バッドエンド回避のために結婚相手を探していたら、断罪した本人(お兄様)が求婚してきました

りつ

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7、バッドエンド回避のために

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「何ですって?」

 どうしてこの男はイザベルが何かを得た――前世の記憶を得たことを知っているのだろう。

「やっぱり怪しいわ。……まさか悪魔の手先?」
「心の声が漏れていますよ、お嬢さん」

 あらやだ、とイザベルが口に手を当てると、シャルルは苦笑いした。

「聖なる力は誰もが有していないゆえ、魔の力にも見えますから仕方がないことですが……僕は悪魔の手先ではありません。どうか信じてください」

 そう言われても正直素直に信じる気にはなれなかったが、今はそこを審議している場合ではない。

「わかった。今はとりあえずあなたを信じるわ。それより今日は聞きたいことがあって訪ねたの」

 ある程度何かに勘付いているようならば、話は早い。

「あなた、前世の話なんて信じる? 予知夢とか、この世界が実は物語の中の話だとか」

 いきなりポンポン秘密を打ち明けるイザベルにシャルルはまた苦笑いする。

「お嬢さん。僕が善良で少々変わっているから大丈夫ですけれど、そういった話は決して他の人間の前ではしないでくださいね。最悪異端審問にかけられて処刑されちゃいますよ」
「そ、そうなの!?」

 教会を敵に回すと、そういう血生臭い処刑にかけられるらしい。知らなかった。気を付けよう。

「でもわたしは、もちろんあなたを信じて打ち明けたのよ」

 あと、ひょろりとして弱々しいので、裏切っても後で何とかできそう、という感じがした。

「なにかすごく失礼で怖いこと考えていませんか?」
「いないわ。それで、どうなの? 信じるの?」
「せっかちなお嬢さんだ。……ええ、信じます」
「本当!?」
「以前、あなたの魂が真っ赤だとお伝えしたでしょう? あれは肉体と精神が乖離しかかっている状態を示していたんです」
「肉体と精神が乖離? ってどういうこと?」

 もっとわかりやすく説明してほしい。

「つまり、本来の人格が誰かに乗っ取られかけているとか、消滅しかかっているってことです。うーん……操り人形になりかけている? って言えばわかります?」
「あ、操り人形……」

 イザベルは絶句した。

「そんな! なんでそんなことに? わたし、すっごく正常よ!?」

 普通そんな状態になる人間はもとから精神が危うくなっている場合が多いイメージがある。しかしイザベルは心身共に健康だと自負している。風邪だってめったに引かないし、悲しいことがあっても一晩寝ればたいてい次の日には忘れている楽観的な性格だ。

「うーん……神の采配、ご意志、とか?」
「そんな神の采配があってたまるか!」

 しかし納得した。

 あのゲーム通りの展開を迎えるためにイザベルは今の人格を悪役令嬢に書き換えられて、演じなければならないのだ。

(夢の中のわたしってどこか虚ろな目をしていたし、とにかく正気じゃなかった。てっきりレーモンに恋していたからだと思っていたけれど……)

 実はシナリオのために人格が操られていたため……と知ってゾッとした。

(でも、そうよね。わたしはわたしのことを好きじゃない男に自分から言い寄る真似なんてしないもの)

 そもそも自分はレーモンなど好みではないし、他人にそこまで興味はない。マリオンが平民だからといって、見目麗しい王侯貴族と結ばれることに反感は抱かない。自分やフェリクスに害がなければどうでもいい。

 ……だが、そんな今のイザベルの性格では、あの乙女ゲームは山あり谷ありの物語にはならない。イザベルは物語のために今の人格を殺されなければならないのだ。

(そんなの絶対に嫌!)

 怖い。理不尽だ。ものすごく腹が立つ。絶対に神の言う通りに動いてやるものか!

