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20、囚われる*
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その後、セシリアはクライヴに抱き上げられて身体をもう一度清められると、脱いでいた服を着せられた。そしてまた横抱きにされて雑木林の中を歩いて行く。ひとりで歩くと言っても、無理をさせたのは自分だからと断られてしまった。
「クライヴ様。黙って出てきて、ごめんなさい……」
項垂れた様子でセシリアは謝った。何もなかったとはいえ、やはり使用人の目を誤魔化し、クライヴにいらぬ心配をかけたことはいけないことだと思ったのだ。
「きみは今日のことを、どうしてほしい?」
クライヴはセシリアの謝罪については何も言わず、代わりにそう訊いた。
セシリアが前を向いて黙々と歩き続ける横顔を見ていると、視線に気づいた彼が立ち止まってじっと見つめ返してくる。
「私はきみの意向に従いたい」
「……内緒にしてほしい、です」
思い切ってそう頼めば、クライヴは実にあっさりと「わかった」と承諾する。
「では見つからないよう裏から入ろう。階段のところまで連れて行く……いや、それだとばれるかもしれないな……裏からは、きみ一人で戻るようにしよう」
「いいの?」
ふっとクライヴが目を細めて微笑んだ。その優しい表情にどきりとする。
「いいさ。他に何か、要望はあるか?」
「……また、泉に行きたいです」
これはさすがにダメかもしれない。案の定、彼は悩むように口を閉ざした。
仕方がない。怒られずに済んだだけでもよかったと思うべきだろう。
「わかった。だが――」
クライヴの出した条件にセシリアは目を丸くした。
「――……それでは奥様、何かございましたら、お呼びください」
「ええ、わかったわ」
今日もまた同じやり取りを交わし、タバサは部屋を出ていく。セシリアもまた、バルコニーの階段を下りて外へと出た。
向かう先は以前と変わらず、泉であった。
水面の近くまで行き、立ったままじっと見つめていたが、やがて着ていた衣服をその場に落とすと、爪先からゆっくりと水の中に身体を沈めた。
水音を立てながら、しばし魚のように身をくねらせ、セシリアは水と戯れる。
心も身体も十分に満たされると、陸へ上がり、水滴を地面へ落としていく。
その時、微かに草を踏む音が聞こえ、顔を上げた。
クライヴだった。
セシリアは彼を見つめたまま、その場に立ち尽くす。
クライヴはセシリアの方へ近づいてくると、ひんやりと冷たい頬に掌を添えて、身を屈めると同時に唇を奪った。口づけは角度を変えて何度も行われ、耳をくすぐられて、舌も吸われていく。どちらのものとも知れぬ唾液を飲み、冷えていた身体は熱を帯びていく。
初めて見つかった時と同じ流れで、このままいけば、クライヴはまたセシリアを抱くだろう。
違うのは、セシリア自身もクライヴを求めていることだ。
「手をついて」
「はい……」
そしてクライヴの命令に従順であった。大きな木の近くへ誘導されると、幹に両手をつき、臀部を突き出すような格好をする。昨日はここまでせず、真っ直ぐに立ったまま後ろから胸を揉まれ、徐々に彼を望む体位にさせられた。
そこまでに至る愛撫も欲しかったけれど、セシリアの身体はすでに甘く疼いて、早くクライヴのもので貫いてほしかった。
セシリアをそんなふうに淫らに変えてしまった当の本人は、微かに笑って、セシリアの望み通りに楔を打ち込んだ。
「あ、あぁ……」
隘路を押し広げられる感覚があり、甘く切なげな声が口から漏れる。ゆっくりと最奥まで挿入され、蜜襞が甘えるように彼のものを包み込んで、離さない。ぱちゅんぱちゅんと肌がぶつかり、溢れる愛液を中へ押し込め、かき回す音にますます興奮が増す。
