変人な同僚と一夜を過ごしてしまった魔術師さん

さか【傘路さか】

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 今日も無事に仕事から帰り、食事を終えて寛いでいたところだった。

 アルヴァは明日から職場復帰、という日程で、俺はここ最近の波が嘘だったかのように平穏な生活を送っている。もう帰ってこなければいい、という訳ではないが、やはりあの男は嵐だったのだな、と実感した。

 ティーポットに茶を淹れ、魔術で温めつつカップに注ぐ。ぺらり、ぺらりと魔術書を捲り、参考文献を横に並べて魔術を読み解いた。

 東の大国における著名な魔術師……ロア・モーリッツの書いた文献の集まりは、モーリッツ一族に関する魔術を読み解く時の教本だ。しかも公的に出版されることはなく、俺が持っているこれも、親族から譲り受けたアルヴァが持っていた文献の写本である。

 これがある、とない、では彼の一族に関する魔術の理解に差が出る。

 正式に本として纏め、学舎の図書室に置いてくれ、とこの文献の存在を知っている者たちは望み続けているのだが、そもそも存在を知らない者が多い上に、読んだことのない者にはこの価値が分からない。

 アルヴァも天才型であるためか、この文献の価値をあまり理解しておらず、俺が写本を作り終えるまで長く貸してくれた。だが、アルヴァのような一を知って十理解するような人間以外にとって、この文献はお守りのようなものなのだ。

 天才の考えることは分からない。

 この文献を読みながら、俺はアルヴァという人間を理解することの難しさに打ち拉がれた。一の次は二であって、十ではないのだ。ただ、彼の中では有か無しかなく、一の次は十なのかもしれない。

 カップを鼻先に近づけると、甘味のある茶葉のいい匂いがした。

「今んとこ、アルヴァの良いとこ魔力の相性しかないしなぁ……」

 その先に破綻しか見えないような気がして、はあ、と息を吐いた。もうちょっと扱いやすい相手だったら、こんなに悩むこともなかっただろう。

 身体から力が抜けた瞬間、玄関の呼び鈴が鳴った。顔を上げ、そろりと立ち上がって玄関に近付く。

「夜分遅くにすまない。少し渡したい物があって」

 扉の奥から聞こえたのは、アルヴァの声だった。

 慌てて扉に近寄り、鍵を開ける。扉を開いた先にいたのは、息を白くする彼の姿だった。縛っている髪もあちこちが跳ねていて、朝から一度も縛り直す余裕がなかったことが分かる。

 驚きすぎて、慌ててぎこちなく笑みを作った。

「いらっしゃい。えっと、外寒いしちょっと暖まってく?」

「あ……あぁ、じゃあ少しお邪魔させてもらう」

 アルヴァの手には小さな袋が提げられており、その中には箱が入っているのが見えた。ソファに座らせ、ティーポットの茶を淹れ直す。

 新しいカップに茶を注ぎ入れて渡すと、アルヴァは両手で受け取って指先を暖めていた。昼間は日差しで暖かいが、夜に出歩くのは少し肌寒い。

 そんな気候の中、わざわざ俺の家を訪ねてくれたのを意外に思いつつ、隣に腰掛けた。

「旅行だったんだっけ。お土産とか?」

 言葉に悩んでいる様子のアルヴァに、そう差し向ける。

「ああ。結界術について尋ねたいことがあって、研修にな。これ、お土産だ」

「うぁ……、ありがと」

 声が上擦ってしまい、慌てて声音を整えた。差し出された手提げを両手で受け取り、慎重に中身の箱を取り出す。

 包装紙を丁寧に剥がして箱を開けると、中には花の形をした硝子のブローチが入っていた。ブローチの花は薄紅色をした丁寧な造りだったのだが、台座の部分に見知った魔力を感じる。

 つい裏返して台座を見ると、細かく円形の魔術式が彫り込まれていた。持ち主を過度の衝撃から護るための術のようで、彼が口にした結界術の一種だ。

 魔術式を読み込み始めた俺の前で、軽やかな笑い声がする。

「聞いてくれたら教えるのにな……。強い衝撃が起きたときに、自動的に保護するように魔術が展開される式だ」

「いま読み解いてたのにー」

「悪かった」

 想像通り結界術の一種だったようで、有り難く受け取った。

 アルヴァの魔力で彫り込まれた式は、まだアルヴァのかたちを覚えている俺の魔力と感応して効力を強める。

 薄紅の花は、東の大国で有名な国花だったはずだ。

 可愛らしい造形を身に付けるのに照れはあるが、東の大国の関係者から贈られたのだとしたら名誉なことでもある。この花に纏わるものを贈るのは、心の美しさを褒め称える目的があるからだ。

