ナタリーの騎士 ~婚約者の彼女が突然聖女の力に目覚めました~

りつ

文字の大きさ
14 / 74

13.予感

しおりを挟む
「まあ、そんな粗末な場所でお生まれになったの」

 ナタリーの出生を聞くと、アリシアは憐れんだ目で彼女を見つめた。ナタリーは内心居心地の悪さを感じながらも、ええ、と微笑んだ。

 あの後リアンはジョナスに何かを言いつけられ、ナタリーをひどく気にしながらも、仕事の話なので断ることもできず、結局部屋を出て行ってしまった。

 それから一人、ナタリーはアリシアの話に付き合うこととなった。大勢の方が楽しいだろうと、途中からは数名の侍女を呼びよせ、王女は席に着かせた。見たこともない顔。みなアリシアほどではないがきれいな顔立ちで、化粧をほどこし、ナタリーに向けて微笑みかけた。

 ――はやく、ここを去りたい。

 けれどナタリーは話すたびになぜか窒息しそうな息苦しさを覚えた。

 単に会話が苦痛というだけでなく、もっと、別の意味でナタリーはこの場を立ち去りたかった。だがそんなことをすれば、アリシアの怒りを買い、リアンの立場も危うくするだろう。そう思い、テーブルの下できつく手を握りしめ、彼女は必死に耐えていた。

「可哀そうに、さぞ辛かったでしょう」
「そうですね。でも、リアンやオーウェンが居てくれましたから」

 リアン、という言葉にぴくりと王女が反応する。

「リアンは、どういう子どもでしたか」
「優しくて、困っている子を放っておけない子どもでしたわ」

 ナタリーは彼が騎士になったのも道理だと思った。彼はいつも優しかった。ナタリーだけにではない。他の子が泣いていれば駆け寄り、そのわけを聞いた。木に登って落っこちそうな子どもがいれば、自分が下敷きになって受けとめた。

「ええ、リアンはとても優しい方ですわ」

 ナタリーは顔を上げて、王女を見た。王女はそうでしょう、と赤い唇を吊り上げている。

「あなたのことも、長い間忘れず、こうして婚約までしましたもの」

 まるでリアンが憐れみから自分と婚約したように聞こえ、どう返事をすればいいか、ナタリーは一瞬言葉に詰まってしまった。

 だが、王女はナタリーの返答などどうでもよいらしい。ねえ、と周囲の人間と共に笑いをこぼした。アリシアが微笑めば、自然と周囲もそれにつられる。賑やかな笑い声の中、ナタリーはただ孤独を感じていた。

***

「そろそろ、行きましょうか」

 どれくらいの時間が経ったのか、アリシアはそう言ってナタリーを王宮内の教会へと案内した。護衛を任されている騎士と、ジョナスも付き添うこととなったが、そこにリアンは含まれていなかった。

「彼はまだ手が離せないようなので、後から来るそうです」
「そうですか……」

 そう言われてしまえば仕方がない。けれどどうか早く来てほしいとナタリーは切に願った。

「あなたは初めて訪れるでしょうから、きっと驚くと思いますわ」

 街にある教会や、故郷で毎日のように通った小さな教会とは格が違う。天まで届くかと思われるほど高く、立派な造りをした建物は、遠目から見ても圧倒的な存在を放っていた。

「祈りの前にね、歌が歌われるの」
「歌?」
「ええ。愚かな過ちを犯した人間を許してくれるよう神に頼み、人々がみな幸せになりますように、という願いを込めた歌です」

 愚かな過ち、というのは戦争をしたことを指すのだろうか。それとも、もっと別の、人間の生まれ持った欲深さのことを指すのだろうか。

 どちらにせよ、自分たちが愚かな存在であることを自覚しておきながら、人は永遠の幸せを神へと願う。いいや、本当の意味で彼らは自身が愚かであることを知らないのかもしれない。傲慢とも言える望みを、図々しくも神へ願うくらいなのだから。

「どうかなさいました?」
「いえ。少し、眩暈がして……」
「まぁ。大丈夫ですの?」

 そう言いながらも、アリシアはナタリーに休むよう勧めることはなかった。

 鐘の音が鳴り響く。アーチ形の大きな扉が開かれ、多くの人が中へと入ってゆく光景がもうすぐそこにあった。ナタリーは嫌な予感がした。それはもうずっと前からしていた。ここへ足を踏み入れてはならない。幸せになりたいなら、知らない振りをしろという声が――

「わたし、ここに居てはだめでしょうか」

 アリシアの申し出を断ろうとするナタリーに、その場にいた何人かが怪訝そうに顔を見合わせた。

「どこか具合でも悪いのですか」

 ジョナスが代表して尋ねる。その冷たい表情には、今さら駄々をこねるなという煩わしさが示されていた。

「いえ、そういうわけではないのですが……」
「ならば、せっかくですから入って下さい」

 ジョナスの言葉に今度こそナタリーはうなずくしかなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

婚約破棄? めんどくさいのでちょうどよかった ――聖女もやめて、温泉でごくらくしてます

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を告げられた聖女リヴォルタ・レーレ。 理由は、「彼女より優秀な“真の聖女”が見つかったから」。 ……正直、めんどくさい。 政略、責任、義務、期待。 それらすべてから解放された彼女は、 聖女を辞めて、ただ温泉地でのんびり暮らすことを選ぶ。 毎日、湯に浸かって、ご飯を食べて、散歩して。 何もしない、何も背負わない、静かな日常。 ところが―― 彼女が去った王都では、なぜか事故や災害が相次ぎ、 一方で、彼女の滞在する温泉地とその周辺だけが 異様なほど平和になっていく。 祈らない。 詠唱しない。 癒やさない。 それでも世界が守られてしまうのは、なぜなのか。 「何もしない」ことを選んだ元聖女と、 彼女に“何もさせない”ことを選び始めた世界。 これは、 誰かを働かせなくても平和が成り立ってしまった、 いちばん静かで、いちばん皮肉な“ざまぁ”の物語。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

どちらの王妃でも問題ありません【完】

mako
恋愛
かつて、広大なオリビア大陸にはオリビア帝国が大小合わせて100余りある国々を治めていた。そこにはもちろん勇敢な皇帝が君臨し今も尚伝説として、語り継がれている。 そんな中、巨大化し過ぎた帝国は 王族の中で分別が起こり東西の王国として独立を果たす事になり、東西の争いは長く続いていた。 争いは両国にメリットもなく、次第に勢力の差もあり東国の勝利として呆気なく幕を下ろす事となった。 両国の友好的解決として、東国は西国から王妃を迎え入れる事を、条件として両国合意の元、大陸の二大勢力として存在している。 しかし王妃として迎えるとは、事実上の人質であり、お飾りの王妃として嫁ぐ事となる。 長い年月を経てその取り決めは続いてはいるが、1年の白い結婚のあと、国に戻りかつての婚約者と結婚する王女もいた。 兎にも角にも西国から嫁いだ者が東国の王妃として幸せな人生を過ごした記録は無い。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...