買われた平民娘は公爵様の甘い檻に囚われる

りつ

文字の大きさ
16 / 24

16、罰*

しおりを挟む
 帰宅する頃には何とか泣き止み、「大丈夫でしたか?」と心配するタバサの問いにも何もなかった、久しぶりに叔母たちと話せてよかったと笑顔で返すことができた。

 しかしそこまでが限界だった。

「疲れてしまったから、少し眠るわ。あちらでお茶とお菓子をいただいてお腹もそれほど空いていないから、お夕食もいいわ。クライヴ様にも悪いけれど、そう伝えておいて」

 誰も部屋に入れないよう言外に命じ、セシリアは部屋に引き籠って、寝台の上で横になった。

(やっと一人になれた……)

 振り返ってみると、散々な日だったと言えるかもしれない。

 育ての親に金を無心され、両親の馴れ初めを馬鹿にされた。

 再会した初恋の幼馴染に結婚したことを告げられ、セシリアの記憶の中で輝くように大事だった約束の思い出をなかったことにされた。

(辛い……苦しい……)

 今日一日の出来事が、言われた時はショックでどこか受け止めきれなかった言動の数々が、今は毒のようにゆっくりと心に沁み込んできて、じくじくと蝕んでいる。

 きっとこんな辛い思いを味わわされるのには理由があり、罰かもしれないと思った。

(結婚したのに、まだ未練がましく故郷やハンスのことを恋しく思ったからだ)

 嫁いだのならば、嫁ぎ先が自分の家だと思いなさいとイライザやドリュー夫人の言いつけを守らなかったから罰が当たったのだ。

(ごめんなさい……)

 簡単に泣いてはいけないと言われたのに、涙を止めることができなかった。

 むしろ今まで我慢していたぶんまで辛い日々が思い出されて、セシリアはとうとう小さく嗚咽を漏らしながら枕に顔を押しつけた。

『ほら、セシリア。あと少しよ!』
『セシリア泣くな。頑張れ!』

(お父さん、お母さん……)

 霧がかったように見える視界で、両親が自分に笑いかけている。

 ああ、これは夢だなと心のどこかで悟った。

(お母さん、お父さん、会いたいよ)

 二人はもうこの世にいないとわかっているから、たとえ夢の中でも会えたことが幸せで、同時にとても切なかった。この夢はいつか必ず終わってしまうから。

(ねぇ、二人は一緒になれて幸せだった? 教えて……)

 二人はセシリアの疑問には答えてくれず、ただ微笑んでいた。目の前がさらにぼやけて、手を伸ばそうとしても届かずに消えていく……。

 セシリアはうっすらと目を開き、触れられていた手がゆっくりと離れていくのを視界の隅で見て取った。

「クライヴ様……」

 いつからそこにいたのだろう。相変わらず何を考えているかわからない表情でじっと自分を見下ろしている。

(ううん、そんなことより……)

 のろのろと起き上がり、ごめんなさいと掠れた声で謝る。

「わたし、寝てしまって……」
「構わない。タバサから疲れたと聞いた」

 腰かけて、改めて頬に手を添えられる。

(冷たくて気持ちいい……)

 寝起きで頭が働かず、されるがまま掌に頬をすり寄せた。先ほどもそうやって触れたのだろうか。

「叔母上たちに会ってきたのだろう? 何もなかったか?」

 閉じていた瞼をまた開けて、クライヴの目を見つめ返す。

「いいえ、特には……」
「何も、言われなかったか?」

 セシリアは微笑んで、小さく頷いた。

「はい。公爵様によろしく伝えてくれるよう、ただそれだけでした」

 クライヴはしばしそれ以上の言葉を待つように黙ったが、やがて「そうか」と言って、話をお終いにしてくれた。

 セシリアは内心安堵し、目尻に溜まっていた涙をこっそりと拭ったのだった。

 それから数日後のことだった。

「えっ……」

 朝食の時、クライヴに午後から客人が来ることを伝えられ、二階の窓から誰が来るのだろうと見ていたセシリアは我が目を疑った。

 訪問者は数日前に苦い別れをしたハンスだったのだ。

(どうしてハンスがここに……)

 セシリアは何も知らなかった。つまりクライヴが彼をここへ招いたということだ。

(それともハンスの方がクライヴ様に何か用事があって? まさか……)

 嫌な予感がした。どうしようと意味もなく部屋の中を歩き回り、とにかく彼がいる部屋へ行こうとしたセシリアのもとにタバサがちょうど現れた。

「奥様。旦那様がお呼びでございます」
「今行くわ」

 セシリアはてっきりクライヴとハンスが一緒にいる部屋へ案内されるのだと思っていた。だから誰もいない部屋に通されて、困惑する。どういうことだとタバサを振り返れば、ここで少し待つようお願いされて、彼女自身も部屋を去ってしまう。