 寝間着の胸元に取り付けて、服の裾を引っ張る。

「なあ、似合う?」

「あぁ。君はもう少し、鮮やかな色を身に纏ってもいいと思っていた」

 濃紺の髪も、灰色の瞳も、どちらも色味としては落ち着いた色だ。確かに薄紅くらい、はっきりした色が胸元にあれば映える。

「明日、職場で渡してくれてもよかったのに」

「職場には別に菓子箱を買ってある。……それに、君がどういう反応をするのか知りたくて」

「……あ。面白い反応じゃなかったな」

「いや、喜んでくれて嬉しかった」

 少し冷えたカップから飲み物を口に含む姿を見守り、体裁だけでも取り繕え、と言った意味があったのかと驚いた。

 旅行に黙って行ったことは減点だが、お土産の選び方も、その上で魔術を仕込んだことも及第点を超えて釣りが出る。

 他人に興味がない男だと思っていたが、頭がいいからだろうか、付き合いが下手な印象が薄れてきていた。

「でも、なんで急に結界術を? あんまり興味がある種類の術じゃないだろ」

「それは……ディノが実験で物を壊すのが心配だ、と言ったから。強い結界で保護した上で実験を行えば、少しは見直して貰えるかと……」

 申し訳なさそうに言う姿はしゅんとして見えて、怒られた時の子どものようだった。彼なりに改善しようとしている姿勢は微笑ましい。

 つい笑いが込み上げて、隠す間もなく口元が緩んだ。

「それ自体はいいんだけど、連絡なしに旅立たれて寂しかったかな」

 当てつけのように本心を口に出すと、目の前の表情が途端に慌てたものになる。あぁ、と悲壮感の混じる声が漏れ、口元を押さえる姿があった。

「君のために、遠出してまで術を学びに行く、というのを言い出しづらくて……」

「俺、メルクに知らなかったの? って言われちゃってさ。求婚までされてるのに、その割に旅行することすら教えてもらえない関係なんだーって」

「…………それは、すまなかった」

 完全にしょんぼりと肩を落としてしまった様子が、なんだか可愛らしく思える。この一件は、お互いに空回ってしまっていたようだ。

 ただ、次に黙ってアルヴァに旅立たれても、俺は帰ってくるまで動揺せずに待てるだろう。軽んじられていなかった、その安堵が胸を暖めた。

「まあ、俺の言葉を真に受けて改善しようとしてくれたのも、お土産も嬉しかったから。もういいよ」

「許しを貰えるか?」

「うん。もともと拗ねただけで怒ってないし」

 視線を上げると、ほっとしたように垂れた目元が視界に入った。

 ふわりと肩に腕が掛かり、そのまま引き寄せられる。突き飛ばさず、大人しくその胸に納まった。

 服越しに触れる指先からは、魔力が混ざりきれずにもどかしい。懐かしい微かな波が、指に伝わってくるくらいだ。

「もう、君から俺の波が僅かしか感じられなくなってしまった」

「そりゃ、あれだけ長く旅行してたらな」

 普段通りに会話しようとしても、舌がもたついて焦ってしまう。

「魔力を混ぜたい」

 少し離れると、アルヴァは掌を服越しの俺の胸に当てた。脈打っている音は伝わってしまうと分かっていながら、引かれるようにその掌に指を重ねる。

「…………っ、あ」

 触れた瞬間、それを待ち望んでいたかのように魔力が彼を向いた。境界は容易く崩れ、別の魔力の侵入を許す。

 全く別種の魔力であるはずなのに、元々そうであったと言わんばかりに求め合い、混ざり合う。

 鼓動が高く鳴り、快楽にも似た心地よさがびりびりと皮膚を引っ掻いた。

「……ほんと、相性いいんだな。俺ら」

「ああ。落ち着かなかったところがすっかり消えてしまった」

 重ねた手を離すと、ぎゅう、とまた両腕で抱き付かれた。

 頬を擦り寄せ、じわりと彼の魔力に浸る。動物の匂い付けにも似た仕草に身を捩るが、少しある体格差と力の強さで敵わない。

 アルヴァの方が魔力を使い尽くしていたのか、俺の魔力がそれを埋めるように相手に流れ込んでいった。

「魔力、吸い取られてるんだけど……!」

「もう寝るだけなんだし、少しくらい許してくれ」

 押しつけのようにアルヴァの魔力が流れ込んでくるが、快楽に近い感覚が同時に訪れる所為でむずむずとして戸惑う。

 上機嫌になったアルヴァは、いいことを思い付いた、というように明るい声を上げた。

「一緒に寝たら、もっと落ち着くんじゃないだろうか」

「……勘弁してくれ」

 ベッドへの誘いではなく、単純にくっついて寝れば魔力がもっと混ざる、という提案だったが、この逃げ場のない感覚が続くなんて耐えられなかった。

 腕の中で首を振るが、腕は離れず、擦り寄る肌からは魔力が途切れない。

「なあ、ディノ」

 彼らしくない甘えた声も、上機嫌な表情も目新しく、それらが心を許した相手にしか見せないものだと分かってしまう。

 ばくばくと跳ね回る、胸の音が煩い。

「泊めてくれないか?」

「断る」

 何度もそう言い続けてアルヴァはようやく帰って行ったが、それから先も家に招く度に泊まりたがるし、自分の家に招いて帰したがらなくなる。

 一緒に過ごす時間が増えればもっと魔力が混ざる、と気づいたらしい彼が更に付き合いを増やそうとするのは当然の成り行きで、しばらく経つと彼と付き合っていないことを確認してはメルクが妙な顔をするようになった。


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