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16、罰*
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帰宅する頃には何とか泣き止み、「大丈夫でしたか?」と心配するタバサの問いにも何もなかった、久しぶりに叔母たちと話せてよかったと笑顔で返すことができた。
しかしそこまでが限界だった。
「疲れてしまったから、少し眠るわ。あちらでお茶とお菓子をいただいてお腹もそれほど空いていないから、お夕食もいいわ。クライヴ様にも悪いけれど、そう伝えておいて」
誰も部屋に入れないよう言外に命じ、セシリアは部屋に引き籠って、寝台の上で横になった。
(やっと一人になれた……)
振り返ってみると、散々な日だったと言えるかもしれない。
育ての親に金を無心され、両親の馴れ初めを馬鹿にされた。
再会した初恋の幼馴染に結婚したことを告げられ、セシリアの記憶の中で輝くように大事だった約束の思い出をなかったことにされた。
(辛い……苦しい……)
今日一日の出来事が、言われた時はショックでどこか受け止めきれなかった言動の数々が、今は毒のようにゆっくりと心に沁み込んできて、じくじくと蝕んでいる。
きっとこんな辛い思いを味わわされるのには理由があり、罰かもしれないと思った。
(結婚したのに、まだ未練がましく故郷やハンスのことを恋しく思ったからだ)
嫁いだのならば、嫁ぎ先が自分の家だと思いなさいとイライザやドリュー夫人の言いつけを守らなかったから罰が当たったのだ。
(ごめんなさい……)
簡単に泣いてはいけないと言われたのに、涙を止めることができなかった。
むしろ今まで我慢していたぶんまで辛い日々が思い出されて、セシリアはとうとう小さく嗚咽を漏らしながら枕に顔を押しつけた。
『ほら、セシリア。あと少しよ!』
『セシリア泣くな。頑張れ!』
(お父さん、お母さん……)
霧がかったように見える視界で、両親が自分に笑いかけている。
ああ、これは夢だなと心のどこかで悟った。
(お母さん、お父さん、会いたいよ)
二人はもうこの世にいないとわかっているから、たとえ夢の中でも会えたことが幸せで、同時にとても切なかった。この夢はいつか必ず終わってしまうから。
(ねぇ、二人は一緒になれて幸せだった? 教えて……)
二人はセシリアの疑問には答えてくれず、ただ微笑んでいた。目の前がさらにぼやけて、手を伸ばそうとしても届かずに消えていく……。
セシリアはうっすらと目を開き、触れられていた手がゆっくりと離れていくのを視界の隅で見て取った。
「クライヴ様……」
いつからそこにいたのだろう。相変わらず何を考えているかわからない表情でじっと自分を見下ろしている。
(ううん、そんなことより……)
のろのろと起き上がり、ごめんなさいと掠れた声で謝る。
「わたし、寝てしまって……」
「構わない。タバサから疲れたと聞いた」
腰かけて、改めて頬に手を添えられる。
(冷たくて気持ちいい……)
寝起きで頭が働かず、されるがまま掌に頬をすり寄せた。先ほどもそうやって触れたのだろうか。
「叔母上たちに会ってきたのだろう? 何もなかったか?」
閉じていた瞼をまた開けて、クライヴの目を見つめ返す。
「いいえ、特には……」
「何も、言われなかったか?」
セシリアは微笑んで、小さく頷いた。
「はい。公爵様によろしく伝えてくれるよう、ただそれだけでした」
クライヴはしばしそれ以上の言葉を待つように黙ったが、やがて「そうか」と言って、話をお終いにしてくれた。
セシリアは内心安堵し、目尻に溜まっていた涙をこっそりと拭ったのだった。
それから数日後のことだった。
「えっ……」
