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6、もう一度教会へ
「イザベル。どこに行くんだ」
後日。そーっと外へ出ようとしていたイザベルはぎくりとする。
早速フェリクスに見つかってしまった。
「……お兄様、今日は事業の方と会談するご予定だったのでは?」
「その予定だったが、何だか悪い予感がして、切り上げて戻ってきた」
なにその勘すごい、と感心している場合ではない。
「それで、こそこそとどこへ出かけるつもりだったんだ?」
「えっと、体調もよくなったので、少しお友達の家へ遊びに行こうかと思いまして」
フェリクスは驚いたように目を瞠った。
「お前に友人なんているのか」
「失礼な! 一人くらいいますよ!」
嘘ではない。ドレスやアクセサリーを扱う店で買い物している時、そこの店主の娘と仲良くなったのだ。
「……何か高額なドレスを買わせるためにわざと親しくしているんじゃないか?」
「お兄様。わたし、本気で怒りますよ?」
笑顔でそう脅せば、兄は咳払いして悪かったと謝った。
まったく失礼な話である。
「しかしイザベル。お前はまだ病み上がりだ。もう少し部屋で大人しく療養していなさい」
「もう十分よくなりましたってば」
前世のとんでもない記憶も、受け止められるようになった。もともと図太い神経だと自覚しているので、こうなったからには行動あるのみだと前向きに考えての外出なのだ。
「お願い、お兄様。ほんの少しその子と会って話したら、すぐに……もう光の速さで帰ってくるから」
両手を組んで、上目遣いでお願いすれば、フェリクスはうっ……という顔をしたあと「……わかった」と承諾してくれた。
「やった! ありがとお兄様! 大好き!」
「そういうことを軽々しく言うのはやめなさい。はぁ……私も用意してくるから、待っていなさい」
「ええっ。お兄様もついてくるんですか!?」
冗談ではない。それでは意味ないではないか。
絶対に嫌だ! という顔をするイザベルにフェリクスはムッとする。
「私が一緒に行っては、何か不都合があるのか?」
「ありまくり……いえ、そういうわけじゃないですけど、普通は嫌です。お友達と会うのに兄が同席していたら、向こうも困惑するでしょう?」
「お前の友人ならば、一度きちんと挨拶しておいても何もおかしくはないだろう」
「だからそんなこと普通はしませんって……もう。ああ言えばこう言うんだから……」
「それはお前の方だ」
こういう時の兄は意外と譲ってくれないから厄介だ。
しかしだからといって連れて行くわけにはいかない。
内緒でシャルルと会っていれば、今度こそ兄は彼をあの世に送ってしまうだろうから。
「メイドを同伴させますから。ね? それなら安心でしょう?」
「以前お前はメイドを物で買収しただろう。信用できん」
しっかりばれていた。ちなみにそのメイド――ロッティはイザベルの世話係から掃除洗濯係に移動になったようだ。申し訳ないことをした。後でお詫びと励ましの菓子でもあげよう。
「えーと、あっ、そうだ、スージーを連れて行きますわ!」
スージーは生真面目が服を着て歩いているような女性だ。つまりとってもお堅い性格で、イザベルも事あるごとにもっとお淑やかにしろ、言葉遣いに気をつけろとお叱りを受けている。
そんな女性が付き人ならば、安心できるはずだ。
案の定、フェリクスは考え込んだ。
「お兄様はお忙しいでしょう。わたしのことを心配してくれるのはわかりますけど、お仕事を疎かにしてほしくないんです。スージーがいれば大丈夫ですよ。安心してください!」
ね、ね! と押せば、フェリクスは渋面を作って不承不承といった体で納得してくれた。
「くれぐれも、寄り道はしないように。すぐに帰ってくるんだぞ」
「はい。わかっています。では、行ってきます!」
兄の気が変わらないうちにイザベルはスージーと共に馬車に乗り込んで街へ向かった。
「――ねぇ、スージー」
「お嬢様。わたくしはロッティのように物での買収には応じませんから」
猫撫で声に素早くイザベルの魂胆を悟ったのか、スージーが冷たい声で釘を刺す。
さすが兄が許可を出しただけの女性だ。そう簡単にはなびいてくれない。
「スージー。そう警戒しないで。……実はね、今回出てきたのはお兄様のためなの」
「旦那様のため?」
「そう。ほら、わたしが教会で倒れてしまったばかりに、お兄様は聖職者であるシャルルを激しく詰問して、監禁してしまったでしょう?」
「ですがその件はすでに片付きましたわ。旦那様もシャルル殿に詫びて、謝罪も込めた寄付金も渡しております」
「スージー……お金だけでは傷ついた心は癒せないわ。まず言葉で誠心誠意謝らないと」
そっと目を伏せてしおらしく述べるイザベルにスージーは奇怪なモノを見たという顔をする。
イザベルも、我ながら白々しいと思う。しかしここでボロを出してはいけない。
「わたしね、お兄様のことを悪く言うんじゃないかって不安でたまらないの。それにあの方にお兄様のことを誤解してほしくない。お兄様はただわたしのことが心配で、少し暴走してしまっただけなのに!」
「少し、ではないと思いますが。稀に見る大暴走でしたが」
「とにかく! シャルルに直接会って謝りたいの。そうしていかにお兄様が素敵な方か、きちんと説明する。だからスージー。どうか教会へ行くことを許して! お兄様の目を欺く罪をわたしと一緒に犯して!」
お願い、とイザベルは身を乗り出してスージーの手を掴む。
必死で真面目な顔で頼めば、スージーは先ほどのように即否定せず、思い悩むように黙り込んだ。
「……わかりました。ですが彼に会う際は、わたくしも同席させてもらいます」
「ああ、ありがとうスージー!」
(やった! 上手くいったわ!)