(一体どういうこと……)

 その時ふと、セシリアの耳に話し声が聞こえてきた。

 はしたないと思いながらも、壁に近寄って耳をぴたりとくっつけると、少々聞き取りにくいが確かに聞こえてくる。

 クライヴとハンスの声だった。

 会話の内容は、突然屋敷へ招いたことへの詫びと、ハンスの仕事内容、何か困ったことはないかという、世間話に近かった。

 どちらかというとクライヴが話し、ハンスがぎこちなく答えるという感じで、幼馴染が警戒して緊張している雰囲気が壁越しでも伝わってくる。

「――ところで、きみは私の妻と昔から付き合いがあったようだね」

 セシリアは息を呑んだ。ハンスもだろう。

 くぐもった声で彼は肯定し、それが何かとやや不機嫌そうに返す。

「いや、別に責めているわけではない   。ただ興味が湧いただけだ。私の妻になる前の彼女は、どんな人だったのかと……」

 ハンスは少し悩むように押し黙った後、普通の子だったと答えた。幼馴染といっても、年頃になると同性で絡むことが増え、そんなに話すことはなかったと……。

 互いに結婚した身で、夫の前ということもあり、当然結婚の約束をしたことは話さなかった。無難な回答だと思う。

 ハンス自身が、もうなかったことにしたいという気持ちがあったのかもしれない。

「そうか。わかった。妻を呼んでくるから、少し待っていてくれ」

 ハンスはいや、と断り、もう帰ろうとしたが、クライヴは遠慮しないでくれと引き留めた。

「妻もきみに会えたら、きっと喜ぶだろうから」

 戸惑うハンスを残し、クライヴが扉を閉めたのがわかった。そうしてすぐに、セシリアのいる部屋の扉が開かれた。

「セシリア」

 彼女は首を横に振っていた。

 自分がここにいることを、ハンスにばれてはいけないと思ったから。

「隣にハンスがいる。積もる話もあるだろうから、話すといい。私もぜひ一緒に聞きたい」

 クライヴの言葉に従えばよかった。何食わぬ顔をしてハンスに会えばいい。彼も上手くこちらに合わせてくれるはずだ。

「い、いやです……」

 それなのにセシリアは拒否してしまう。当然、クライヴは疑問を抱く。

「なぜ?」
「それは……」

 クライヴの視線に後ろめたさや恐怖が湧いて、無意識のうちに後ろへ下がっていた。するとクライヴが一歩足を踏み出した。また下がれば、さらに距離を詰められて、とうとうセシリアは戸棚に背中をぶつけ、彼に見下ろされる格好となった。

「セシリア。本当はあの日、あの男と会ったのだろう?」

 その通りのことを言われても、セシリアは唇を震わせることしかできなかった。

 彼の冷たい瞳には、さぞ間抜けな自分が映っていることだろう。

「クライヴ様、わたしは」
「どうして言ってくれなかったんだ?」

 頬にクライヴの掌が添えられる。セシリアは寝起きで「何もなかったか?」と問われたことを思い出す。自分は何もなかったと答えた。クライヴを心配させたくなかったし、何より――

「彼と会っていたことを、私に知られたくなかったのか?」

 少し身を屈めた彼に耳元で真実を言い当てられ、どうしようもなく動揺を晒した。

「ご、ごめんなさい」
「責めているわけでは、ない」

 確かにクライヴの表情は一見いつもと変わらず、声も淡々としているように聞こえる。でも、セシリアは違うと思った。今の彼は何だか……怒っている。

「セシリア」
「あ……」

 クライヴのもう片方の手が腰に添えられ、そのまま尻を撫でた。

 すでに逃げ場がないとわかっていながら後ろに下がろうとすれば、置物などを飾る天板に当たって上半身が反り、胸を突き出すような格好になる。耳元で囁いたクライヴの顔が首筋に埋まり、肌を強く吸った。

「や……っ」

 情事の始まりを予感させる行為に、セシリアはクライヴの肩を押し、逃げようとした。

「どこへ行くんだ」

 しかし呆気なく腰を引き寄せられて、壁に手をつかされた。スカートやペティコートの裾を捲り上げられると、太腿に手を這わせられ、ぎくりとする。振り返ってだめだと言おうとしたところで口を塞がれ、咥内を舐め回される。

