62 / 93
第8章
第1話(5)
しおりを挟む
「ど、して……、そんなにくわしいんですか?」
莉音の問いかけに、勝ち誇った笑みを浮かべていたその口唇が、さらに大きく吊り上がった。
『当然じゃない。あたしは彼のパートナーなんだから』
完全に血の気が失せた顔で莉音は大きく喘いだ。そのさまを、室内の明かりを反射した宝石のような碧眼が満足げに眺めていた。
組んでいた足を解いて、シャーロットが立ち上がる。
『さあ、いい子ね。ダイヤの在処をわたしに教えなさい。大丈夫、悪いようにはしないから。ダイヤのかわりに、一生だって遊んで暮らせるだけのお金を払ってあげる。下賤のおまえには、この先どんなに頑張ったって、絶対手に入れられないような大金よ?』
目の前に立つ女を、莉音は見返した。
女王のように気高く傲慢で、だれよりヴィンセントの横に立つのに相応しい存在。
だが、莉音は口唇を噛みしめ、両手を強く握りしめた。そしてきっぱりと告げた。
「嫌です。お断りします」
男の通訳を介して莉音の返答を聞いた碧玉の瞳が、大きく見開かれた。
「何度も言っているように、僕はダイヤなんて知らないし、見たこともないです。でも、もしそのダイヤを僕が持っていたとしても、あなたには絶対渡さないっ」
『……なんですって?』
「もしそのダイヤを僕が持ってて、アルフさんが欲しいって言ったら、たぶん渡したと思います。僕が持っててもしかたのないものだから。だけどアルフさんは、一度も僕にそんな話はしなかったし、なにかを探っている様子だってなかった。一緒にいるときはいつも僕を気にかけてくれて、つらいときも、怖かったときもそばにいてくれた」
それが莉音を手懐けるためのヴィンセントの計算だったのだと言われても、莉音はその言葉を受け容れるつもりはなかった。
「たしかに疑いだしたらキリがないけど、僕はアルフさんがどんな人なのか知ってます。あなたの話すアルフさんは僕の知らない人で、彼がそんな人なのだとは僕には思えない。突然目の前に現れて、僕の大切な人たちを悪しざまに言うあなたを、僕は信用することはできません。シャーロットさん、僕はあなたの言うことを信じない」
言いきった直後、飛んできた掌に莉音は頬を打たれた。女性とは思えない力だった。
突然のことに、構えるまもなく大きくよろめく。耳鳴りがして、顔の左側全体がビリビリと痺れた。それはすぐに火照りへと変わり、瞬く間に熱を帯びていった。
シャーロットがなにかを喚き散らしている。通訳の男は口を噤んだままだったが、なにを言っているのかは大体想像することができた。
口の中に血の臭いと味がひろがっていく。どうやらいまので、頬の内側を切ってしまったらしい。だが、叩かれたことと、目の前にいる相手が頭に血を上らせていることでかえって冷静になってしまい、すべてがどうでもよくなっていた。
自分はダイヤなんて知らない。あのPSグループの創業者一族の血が流れている可能性についても関心がない。シャーロット・スペンサーがたったいま自分に話して聞かせた内容についても、ヴィンセントの件については殊更、その言葉で傷つけられるものはなにもなかった。
そうだ。偶然というにはなにもかもができすぎていた。けれども莉音は、自分の気持ちに従うことにした。
短い期間ではあっても、出会って、ともに過ごし、その為人に触れて、ヴィンセントがどんな人間なのかを間近に見てきた。それが自分にとっての真実で、疑いを挟む余地などどこにもなかった。
ヴィンセントが自分に近づいた目的が、シャーロットの言うダイヤにあったのだとしても、それならそれでかまわなかった。ヴィンセントが自分に向けてくれた思いやりや優しさに、裏はなかったのだと信じられるから。
莉音の問いかけに、勝ち誇った笑みを浮かべていたその口唇が、さらに大きく吊り上がった。
『当然じゃない。あたしは彼のパートナーなんだから』
完全に血の気が失せた顔で莉音は大きく喘いだ。そのさまを、室内の明かりを反射した宝石のような碧眼が満足げに眺めていた。
組んでいた足を解いて、シャーロットが立ち上がる。
『さあ、いい子ね。ダイヤの在処をわたしに教えなさい。大丈夫、悪いようにはしないから。ダイヤのかわりに、一生だって遊んで暮らせるだけのお金を払ってあげる。下賤のおまえには、この先どんなに頑張ったって、絶対手に入れられないような大金よ?』
目の前に立つ女を、莉音は見返した。
女王のように気高く傲慢で、だれよりヴィンセントの横に立つのに相応しい存在。
だが、莉音は口唇を噛みしめ、両手を強く握りしめた。そしてきっぱりと告げた。
「嫌です。お断りします」
男の通訳を介して莉音の返答を聞いた碧玉の瞳が、大きく見開かれた。
「何度も言っているように、僕はダイヤなんて知らないし、見たこともないです。でも、もしそのダイヤを僕が持っていたとしても、あなたには絶対渡さないっ」
『……なんですって?』