朝食の時、クライヴに午後から客人が来ることを伝えられ、二階の窓から誰が来るのだろうと見ていたセシリアは我が目を疑った。
訪問者は数日前に苦い別れをしたハンスだったのだ。
(どうしてハンスがここに……)
セシリアは何も知らなかった。つまりクライヴが彼をここへ招いたということだ。
(それともハンスの方がクライヴ様に何か用事があって? まさか……)
嫌な予感がした。どうしようと意味もなく部屋の中を歩き回り、とにかく彼がいる部屋へ行こうとしたセシリアのもとにタバサがちょうど現れた。
「奥様。旦那様がお呼びでございます」
「今行くわ」
セシリアはてっきりクライヴとハンスが一緒にいる部屋へ案内されるのだと思っていた。だから誰もいない部屋に通されて、困惑する。どういうことだとタバサを振り返れば、ここで少し待つようお願いされて、彼女自身も部屋を去ってしまう。
(一体どういうこと……)
その時ふと、セシリアの耳に話し声が聞こえてきた。
はしたないと思いながらも、壁に近寄って耳をぴたりとくっつけると、少々聞き取りにくいが確かに聞こえてくる。
クライヴとハンスの声だった。
会話の内容は、突然屋敷へ招いたことへの詫びと、ハンスの仕事内容、何か困ったことはないかという、世間話に近かった。
どちらかというとクライヴが話し、ハンスがぎこちなく答えるという感じで、幼馴染が警戒して緊張している雰囲気が壁越しでも伝わってくる。
「――ところで、きみは私の妻と昔から付き合いがあったようだね」
セシリアは息を呑んだ。ハンスもだろう。
くぐもった声で彼は肯定し、それが何かとやや不機嫌そうに返す。
「いや、別に責めているわけではない 。ただ興味が湧いただけだ。私の妻になる前の彼女は、どんな人だったのかと……」
ハンスは少し悩むように押し黙った後、普通の子だったと答えた。幼馴染といっても、年頃になると同性で絡むことが増え、そんなに話すことはなかったと……。
互いに結婚した身で、夫の前ということもあり、当然結婚の約束をしたことは話さなかった。無難な回答だと思う。
ハンス自身が、もうなかったことにしたいという気持ちがあったのかもしれない。
「そうか。わかった。妻を呼んでくるから、少し待っていてくれ」
ハンスはいや、と断り、もう帰ろうとしたが、クライヴは遠慮しないでくれと引き留めた。
「妻もきみに会えたら、きっと喜ぶだろうから」
戸惑うハンスを残し、クライヴが扉を閉めたのがわかった。そうしてすぐに、セシリアのいる部屋の扉が開かれた。
「セシリア」
彼女は首を横に振っていた。
自分がここにいることを、ハンスにばれてはいけないと思ったから。
「隣にハンスがいる。積もる話もあるだろうから、話すといい。私もぜひ一緒に聞きたい」
クライヴの言葉に従えばよかった。何食わぬ顔をしてハンスに会えばいい。彼も上手くこちらに合わせてくれるはずだ。
「い、いやです……」
それなのにセシリアは拒否してしまう。当然、クライヴは疑問を抱く。
「なぜ?」
「それは……」
クライヴの視線に後ろめたさや恐怖が湧いて、無意識のうちに後ろへ下がっていた。するとクライヴが一歩足を踏み出した。また下がれば、さらに距離を詰められて、とうとうセシリアは戸棚に背中をぶつけ、彼に見下ろされる格好となった。
「セシリア。本当はあの日、あの男と会ったのだろう?」
その通りのことを言われても、セシリアは唇を震わせることしかできなかった。
彼の冷たい瞳には、さぞ間抜けな自分が映っていることだろう。
「クライヴ様、わたしは」
「どうして言ってくれなかったんだ?」
頬にクライヴの掌が添えられる。セシリアは寝起きで「何もなかったか?」と問われたことを思い出す。自分は何もなかったと答えた。クライヴを心配させたくなかったし、何より――
「彼と会っていたことを、私に知られたくなかったのか?」
少し身を屈めた彼に耳元で真実を言い当てられ、どうしようもなく動揺を晒した。
「ご、ごめんなさい」
「責めているわけでは、ない」
確かにクライヴの表情は一見いつもと変わらず、声も淡々としているように聞こえる。でも、セシリアは違うと思った。今の彼は何だか……怒っている。
「セシリア」
「あ……」
クライヴのもう片方の手が腰に添えられ、そのまま尻を撫でた。
すでに逃げ場がないとわかっていながら後ろに下がろうとすれば、置物などを飾る天板に当たって上半身が反り、胸を突き出すような格好になる。耳元で囁いたクライヴの顔が首筋に埋まり、肌を強く吸った。
「や……っ」
情事の始まりを予感させる行為に、セシリアはクライヴの肩を押し、逃げようとした。
「どこへ行くんだ」
しかし呆気なく腰を引き寄せられて、壁に手をつかされた。スカートやペティコートの裾を捲り上げられると、太腿に手を這わせられ、ぎくりとする。振り返ってだめだと言おうとしたところで口を塞がれ、咥内を舐め回される。
「んっ……ふ……」
巧みな舌使いに翻弄され、押しやろうとする片腕にはちっとも力が入らない。逃げ道を塞ぐように身体を押しつけてくるので、どうあっても彼を受け入れるしかなかった。
「はぁ、ぁ……だめ……」
半分身体を捻った状態のまま、クライヴの手が尻や太股を撫で回し、そのまま前へと伸びてくる。実に器用に下着の紐を緩めて中へ差し込むと、すでに潤み始めていたあわいに指を挟み、弄り始めた。
花芽も丹念に捏ね回されると、お腹の奥から熱がじわじわ生まれてきて、セシリアは生まれたての子鹿のようにぶるぶる震え始める。
(だめ、この壁の向こうにはハンスがっ)
壁に爪を立てて、吐息だけで必死にやり過ごそうとした時、ぐりっと赤い実を押しつぶされた。
「っ――」
弾けそうになった直前、唇に手の甲を押し当て、何とか声を出さずに済んだが、余韻が凄まじい。
立ったまま達するのは初めてで、支えてくれるクライヴに意図せず身体を預けてしまう。
「きみの今のこの姿を見たら、彼はどう思うだろうな」
重いだろうにクライヴは持ち上げた脚をさらに大きく開かせ、濡れそぼった秘所を露わにする。セシリアが恥ずかしくなって視線を巡らせると、壁際にひっそりと細長い鏡が立て掛けられていたことに気づく。
そこには頬を上気させ、だらしない顔で達した自分の姿が映っていた。
セシリアがとっさに顔を背ければ、クライヴに顎を掴まれて無理矢理視線を固定される。
「これまでのきみを知る彼からは、考えられないほど、淫らな姿だろうな」
「ひど、い……」
ハンスを隣の部屋に呼んだことも、鏡を予め用意していたことも、すべてクライヴの企みだったと知り、セシリアは傷つき、彼を責める気持ちが湧いた。
逆らうことのできない自分の立場や非力さが悔しく、目尻からぽろぽろと涙が零れ落ちてくる。それを口で吸いながら、クライヴはふっくらとした淫芽を指先で悪戯に弾いては優しく押しつぶし、もう一度、セシリアを追いつめた。
もう言葉を発する体力も気力も残っておらず、セシリアは壁に身体を寄りかからせた。中から愛液が零れ落ちてきて、拭わないセシリアに代わってクライヴが後始末してくれる。
「少し、休んでいるといい」
彼の方は一切服が乱れていなかったので、そのまま部屋を出て行った。そしてすぐにまた、隣から声が聞こえてきた。
「すまない。妻は体調が良くないみたいで、休んでいる。せっかくだが、また今度会いに来てくれると助かる」
ハンスはもう来ない。来るはずがない。クライヴもそれをわかっていながら言ったのだ。
「せっかくだから夕食でも――……そうか、それは残念だ。では――」
