お姉さまは最愛の人と結ばれない。

りつ

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数年後

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 それから数年後。

 ある日兄から手紙が届いた。姉が結婚するという。式に参加するか否か教えて欲しいと書かれており、出席しない旨をクロエは丁寧にしたため、少し疲れたので窓際の椅子に座って自身の薄い腹をそっと撫でた。

 一時は出席日数が足りるか危ぶまれていた夫だが、無事士官学校を卒業でき、今は軍に所属して毎日ばりばり働いている。たまの休日には必ず帰ってきてクロエにべったりとくっついて、あれこれ世話を焼いたり、焼かれたりしている。

 その様はまるで主人の足元で何かあった時に備える忠犬のようだと例えたのは義兄だったか義弟だったか……。どちらにせよ、けっこう的確な表現だとクロエは思っている。

(そういえば今日は帰ってくる日じゃなかったかしら……)

「ここにいたのか、クロエ」

 まさに今しがた考えていた本人の声。帰宅したその足で見つけたというアルベリクが部屋へと入ってきた。

「お帰りなさいませ、あなた」
「ああ、ただいま」

 彼はクロエのそばまで来ると、躊躇いがちに腹を撫でて、気遣う言葉をかけてくるので思わず笑ってしまう。生まれてくるのはまだだいぶ先だというのに。

「名前を考えたんだ」
「もう?」

 夫らしいせっかちさである。

「ああ。あなたの考えた名前も聞きたい」
「わたしが考えたら、あなたはすぐ採用してしまうのではないの?」
「それは、そうかもしれない」

 盲点だった、と呟いた夫にまた笑う。そんなクロエの顔を見て、彼は頬に手を伸ばす。

「どうかしたか?」

 妻がいつになく笑うので様子がおかしいと思ったのだろう。クロエは何でもないわと答えて、掌から伝わる温度に頬を寄せる。大きく節くれ立った手を、もう拒むことはしなかった。

(お姉さまとは違う、大きくて、温かい手……)

 姉の言葉はたぶん、ずっと忘れられない。あんなに傷つけられても、今でも許しを請う自分が心のどこかにいる。でも――

「ね、わたしと結婚してよかった?」
「もちろんだ」

 クロエは微笑み、わたしもとつぶやいた。アルベリクはちょっと目を瞠ったが何も言わず彼女を見つめ返した。

 そしてたっぷり十秒はたった頃、抱きしめても構わないかと律儀に聞かれたので、また笑ってどうぞと腕を広げたのだった。


 おわり

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