「もしそのダイヤを僕が持ってて、アルフさんが欲しいって言ったら、たぶん渡したと思います。僕が持っててもしかたのないものだから。だけどアルフさんは、一度も僕にそんな話はしなかったし、なにかを探っている様子だってなかった。一緒にいるときはいつも僕を気にかけてくれて、つらいときも、怖かったときもそばにいてくれた」
それが莉音を手懐けるためのヴィンセントの計算だったのだと言われても、莉音はその言葉を受け容れるつもりはなかった。
「たしかに疑いだしたらキリがないけど、僕はアルフさんがどんな人なのか知ってます。あなたの話すアルフさんは僕の知らない人で、彼がそんな人なのだとは僕には思えない。突然目の前に現れて、僕の大切な人たちを悪しざまに言うあなたを、僕は信用することはできません。シャーロットさん、僕はあなたの言うことを信じない」
言いきった直後、飛んできた掌に莉音は頬を打たれた。女性とは思えない力だった。
突然のことに、構えるまもなく大きくよろめく。耳鳴りがして、顔の左側全体がビリビリと痺れた。それはすぐに火照りへと変わり、瞬く間に熱を帯びていった。
シャーロットがなにかを喚き散らしている。通訳の男は口を噤んだままだったが、なにを言っているのかは大体想像することができた。
口の中に血の臭いと味がひろがっていく。どうやらいまので、頬の内側を切ってしまったらしい。だが、叩かれたことと、目の前にいる相手が頭に血を上らせていることでかえって冷静になってしまい、すべてがどうでもよくなっていた。
自分はダイヤなんて知らない。あのPSグループの創業者一族の血が流れている可能性についても関心がない。シャーロット・スペンサーがたったいま自分に話して聞かせた内容についても、ヴィンセントの件については殊更、その言葉で傷つけられるものはなにもなかった。
そうだ。偶然というにはなにもかもができすぎていた。けれども莉音は、自分の気持ちに従うことにした。
短い期間ではあっても、出会って、ともに過ごし、その為人に触れて、ヴィンセントがどんな人間なのかを間近に見てきた。それが自分にとっての真実で、疑いを挟む余地などどこにもなかった。
ヴィンセントが自分に近づいた目的が、シャーロットの言うダイヤにあったのだとしても、それならそれでかまわなかった。ヴィンセントが自分に向けてくれた思いやりや優しさに、裏はなかったのだと信じられるから。
33
あなたにおすすめの小説
愛を知らない少年たちの番物語。
あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。
*触れ合いシーンは★マークをつけます。
白金の花嫁は将軍の希望の花
葉咲透織
BL
義妹の身代わりでボルカノ王国に嫁ぐことになったレイナール。女好きのボルカノ王は、男である彼を受け入れず、そのまま若き将軍・ジョシュアに下げ渡す。彼の屋敷で過ごすうちに、ジョシュアに惹かれていくレイナールには、ある秘密があった。
※個人ブログにも投稿済みです。
【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》
黒に染まる
曙なつき
BL
“ライシャ事変”に巻き込まれ、命を落としたとされる美貌の前神官長のルーディス。
その親友の騎士団長ヴェルディは、彼の死後、長い間その死に囚われていた。
事変から一年後、神殿前に、一人の赤子が捨てられていた。
不吉な黒髪に黒い瞳の少年は、ルースと名付けられ、見習い神官として育てられることになった。
※疫病が流行るシーンがあります。時節柄、トラウマがある方はご注意ください。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!
あまく、とろけて、開くオメガ
藍沢真啓/庚あき
BL
オメガの市居憂璃は同じオメガの実母に売られた。
北関東圏を支配するアルファの男、玉之浦椿に。
ガリガリに痩せた子は売れないと、男の眼で商品として価値があがるように教育される。
出会ってから三年。その流れゆく時間の中で、男の態度が商品と管理する関係とは違うと感じるようになる憂璃。
優しく、大切に扱ってくれるのは、自分が商品だから。
勘違いしてはいけないと律する憂璃の前に、自分を売った母が現れ──
はぴまり~薄幸オメガは溺愛アルファ~等のオメガバースシリーズと同じ世界線。
秘密のあるスパダリ若頭アルファ×不憫アルビノオメガの両片想いラブ。
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
左遷先は、後宮でした。
猫宮乾
BL
外面は真面目な文官だが、週末は――打つ・飲む・買うが好きだった俺は、ある日、ついうっかり裏金騒動に関わってしまい、表向きは移動……いいや、左遷……される事になった。死刑は回避されたから、まぁ良いか! お妃候補生活を頑張ります。※異世界後宮ものコメディです。(表紙イラストは朝陽天満様に描いて頂きました。本当に有難うございます!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる