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群章【兄と弟】
6.兄が二人
しおりを挟む「また泣いていたのか。」
「…この本が、泣ける話で」
「それ、読んだ事あるぞ。泣きどころはひとつも無かったと記憶しているが」
「う…」
自分で家出を決めたのに、いつまでも寂しがって泣いている弟の隣に腰掛けた。
「そんなに会いたいなら帰ったらいいだろう。私も領地の引き継ぎが滞るのは気になる」
「でも、この家出が終わったら兄様に二度と会えないじゃん」
グズグズと鼻をすする弟にハンカチを差し出した。
──そもそもフリードリヒは、今更やり直そうだなんて言える関係ではないと思っていた。
城を訪ねたことだって、本当にオーグストのついでだ。
ユークリッドに会ってみるかと気まぐれで動いただけだ。
今までの謝罪を求められたら謝罪をしたし、面会を断られる可能性の方が大きいと思っていた。
王家からは目を付けられているから庭園での監視の目は多かった。ユークリッドに何かあれば、私の命など簡単に吹き飛んだだろう。それが自分の立場だと実感した。
なのにこの弟は、離れたくないと駄々をこねる。
伴侶と離れて寂しいと泣きながら、それでも家出をやめないと意地を張って自分を追い詰める。
「はぁ。ユークリッド、お前は何に怒っている?」
「…アレクシスが、ロズウェル家の爵位剥奪を教えてくれなかったこと」
「何かある度に、こうして癇癪を起こして家出するのか?」
「……毎回じゃないし。今回のは大きな事だったから」
迫害してきた家族が没落するのは、別に大きな事ではないと思ったがユークリッドの感覚では違うようだ。
唇を尖らせた弟に、囲う大人達の庇護欲が刺激されて守りたくなる気持ちは理解した。
今は子供でも、いずれ弟も大人になる。その成長過程にほんの少しでも関わる事が出来ているのは感謝しよう。
(…歪だな。私達の関係は)
過去を悔やんでも仕方ないが、もっと可愛がってやれば良かった。
後継者になる為に、忙しさを言い訳に家庭内の環境には一切目を向けなかったから
オーグストは荒れてしまい、ユークリッドも今になって幼子のように人を求めるのかもしれないと反省した。
長男の私しか、弟達を導くことも守ることも出来なかったのに。
今更、兄として弟の話を聞くことになると想像もしなかったフリードリヒなりに考えて、口を開いた。
「ユークリッドはどうにも、貴族らしさが足りないな。」
「……俺、やっぱり王族向いてない?」
しょんぼりとしてまた涙を浮かべるユークリッドに、どうしたものかとフリードリヒも悩む。
数日離れた程度で寂しいと泣くほど依存しているのはあまりよくないが…新婚なら有り得ることなのだろうと納得もしている。
王族の結婚で、嫁ぐ側はむしろ王族の籍には入らず、所属は元々の家名のまま婚姻関係を結ぶだけという「あくまでも王族ではない」という体をとりがちだが
ユークリッドは王族の籍に入れられている。レヴァン侯爵家という強力な後ろ盾を持っていながら。
(恐らくは、相手側が本気でユークリッドを囲いたい、ということだろうが)
幼さの残る弟は、その流れについていけてない。
助けてやりたいと思う程度には情も湧いているが、今のフリードリヒには何も出来ない。なんせ平民として生きる事が決定しているのだ。
難しい。難しすぎる。
領地経営についての話なら出来る。だが弟の求める答えは全く違う。
囲って大切にしたい王族と、それについていけないユークリッドに言えるアドバイスなんてあるものか。
恋愛感情なんてもっての外だ。私の人生にそんな言葉はない。
「……セドリックが、領地の巡回に出掛けると言っている。気分転換に一緒に行くか?」
「…行く」
「ならその顔を綺麗にしないとな」
散々思考をこねくり回して、結局匙を投げたフリードリヒは弟の気を逸らす事にして新しいハンカチをポケットから出した。
弟が泣くからとハンカチを複数枚持ち歩くようになった兄に、自分と同じことをしているとユークリッドは血の繋がりを感じて嬉しくなっていることに、フリードリヒが気付くことはなかった。
移動中の馬車の中で、セドリックは口を酸っぱくしてフリードリヒに注意をしていた。
「いいかい、農地に知らない人が入る事を嫌がる農民は多いから気になっても畑には入らないように!」
「わかった」
しっかりと頷くフリードリヒに、セドリックは疑いの目を向けていた。前科がありすぎる。
「はぁー…そういえばフリードリヒ、君って社交界では粗暴と噂されてたよね?剣どころか拳も握った事のなさそうな手をしているけど」
「あぁそれか」
「それは!農民なんて使い捨ての穀潰しって言った奴がいたから兄様は怒っただけなんです!」
プンプンと怒って教えてきたユークリッドに「もう終わったことだから」と宥めるフリードリヒを見て、
全てを納得したセドリックは噂を集めるにしろ真意もちゃんと把握せねばと一人反省した。
「ユークリッドは兄様が大好きだね。俺も一応、兄にあたるから滞在中に好きになって欲しいなぁ」
「?セドリック兄上も好きですよ」
二人とも、ずっとユークリッドに優しくしてくれている。
フリードリヒは一緒に寝たり、苦手な食べ物があったらすぐに取り上げて好きそうな食べ物を目の前に置くし、甘えるのを許してくれる。
前世のユークリッドは一人っ子だし、今世も関係の薄い家庭で育ったが
仲良さそうにするアレクシス達兄弟を見て憧れてしまったのだ。
その憧れを叶えてくれるフリードリヒがすっかり大好きになった。
「セドリック兄上は忙しいけど、その忙しい時間の合間を縫ってたくさん話をしに来てくれてますよね。俺、その時間が嬉しくて好き」
素直に感情を表現する弟に、無条件の愛というものに慣れない兄二人は照れてしまい、なるほど囲うわけだと口に出さずとも通じ合っていた。
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