今ハンスはどんな顔をしているだろう。傷ついて真っ青になっているよりも、怒って自分を軽蔑してくれた方がいい。
ずるずると床に落ちていく身体を止めもせず、セシリアは目を瞑った。
しかしそこまでが限界だった。
「疲れてしまったから、少し眠るわ。あちらでお茶とお菓子をいただいてお腹もそれほど空いていないから、お夕食もいいわ。クライヴ様にも悪いけれど、そう伝えておいて」
誰も部屋に入れないよう言外に命じ、セシリアは部屋に引き籠って、寝台の上で横になった。
(やっと一人になれた……)
振り返ってみると、散々な日だったと言えるかもしれない。
育ての親に金を無心され、両親の馴れ初めを馬鹿にされた。
再会した初恋の幼馴染に結婚したことを告げられ、セシリアの記憶の中で輝くように大事だった約束の思い出をなかったことにされた。
(辛い……苦しい……)
今日一日の出来事が、言われた時はショックでどこか受け止めきれなかった言動の数々が、今は毒のようにゆっくりと心に沁み込んできて、じくじくと蝕んでいる。
きっとこんな辛い思いを味わわされるのには理由があり、罰かもしれないと思った。
(結婚したのに、まだ未練がましく故郷やハンスのことを恋しく思ったからだ)
嫁いだのならば、嫁ぎ先が自分の家だと思いなさいとイライザやドリュー夫人の言いつけを守らなかったから罰が当たったのだ。
(ごめんなさい……)
簡単に泣いてはいけないと言われたのに、涙を止めることができなかった。
むしろ今まで我慢していたぶんまで辛い日々が思い出されて、セシリアはとうとう小さく嗚咽を漏らしながら枕に顔を押しつけた。
『ほら、セシリア。あと少しよ!』
『セシリア泣くな。頑張れ!』
(お父さん、お母さん……)
霧がかったように見える視界で、両親が自分に笑いかけている。
ああ、これは夢だなと心のどこかで悟った。
(お母さん、お父さん、会いたいよ)
二人はもうこの世にいないとわかっているから、たとえ夢の中でも会えたことが幸せで、同時にとても切なかった。この夢はいつか必ず終わってしまうから。
(ねぇ、二人は一緒になれて幸せだった? 教えて……)
二人はセシリアの疑問には答えてくれず、ただ微笑んでいた。目の前がさらにぼやけて、手を伸ばそうとしても届かずに消えていく……。
セシリアはうっすらと目を開き、触れられていた手がゆっくりと離れていくのを視界の隅で見て取った。
「クライヴ様……」
いつからそこにいたのだろう。相変わらず何を考えているかわからない表情でじっと自分を見下ろしている。
(ううん、そんなことより……)
のろのろと起き上がり、ごめんなさいと掠れた声で謝る。
「わたし、寝てしまって……」
「構わない。タバサから疲れたと聞いた」
腰かけて、改めて頬に手を添えられる。
(冷たくて気持ちいい……)
寝起きで頭が働かず、されるがまま掌に頬をすり寄せた。先ほどもそうやって触れたのだろうか。
「叔母上たちに会ってきたのだろう? 何もなかったか?」
閉じていた瞼をまた開けて、クライヴの目を見つめ返す。
「いいえ、特には……」
「何も、言われなかったか?」
セシリアは微笑んで、小さく頷いた。
「はい。公爵様によろしく伝えてくれるよう、ただそれだけでした」
クライヴはしばしそれ以上の言葉を待つように黙ったが、やがて「そうか」と言って、話をお終いにしてくれた。
セシリアは内心安堵し、目尻に溜まっていた涙をこっそりと拭ったのだった。
それから数日後のことだった。
「えっ……」
朝食の時、クライヴに午後から客人が来ることを伝えられ、二階の窓から誰が来るのだろうと見ていたセシリアは我が目を疑った。
訪問者は数日前に苦い別れをしたハンスだったのだ。
(どうしてハンスがここに……)
セシリアは何も知らなかった。つまりクライヴが彼をここへ招いたということだ。