「ね、わたし、どうすればいいの? このままだと、ろくでもない未来しか待っていないんだけど」
「うーん……どうしましょうか」

 何とも頼りにならない台詞に苛立ちが増す。八つ当たりするようにきつい口調で問い詰めた。

「あなた、聖職者なんでしょう? 魂の色まで見えちゃって、自分の思い通りにさせる神の手まで持ったすごい人なんでしょう? 何とかしてよ」
「いやぁ、確かに僕の有する力はすごいかもしれませんが、だからといって未来をいきなりガラリと変える力はなくって、それに未来は結局その道を辿る本人にしか変えることはできなくて――」
「なに謙遜もしないで、それらしいこと抜かしているのよ」
「わわっ、暴力反対です。落ち着いてください」

 何か隠しアイテムでも持っているのではないかとイザベルは近寄ってシャルルの身体を揺する。シャルルが落ち着いてくださいと腕に触れた瞬間、ドクンと心臓が鳴った。

「うっ……」

『お願い、レーモン様。どうか、わたしを抱いてください』

 シュミーズ姿というあられもない格好でレーモンに迫る自分イザベルの姿が頭に流れ込む。

(いや、だ。そんなこと、したくない)

 あんな男、これっぽっちも興味がない。他の男もだ。もし、そんなことをしなければならないならば、相手は――

「イザベル様、大丈夫ですか!?」

 蹲って呻き声を上げるイザベルにシャルルが慌てて背中を撫でる。

 先ほどと違って、不快な記憶は流れてこず、落ち着いた気持ちになった。

『イザベル、心配するな。お前には俺がいる。ずっと、お前の兄として、家族として、お前のそばにいる』

(お兄様……)

 両親を亡くして泣きじゃくっていたイザベルにそう言って慰めてくれた幼い時の兄の記憶が浮かんだ。

「……ごめんなさい。取り乱してしまったわ」

 シャルルに当たってもどうしようもない。それに彼の言う通りだ。

 自分の悲劇的な運命は自分でハッピーエンドに変えなければならない。

「イザベル様……」
「シャルル。わたしの魂は真っ赤で、揺らいでいる。今の人格が抹消されそうになっている、って言ったわよね? それを防ぐことはできないの? 攻略キャラ……未来でわたしが傷つけようとする人間と関わらなければ、破滅の未来はやってこない?」
「それは……イザベル様。脅すようで心苦しいのですが、恐らくこのまま何もせず、その夢の中の人間と接触を断ち切ったとしても、あなたの真っ赤に塗り替えられた魂は誰かを傷つけようと意思を持って動き始めるでしょう」

 そんな……とイザベルは心が折れかけるが、グッと奥歯を噛んで、他の案を探す。

「じゃあ、物理的に肉体を縛ったらどう? わたしの身体を寝台に縄で頑丈にくくりつけておけば、さすがに相手を傷つけることはできないはずよ」
「なかなか乱暴な案を提示しますね……一見有効かもしれませんが、その場合、もしかすると思いもよらぬ怪力を得て縄を切ってしまうかもしれませんし、一時的に正気に戻った振りをして誰かに縄を解かせるかもしれません。それに、あなたのお兄様が……」

 ね? とシャルルが言わんとしていることがわかる。

 兄は恐らくイザベルを寝台にくくりつける真似など絶対に許さないだろう。

「くっ……じゃあほら、魂を縛る道具とかないの? 聖なるグッズとかないの? 聖水とか胡散臭い護符とか、呪文や儀式とか!」

 あるだろう! と鬼気迫る顔で問いつめれば、シャルルは呆れるように答えた。

「イザベル様はどうも以前から僕たち教会のことを怪しい宗教団体と勘違いしているようですが、聖水とか、別に売っていませんから。護符も。あ……でも、そうですね、儀式なら……ないこともないと言いますか……いや、でもあれは迷信に近いと言いますか」
「何? 教えて」

 この際藁にも縋る思いなのだ。

 お願い、とじっと見つめれば、シャルルはなぜか顔を赤くして、サッと目を逸らす。

 そしてごにょごにょと消え入りそうな声で教えてくれた。

「あなた一人の力で無理ならば、他人の……異性の力を借りればいいのです……陰と陽がまじりあい、一つの存在になるように……逃げようとする女の魂を、男の強い生命力で抑え込み、熱い活力エネルギーを分け与えれば……ああ、でも、やはりこんなこと、非科学的で、都合がよすぎる……破廉恥なことを愉しむために考えた、薄汚れた人間の屁理屈だ……」
「何? つまり男と性行為セックスすれば、いいってこと?」
「セッ……そんなこと、年頃の娘さんが軽々しく口にしてはいけません!!」