(きもちいい……)
「はぁ……セシリア……」
後ろからクライヴの身体が密着し、胸を揉んで耳朶を甘噛みされる。セシリアが抗議しようと振り向けば、口を貪られ、抜き差しが速まった。前屈みになっていた上半身を起こされ、しっとりと汗をかいた裸体を彼に支えられながら揺さぶられ、クライヴと一緒に果てた。
それで終わりではなく、今度はクライヴが地面に脱ぎ捨てたシャツの上に押し倒されて、体力と精が尽きるまで抱き合った。
(クライヴ様……)
あの日、今まで通り泉に通いたいと申し出たセシリアにクライヴが出した条件は、使用人たちには内緒で水浴びをすることだった。
つまり夫であるクライヴだけとの秘密にすること。彼以外には決して知られないようにすることを、クライヴはセシリアに課したのだった。
水浴びをしていると、どこからともなくクライヴが現れる。そして必ず抱かれた。
木の近くで、水の中に彼が入ってきて、抱き上げられて繋がったこともあった。
どうして彼がこんなことを許し、自分を抱くのか、セシリアにはよくわからなかった。
でも、水浴びを許してもらえたことは嬉しかったし、クライヴに抱かれるのも嫌いではなかった。恥ずかしいという気持ちも当然あったが、彼が自分を求める表情にお腹の奥が切なくなり、胸も苦しくなって、すべてを捧げたい気になったのだ。それに――
「きみは小さい頃、どんな子だった?」
散々抱き合って、死んだように横になって長い沈黙が続いたあと、クライヴは少し掠れた声で尋ねてくる。
昨日は好きな食べ物を訊かれて、公爵家で出される焼き菓子はみんな好きだと告白すれば、冷たく見える眼差しを和らげて微笑んでくれたのが、とても印象に残っている。
他にも好きな季節や、苦手なこと、その日の天気、世間話など、取るに足らない話を交わし続けている。
この時間が、セシリアは好きだった。
クライヴがセシリアを知りたいと思ってくれていることが伝わってくるから。何気ない会話でクライヴとの距離が以前よりもずっと縮まっていく気がするから。
「教えてくれ、セシリア……」
頬が触れ合うほどの距離で、クライヴの声が鼓膜を優しく震わせる。セシリアは彼の目を見つめたり、胸元に顔を寄せたりして、質問に答えていく。
「小さい頃は外で遊ぶのが好きでした。木に登ったり、虫を捕まえたり、川で泳いだりして……」
「だからあんなに泳ぐのが上手いのか」
セシリアは少しはにかんで、小さく頷いた。
「夕方家へ帰ると、母が出迎えてくれて、たまにアップルパイを食べさせてくれて……夜は、眠る前に父が読んでくれる本の話を聞くのが好きでした……」
「そうか……。きみにとって、大切な家族の思い出なんだな」
クライヴにそう言われ、セシリアは不意に胸が強く締めつけられ、涙が零れそうになった。そうだ。これは自分にとって、かけがえのない両親との記憶だ。
叔母夫婦と過ごした日々のことは伝える気になれなかった。クライヴもまた、聞こうとはしなかった。それが、セシリアの心を揺さぶり、今まで誰にも言えなかった不安を吐露させた。
「わたし、お父さんとお母さんのことが大好きで……でも、二人にはもともと身分の差があって、それで……貴族だった父はたいそう苦労して、母も同じで……わたし……」
だんだん自分が何を言おうとしているのか、わからなくなってきた。――いや、これ以上口にしてはいけないと思った。
両親が一緒になったのは間違いではなかったのか、二人は本当に幸せだったのか、選んだ道に後悔はなかったのか――そんな疑問、娘である自分だけは決して抱いてはいけない。
でも中途半端に心情を吐露して、セシリアは行き場のない思いをぶつけるように、クライヴに尋ねていた。
「クライヴ様。クライヴ様は、わたしと結婚すると聞いた時、どう思いましたか?」
セシリアの表情は切羽詰まって、声には切実な響きがこもっていた。
