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23.失ったもの
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アリシアはナタリーの返事を聞かずに立ち去った。これはお願いではなく、命令なのだからナタリーは従うしかない。
(でも、こんなの……)
「ナタリー」
びくりとナタリーは後ろに佇む男を見る。
「オーウェン」
彼女はそう呼びかけながらも、本当に彼があの幼馴染なのだろうかと信じられない思いだった。それくらい彼は暗い表情で、ナタリーを見ていた。どんな時でも明るさを失わなかった男の瞳には仄暗さがあり、怖いとさえ感じる自分がいる。
「ナタリー。お前はもうリアンに会うな」
「でも、」
「リアンと会っていたから、倒れた訳じゃないよな?」
疑うような目に、ナタリーは悲しくなった。オーウェンまで自分たちを信じてはくれないのか。
「……いいえ、違います。多くの人を癒していたので、急激に消耗してしまったんです」
「本当か?」
「ええ、本当です」
オーウェンはそれでもまだ何か言いたそうな目でナタリーを見る。
「妻のハンナが死んだ」
ナタリーは言葉を失った。
(ハンナさん……オーウェンの妻……)
結婚して、とても幸せそうだったのに。家族を持つことが、ずっと彼の願いだったのに。
「ナタリー。お前が悪いわけじゃない。でも、もしお前が倒れたりせず、ハンナを診てくれたらと思うと……そう思うと俺はどうしてもお前が、」
そこまで言って、オーウェンはようやくナタリーの顔が真っ青になっていることに気がついた。
「悪い……」
ナタリーは力なく首を振った。彼は何も悪くない。自分が倒れなければ、彼の妻を治してやることができたかもしれない。
(本当に?)
他にも病人はたくさんいた。そしてその優先順位は、国の要職に就く者やその家族たち。貴族は位の高い者から中心に。あるいはお金をたくさん渡してくれれば、順番はいくらか早くなったかもしれないが……どのみちオーウェンが騎士の身分だからといって、ハンナが貴族のご令嬢だからといって、彼らの中では下位に位置し、真っ先に治療することはできなかった。
ナタリーが望んだとしても、周りの者たちが許さなかった。でも、それを彼に言った所で何になるというのだ……。
「なぁ、ナタリー。お前、聖女なんだろう? どんな病でも、治しちまうんだろう? 死んだ者を生き返らせることはできないのか?」
「……ごめんなさい。それは、できないわ」
「どうしても無理なのか?」
できないの、とナタリーは苦しげに首を振った。相手が生きているからこそ、ナタリーの力は発揮する。活動を止めてしまった者には、手の施しようがない。
「そうか。そうだよな……。ハンナはもう二度と生き返らないんだよな」
「オーウェン……」
彼は力なく笑う。その目には涙が浮かんでおり、彼は乱暴に拭った。
「オーウェン。わたし……」
「なぁ、ナタリー。お前には、俺みたいなやつをこれ以上出さないで欲しい」
それだけ言うと、彼は黙って部屋を出ていった。一人残されたナタリーは力が抜けたように、その場に座り込む。
優しいオーウェン。ナタリーの生い立ちを、かつては誰よりも悲しみ、憤ってくれた。その彼が憎むような、苦しむような目で自分を見ていた。その理由が最愛の妻を失ったから。助けられる術があったのに、ナタリーが見殺しにしたから。
(わたしが、もっと早く聖女の力に目覚めていれば、途中で倒れたりしなければ、ハンナさんは死ななかった。オーウェンも誰かを憎まずにいられた……)
ナタリーは自分が彼らを追いつめてしまったのだと知り、頭が真っ白になった。
(オーウェンだけじゃない。彼のような人が何人も、何十人も、ううんもっといたんだ……)
いったい彼らが苦しんでいた間自分は何をしていたのだろう。ただ一人ぬくぬくと幸福に酔いしれていただけではないか。
