バッドエンド回避のために結婚相手を探していたら、断罪した本人(お兄様)が求婚してきました

りつ

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8、意気込んだものの…

「イザベル。これはいったいどういうことか、説明してくれるか」

 花婿を見つけると意気込んだイザベルであるが、早速行き詰っている。

 テーブルの上には、大量の釣書がある。内緒で受け取って部屋でこっそり吟味するはずだったのに、早々に兄にばれてしまった。たぶんスージーか執事あたりがちくったのだろう。心配性め。

「どういうこと、って……だからいろんなところからわたし宛てに結婚の申し込みが届いたのでしょう?」
「なんでこんな急に届いたんだ」
「それはわたしが親戚や知り合いに結婚したいから条件に合うような人がいれば紹介してほしいと頼んだからですわ」
「どうして私に一言も相談せずそんなことしたんだ!」

 だって、とイザベルは目を逸らす。

「お兄様にまず言うと、どうして急に結婚したいなんて言い出したんだ、って問われそうで……」
「よくわかっているじゃないか。どうして急に結婚したいなんて言い出したんだ」

 繰り返さないでほしい。

 だがここはきちんと伝えておかなければならないとイザベルは背筋を伸ばして伝えた。

「お兄様。わたしももう十八歳です。そろそろ真面目に結婚のことを考えようと思いましたの。あとは、できるだけ早く結婚する必要があるので、とりあえず候補を募るだけ募って、その中から条件に合う殿方を絞っていくつもりです」
「何だか前後があまり噛み合っていないようだが……どうしてそんな早く結婚する必要があるんだ」
「それは……」

 悪役令嬢として暴走するのを食い止めるために殿方と合体する必要があるのだ……とは言えない。頭がおかしくなったと思われて、また寝台に逆戻りだ。

「えっと、わたしあまり人付き合いも得意ではないし、言われたらはっきり言い返す性格でしょう? こういう女性って男性からすると可愛くなくて、結婚したいとも思えないだろうし……でも、顔はそこそこいいと思うので、今の若いうちにさっさと結婚した方が得策かなって……」

 それなりに説得力ある理由だと思ったが、フェリクスはスッと真顔になってしまった。

 部屋の中は温かかったはずなのに今は何だか肌寒い。

(あれ? お兄様、すごく怒っている?)

「誰かそんなふうにお前に言ったのか」
「えっ、違いますよ。ただわたしが客観的に考えた持論です」
「なら、そんな持論は捨ててしまえ」

 どこか吐き捨てるように言われて、イザベルはびっくりする。

「お兄様。わたしの言い方が下手で不快に感じたのかもしれませんけど、間違ったことは言っていないと思います。わたしみたいな面倒な女は――」
「黙りなさい。それ以上自分を卑下するようならば、お前自身でも私が許さない」

 兄が完全に怒ってしまった。
 困惑するイザベルに彼はため息をつきながら言った。

「そんな考え方で結婚しなければならない、なんて思うな。お前は確かに少々お転婆なところがあるが、それも元気がある証拠じゃないか。自己主張をはっきりすることも、相手とコミュニケーションを図るうえでは大事だ。何一つ間違っていない。今の自分を貶めてまで結婚したいなんて、私だけじゃなくて、天国にいる母上たちもどう思うかよく考えなさい」
「で、でも……っ」

 兄の言い分はもっともだ。怒っているのも全部イザベルを思ってゆえのことだとよく伝わってくる。

 しかしあのゲーム通りに進んでしまえば、兄や亡くなった両親にも顔向けできないほど悲惨な姿を晒してしまう。

(くっ……こうなったら)

「お兄様。これはあなたのためでもあるんです」
「なに? 私のためだと?」
「はい。お兄様が未だ結婚していないのも――婚約者すらいないのも、わたしがこの家にいるからでしょう?」

 フェリクスの目が大きく見開かれる。

「お兄様は優しいから、自分が結婚すればわたしが気を遣うと思って……それで、今まで独身を貫いていたのでしょう? だから、結婚してわたしが家を出て行けば、お兄様も遠慮なく恋人を作って、新しい家族を――」
「やめてくれ」

 決して怒鳴る感じではなかったが、感情を抑えた低い声にイザベルはびくりとする。

 そして兄の歪んだ表情が苦しそうに見えて、自分がひどい間違いを犯してしまった気がした。

「あの、お兄様、わたし」
「お前はずっとそんなふうに考えていたのか? 自分の存在が、俺の将来を邪魔していると」
「そんな言い方。わたしはただ、お兄様のことを心配して……」
「だったら余計な心配だ。私は一度たりともお前の存在を疎ましく思ったことなどない。結婚も特にしたいと思わなかったから、ただ独身でいるだけだ。お前のせいじゃない」
「……本当に? お兄様、お母様やお父様たちに恩を感じて、我慢しているんじゃないの?」

 自分のしたいことよりも、父から受け継いだ侯爵家を繁盛させることを優先しなければならないと思いこんでいるのではないか。イザベルはそんな気がしてならなかった。

「そんなことない。むしろ、その理由がなければ、私はもっとだめになっていた。お前とも……」

 自分が何だと、その先をもっと聞きたかったが、フェリクスは何かを振り切るように首を振って「とにかく」と誤魔化した。

「私は何ら我慢していない。お前が気にする必要は全くない。……イザベル。お前が誰とも結婚したくないのならば、私はそれで一向に構わない。ずっとこの屋敷で暮らしていいんだ」
「お兄様……」

 フェリクスの言葉はイザベルを受け止めてくれる優しいもので胸が熱くなった。彼の言う通り、自分だって本当は結婚などしたくない。ずっとこの屋敷で、兄と暮らしていければ、それで……。

(この屋敷から一歩も出ないで、レーモンたちとも会わなければ、わたしが悪役令嬢になることはないかな)

 魂が乗っ取られて、人格が消えることはないだろうか。

『イザベル様。脅すようで心苦しいのですが、恐らくこのまま何もせず、その夢の中の人間と接触を断ち切ったとしても、あなたの真っ赤に塗り替えられた魂は誰かを傷つけようと意思を持って動き始めるでしょう』

「……だめなんです。それでは、お兄様に迷惑をかけてしまう。お兄様が……」
「イザベル? いったい何の話だ。迷惑だなんて、何か事件に巻き込まれたのか? 悩みがあるのなら話してくれ」

 一人で抱え込むなとフェリクスがそばに寄って膝をつく。
 昔と同じだ。イザベルがしょうもないことでくよくよ悩んでいても彼は必ず親身に寄り添って一緒に解決策を考えてくれた。

 ……今回も、打ち明けてしまおうか。

(ううん。やっぱりだめ)

 話したらきっとさらに兄を心配させてしまう。

「……ごめんなさい、お兄様。理由は、特にないの。でもわたし、どうしても誰かと結婚したいの。急にこんなこと言い出して申し訳ないけれど、きちんとお相手のことも吟味して決めるから、どうか許して」

 フェリクスに本当のことを言えず罪悪感を抱きながらイザベルは懇願する。

 いつになく真剣な表情のイザベルの顔をフェリクスは黙って見つめる。やがてどれくらい時間が過ぎたか。重い口を開くように「わかった」と告げられた。

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