クライヴは目を瞬き、いつもと変わらぬ口調で真面目に答える。
「私は十八歳の時から、きみの従姉であるヨランダと結婚するよう言われていたから、突然相手が変わり、驚いた」
「わたしの出自のことを知って……どう思われましたか?」
「特に何も。きみは気にしているのかもしれないが、私からすれば、結婚というのは家同士の結びつきを強めるようなものでしかない。相手の容姿や母親の身分など、何の関係もない。それはヨランダの時も、同じだった」
結婚しろと勧められたから、そうしただけ。そこにクライヴ自身の意思はない。
彼の無機質な表情に、きっとそうなのだろうとセシリアは思った。伯爵夫人も、同じようなことを言っていたから。
(でも、なんだか複雑だわ……)
嫌悪感を持たれていなかったことには安堵する気持ちが湧いたが、全く何とも思われていなかったことには……少し、傷つく自分がいる。
そんなセシリアの胸の内を見抜いたように、クライヴは優しく髪を撫でた。
「私がこのまま結婚してもいいと思ったのは、他にも理由がある。式の段取りを決める時に顔合わせをした時のきみの態度や、伯爵夫人からきみの努力を聞かされていたからだ」
「え?」
どういうことだとセシリアが目を丸くすれば、クライヴは心なしか表情を和らげて教えてくれた。
「相手が誰であろうと結婚するつもりではいたが、それでもやはり、限度はあるだろう。場も弁えず前へ出たり、環境に馴染もうとする努力が皆無であったら、一緒にやっていくのは難しいと考え直していた」
セシリア、とクライヴは優しい声で言った。
「以前も言ったが、きみはよくやってくれている。きみの努力のおかげで、私はきみと結婚でき、良き夫婦生活を送れている。本当に、ありがとう」
その言葉に気づけばセシリアは涙を流していた。
「わたし、ずっと不安で……クライヴ様は、ヨランダ様のことがまだ好きなんじゃないかって、彼女と一緒になった方が、幸せなんじゃないかって、思って……」
訥々と話しているうちに感情が抑えきれず、涙が次々と溢れて、しゃくり上げながら子どものように泣き出してしまう。
クライヴはそんなセシリアを抱きしめ、間違いを一つずつ、丁寧に訂正していく。
「ヨランダには悪いが、特別な感情は抱いていなかった。きみが結婚相手になると決まってからは、きみと歩く未来のことだけを考えていた。幸せの定義は様々だろうが、私は今の生活に不満はない。きみと暮らすことで、心は満たされている」
彼の掌が濡れた頬を包み込み、涙で潤んだ自分の瞳を見つめてくる。滲んだ視界でセシリアもクライヴを一心に見つめ返し、何度も彼の言葉を頭の中で繰り返す。
クライヴは、クライヴの言葉でセシリアのことを想ってくれており、幸せだと伝えてくれた。
「……よかった」
安堵からくしゃりと微笑めば、クライヴの親指が涙を拭う。
「私も、聞きたい。きみが私と結婚すると決まった時、どう思ったか……今、幸せなのかどうか」
セシリアはおもむろに起き上がり、同じく身を起こしたクライヴに正直に打ち明けた。
伯爵にいきなり田舎から王都へ連れて来られて、結婚するよう命じられて、戸惑い、無理だと思ったこと。結婚式の日も、嫁いだ今でも、たまらなく不安になる時があること。
「でも……クライヴ様の今のお気持ちを聞いて、安心しました。わたしのことを嫌いではないと知って、嬉しい……。これからも、クライヴ様と一緒に歩いていきたいです」
今のクライヴなら、受け止めてくれると信じられた。彼に知ってほしいと思ったから。
微笑みながら告げたセシリアの顔をクライヴはじっと見ていたが、やがて自分の方へセシリアを抱き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
「ありがとう、セシリア。――愛している」
