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事務所に経過報告へ向かうと、いつもどおり龍屋さんが会議室で話を聞いてくれた。依頼通りに一緒に過ごしていることを伝えると、問題はないか尋ねられる。
相手は優しいし、餌付けされているように感じるほど報酬以外にもお菓子を貰っている。特にない、と答えた。
「本来なら、そのまま続けてください、と、言いたいところなんですが」
「何か、問題が?」
「うちの事務所、彼の所属している音楽作家事務所とも繋がりがあって、そこから連絡が来たんですよ」
プロダクションへの依頼は久摩さんからの個人的なものだが、その依頼について知った音楽事務所の上層部から、探りを入れるような連絡が入っているそうだ。
龍屋さんは安心させるように、上手くない笑顔を浮かべようとしていた。
「探りを入れる、とはいっても、久摩さんの持ち直し具合を知りたいようでした」
「はぁ。曲を作っている様子はないですけど、元気、といえば元気に見えますよ」
「それは良かった。彼の所属事務所はできれば、元のように作曲活動を再開してほしい、という意向のようですが……」
龍屋さんは言葉を切ると、どうぞ、と机の上に置かれていた菓子盆を私へ向けて押し出した。
中からイチゴの飴の袋を探り当て、手元でちまちまと包装を剥く。
菓子盆は彼が打ち合わせの際に持ち込んでいた。普段から、会議で置かれる、というようなものではない。
「久摩さんは、もう稼ぐ必要もない、くらいの資産をお持ちなんです。働くとして本当に趣味としての意味しか持たれないような」
「ですね。御自宅も持ち家でしたし、私もかなり高額な報酬を頂いています」
しかも、報酬以外にも私に美味しいものを食べさせたがる傾向があった。受け入れてはいるのだが、出される食事も普段は食べられないようなものばかりだ。
口に入れた飴は中から発泡するタイプだったようだ。しゅわしゅわと口の中が泡で満たされる。
「彼のご両親も著名な方で、それこそ熊に由来する神の加護もある。働くことを求めるのは、単純に自分達の都合、と事務所側も認識しているようでした」
「そっか、熊……。熊、は『自然』の象徴であり、動物の中では『王様』とか『上位存在』とも見做されますよね」
「自然からの『恵み』であり『暴威』でもありますね。『父や母』といった目上のものとしても扱われやすい」
「そういう存在からの加護であれば、生きていくのには困らないでしょうね」
龍屋さんは『ねこちゃん型ビスケット』の袋を取り出すと、開封して中身をちまちまと摘まみ始める。
彼は蛇神の加護を受けているそうだが、私は兎神の魂を分け与えられている存在のため、護りが強く恐怖感はない。それに、普段から恋人に対して柔らかく応対する様子もよく見かけている。
面倒な話を挟みながらも、お互いに食べ物を囲んでいると空気が和らぐのは不思議なものだ。
「そのビスケット、美味しいですか」
「一ついかがですか」
差し出されたそれを一個だけ拝借し、口に運ぶ。サクサクと軽く砕け、とても歯触りがよかった。
「美味しいです。それに可愛らしい」
「でしょう!? ……失礼。恋人が猫なもので、つい、こういうものを集めてしまって」
「ふふ。花苗さん、最近はお忙しいですねえ」
「外見が、非常にアイドルみがあるというか。愛らしく守ってあげたくなるというか。人気が出るのも分かる。……が、体調が心配なのでスケジュールの調整には気を配っています」
そこまで一気に言い切ると、龍屋さんは僅かに肩を丸めた。恋人のことを話しすぎた、と思ったようだ。
構いませんよ、と笑って、もう一枚、ビスケットを貰った。サクサクと音が鳴る。
「────龍屋さん的は、どの程度、その音楽事務所とやらに便宜を図るべきだと思いますか?」
「そうですね。プロダクションとして、第一は依頼人です。依頼人が気持ちよく時間を過ごせなければ意味がない。……それでいて、軽く探りを入れるくらいなら、とも思います。久摩宵知の音楽にはファンが多い。お金を稼がず生きていけるとして、それでも、生きていくには趣味があったほうが楽しいでしょう」
