お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ

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再会

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 ラコスト夫人を刺激しないようクロエはほぼ一日中部屋で本を読むかたまに気紛れで刺繍をやった。そして夫人が出かけるか社交界にエリーヌを連れて行く間だけ、庭を散歩したり、客間のピアノをひいたりした。

 一番の楽しみは姉に会えることだが、そうでなくてもクロエは特に不満はなかった。空気のように大人しくしていれば、誰も自分を傷つけることはないし、今まで通りエリーヌのそばにいられる。退屈な日々も、クロエにとっては平和なひと時だったのだ。

 そんなある日。

「クロエ。おまえに客人だ」
「わたしに?」

 心当たりがなかった。もしや学校の友人だろうか、と思ったクロエは訪問者の姿を見てあっ、と声をあげた。

「あなたはあの時の……」

 アルベリク・モラン。街中で絡まれそうになったクロエを助けてくれた青年である。アルベリクはクロエを見ると、何を考えているかわからない表情をふっと和らげた。

「やっとあなたと会えた」
「どうしてここが……」
「あなたが渡してくれたハンカチにラコスト家の紋章が施されていて、調べたんだ」

 差し出されたハンカチを見て、クロエは困惑する。確かにそれは自分がアルベリクに渡したものであった。

「でも、そんなわざわざ……」
「学校に足を運んでも、あなたとは会えなかったから。必死で探した」

 このハンカチがあって助かったと言われ、渡さなければよかったとクロエは思った。紋章が入っていることに気づかなかったのも迂闊であった。いや、気づいたとしてもそれを手掛かりにクロエの居場所を突き止めるとは、あの時も自分は思わなかっただろう。

(面倒なことをしてくれた……)

 けれどせっかくこうして家まで届けに来てくれたので邪険にするわけにはいかない。

(それに、本当にただ返そうとしてくれた律儀な人かもしれない)

 無闇矢鱈に人を疑ってはいけないと昔姉に教えられたことを思い出し、クロエはアルベリクに微笑んだ。

「ありがとうございます。モラン様」
「いや。そんなことはない。俺は、」
「まぁ、クロエ。その方はどなた?」

 話を聞きつけたラコスト夫人が部屋に入ってきてわざとらしい声でたずねてくる。アルベリクのことも不躾なほどじろじろと眺めている。

「失礼、マダム。私はアルベリク・モランと申します。以前怪我していたところをお宅のお嬢様に助けていただき、改めてお礼をしたいと伺ったしだいです」
「モラン?……まぁ、あなたモラン公爵の息子さん?」

 義母の声が高くなり、一気に歓迎する様をクロエは黙って見ていた。彼女も彼が貴族の一員だろうということは名前や身なりから想像はついていた。だからこそ、あまり関わるまいと母の旧姓を名乗っておいたのだ。

「まぁまぁ、わざわざこんな娘のためにご足労いただいて……クロエ、おまえモラン様に失礼をしなかっただろうね」
「それは、」

 先程アルベリクは助けてくれたと説明したが、実際はクロエの方が彼に助けてもらった。本当のことを言おうとして、「とんでもない」とアルベリクが静かに遮った。

「彼女はとても礼儀正しくて、話をするのもたいへん有意義なものでした。どうかもう一度会いたいと思い、私の方から出向いたのです」

(そんなたいそうなことした覚えはないけれど……)

「あら、わざわざこんな娘のために……ささっ、どうぞお座りになって、もっとお話を聞かせて下さいな。そうだわ! うちにはクロエの他にエリーヌという美しい娘がいますの。ぜひその子にも会ってやって下さい。クロエ、おまえちょっと姉さんを呼んできてちょうだい」

 わかりました、とクロエは大人しく従った。普通なら使用人にでも呼びに行かせるのだろうが、夫人の意図も理解したので特に逆らうことはしなかった。

(お姉さま、彼のこと気に入るかしら)

 何か言いたげな顔をしていたアルベリクに気づかず、クロエは部屋を後にしたのだった。

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