(それともハンスの方がクライヴ様に何か用事があって? まさか……)
嫌な予感がした。どうしようと意味もなく部屋の中を歩き回り、とにかく彼がいる部屋へ行こうとしたセシリアのもとにタバサがちょうど現れた。
「奥様。旦那様がお呼びでございます」
「今行くわ」
セシリアはてっきりクライヴとハンスが一緒にいる部屋へ案内されるのだと思っていた。だから誰もいない部屋に通されて、困惑する。どういうことだとタバサを振り返れば、ここで少し待つようお願いされて、彼女自身も部屋を去ってしまう。
(一体どういうこと……)
その時ふと、セシリアの耳に話し声が聞こえてきた。
はしたないと思いながらも、壁に近寄って耳をぴたりとくっつけると、少々聞き取りにくいが確かに聞こえてくる。
クライヴとハンスの声だった。
会話の内容は、突然屋敷へ招いたことへの詫びと、ハンスの仕事内容、何か困ったことはないかという、世間話に近かった。
どちらかというとクライヴが話し、ハンスがぎこちなく答えるという感じで、幼馴染が警戒して緊張している雰囲気が壁越しでも伝わってくる。
「――ところで、きみは私の妻と昔から付き合いがあったようだね」
セシリアは息を呑んだ。ハンスもだろう。
くぐもった声で彼は肯定し、それが何かとやや不機嫌そうに返す。
「いや、別に責めているわけではない 。ただ興味が湧いただけだ。私の妻になる前の彼女は、どんな人だったのかと……」
ハンスは少し悩むように押し黙った後、普通の子だったと答えた。幼馴染といっても、年頃になると同性で絡むことが増え、そんなに話すことはなかったと……。
互いに結婚した身で、夫の前ということもあり、当然結婚の約束をしたことは話さなかった。無難な回答だと思う。
ハンス自身が、もうなかったことにしたいという気持ちがあったのかもしれない。
「そうか。わかった。妻を呼んでくるから、少し待っていてくれ」
ハンスはいや、と断り、もう帰ろうとしたが、クライヴは遠慮しないでくれと引き留めた。
「妻もきみに会えたら、きっと喜ぶだろうから」
戸惑うハンスを残し、クライヴが扉を閉めたのがわかった。そうしてすぐに、セシリアのいる部屋の扉が開かれた。
「セシリア」
彼女は首を横に振っていた。
自分がここにいることを、ハンスにばれてはいけないと思ったから。
「隣にハンスがいる。積もる話もあるだろうから、話すといい。私もぜひ一緒に聞きたい」
クライヴの言葉に従えばよかった。何食わぬ顔をしてハンスに会えばいい。彼も上手くこちらに合わせてくれるはずだ。
「い、いやです……」
それなのにセシリアは拒否してしまう。当然、クライヴは疑問を抱く。
「なぜ?」
「それは……」
クライヴの視線に後ろめたさや恐怖が湧いて、無意識のうちに後ろへ下がっていた。するとクライヴが一歩足を踏み出した。また下がれば、さらに距離を詰められて、とうとうセシリアは戸棚に背中をぶつけ、彼に見下ろされる格好となった。
「セシリア。本当はあの日、あの男と会ったのだろう?」
その通りのことを言われても、セシリアは唇を震わせることしかできなかった。
彼の冷たい瞳には、さぞ間抜けな自分が映っていることだろう。
「クライヴ様、わたしは」
「どうして言ってくれなかったんだ?」
頬にクライヴの掌が添えられる。セシリアは寝起きで「何もなかったか?」と問われたことを思い出す。自分は何もなかったと答えた。クライヴを心配させたくなかったし、何より――
「彼と会っていたことを、私に知られたくなかったのか?」
少し身を屈めた彼に耳元で真実を言い当てられ、どうしようもなく動揺を晒した。
「ご、ごめんなさい」
「責めているわけでは、ない」
