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22.嫉妬
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ナタリーは意識を取り戻すと、またすぐに病人を治し始めた。王宮の医師たちや司教たちから命じられたからでもあるが、一番の理由は彼女自身が苦しむ人を放っておくことはできなかったから。
「おお、まさに奇跡だ!」
先ほどまで熱に浮され、壊疽し始めていた手足の黒さも、元の皮膚の色へと戻っている。無事に動く指先を見ながら、宰相の息子だとかいう男は涙を浮かべながらナタリーにお礼を言った。
「聖女様のおかげです。本当にありがとうございます」
「それは、よかった……」
「聖女様。次の者が控えております」
「ええ、どうぞ呼んで下さい」
力を与えるのと比例して、ナタリーの体力は奪われていくようだったが、リアンに会えると思うと自然と我慢できる気がした。耐えることは、今までずっと彼女が繰り返してきたこと。耐えた先に褒美があるとわかっていれば、このくらい何も辛くはなかった。
(早く、早く、リアンに会いたい……)
もう真夜中を過ぎた頃、彼女はようやく解放され、一人部屋に残された。身体は悲鳴をあげているが、疲れすぎて目が冴えている。いや、一目だけでもリアンに会いたいという気持ちが、眠りから遠ざけているのだ。
(リアン……)
彼女はじっと扉の先に耳を澄ませた。そして、カツカツという音が響き、ナタリーはぱっと顔を上げた。待ち焦がれた気持ちが、扉へと足を向かわせる。
「リアン……!」
だが部屋に訪れたのはリアンではなかった。
「ア、アリシア様」
ナタリーはアリシアから思わず一歩後ずさる。どうして王女殿下がこんな所に、こんな時刻に自分を訪ねてきたのだ。
(ううん、それよりも……)
彼女の目にはありありと自分を嫌悪する色が浮かんでいた。
身に覚えのない嫌悪ほど恐ろしいものはない。自分は彼女に何かしてしまっただろうか。ナタリーは手を握りしめて、必死に敬う意を示した。だがアリシアは構わずにナタリーに近づいてくる。
「どうしてあなたなの」
アリシアはナタリーの肩を掴む。綺麗に整えられた爪が、痛い。人形のように整った顔が恐ろしい。
「どうして、こんな娘のためにリアンは懸命になるのですか」
「王女殿下……」
立場上振り払うこともできず、ナタリーは必死に無礼のないように全身に力を入れる。アリシアは震える娘の様子にいくらか溜飲が下がったのか、落ち着きを取り戻した。
「ナタリー。わたくしが今日、こんな場所へ足を運んだのは、あなたにお願いがあるからなのです」
「お願い?」
嫌な予感がした。王女殿下から願いなど、ナタリーに断る権利はない。
「それは一体、どのようなものでしょうか」
「リアンを解放して欲しいのです」
ひゅっと息を呑むナタリーに、アリシアは困ったように微笑んだ。
「優しいリアンは、不幸なあなたのことをいつまでも気にかけ、放っておけません。だから、こっそりと夜中にここへ訪れて、あなたに会いに来る。まるで夜盗のような真似を平気で仕出かすのです。あなたはいつまで経っても、リアンの幸せを奪っている」
リアンとこっそり会っていたことがばれたのだ。ナタリーは顔を真っ青にさせた。彼女は王女の言葉を繰り返す。
(わたしが、リアンの幸せを奪っている……)
そんなことはない、とは言い切れなかった。初めて会った時から今に至るまで、リアンはいつもナタリーのことを気にかけてくれた。選ばせているのは自分の不遇さを気にかけてか。
(違う。彼はそんな人じゃない……)
リアンは言ってくれた。自分のことが――
「大丈夫。あなたには、専属の騎士を与えますわ」
アリシアが後ろを振り返り、部屋に入ってくるよう合図した。その人物にナタリーは目を丸くする。
「オーウェン……」
オーウェンは感情の読み取れない表情でナタリーをちらりと見た。ナタリーはその目に不安を覚えながらも、アリシアに視線を戻す。自分がこれから述べようとしていることがどれほど認められないか、ナタリーは重々承知の上だったが、自分の心に嘘はつけなかった。
「アリシア様、お心遣いは大変有り難いのですが……わたしには、お話をお受けすることはできません」