最後の告白は、クライヴにしては何だかあまりにもストレートな言葉で、らしくない気もしたが、自然と溢れ出した感情を口にしたとも思え、背中に腕を回してセシリアも同じ言葉を返していた。
「クライヴ様。黙って出てきて、ごめんなさい……」
項垂れた様子でセシリアは謝った。何もなかったとはいえ、やはり使用人の目を誤魔化し、クライヴにいらぬ心配をかけたことはいけないことだと思ったのだ。
「きみは今日のことを、どうしてほしい?」
クライヴはセシリアの謝罪については何も言わず、代わりにそう訊いた。
セシリアが前を向いて黙々と歩き続ける横顔を見ていると、視線に気づいた彼が立ち止まってじっと見つめ返してくる。
「私はきみの意向に従いたい」
「……内緒にしてほしい、です」
思い切ってそう頼めば、クライヴは実にあっさりと「わかった」と承諾する。
「では見つからないよう裏から入ろう。階段のところまで連れて行く……いや、それだとばれるかもしれないな……裏からは、きみ一人で戻るようにしよう」
「いいの?」
ふっとクライヴが目を細めて微笑んだ。その優しい表情にどきりとする。
「いいさ。他に何か、要望はあるか?」
「……また、泉に行きたいです」
これはさすがにダメかもしれない。案の定、彼は悩むように口を閉ざした。
仕方がない。怒られずに済んだだけでもよかったと思うべきだろう。
「わかった。だが――」
クライヴの出した条件にセシリアは目を丸くした。
「――……それでは奥様、何かございましたら、お呼びください」
「ええ、わかったわ」
今日もまた同じやり取りを交わし、タバサは部屋を出ていく。セシリアもまた、バルコニーの階段を下りて外へと出た。
向かう先は以前と変わらず、泉であった。
水面の近くまで行き、立ったままじっと見つめていたが、やがて着ていた衣服をその場に落とすと、爪先からゆっくりと水の中に身体を沈めた。
水音を立てながら、しばし魚のように身をくねらせ、セシリアは水と戯れる。
心も身体も十分に満たされると、陸へ上がり、水滴を地面へ落としていく。
その時、微かに草を踏む音が聞こえ、顔を上げた。
クライヴだった。
セシリアは彼を見つめたまま、その場に立ち尽くす。
クライヴはセシリアの方へ近づいてくると、ひんやりと冷たい頬に掌を添えて、身を屈めると同時に唇を奪った。口づけは角度を変えて何度も行われ、耳をくすぐられて、舌も吸われていく。どちらのものとも知れぬ唾液を飲み、冷えていた身体は熱を帯びていく。
初めて見つかった時と同じ流れで、このままいけば、クライヴはまたセシリアを抱くだろう。
違うのは、セシリア自身もクライヴを求めていることだ。
「手をついて」
「はい……」
そしてクライヴの命令に従順であった。大きな木の近くへ誘導されると、幹に両手をつき、臀部を突き出すような格好をする。昨日はここまでせず、真っ直ぐに立ったまま後ろから胸を揉まれ、徐々に彼を望む体位にさせられた。
そこまでに至る愛撫も欲しかったけれど、セシリアの身体はすでに甘く疼いて、早くクライヴのもので貫いてほしかった。
セシリアをそんなふうに淫らに変えてしまった当の本人は、微かに笑って、セシリアの望み通りに楔を打ち込んだ。
「あ、あぁ……」
隘路を押し広げられる感覚があり、甘く切なげな声が口から漏れる。ゆっくりと最奥まで挿入され、蜜襞が甘えるように彼のものを包み込んで、離さない。ぱちゅんぱちゅんと肌がぶつかり、溢れる愛液を中へ押し込め、かき回す音にますます興奮が増す。
(きもちいい……)
「はぁ……セシリア……」
後ろからクライヴの身体が密着し、胸を揉んで耳朶を甘噛みされる。セシリアが抗議しようと振り向けば、口を貪られ、抜き差しが速まった。前屈みになっていた上半身を起こされ、しっとりと汗をかいた裸体を彼に支えられながら揺さぶられ、クライヴと一緒に果てた。