確かにクライヴの表情は一見いつもと変わらず、声も淡々としているように聞こえる。でも、セシリアは違うと思った。今の彼は何だか……怒っている。
「セシリア」
「あ……」
クライヴのもう片方の手が腰に添えられ、そのまま尻を撫でた。
すでに逃げ場がないとわかっていながら後ろに下がろうとすれば、置物などを飾る天板に当たって上半身が反り、胸を突き出すような格好になる。耳元で囁いたクライヴの顔が首筋に埋まり、肌を強く吸った。
「や……っ」
情事の始まりを予感させる行為に、セシリアはクライヴの肩を押し、逃げようとした。
「どこへ行くんだ」
しかし呆気なく腰を引き寄せられて、壁に手をつかされた。スカートやペティコートの裾を捲り上げられると、太腿に手を這わせられ、ぎくりとする。振り返ってだめだと言おうとしたところで口を塞がれ、咥内を舐め回される。
「んっ……ふ……」
巧みな舌使いに翻弄され、押しやろうとする片腕にはちっとも力が入らない。逃げ道を塞ぐように身体を押しつけてくるので、どうあっても彼を受け入れるしかなかった。
「はぁ、ぁ……だめ……」
半分身体を捻った状態のまま、クライヴの手が尻や太股を撫で回し、そのまま前へと伸びてくる。実に器用に下着の紐を緩めて中へ差し込むと、すでに潤み始めていたあわいに指を挟み、弄り始めた。
花芽も丹念に捏ね回されると、お腹の奥から熱がじわじわ生まれてきて、セシリアは生まれたての子鹿のようにぶるぶる震え始める。
(だめ、この壁の向こうにはハンスがっ)
壁に爪を立てて、吐息だけで必死にやり過ごそうとした時、ぐりっと赤い実を押しつぶされた。
「っ――」
弾けそうになった直前、唇に手の甲を押し当て、何とか声を出さずに済んだが、余韻が凄まじい。
立ったまま達するのは初めてで、支えてくれるクライヴに意図せず身体を預けてしまう。
「きみの今のこの姿を見たら、彼はどう思うだろうな」
重いだろうにクライヴは持ち上げた脚をさらに大きく開かせ、濡れそぼった秘所を露わにする。セシリアが恥ずかしくなって視線を巡らせると、壁際にひっそりと細長い鏡が立て掛けられていたことに気づく。
そこには頬を上気させ、だらしない顔で達した自分の姿が映っていた。
セシリアがとっさに顔を背ければ、クライヴに顎を掴まれて無理矢理視線を固定される。
「これまでのきみを知る彼からは、考えられないほど、淫らな姿だろうな」
「ひど、い……」
ハンスを隣の部屋に呼んだことも、鏡を予め用意していたことも、すべてクライヴの企みだったと知り、セシリアは傷つき、彼を責める気持ちが湧いた。
逆らうことのできない自分の立場や非力さが悔しく、目尻からぽろぽろと涙が零れ落ちてくる。それを口で吸いながら、クライヴはふっくらとした淫芽を指先で悪戯に弾いては優しく押しつぶし、もう一度、セシリアを追いつめた。
もう言葉を発する体力も気力も残っておらず、セシリアは壁に身体を寄りかからせた。中から愛液が零れ落ちてきて、拭わないセシリアに代わってクライヴが後始末してくれる。
「少し、休んでいるといい」
彼の方は一切服が乱れていなかったので、そのまま部屋を出て行った。そしてすぐにまた、隣から声が聞こえてきた。
「すまない。妻は体調が良くないみたいで、休んでいる。せっかくだが、また今度会いに来てくれると助かる」
ハンスはもう来ない。来るはずがない。クライヴもそれをわかっていながら言ったのだ。
「せっかくだから夕食でも――……そうか、それは残念だ。では――」
今ハンスはどんな顔をしているだろう。傷ついて真っ青になっているよりも、怒って自分を軽蔑してくれた方がいい。
ずるずると床に落ちていく身体を止めもせず、セシリアは目を瞑った。
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