スージーのような真面目な女性には、情に訴え、かつ誰かのためだと理由づけすることが効くと思ったのだ。
(でも同席されるのは困ったわね。どうしようかしら)
まぁ、とりあえず会うことは叶ったのだ。あとはその場の流れに従おう。
「――これはこれは、イザベル様。この度は我が愚弟が大変な迷惑をかけてしまい誠に申し訳ありませんでした」
教会に着いてイザベルの姿が見えるなり、神父が駆け寄ってきて恐縮した様子で頭を下げた。
どうやらイザベルが倒れてしまったことはちょっとした騒ぎになったようで、若きクレージュ侯爵の怒りを買ったと噂になっているらしい。
そして愚弟というので、神父はシャルルの兄のようだ。髪も含めてあまり似ていない。
「いいえ、わたしの方こそご迷惑をおかけしました。どうか頭を上げてください」
「しかし……」
「今日は弟さんにもう一度お会いしたくて伺ったのです。今どちらに?」
「弟に会いに? それは、大丈夫なのですか?」
困惑した表情には、フェリクスの怒りを買わないか? という恐怖も含まれている気がした。イザベルは苦笑しながら大丈夫ですと答える。
「ぜひもう一度お会いしたいのです。兄の許可も得ておりますわ」
「そう、ですか。そういうことでしたら、どうぞこちらに。今部屋で反省させているのです」
やはり何だか申し訳ないことをしてしまった気がして、イザベルは会ったらまず謝ろうと思った。
「――やぁ、お嬢さん。また会いに来てくれると思っていましたよ」
しかし顔を合わせるなりのほほんと挨拶してきたシャルルにひどく呆れた気持ちになってしまった。
「こら、シャルル! お前なんだその、のほほんとした挨拶は!」
神父がぽかりとシャルルの頭を叩く。彼は椅子に座って何か本を読んでいる最中だった。
「痛いなぁ、兄さん」
「イザベル様はお前にお会いしたいとわざわざ兄君を説得して足を運んでくださったのだぞ! 感謝しなさい!」
「あの、神父。そこまで感謝されることではありませんから。どうかお気になさらず」
というかこんなやり取りをしている時間はないのだ。さっさと本題に入らないと、フェリクスが乗り込んできそうな予感があった。
イザベルが内心焦燥に駆られながら神父とシャルルのやり取りを眺めていると、不意にシャルルと目が合い、にっこり微笑まれた。
「兄さん。お客様にはお茶を淹れてこないと。ね?」
ポン、と神父の肩に手を叩くと、小言を述べていた神父は急に「それも、そうだな」とくるりと方向転換して部屋を出て行ってしまった。
「お見苦しいところをお見せしてしまってすみません。どうぞおかけになってください」
「はぁ……」
「そちらの付き添いの方も、どうぞ」
「いえ。わたくしは立っております。いない者として扱ってください」
メイドの鑑であるスージーはフェリクスに託された使命を全うしようとぴしゃりと断る。
「まぁまぁ、そうおっしゃらず。女性を立ちっぱなしにしてしまうのは、もてなす方としては心苦しいですから」
そばに寄って軽く腕に触れたシャルルをスージーは不審そうに見つめたが、そこまで言われては相手に失礼だと思ったのか、黙ってイザベルの隣に座った。
「さて、お嬢さん。……いえ、イザベル様。先日は僕のせいで大変な目に遭われましたでしょう。本当にごめんなさい」
「……いえ、あなたのせいではないわ。むしろ迷惑をかけてしまったのはこちらの方よ。お兄様がわたしを心配するあまり、あなたに嫌な思いをさせてしまった。本当にごめんなさい」
頭を下げれば、シャルルは慌ててやめてくださいと言った。
「いえ、そうではないのです。あなたが倒れてしまったのは、本当に僕の責任なんです」