 真っ赤になってシャルルが叫ぶ。まるで童貞のようだ。……いや、聖職者だからその可能性は十分あるか。

(あ、でも、この世界の神父は結婚できるのよね)

 牧師より神父の方が馴染みがあるので、そちらの単語を使ったのかもしれない。

 ……という前世の知識は置いておいて、イザベルも処女であるが、メイドたちが陰で盛り上がっていた猥談に加えて前世の記憶も合わさってそこそこの知識は持っている。だから恥じらいなどは特にない。

「そうね……誰かとさっさと結婚して、身体を繋げてしまえばさすがにレーモンへの執着心も薄れるか……ああ、でも、人妻になってもしつこく迫るかしら……いや、さすがに全年齢用のゲームでそんな生々しい描写は……あのゲーム、一応学院内での行動だけだったし、でも、イザベルはお色気キャラなのよね……なんでわたしがそんな役引き受けないといけないのよ」
「あの、お嬢さん? もしもし? まさか本当に誰かと契ろうとだなんて」
「決めたわ、シャルル。わたし、結婚する! 性行為する!」

 ひえぇっ、とシャルルは素っ頓狂な声を上げて仰け反った。

「そんなに驚かなくても」
「お、驚きますよ! 潔すぎます!」
「そう? わたし、もう十八歳だし、結婚のことを考えても全くおかしくないわ」

 もっと幼い頃から婚約を結んでいる者もいる。

 イザベルは兄から特に勧められなかったが……我儘でお転婆なところがあるから向かないと思ったのかもしれない。イザベルも前世の記憶など思い出さなければ結婚したいと思わなかっただろう。

(でも、いい機会かもしれない)

 これまでずっと兄に甘えて暮らしていた。家を出て家庭を築くことで恩返しできるのではないか。
 それに自分が出て行けば、兄も自分のことだけを考えて……誰かと結婚するかもしれない。

 しかしそんなふうに考えると、不意に胸が痛んだ。

(……少し、寂しいし、嫌、だけれど……いつまでも甘えていてはだめよね)

「シャルル。そういうわけだから、誰かいい人紹介してくれない?」
「そういうわけで、の部分が全くわからないのですが……。それに僕は別に結婚相談所の職員ではありません」
「じゃあ、そういう人を紹介してくれない?」
「はぁ……本当に、他の男性と結婚する気なんですか?」

 もちろんだ。イザベルの辞書に二言はない。

「ええ。あなたが言い出したことじゃない」
「いえ、僕は何も他の男と結婚しろと言ったわけではなく……」
「まぁ。じゃあ何? あなたはわたしに婚前交渉しろと言っているの? 相手も不特定多数の男を相手にしろと?」
「そんなこと言っていません! 僕はただあなたが潔すぎて心配しているだけで――」
「うーん……お嬢、さま……?」

 シャルルの大きな声で今までずっと眠っていたスージーが目を覚ましてしまった。

 イザベルは今日はここまでだと立ち上がる。

「シャルル。今日はどうもありがとう。お兄様のことも誤解が解けて、本当によかったわ。――スージー、終わったから屋敷に帰りましょう」
「え? あ、わたくし、いつの間に眠って……」
「疲れていたのでしょう。あなたはいつも率先して屋敷のことを気にかけてくれるもの。大丈夫。何もなかったし、お兄様にもそう伝えて。馬車の中で詳しく話すわ。さ、お暇しましょう。それじゃあ、シャルル。失礼しますね」

 え、ちょっと……と困惑するシャルルにイザベルはウインクしてスージーと共に部屋を出て行った。

(よぉし。こうなったら破滅を回避するのにぴったりの婚約者を見つけてやるわ!)

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