「そうですね。音楽事務所のため、ではなくて、音楽が好きで仕事にまでしてしまった久摩さんが、もういちど音楽を、趣味を取り戻すお手伝いなら、私も協力したいです」
龍屋さんはもう一個どうか、と提案してくる。
私は頷いて、机の上に展開された袋の上に広がるビスケットに手を伸ばした。小麦の匂いに僅かな塩味が混ざる。
「久摩さんと過ごすのは、気まずくないですか? 以前会ったときも、癖がある人物のように思いました」
「いえ。体格は大きい方なんですが、几帳面で繊細な感じがします。私が家を訪れる時、必ずお菓子が用意されていて、しかも、好みのものばかり。ふと好みのものを零したら、次回、必ず用意されているような感じで」
私がそう言うと、龍屋さんは軽く目を瞠った。そして、ゆっくりと口元に笑みを刷く。
「何となく、分かるような気がします。久摩宵知の曲は、繊細に連なる高い鍵盤音が特徴なんです」
「ああ。龍屋さんって、久摩さんの音楽も知っていたんですね」
丁寧な説明に菓子まで用意されていたのは、曲に思い入れがあった為なのだとようやく気づいた。
龍屋さんは頬を書くと、携帯電話を取り出す。端末を操作して呼び出した曲のイメージ画像には、ウサギが使われていた。
「この曲が好きで」
「へえ。私、久摩さんのところに仕事に行っている割に、彼の曲を知らないんですよ。どの曲から聞いたらいい、とかってあります?」
そう言いながら自分の携帯電話を取り出し、彼が挙げた曲をプレイリストに突っ込んでいく。
本当に著名な作曲家だったようで、契約している音楽サービスで殆どの曲を聴くことができた。ただ、曲数も多く、元々知っている人が身近にいなければ混乱しただろう。
「なんだが、ちらほら可愛い感じのサムネイルがありますね」
画面に映し出される曲のイメージ画像は、綺麗なもの、格好良いもの、そして可愛らしいものと幅広い。
「女性歌手への曲提供も多いですね。歌詞を書かれることもありますが、それがまた嫌みがなく自然で」
「分かる気がします。ウサギ一匹迎える為に、土の遊び場や玩具を用意したり、細かい。……というと悪口ですかね。でも、食器とかタオルとか、本当に細かく先回りして準備をしてくださるんです」
一途に片思いをして、相手のために、と精一杯のおもてなしを考えているみたいだ。ミミさんへの想いは、今は形を変えて兎の私へ向かっている。
二人の間にあったビスケットが無くなると、打ち合わせはお開きになる。菓子盆の中身を半分貰い、机と椅子を片付けて会議室を出た。
扉を閉め、さて、と足を踏み出したとき、龍屋さんに引き留められる。
「────そういえば。長ヶ耳さん」
「はい?」
「これはプロダクションとは別に、個人的に気になっているだけ、なのですが」
龍屋さんは一度、言い辛そうに唇を戸惑わせた。
「久摩さんに、変な触られ方とかしていませんか?」
「え?」
「ウサギの姿の時は仕方ない……、仕方ないと言いたくもないんですが、仕事ですので。ただ、人の姿で『妙な』触られ方をしたりとか」
妙な、と強調されたことで、ようやく彼が尋ねたかった事を悟る。
手を持ち上げ、自分の身の前で横に振った。
「い、いえ! ない! ないです!」
「それなら良かった。いくら依頼とはいえ、嫌なことをされたら張り飛ばして逃げてください」
「心配してくれるのは有難いですが。私相手に、そういうことはないですよ……! 身長もありますし!」
「久摩さん、長ヶ耳さんよりも体格がいいと聞きましたが?」
そう念押されてしまうと、言葉もなく、肯定するしかない。
あはは、と引きつった笑いを零して、彼との時間を思い出す。少しくらい、友達程度なら触れても構わないのだが、ウサギの時のべた甘な態度と違って、私にはまだ余所余所しい。
「いつも、兎姿にでれでれで、昔飼っていた『ミミさん』似のウサギと過ごす時間を失うようなことはしないと思います」
その場では説明に納得して貰えたのだが、私は説明をしながら、久摩さんとの距離の遠さに少し寂しさを覚えてしまった。
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