どういうことだと顔を上げれば、困ったようにシャルルは左手を掲げていた。
「毎回、というわけではないのですが、時々僕が触れると、不思議なことが起こるのです」
「不思議なこと?」
「ええ。心の中でこうしてほしい……って思う通りに動いたり、その人に思いもよらぬ衝撃を与えたり……」
「思いもよらぬ衝撃」
「ええ。今も、ほら……」
人差し指が示しているのはイザベルの隣に座るスージーであった。彼女はピンと背筋を伸ばしたまま目を閉じている。どうやら眠っているみたいだ。
「……もしかして、先ほど神父が部屋を出て行かれたのもあなたのせいなわけ?」
「ええ。あなたと二人きりで話がしたいと思い、少し席を外してほしいと願いました。そちらの女性も、話が終わるまで眠っていてほしいと」
「あなた……いったい何者なの?」
胡散臭い。怪しいと警戒心を露わにするイザベルにシャルルは両手を上げて慌てる。
「僕は本当にしがない聖職者です。怪しい者ではありません」
「そういう台詞を自分で言うところが怪しいわ。それに、先ほどの力を使えば、悪いことし放題じゃない」
「いえ、この力は良いことにしか使えません。それに、相手もどこか望んでいることだったりするんですよ?」
「なにそれ」
シャルルはへらりと笑った。
「兄がこの部屋を出て行ったのは、僕と関わりたくない。面倒事に巻き込まれたくないという気持ちがあるからです。そしてそちらの女性が眠ってしまったのも、日頃の疲れが溜まって休みたいという願望が心のどこかにあったからです。――あなたがあの時倒れて、何かを得てしまったことも、すべてあなた自身の願いというわけです」
後日。そーっと外へ出ようとしていたイザベルはぎくりとする。
早速フェリクスに見つかってしまった。
「……お兄様、今日は事業の方と会談するご予定だったのでは?」
「その予定だったが、何だか悪い予感がして、切り上げて戻ってきた」
なにその勘すごい、と感心している場合ではない。
「それで、こそこそとどこへ出かけるつもりだったんだ?」
「えっと、体調もよくなったので、少しお友達の家へ遊びに行こうかと思いまして」
フェリクスは驚いたように目を瞠った。
「お前に友人なんているのか」
「失礼な! 一人くらいいますよ!」
嘘ではない。ドレスやアクセサリーを扱う店で買い物している時、そこの店主の娘と仲良くなったのだ。
「……何か高額なドレスを買わせるためにわざと親しくしているんじゃないか?」
「お兄様。わたし、本気で怒りますよ?」
笑顔でそう脅せば、兄は咳払いして悪かったと謝った。
まったく失礼な話である。
「しかしイザベル。お前はまだ病み上がりだ。もう少し部屋で大人しく療養していなさい」
「もう十分よくなりましたってば」
前世のとんでもない記憶も、受け止められるようになった。もともと図太い神経だと自覚しているので、こうなったからには行動あるのみだと前向きに考えての外出なのだ。
「お願い、お兄様。ほんの少しその子と会って話したら、すぐに……もう光の速さで帰ってくるから」
両手を組んで、上目遣いでお願いすれば、フェリクスはうっ……という顔をしたあと「……わかった」と承諾してくれた。
「やった! ありがとお兄様! 大好き!」
「そういうことを軽々しく言うのはやめなさい。はぁ……私も用意してくるから、待っていなさい」
「ええっ。お兄様もついてくるんですか!?」
冗談ではない。それでは意味ないではないか。
絶対に嫌だ! という顔をするイザベルにフェリクスはムッとする。
「私が一緒に行っては、何か不都合があるのか?」