それで終わりではなく、今度はクライヴが地面に脱ぎ捨てたシャツの上に押し倒されて、体力と精が尽きるまで抱き合った。
(クライヴ様……)
あの日、今まで通り泉に通いたいと申し出たセシリアにクライヴが出した条件は、使用人たちには内緒で水浴びをすることだった。
つまり夫であるクライヴだけとの秘密にすること。彼以外には決して知られないようにすることを、クライヴはセシリアに課したのだった。
水浴びをしていると、どこからともなくクライヴが現れる。そして必ず抱かれた。
木の近くで、水の中に彼が入ってきて、抱き上げられて繋がったこともあった。
どうして彼がこんなことを許し、自分を抱くのか、セシリアにはよくわからなかった。
でも、水浴びを許してもらえたことは嬉しかったし、クライヴに抱かれるのも嫌いではなかった。恥ずかしいという気持ちも当然あったが、彼が自分を求める表情にお腹の奥が切なくなり、胸も苦しくなって、すべてを捧げたい気になったのだ。それに――
「きみは小さい頃、どんな子だった?」
散々抱き合って、死んだように横になって長い沈黙が続いたあと、クライヴは少し掠れた声で尋ねてくる。
昨日は好きな食べ物を訊かれて、公爵家で出される焼き菓子はみんな好きだと告白すれば、冷たく見える眼差しを和らげて微笑んでくれたのが、とても印象に残っている。
他にも好きな季節や、苦手なこと、その日の天気、世間話など、取るに足らない話を交わし続けている。
この時間が、セシリアは好きだった。
クライヴがセシリアを知りたいと思ってくれていることが伝わってくるから。何気ない会話でクライヴとの距離が以前よりもずっと縮まっていく気がするから。
「教えてくれ、セシリア……」
頬が触れ合うほどの距離で、クライヴの声が鼓膜を優しく震わせる。セシリアは彼の目を見つめたり、胸元に顔を寄せたりして、質問に答えていく。
「小さい頃は外で遊ぶのが好きでした。木に登ったり、虫を捕まえたり、川で泳いだりして……」
「だからあんなに泳ぐのが上手いのか」
セシリアは少しはにかんで、小さく頷いた。
「夕方家へ帰ると、母が出迎えてくれて、たまにアップルパイを食べさせてくれて……夜は、眠る前に父が読んでくれる本の話を聞くのが好きでした……」
「そうか……。きみにとって、大切な家族の思い出なんだな」
クライヴにそう言われ、セシリアは不意に胸が強く締めつけられ、涙が零れそうになった。そうだ。これは自分にとって、かけがえのない両親との記憶だ。
叔母夫婦と過ごした日々のことは伝える気になれなかった。クライヴもまた、聞こうとはしなかった。それが、セシリアの心を揺さぶり、今まで誰にも言えなかった不安を吐露させた。
「わたし、お父さんとお母さんのことが大好きで……でも、二人にはもともと身分の差があって、それで……貴族だった父はたいそう苦労して、母も同じで……わたし……」
だんだん自分が何を言おうとしているのか、わからなくなってきた。――いや、これ以上口にしてはいけないと思った。
両親が一緒になったのは間違いではなかったのか、二人は本当に幸せだったのか、選んだ道に後悔はなかったのか――そんな疑問、娘である自分だけは決して抱いてはいけない。
でも中途半端に心情を吐露して、セシリアは行き場のない思いをぶつけるように、クライヴに尋ねていた。
「クライヴ様。クライヴ様は、わたしと結婚すると聞いた時、どう思いましたか?」
セシリアの表情は切羽詰まって、声には切実な響きがこもっていた。
クライヴは目を瞬き、いつもと変わらぬ口調で真面目に答える。
「私は十八歳の時から、きみの従姉であるヨランダと結婚するよう言われていたから、突然相手が変わり、驚いた」
「わたしの出自のことを知って……どう思われましたか?」
