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第8章
第1話(4)
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「知りません。そんな指輪、見たこともないです」
莉音は正直に告げたが、シャーロットは信じなかった。
『あなた、一月にお母様を亡くされたそうね』
唐突に言われて、莉音はビクリと反応した。
なにを言いたいのだろうと訝るまもなく、シャーロットは畳みかけた。莉音に対して、優しく紳士的な一面しか見せることがなかったアルフレッド・ヴィンセントという男は、目的のためには手段を選ばない人間なのだと。
『わたしと結婚することで、アルフにはPSグループ社長の娘婿という立場から経営に携わることができるようになる。でもね、お祖父さまが多恵に贈った指輪――いいえ、この際価値があるのはダイヤモンドそのもので、指輪自体についてはどうでもいいことなのだけれど、ともかく、その宝石を手に入れることさえできるなら、それ以上に確実に、組織の中で揺るぎない地位と権力を手に入れることができる。ここまで言えば、大体の事情は察せられるでしょう?』
シャーロットの説明に、莉音は悚然とした。
ヴィンセントが莉音に近づいたのは、ダイヤの在処を探るため。シャーロットはたしかにそう言った。だが、いまの話の流れでは、母の死は、ヴィンセントによって仕組まれたことになりはしないか。少なくとも、そんな疑念が湧き上がる話の持っていきかただった。
母が亡くなったのが年明けすぐのことで、そのときにはすでに、遺言書の内容はあきらかにされていた。
莉音がヴィンセントと出会ったのは三月の初め。四十九日を済ませて納骨を終え、たった独りで先行きも見えない中、途方に暮れていた時期で――
「嘘です、そんな……。僕は信じない」
莉音はゆるゆると首を振りながらわずかに後退った。
不安と寂しさに押し潰されそうになっていた日々に射した、一条の光。自分にとってのヴィンセントは、そういう存在だった。
「アルフさんは、そんな人じゃないです」
そうだ、自分は信じない。彼が自分に向けてくれた優しさや愛情は、すべて本物だった。
ひょっとしたら、その手の詐欺に遭った人たちは皆、おなじようにそう思うのかもしれない。自分もまた、おなじ罠に嵌まっているのだとすれば、他人の目から見て、さぞ滑稽に映ることだろう。それでも、莉音はヴィンセントから与えられた優しさが偽物だったとは思えなかった。
彼がどんなふうに自分を瞶め、どんなふうに触れてくるのかをだれよりよく知っている。その彼が、人の生命を――莉音の母を殺して、平然としていられる人間だとは思えなかった。
『信じないのはそちらの自由だけれど、なにもかも、話がうますぎると思わない?』
シャーロットの言葉に、莉音は眉宇を顰めた。
『あなたがアルフに誘われて食事を楽しんだその夜に空き巣に入られて、その片付けをするためにアパートに戻ったタイミングで押し入ってきた男に連れ去られそうになった。同行していたアルフは、なぜかそのとき席をはずしていて、あなたのそばにはいなかった。そもそも、あなたたちが最初に出会ったのもあなたの家の近くだった。彼の会社も自宅も港区。その彼が、あんな時間、あんなところになんの用事があったというの?』
シャーロットが言葉を重ねるほどに、莉音の顔が硬張っていく。
『それになにより、出会った当初に記憶を失ったというあれは、本当だったのかしら? 翌日には、すぐに記憶を取り戻したんでしょう? 都合がよすぎやしない? 彼ほどの人が、身分証も携帯も財布も持たずに出歩くなんてことがあるかしら? あなたに近づくために、わざとそうしていたとしか思えない。記憶喪失も全部嘘。目的は、あなたに近づいて必要な情報を探り出すため。あの男たちも、彼が雇い入れて仕組んだ茶番。ね? 全部、辻褄が合うでしょう?』
組んでいた足を、思わせぶりに組み替えながらシャーロットは嫣然と微笑んだ。
莉音は正直に告げたが、シャーロットは信じなかった。
『あなた、一月にお母様を亡くされたそうね』
唐突に言われて、莉音はビクリと反応した。
なにを言いたいのだろうと訝るまもなく、シャーロットは畳みかけた。莉音に対して、優しく紳士的な一面しか見せることがなかったアルフレッド・ヴィンセントという男は、目的のためには手段を選ばない人間なのだと。
『わたしと結婚することで、アルフにはPSグループ社長の娘婿という立場から経営に携わることができるようになる。でもね、お祖父さまが多恵に贈った指輪――いいえ、この際価値があるのはダイヤモンドそのもので、指輪自体についてはどうでもいいことなのだけれど、ともかく、その宝石を手に入れることさえできるなら、それ以上に確実に、組織の中で揺るぎない地位と権力を手に入れることができる。ここまで言えば、大体の事情は察せられるでしょう?』
シャーロットの説明に、莉音は悚然とした。
ヴィンセントが莉音に近づいたのは、ダイヤの在処を探るため。シャーロットはたしかにそう言った。だが、いまの話の流れでは、母の死は、ヴィンセントによって仕組まれたことになりはしないか。少なくとも、そんな疑念が湧き上がる話の持っていきかただった。
母が亡くなったのが年明けすぐのことで、そのときにはすでに、遺言書の内容はあきらかにされていた。
莉音がヴィンセントと出会ったのは三月の初め。四十九日を済ませて納骨を終え、たった独りで先行きも見えない中、途方に暮れていた時期で――
「嘘です、そんな……。僕は信じない」
莉音はゆるゆると首を振りながらわずかに後退った。
不安と寂しさに押し潰されそうになっていた日々に射した、一条の光。自分にとってのヴィンセントは、そういう存在だった。
「アルフさんは、そんな人じゃないです」
そうだ、自分は信じない。彼が自分に向けてくれた優しさや愛情は、すべて本物だった。
ひょっとしたら、その手の詐欺に遭った人たちは皆、おなじようにそう思うのかもしれない。自分もまた、おなじ罠に嵌まっているのだとすれば、他人の目から見て、さぞ滑稽に映ることだろう。それでも、莉音はヴィンセントから与えられた優しさが偽物だったとは思えなかった。
彼がどんなふうに自分を瞶め、どんなふうに触れてくるのかをだれよりよく知っている。その彼が、人の生命を――莉音の母を殺して、平然としていられる人間だとは思えなかった。
『信じないのはそちらの自由だけれど、なにもかも、話がうますぎると思わない?』
シャーロットの言葉に、莉音は眉宇を顰めた。
『あなたがアルフに誘われて食事を楽しんだその夜に空き巣に入られて、その片付けをするためにアパートに戻ったタイミングで押し入ってきた男に連れ去られそうになった。同行していたアルフは、なぜかそのとき席をはずしていて、あなたのそばにはいなかった。そもそも、あなたたちが最初に出会ったのもあなたの家の近くだった。彼の会社も自宅も港区。その彼が、あんな時間、あんなところになんの用事があったというの?』
シャーロットが言葉を重ねるほどに、莉音の顔が硬張っていく。
『それになにより、出会った当初に記憶を失ったというあれは、本当だったのかしら? 翌日には、すぐに記憶を取り戻したんでしょう? 都合がよすぎやしない? 彼ほどの人が、身分証も携帯も財布も持たずに出歩くなんてことがあるかしら? あなたに近づくために、わざとそうしていたとしか思えない。記憶喪失も全部嘘。目的は、あなたに近づいて必要な情報を探り出すため。あの男たちも、彼が雇い入れて仕組んだ茶番。ね? 全部、辻褄が合うでしょう?』
組んでいた足を、思わせぶりに組み替えながらシャーロットは嫣然と微笑んだ。
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