ひろいひろわれ こいこわれ【完結済み】

九條 連

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第8章

第1話(5)

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「ど、して……、そんなにくわしいんですか?」

 莉音の問いかけに、勝ち誇った笑みを浮かべていたその口唇くちびるが、さらに大きく吊り上がった。

『当然じゃない。あたしは彼のパートナーなんだから』

 完全に血の気が失せた顔で莉音は大きく喘いだ。そのさまを、室内の明かりを反射した宝石のような碧眼が満足げに眺めていた。
 組んでいた足を解いて、シャーロットが立ち上がる。

『さあ、いい子ね。ダイヤの在処をわたしに教えなさい。大丈夫、悪いようにはしないから。ダイヤのかわりに、一生だって遊んで暮らせるだけのお金を払ってあげる。下賤のおまえには、この先どんなに頑張ったって、絶対手に入れられないような大金よ?』

 目の前に立つ女を、莉音は見返した。
 女王のように気高く傲慢で、だれよりヴィンセントの横に立つのに相応ふさわしい存在。
 だが、莉音は口唇を噛みしめ、両手を強く握りしめた。そしてきっぱりと告げた。

「嫌です。お断りします」

 男の通訳を介して莉音の返答を聞いた碧玉の瞳が、大きく見開かれた。

「何度も言っているように、僕はダイヤなんて知らないし、見たこともないです。でも、もしそのダイヤを僕が持っていたとしても、あなたには絶対渡さないっ」
『……なんですって?』
「もしそのダイヤを僕が持ってて、アルフさんが欲しいって言ったら、たぶん渡したと思います。僕が持っててもしかたのないものだから。だけどアルフさんは、一度も僕にそんな話はしなかったし、なにかを探っている様子だってなかった。一緒にいるときはいつも僕を気にかけてくれて、つらいときも、怖かったときもそばにいてくれた」

 それが莉音を手懐けるためのヴィンセントの計算だったのだと言われても、莉音はその言葉を受け容れるつもりはなかった。

「たしかに疑いだしたらキリがないけど、僕はアルフさんがどんな人なのか知ってます。あなたの話すアルフさんは僕の知らない人で、彼がそんな人なのだとは僕には思えない。突然目の前に現れて、僕の大切な人たちを悪しざまに言うあなたを、僕は信用することはできません。シャーロットさん、僕はあなたの言うことを信じない」

 言いきった直後、飛んできた掌に莉音は頬を打たれた。女性とは思えない力だった。
 突然のことに、構えるまもなく大きくよろめく。耳鳴りがして、顔の左側全体がビリビリと痺れた。それはすぐに火照ほてりへと変わり、瞬く間に熱を帯びていった。

 シャーロットがなにかを喚き散らしている。通訳の男は口をつぐんだままだったが、なにを言っているのかは大体想像することができた。
 口の中に血の臭いと味がひろがっていく。どうやらいまので、頬の内側を切ってしまったらしい。だが、叩かれたことと、目の前にいる相手が頭に血を上らせていることでかえって冷静になってしまい、すべてがどうでもよくなっていた。

 自分はダイヤなんて知らない。あのPSグループの創業者一族の血が流れている可能性についても関心がない。シャーロット・スペンサーがたったいま自分に話して聞かせた内容についても、ヴィンセントの件については殊更、その言葉で傷つけられるものはなにもなかった。
 そうだ。偶然というにはなにもかもができすぎていた。けれども莉音は、自分の気持ちに従うことにした。

 短い期間ではあっても、出会って、ともに過ごし、その為人ひととなりに触れて、ヴィンセントがどんな人間なのかを間近に見てきた。それが自分にとっての真実で、疑いを挟む余地などどこにもなかった。
 ヴィンセントが自分に近づいた目的が、シャーロットの言うダイヤにあったのだとしても、それならそれでかまわなかった。ヴィンセントが自分に向けてくれた思いやりや優しさに、裏はなかったのだと信じられるから。
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