「んっ……ふ……」

 巧みな舌使いに翻弄され、押しやろうとする片腕にはちっとも力が入らない。逃げ道を塞ぐように身体を押しつけてくるので、どうあっても彼を受け入れるしかなかった。

「はぁ、ぁ……だめ……」

 半分身体を捻った状態のまま、クライヴの手が尻や太股を撫で回し、そのまま前へと伸びてくる。実に器用に下着の紐を緩めて中へ差し込むと、すでに潤み始めていたあわいに指を挟み、弄り始めた。

 花芽も丹念に捏ね回されると、お腹の奥から熱がじわじわ生まれてきて、セシリアは生まれたての子鹿のようにぶるぶる震え始める。

(だめ、この壁の向こうにはハンスがっ)

 壁に爪を立てて、吐息だけで必死にやり過ごそうとした時、ぐりっと赤い実を押しつぶされた。

「っ――」

 弾けそうになった直前、唇に手の甲を押し当て、何とか声を出さずに済んだが、余韻が凄まじい。

 立ったまま達するのは初めてで、支えてくれるクライヴに意図せず身体を預けてしまう。

「きみの今のこの姿を見たら、彼はどう思うだろうな」

 重いだろうにクライヴは持ち上げた脚をさらに大きく開かせ、濡れそぼった秘所を露わにする。セシリアが恥ずかしくなって視線を巡らせると、壁際にひっそりと細長い鏡が立て掛けられていたことに気づく。

 そこには頬を上気させ、だらしない顔で達した自分の姿が映っていた。

 セシリアがとっさに顔を背ければ、クライヴに顎を掴まれて無理矢理視線を固定される。

「これまでのきみを知る彼からは、考えられないほど、淫らな姿だろうな」
「ひど、い……」

 ハンスを隣の部屋に呼んだことも、鏡を予め用意していたことも、すべてクライヴの企みだったと知り、セシリアは傷つき、彼を責める気持ちが湧いた。

 逆らうことのできない自分の立場や非力さが悔しく、目尻からぽろぽろと涙が零れ落ちてくる。それを口で吸いながら、クライヴはふっくらとした淫芽を指先で悪戯に弾いては優しく押しつぶし、もう一度、セシリアを追いつめた。

 もう言葉を発する体力も気力も残っておらず、セシリアは壁に身体を寄りかからせた。中から愛液が零れ落ちてきて、拭わないセシリアに代わってクライヴが後始末してくれる。

「少し、休んでいるといい」

 彼の方は一切服が乱れていなかったので、そのまま部屋を出て行った。そしてすぐにまた、隣から声が聞こえてきた。   

「すまない。妻は体調が良くないみたいで、休んでいる。せっかくだが、また今度会いに来てくれると助かる」

 ハンスはもう来ない。来るはずがない。クライヴもそれをわかっていながら言ったのだ。

「せっかくだから夕食でも――……そうか、それは残念だ。では――」

 今ハンスはどんな顔をしているだろう。傷ついて真っ青になっているよりも、怒って自分を軽蔑してくれた方がいい。

 ずるずると床に落ちていく身体を止めもせず、セシリアは目を瞑った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

好きな男子と付き合えるなら罰ゲームの嘘告白だって嬉しいです。なのにネタばらしどころか、遠恋なんて嫌だ、結婚してくれと泣かれて困惑しています。

石河 翠
恋愛
ずっと好きだったクラスメイトに告白された、高校2年生の山本めぐみ。罰ゲームによる嘘告白だったが、それを承知の上で、彼女は告白にOKを出した。好きなひとと付き合えるなら、嘘告白でも幸せだと考えたからだ。 すぐにフラれて笑いものにされると思っていたが、失恋するどころか大切にされる毎日。ところがある日、めぐみが海外に引っ越すと勘違いした相手が、別れたくない、どうか結婚してくれと突然泣きついてきて……。 なんだかんだ今の関係を最大限楽しんでいる、意外と図太いヒロインと、くそ真面目なせいで盛大に空振りしてしまっている残念イケメンなヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりhimawariinさまの作品をお借りしております。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

初恋をこじらせたやさぐれメイドは、振られたはずの騎士さまに求婚されました。

石河 翠
恋愛
騎士団の寮でメイドとして働いている主人公。彼女にちょっかいをかけてくる騎士がいるものの、彼女は彼をあっさりといなしていた。それというのも、彼女は5年前に彼に振られてしまっていたからだ。ところが、彼女を振ったはずの騎士から突然求婚されてしまう。しかも彼は、「振ったつもりはなかった」のだと言い始めて……。 色気たっぷりのイケメンのくせに、大事な部分がポンコツなダメンズ騎士と、初恋をこじらせたあげくやさぐれてしまったメイドの恋物語。 *この作品のヒーローはダメンズ、ヒロインはダメンズ好きです。苦手な方はご注意ください この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

処理中です...