「ありまくり……いえ、そういうわけじゃないですけど、普通は嫌です。お友達と会うのに兄が同席していたら、向こうも困惑するでしょう?」
「お前の友人ならば、一度きちんと挨拶しておいても何もおかしくはないだろう」
「だからそんなこと普通はしませんって……もう。ああ言えばこう言うんだから……」
「それはお前の方だ」
こういう時の兄は意外と譲ってくれないから厄介だ。
しかしだからといって連れて行くわけにはいかない。
内緒でシャルルと会っていれば、今度こそ兄は彼をあの世に送ってしまうだろうから。
「メイドを同伴させますから。ね? それなら安心でしょう?」
「以前お前はメイドを物で買収しただろう。信用できん」
しっかりばれていた。ちなみにそのメイド――ロッティはイザベルの世話係から掃除洗濯係に移動になったようだ。申し訳ないことをした。後でお詫びと励ましの菓子でもあげよう。
「えーと、あっ、そうだ、スージーを連れて行きますわ!」
スージーは生真面目が服を着て歩いているような女性だ。つまりとってもお堅い性格で、イザベルも事あるごとにもっとお淑やかにしろ、言葉遣いに気をつけろとお叱りを受けている。
そんな女性が付き人ならば、安心できるはずだ。
案の定、フェリクスは考え込んだ。
「お兄様はお忙しいでしょう。わたしのことを心配してくれるのはわかりますけど、お仕事を疎かにしてほしくないんです。スージーがいれば大丈夫ですよ。安心してください!」
ね、ね! と押せば、フェリクスは渋面を作って不承不承といった体で納得してくれた。
「くれぐれも、寄り道はしないように。すぐに帰ってくるんだぞ」
「はい。わかっています。では、行ってきます!」
兄の気が変わらないうちにイザベルはスージーと共に馬車に乗り込んで街へ向かった。
「――ねぇ、スージー」
「お嬢様。わたくしはロッティのように物での買収には応じませんから」
猫撫で声に素早くイザベルの魂胆を悟ったのか、スージーが冷たい声で釘を刺す。
さすが兄が許可を出しただけの女性だ。そう簡単にはなびいてくれない。
「スージー。そう警戒しないで。……実はね、今回出てきたのはお兄様のためなの」
「旦那様のため?」
「そう。ほら、わたしが教会で倒れてしまったばかりに、お兄様は聖職者であるシャルルを激しく詰問して、監禁してしまったでしょう?」
「ですがその件はすでに片付きましたわ。旦那様もシャルル殿に詫びて、謝罪も込めた寄付金も渡しております」
「スージー……お金だけでは傷ついた心は癒せないわ。まず言葉で誠心誠意謝らないと」
そっと目を伏せてしおらしく述べるイザベルにスージーは奇怪なモノを見たという顔をする。
イザベルも、我ながら白々しいと思う。しかしここでボロを出してはいけない。
「わたしね、お兄様のことを悪く言うんじゃないかって不安でたまらないの。それにあの方にお兄様のことを誤解してほしくない。お兄様はただわたしのことが心配で、少し暴走してしまっただけなのに!」
「少し、ではないと思いますが。稀に見る大暴走でしたが」
「とにかく! シャルルに直接会って謝りたいの。そうしていかにお兄様が素敵な方か、きちんと説明する。だからスージー。どうか教会へ行くことを許して! お兄様の目を欺く罪をわたしと一緒に犯して!」
お願い、とイザベルは身を乗り出してスージーの手を掴む。
必死で真面目な顔で頼めば、スージーは先ほどのように即否定せず、思い悩むように黙り込んだ。
「……わかりました。ですが彼に会う際は、わたくしも同席させてもらいます」
「ああ、ありがとうスージー!」
(やった! 上手くいったわ!)