(ごめんなさい、ごめんなさい……)
ナタリーは懺悔するように床にひれ伏した。
(でも、こんなの……)
「ナタリー」
びくりとナタリーは後ろに佇む男を見る。
「オーウェン」
彼女はそう呼びかけながらも、本当に彼があの幼馴染なのだろうかと信じられない思いだった。それくらい彼は暗い表情で、ナタリーを見ていた。どんな時でも明るさを失わなかった男の瞳には仄暗さがあり、怖いとさえ感じる自分がいる。
「ナタリー。お前はもうリアンに会うな」
「でも、」
「リアンと会っていたから、倒れた訳じゃないよな?」
疑うような目に、ナタリーは悲しくなった。オーウェンまで自分たちを信じてはくれないのか。
「……いいえ、違います。多くの人を癒していたので、急激に消耗してしまったんです」
「本当か?」
「ええ、本当です」
オーウェンはそれでもまだ何か言いたそうな目でナタリーを見る。
「妻のハンナが死んだ」
ナタリーは言葉を失った。
(ハンナさん……オーウェンの妻……)
結婚して、とても幸せそうだったのに。家族を持つことが、ずっと彼の願いだったのに。
「ナタリー。お前が悪いわけじゃない。でも、もしお前が倒れたりせず、ハンナを診てくれたらと思うと……そう思うと俺はどうしてもお前が、」
そこまで言って、オーウェンはようやくナタリーの顔が真っ青になっていることに気がついた。
「悪い……」
ナタリーは力なく首を振った。彼は何も悪くない。自分が倒れなければ、彼の妻を治してやることができたかもしれない。
(本当に?)
他にも病人はたくさんいた。そしてその優先順位は、国の要職に就く者やその家族たち。貴族は位の高い者から中心に。あるいはお金をたくさん渡してくれれば、順番はいくらか早くなったかもしれないが……どのみちオーウェンが騎士の身分だからといって、ハンナが貴族のご令嬢だからといって、彼らの中では下位に位置し、真っ先に治療することはできなかった。
ナタリーが望んだとしても、周りの者たちが許さなかった。でも、それを彼に言った所で何になるというのだ……。
「なぁ、ナタリー。お前、聖女なんだろう? どんな病でも、治しちまうんだろう? 死んだ者を生き返らせることはできないのか?」
「……ごめんなさい。それは、できないわ」
「どうしても無理なのか?」
できないの、とナタリーは苦しげに首を振った。相手が生きているからこそ、ナタリーの力は発揮する。活動を止めてしまった者には、手の施しようがない。
「そうか。そうだよな……。ハンナはもう二度と生き返らないんだよな」
「オーウェン……」
彼は力なく笑う。その目には涙が浮かんでおり、彼は乱暴に拭った。
「オーウェン。わたし……」
「なぁ、ナタリー。お前には、俺みたいなやつをこれ以上出さないで欲しい」
それだけ言うと、彼は黙って部屋を出ていった。一人残されたナタリーは力が抜けたように、その場に座り込む。
優しいオーウェン。ナタリーの生い立ちを、かつては誰よりも悲しみ、憤ってくれた。その彼が憎むような、苦しむような目で自分を見ていた。その理由が最愛の妻を失ったから。助けられる術があったのに、ナタリーが見殺しにしたから。
(わたしが、もっと早く聖女の力に目覚めていれば、途中で倒れたりしなければ、ハンナさんは死ななかった。オーウェンも誰かを憎まずにいられた……)
ナタリーは自分が彼らを追いつめてしまったのだと知り、頭が真っ白になった。
(オーウェンだけじゃない。彼のような人が何人も、何十人も、ううんもっといたんだ……)
いったい彼らが苦しんでいた間自分は何をしていたのだろう。ただ一人ぬくぬくと幸福に酔いしれていただけではないか。
(ごめんなさい、ごめんなさい……)
ナタリーは懺悔するように床にひれ伏した。
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