お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ

文字の大きさ
11 / 33

ラコスト夫人

しおりを挟む
「あの女そっくりね」

 ラコスト夫人はクロエの顔を見るなりそう言い捨てた。思ったよりも老いてはいなかったが今までの心労のせいか険しい顔つきをしていた。

「おまえの母親は本当に卑しい女だったわ。人の主人を誑かしておまえという不義の子を孕んだんですからね」

 クロエはどう答えるのが正解かわからず、黙って下を向いた。でもきっとどんな態度をとっても夫人は気に入らなかったと思う。

「ふん。だんまりな所もあの女そっくり。蛙の子は蛙というわけね!」

 本当に汚らわしいとさらに言葉を重ねようとした夫人に「お母様」という声が遮る。

「そんなに怒らないで」
「エリーヌ。おまえ、こんな子を庇うというの!?」
「お母様。クロエが生まれたのは、クロエのせいではないわ。だからどうか責めないであげて」

 エリーヌの言葉に泣きそうになる。同時に自分なんかを庇護したら反感を買うのではないかとはらはらした。

「ね、お母様。せっかく帰ってきてくれて、私話したいことがたくさんあるの。向こうでゆっくりお話しましょう」

 甘えた仕草で娘がねだれば母親である夫人もそれ以上強くは出られなかったのか、渋々といった様子でエリーヌに連れて行かれる。けれど去り際、クロエの方をキッと振り向き、覚えておきなさいと冷たく言い放った。

「おまえはあの母親の分まできっちり報いを受けてもらいますからね」

 母と娘が去って、一連の流れを黙って見ていた兄がおもむろに立ち上がった。

「なるべく早く出ていけるようおまえの縁談を探す」

 それが互いのためだということは言われずともわかっていた。

 ただ物事には順序というものがある。愛人の子が正妻の娘より早く結婚するのは夫人からすれば当然許し難い行為であった。

「おまえにはうんとよい相手を探してあげますからね」

 夫人はそう言ったけれど、彼女は永らく修道院に閉じ込められていた。それも精神が錯乱して人に危害を加える恐れがあるという理由で。

 もちろん傷つける相手はクロエの母親かクロエ限定であったが、事情を知らぬ人間からすればあまりお近づきになりたくない相手であった。

 夫人がエリーヌの相手を捕まえようと奔走すればするほどその頑張りは空回りして無駄に終わった。見かねた兄が知人を自宅に招き、エリーヌと引き合わせていくことが続いた。

 その間クロエは部屋に閉じ込められ、外から鍵をかけられた。決して妨害しないようにという夫人の対策だった。

(こんなことしなくても邪魔なんかしないのに)

 エリーヌに幸せになって欲しいと思っているのはクロエも同じだ。その思いは母親である夫人よりも純粋で強い。

(上手くいきますように)

 けれどクロエの願いと夫人の思惑とは裏腹に婚約はなかなかまとまらなかった。夫人が選り好みをしてエリーヌと会う前にケチをつけたことも大きいが、やはり実際に会うとあれこれ思うところがあるのか先方から断りの申し出が届くのだ。

「どうして上手くいかないのかしらね」

 エリーヌは落ち込み、また床に臥せるようになった。そうすると事はますます進まなくなる。母親であるラコスト夫人の不満は募り、クロエに対する嫌味は棘を増していく。

 悪循環であった。

「お姉さま、元気を出して」

 夫人がいないのを見計らって、クロエはせっせと姉のもとへ足を運んで浮かない顔をするエリーヌを必死で励ました。

「でも……こうも断られると私に何か悪いところがあるのではないかと思ってしまうわ」
「お姉さまに悪いところなんか一つもないわ」
「じゃあ女性として魅力がないのね」

 そんなことない。背中まである亜麻色の髪、空色を溶かし込んだような大きな目、長いまつ毛に小さな鼻、色づきの良い薄い唇、折れそうなほど細い手足、同性であるクロエから見ても姉は魅力的な女性だった。

「むしろお姉さまが美少女すぎるから相手の方が引け目を感じているんじゃないかしら」

 そうだ。そうに違いない。

(あとはお義母さまの存在に慄いた、とか)

 こちらも十分考えられたけれど、言ってもどうしようもないことなので黙っていた。

「とにかく、そんなに落ち込まないで。案外あっさり出会うかもしれないわ。運命の人に」

 ね、とクロエが明るく言えば、エリーヌもようやくそうねと笑った。

「でも、ごめんなさいね。私の相手が決まらないばかりにあなたのことも後回しになってしまって……」
「気にしないで。わたしもお姉さまには幸せになって欲しいもの」

 それに結婚できないならできないでよかった。ずっとこの美しい人のそばで微睡んでいられるのなら、クロエは一生男性に愛される喜びを知らないでよかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】遅いのですなにもかも

砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。 王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。 数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

元公爵令嬢、愛を知る

アズやっこ
恋愛
私はラナベル。元公爵令嬢で第一王子の元婚約者だった。 繰り返される断罪、 ようやく修道院で私は楽園を得た。 シスターは俗世と関わりを持てと言う。でも私は俗世なんて興味もない。 私は修道院でこの楽園の中で過ごしたいだけ。 なのに… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 公爵令嬢の何度も繰り返す断罪の続編です。

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

嘘つきな婚約者を愛する方法

キムラましゅろう
恋愛
わたしの婚約者は嘘つきです。 本当はわたしの事を愛していないのに愛していると囁きます。 でもわたしは平気。だってそんな彼を愛する方法を知っているから。 それはね、わたしが彼の分まで愛して愛して愛しまくる事!! だって昔から大好きなんだもん! 諦めていた初恋をなんとか叶えようとするヒロインが奮闘する物語です。 いつもながらの完全ご都合主義。 ノーリアリティノークオリティなお話です。 誤字脱字も大変多く、ご自身の脳内で「多分こうだろう」と変換して頂きながら読む事になると神のお告げが出ている作品です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 作者はモトサヤハピエン至上主義者です。 何がなんでもモトサヤハピエンに持って行く作風となります。 あ、合わないなと思われた方は回れ右をお勧めいたします。 ※性別に関わるセンシティブな内容があります。地雷の方は全力で回れ右をお願い申し上げます。 小説家になろうさんでも投稿します。

処理中です...