スージーのような真面目な女性には、情に訴え、かつ誰かのためだと理由づけすることが効くと思ったのだ。
(でも同席されるのは困ったわね。どうしようかしら)
まぁ、とりあえず会うことは叶ったのだ。あとはその場の流れに従おう。
「――これはこれは、イザベル様。この度は我が愚弟が大変な迷惑をかけてしまい誠に申し訳ありませんでした」
教会に着いてイザベルの姿が見えるなり、神父が駆け寄ってきて恐縮した様子で頭を下げた。
どうやらイザベルが倒れてしまったことはちょっとした騒ぎになったようで、若きクレージュ侯爵の怒りを買ったと噂になっているらしい。
そして愚弟というので、神父はシャルルの兄のようだ。髪も含めてあまり似ていない。
「いいえ、わたしの方こそご迷惑をおかけしました。どうか頭を上げてください」
「しかし……」
「今日は弟さんにもう一度お会いしたくて伺ったのです。今どちらに?」
「弟に会いに? それは、大丈夫なのですか?」
困惑した表情には、フェリクスの怒りを買わないか? という恐怖も含まれている気がした。イザベルは苦笑しながら大丈夫ですと答える。
「ぜひもう一度お会いしたいのです。兄の許可も得ておりますわ」
「そう、ですか。そういうことでしたら、どうぞこちらに。今部屋で反省させているのです」
やはり何だか申し訳ないことをしてしまった気がして、イザベルは会ったらまず謝ろうと思った。
「――やぁ、お嬢さん。また会いに来てくれると思っていましたよ」
しかし顔を合わせるなりのほほんと挨拶してきたシャルルにひどく呆れた気持ちになってしまった。
「こら、シャルル! お前なんだその、のほほんとした挨拶は!」
神父がぽかりとシャルルの頭を叩く。彼は椅子に座って何か本を読んでいる最中だった。
「痛いなぁ、兄さん」
「イザベル様はお前にお会いしたいとわざわざ兄君を説得して足を運んでくださったのだぞ! 感謝しなさい!」
「あの、神父。そこまで感謝されることではありませんから。どうかお気になさらず」
というかこんなやり取りをしている時間はないのだ。さっさと本題に入らないと、フェリクスが乗り込んできそうな予感があった。
イザベルが内心焦燥に駆られながら神父とシャルルのやり取りを眺めていると、不意にシャルルと目が合い、にっこり微笑まれた。
「兄さん。お客様にはお茶を淹れてこないと。ね?」
ポン、と神父の肩に手を叩くと、小言を述べていた神父は急に「それも、そうだな」とくるりと方向転換して部屋を出て行ってしまった。
「お見苦しいところをお見せしてしまってすみません。どうぞおかけになってください」
「はぁ……」
「そちらの付き添いの方も、どうぞ」
「いえ。わたくしは立っております。いない者として扱ってください」
メイドの鑑であるスージーはフェリクスに託された使命を全うしようとぴしゃりと断る。
「まぁまぁ、そうおっしゃらず。女性を立ちっぱなしにしてしまうのは、もてなす方としては心苦しいですから」
そばに寄って軽く腕に触れたシャルルをスージーは不審そうに見つめたが、そこまで言われては相手に失礼だと思ったのか、黙ってイザベルの隣に座った。
「さて、お嬢さん。……いえ、イザベル様。先日は僕のせいで大変な目に遭われましたでしょう。本当にごめんなさい」
「……いえ、あなたのせいではないわ。むしろ迷惑をかけてしまったのはこちらの方よ。お兄様がわたしを心配するあまり、あなたに嫌な思いをさせてしまった。本当にごめんなさい」
頭を下げれば、シャルルは慌ててやめてくださいと言った。
「いえ、そうではないのです。あなたが倒れてしまったのは、本当に僕の責任なんです」
どういうことだと顔を上げれば、困ったようにシャルルは左手を掲げていた。
「毎回、というわけではないのですが、時々僕が触れると、不思議なことが起こるのです」
「不思議なこと?」
「ええ。心の中でこうしてほしい……って思う通りに動いたり、その人に思いもよらぬ衝撃を与えたり……」
「思いもよらぬ衝撃」
「ええ。今も、ほら……」
人差し指が示しているのはイザベルの隣に座るスージーであった。彼女はピンと背筋を伸ばしたまま目を閉じている。どうやら眠っているみたいだ。
「……もしかして、先ほど神父が部屋を出て行かれたのもあなたのせいなわけ?」
「ええ。あなたと二人きりで話がしたいと思い、少し席を外してほしいと願いました。そちらの女性も、話が終わるまで眠っていてほしいと」
「あなた……いったい何者なの?」
胡散臭い。怪しいと警戒心を露わにするイザベルにシャルルは両手を上げて慌てる。
「僕は本当にしがない聖職者です。怪しい者ではありません」
「そういう台詞を自分で言うところが怪しいわ。それに、先ほどの力を使えば、悪いことし放題じゃない」
「いえ、この力は良いことにしか使えません。それに、相手もどこか望んでいることだったりするんですよ?」
「なにそれ」
シャルルはへらりと笑った。
「兄がこの部屋を出て行ったのは、僕と関わりたくない。面倒事に巻き込まれたくないという気持ちがあるからです。そしてそちらの女性が眠ってしまったのも、日頃の疲れが溜まって休みたいという願望が心のどこかにあったからです。――あなたがあの時倒れて、何かを得てしまったことも、すべてあなた自身の願いというわけです」
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