「どうして? オーウェンが嫌いなのですか」
違う。嫌いではない。何の力もなかった自分を守ってくれた。大好きだった人だ。今でも、大切な人であることには変わりはない。けれど。
「わたしにとって、リアンはもはやかけがえのない存在なのです。彼を苦しませることになっても、わたしは彼のそばにいたいと思っております」
リアンはナタリーを愛していると言ってくれた。その想いにナタリーも応えたい。
「ナタリー。あなた……」
はあ、とアリシアは大げさにため息をついた。王女として、淑女として、無礼な行為を当然のようにアリシアはナタリーに対して振る舞った。
「あなたは、ご自分が置かれている立場がまるでわかっていませんのね」
「わたしの置かれている立場……」
だってそうでしょうと、アリシアは冷ややかに微笑んだ。
「あなたが寝込んだ原因は、リアンとこっそりと会っていたからだ、とみな思っていますわ」
アリシアの言葉に、ナタリーは一瞬意味がわからなかった。だがすぐに聖女が世間に求められる姿を思い出し、絶句した。
「わたしはリアンとそんな……」
いや、思い当たる節はある。けれど、それは聖女の力に何の影響もない。
「わたしが倒れたのは、ただの疲労です」
「事実がどうであれ、可哀想なリアンは、その責任をたった一人で背負っていますの。あなたは大切な聖女ですから、傷つけるわけにはいきませんもの」
ナタリーは目を見開き、アリシアに詰め寄った。
「リアンは、リアンは無事なんでしょうか!?」
アリシアが不愉快そうに顔を歪めても、ナタリーはなおも返答を聞こうとした。自分のせいでリアンが何かしらの罰を受けている。耐え難い事実だった。
「王女殿下、教えて下さい!」
「落ち着け」
そばにいたオーウェンがナタリーを引き離し、彼女は彼の衣服を掴んだ。
「オーウェン、リアンは、リアンは、無事なの!?」
まさか自分の代わりに、と最悪の想像までしたナタリーにオーウェンが大丈夫だと観念したようにつぶやいた。
「謹慎処分が下されているが、無事だ」
「ですが、今度はそうはいきません」
アリシアがはっきりとナタリーの目を見た。嫉妬に燃える女性の目だとナタリーは気づいた。
「もう一度、言います。ナタリー、あなたはリアンのために今後一切会わないと約束して下さい」
「おお、まさに奇跡だ!」
先ほどまで熱に浮され、壊疽し始めていた手足の黒さも、元の皮膚の色へと戻っている。無事に動く指先を見ながら、宰相の息子だとかいう男は涙を浮かべながらナタリーにお礼を言った。
「聖女様のおかげです。本当にありがとうございます」
「それは、よかった……」
「聖女様。次の者が控えております」
「ええ、どうぞ呼んで下さい」
力を与えるのと比例して、ナタリーの体力は奪われていくようだったが、リアンに会えると思うと自然と我慢できる気がした。耐えることは、今までずっと彼女が繰り返してきたこと。耐えた先に褒美があるとわかっていれば、このくらい何も辛くはなかった。
(早く、早く、リアンに会いたい……)
もう真夜中を過ぎた頃、彼女はようやく解放され、一人部屋に残された。身体は悲鳴をあげているが、疲れすぎて目が冴えている。いや、一目だけでもリアンに会いたいという気持ちが、眠りから遠ざけているのだ。
(リアン……)
彼女はじっと扉の先に耳を澄ませた。そして、カツカツという音が響き、ナタリーはぱっと顔を上げた。待ち焦がれた気持ちが、扉へと足を向かわせる。
「リアン……!」
だが部屋に訪れたのはリアンではなかった。
「ア、アリシア様」
ナタリーはアリシアから思わず一歩後ずさる。どうして王女殿下がこんな所に、こんな時刻に自分を訪ねてきたのだ。
(ううん、それよりも……)
彼女の目にはありありと自分を嫌悪する色が浮かんでいた。
身に覚えのない嫌悪ほど恐ろしいものはない。自分は彼女に何かしてしまっただろうか。ナタリーは手を握りしめて、必死に敬う意を示した。だがアリシアは構わずにナタリーに近づいてくる。
「どうしてあなたなの」
アリシアはナタリーの肩を掴む。綺麗に整えられた爪が、痛い。人形のように整った顔が恐ろしい。
「どうして、こんな娘のためにリアンは懸命になるのですか」
「王女殿下……」
