15 / 74
14.声
しおりを挟む
中に入り、その大きさにナタリーは息を呑んだ。まず天井が驚くほど高く、幅も奥行きも桁違いな広さがあったのだ。側廊には大きな窓があるものの、幅が広すぎて内部まで光が届かず、中は思ったより薄暗かった。
中央の信徒が座る座席の両端には大きな柱がずらりと並んでおり、その柱一本一本の間に豪華なシャンデリアが吊り下げられている。永遠に続くかと思われる長い身廊の先に祭壇があり、天井近くまであるステンドグラスがそこだけ、外からの光を照らしていた。
(すごい……)
外の世界と隔絶され、まるでもう一つの別の世界に足を踏み入れてしまったような錯覚にナタリーは陥った。それは彼女だけではないだろう。アリシアや他の訪問者たちも、みなうっとりとした表情で中を見渡していた。
「いつ来ても、とても素晴らしい場所ね」
「はい。心が洗われるようです」
「あなたもそう思うでしょう?」
「ええ」
ナタリーは素直に頷いた。地上の穢れた場所とは無縁の、神の住む領域とはこんな場所かもしれない。――だからだろうか。ナタリーの不安はいっそう強まるばかりだった。
「さあ。せっかくですもの。一番前で、神へ祈りましょう」
そう言って、ほぼ最前列にナタリーは並ぶこととなった。緊張のせいだろうか。いやに心臓の鼓動が早く感じる。
(リアン……)
まもなく司教と思われる人間が入ってきた。一冊の本を片手に、何かを呟き、手をあげる。荘厳な調べが、何人もの折り重なった歌声が、ナタリーの鼓膜を震わせる。頭の中が何かを貫くように軋む。
――多くのひとを救いなさい。
歌声ではない。別の声が、ナタリーには聞こえた。頭を押さえる。隣にいた女性が、ちらりとこちらを見た。
――おまえはそのためにここに……
息が苦しい。と思ったら、溺れるような感覚に、突如ナタリーは襲われた。耐え切れず、彼女はその場に座り込んだ。首元を押さえるナタリーに隣の女性が声をあげ、前へ並んでいたアリシアたちが迷惑そうに振り返った。
「どうかしましたか」
ジョナスが率先してナタリーの下へ駆け寄り、顔を覗き込む。玉のような汗を額にかいたナタリーにジョナスは熱でもあるのかと聞いたが、彼女は答えることができず、助けを求めるように祭壇へ、その上のステンドグラスへと目を向けた。
赤、青、紫などの色が使われ、花びらが広がったような形を描いた円形のステンドグラスは神秘的な光を放っていた。その下の縦長のステンドグラスには、預言者と言われる女性が数人、描かれていた。彼女たちはみな、神からの言葉を授かり、自身の使命を果たすべくその身を人々のために捧げてきた。
――自分の役目を果たしなさい。
――ああ、わたしは……
腕から指先にかけて、焼けるような熱を感じた。喉が渇く。息ができない。もう、溺れてしまう。戻ることはできない。
「ナタリー!」
誰かの声が聞こえた気がした。振り返って、大丈夫だと言ってあげたかったが、彼女の意識はそこで途絶えた。
中央の信徒が座る座席の両端には大きな柱がずらりと並んでおり、その柱一本一本の間に豪華なシャンデリアが吊り下げられている。永遠に続くかと思われる長い身廊の先に祭壇があり、天井近くまであるステンドグラスがそこだけ、外からの光を照らしていた。
(すごい……)
外の世界と隔絶され、まるでもう一つの別の世界に足を踏み入れてしまったような錯覚にナタリーは陥った。それは彼女だけではないだろう。アリシアや他の訪問者たちも、みなうっとりとした表情で中を見渡していた。
「いつ来ても、とても素晴らしい場所ね」
「はい。心が洗われるようです」
「あなたもそう思うでしょう?」
「ええ」
ナタリーは素直に頷いた。地上の穢れた場所とは無縁の、神の住む領域とはこんな場所かもしれない。――だからだろうか。ナタリーの不安はいっそう強まるばかりだった。
「さあ。せっかくですもの。一番前で、神へ祈りましょう」
そう言って、ほぼ最前列にナタリーは並ぶこととなった。緊張のせいだろうか。いやに心臓の鼓動が早く感じる。
(リアン……)
まもなく司教と思われる人間が入ってきた。一冊の本を片手に、何かを呟き、手をあげる。荘厳な調べが、何人もの折り重なった歌声が、ナタリーの鼓膜を震わせる。頭の中が何かを貫くように軋む。
――多くのひとを救いなさい。
歌声ではない。別の声が、ナタリーには聞こえた。頭を押さえる。隣にいた女性が、ちらりとこちらを見た。
――おまえはそのためにここに……
息が苦しい。と思ったら、溺れるような感覚に、突如ナタリーは襲われた。耐え切れず、彼女はその場に座り込んだ。首元を押さえるナタリーに隣の女性が声をあげ、前へ並んでいたアリシアたちが迷惑そうに振り返った。
「どうかしましたか」
ジョナスが率先してナタリーの下へ駆け寄り、顔を覗き込む。玉のような汗を額にかいたナタリーにジョナスは熱でもあるのかと聞いたが、彼女は答えることができず、助けを求めるように祭壇へ、その上のステンドグラスへと目を向けた。
赤、青、紫などの色が使われ、花びらが広がったような形を描いた円形のステンドグラスは神秘的な光を放っていた。その下の縦長のステンドグラスには、預言者と言われる女性が数人、描かれていた。彼女たちはみな、神からの言葉を授かり、自身の使命を果たすべくその身を人々のために捧げてきた。
――自分の役目を果たしなさい。
――ああ、わたしは……
腕から指先にかけて、焼けるような熱を感じた。喉が渇く。息ができない。もう、溺れてしまう。戻ることはできない。
「ナタリー!」
誰かの声が聞こえた気がした。振り返って、大丈夫だと言ってあげたかったが、彼女の意識はそこで途絶えた。
20
あなたにおすすめの小説
聖女解任ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はマリア、職業は大聖女。ダグラス王国の聖女のトップだ。そんな私にある日災難(婚約者)が災難(難癖を付け)を呼び、聖女を解任された。やった〜っ!悩み事が全て無くなったから、2度と聖女の職には戻らないわよっ!?
元聖女がやっと手に入れた自由を満喫するお話しです。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜
ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。
護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。
がんばれ。
…テンプレ聖女モノです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜
三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。
「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」
ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。
「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」
メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。
そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。
「頑張りますね、魔王さま!」
「……」(かわいい……)
一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。
「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」
国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……?
即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。
※小説家になろうさんにも掲載
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる