして笑うフリードリヒの後ろ姿から、やがてしゃくりあげる声が聞こえ始めた。
「私は、ロズウェル家の後継者として罪を償って生きていく。そう決まってる。だから全てを失う前に、知れてよかったことが多すぎて…この先、生きるのが少し怖くなった。」
「……」
揺れる小さな背中を抱き締めた。本当に、この世界はままならない。
少しの間、感情を溢れさせて泣いていたが、やがて深呼吸をしてフリードリヒは自分で立ち直った。
「……はぁ。しっかり引き継ぎをして、私は土を上手く耕せるようになる。セドリックの目の届く所には居ないが、いつか美味い野菜を送りたいから待っていてくれ。」
「決断力はあるのになぁ…」
ユークリッドといいフリードリヒといい、行動力も決断力もあるし人当たりもいいのに、自己評価が低くて他者からの感情に鈍い。
──なるほど、籍を入れるなり確実性のあるもので囲いたくもなる。
セドリックは心の中でアレクシスに少し同情した。これは大変だと。
───余談だが
兄弟が帰ってすっかり普段のレヴァン侯爵領に戻った後日、フリードリヒが旧ロズウェル子爵領不在の間に人を送り込んで情報収集していたクリストファーから
「新子爵の薬師はフリードリヒに惚れている恐れあり、一緒に暮らそうとフリードリヒを勧誘している農民の男も危険」と、
離れて暮らすセドリックを明確に理解した手紙が届いた。
「魔性かあの男は……」
セドリックは一人、何か呟いて手紙を握り潰していたと更に後日、クリストファーに報告が入っていた。
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