立場上振り払うこともできず、ナタリーは必死に無礼のないように全身に力を入れる。アリシアは震える娘の様子にいくらか溜飲が下がったのか、落ち着きを取り戻した。
「ナタリー。わたくしが今日、こんな場所へ足を運んだのは、あなたにお願いがあるからなのです」
「お願い?」
嫌な予感がした。王女殿下から願いなど、ナタリーに断る権利はない。
「それは一体、どのようなものでしょうか」
「リアンを解放して欲しいのです」
ひゅっと息を呑むナタリーに、アリシアは困ったように微笑んだ。
「優しいリアンは、不幸なあなたのことをいつまでも気にかけ、放っておけません。だから、こっそりと夜中にここへ訪れて、あなたに会いに来る。まるで夜盗のような真似を平気で仕出かすのです。あなたはいつまで経っても、リアンの幸せを奪っている」
リアンとこっそり会っていたことがばれたのだ。ナタリーは顔を真っ青にさせた。彼女は王女の言葉を繰り返す。
(わたしが、リアンの幸せを奪っている……)
そんなことはない、とは言い切れなかった。初めて会った時から今に至るまで、リアンはいつもナタリーのことを気にかけてくれた。選ばせているのは自分の不遇さを気にかけてか。
(違う。彼はそんな人じゃない……)
リアンは言ってくれた。自分のことが――
「大丈夫。あなたには、専属の騎士を与えますわ」
アリシアが後ろを振り返り、部屋に入ってくるよう合図した。その人物にナタリーは目を丸くする。
「オーウェン……」
オーウェンは感情の読み取れない表情でナタリーをちらりと見た。ナタリーはその目に不安を覚えながらも、アリシアに視線を戻す。自分がこれから述べようとしていることがどれほど認められないか、ナタリーは重々承知の上だったが、自分の心に嘘はつけなかった。
「アリシア様、お心遣いは大変有り難いのですが……わたしには、お話をお受けすることはできません」
「どうして? オーウェンが嫌いなのですか」
違う。嫌いではない。何の力もなかった自分を守ってくれた。大好きだった人だ。今でも、大切な人であることには変わりはない。けれど。
「わたしにとって、リアンはもはやかけがえのない存在なのです。彼を苦しませることになっても、わたしは彼のそばにいたいと思っております」
リアンはナタリーを愛していると言ってくれた。その想いにナタリーも応えたい。
「ナタリー。あなた……」
はあ、とアリシアは大げさにため息をついた。王女として、淑女として、無礼な行為を当然のようにアリシアはナタリーに対して振る舞った。
「あなたは、ご自分が置かれている立場がまるでわかっていませんのね」
「わたしの置かれている立場……」
だってそうでしょうと、アリシアは冷ややかに微笑んだ。
「あなたが寝込んだ原因は、リアンとこっそりと会っていたからだ、とみな思っていますわ」
アリシアの言葉に、ナタリーは一瞬意味がわからなかった。だがすぐに聖女が世間に求められる姿を思い出し、絶句した。
「わたしはリアンとそんな……」
いや、思い当たる節はある。けれど、それは聖女の力に何の影響もない。
「わたしが倒れたのは、ただの疲労です」
「事実がどうであれ、可哀想なリアンは、その責任をたった一人で背負っていますの。あなたは大切な聖女ですから、傷つけるわけにはいきませんもの」
ナタリーは目を見開き、アリシアに詰め寄った。
「リアンは、リアンは無事なんでしょうか!?」
アリシアが不愉快そうに顔を歪めても、ナタリーはなおも返答を聞こうとした。自分のせいでリアンが何かしらの罰を受けている。耐え難い事実だった。
「王女殿下、教えて下さい!」
「落ち着け」
そばにいたオーウェンがナタリーを引き離し、彼女は彼の衣服を掴んだ。
「オーウェン、リアンは、リアンは、無事なの!?」
まさか自分の代わりに、と最悪の想像までしたナタリーにオーウェンが大丈夫だと観念したようにつぶやいた。
「謹慎処分が下されているが、無事だ」
「ですが、今度はそうはいきません」
アリシアがはっきりとナタリーの目を見た。嫉妬に燃える女性の目だとナタリーは気づいた。
「もう一度、言います。ナタリー、あなたはリアンのために今後一切会わないと約束して下さい」
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