「特に何も。きみは気にしているのかもしれないが、私からすれば、結婚というのは家同士の結びつきを強めるようなものでしかない。相手の容姿や母親の身分など、何の関係もない。それはヨランダの時も、同じだった」
結婚しろと勧められたから、そうしただけ。そこにクライヴ自身の意思はない。
彼の無機質な表情に、きっとそうなのだろうとセシリアは思った。伯爵夫人も、同じようなことを言っていたから。
(でも、なんだか複雑だわ……)
嫌悪感を持たれていなかったことには安堵する気持ちが湧いたが、全く何とも思われていなかったことには……少し、傷つく自分がいる。
そんなセシリアの胸の内を見抜いたように、クライヴは優しく髪を撫でた。
「私がこのまま結婚してもいいと思ったのは、他にも理由がある。式の段取りを決める時に顔合わせをした時のきみの態度や、伯爵夫人からきみの努力を聞かされていたからだ」
「え?」
どういうことだとセシリアが目を丸くすれば、クライヴは心なしか表情を和らげて教えてくれた。
「相手が誰であろうと結婚するつもりではいたが、それでもやはり、限度はあるだろう。場も弁えず前へ出たり、環境に馴染もうとする努力が皆無であったら、一緒にやっていくのは難しいと考え直していた」
セシリア、とクライヴは優しい声で言った。
「以前も言ったが、きみはよくやってくれている。きみの努力のおかげで、私はきみと結婚でき、良き夫婦生活を送れている。本当に、ありがとう」
その言葉に気づけばセシリアは涙を流していた。
「わたし、ずっと不安で……クライヴ様は、ヨランダ様のことがまだ好きなんじゃないかって、彼女と一緒になった方が、幸せなんじゃないかって、思って……」
訥々と話しているうちに感情が抑えきれず、涙が次々と溢れて、しゃくり上げながら子どものように泣き出してしまう。
クライヴはそんなセシリアを抱きしめ、間違いを一つずつ、丁寧に訂正していく。
「ヨランダには悪いが、特別な感情は抱いていなかった。きみが結婚相手になると決まってからは、きみと歩く未来のことだけを考えていた。幸せの定義は様々だろうが、私は今の生活に不満はない。きみと暮らすことで、心は満たされている」
彼の掌が濡れた頬を包み込み、涙で潤んだ自分の瞳を見つめてくる。滲んだ視界でセシリアもクライヴを一心に見つめ返し、何度も彼の言葉を頭の中で繰り返す。
クライヴは、クライヴの言葉でセシリアのことを想ってくれており、幸せだと伝えてくれた。
「……よかった」
安堵からくしゃりと微笑めば、クライヴの親指が涙を拭う。
「私も、聞きたい。きみが私と結婚すると決まった時、どう思ったか……今、幸せなのかどうか」
セシリアはおもむろに起き上がり、同じく身を起こしたクライヴに正直に打ち明けた。
伯爵にいきなり田舎から王都へ連れて来られて、結婚するよう命じられて、戸惑い、無理だと思ったこと。結婚式の日も、嫁いだ今でも、たまらなく不安になる時があること。
「でも……クライヴ様の今のお気持ちを聞いて、安心しました。わたしのことを嫌いではないと知って、嬉しい……。これからも、クライヴ様と一緒に歩いていきたいです」
今のクライヴなら、受け止めてくれると信じられた。彼に知ってほしいと思ったから。
微笑みながら告げたセシリアの顔をクライヴはじっと見ていたが、やがて自分の方へセシリアを抱き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
「ありがとう、セシリア。――愛している」
最後の告白は、クライヴにしては何だかあまりにもストレートな言葉で、らしくない気もしたが、自然と溢れ出した感情を口にしたとも思え、背中に腕を回してセシリアも同じ言葉を返していた。
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