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23.転校生
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正月が過ぎて三学期が始まった。その日、百番地に大事件があった。あの大えんとつが倒されたのだ。始業式の最中だったらしい。ユーイチたちが知らない間に倒された。
発破をしかけられ、下からドーンとまたたく間に爆発して、くずれ落ちていった。アーミーグリーンのボイラー倉庫も解体された。跡地にアパートが建つのだそうだ。その前の広場にあった秘密基地の材木も、いつの間にかきれいにかたづけられていた。ここにもじきにアパートが建つのだろう。
朝、学校に行くとき大えんとつはいつものように立っていたのだ。だけど、帰りには跡形もなく、ざんがいの山になっていた。
最近、百番地では、あちこちの空き地にいろいろな会社の社宅が建ち始めた。百番地は小学生がどんどん増えていく。
始業式のあと、ユーイチたちのクラスにも転校生がやって来た。製鉄会社の社宅に引っ越してきた中村さんという子だ。百番地にとうとう女子の同級生がやってきたのだ。
だけど、あんまりうれしくない。だって、その子は東京弁だ。きざったらしくて、やたらと声がでかい。おまけにユーイチなんか口をはさむことができないくらいの早口で話す。なんだか命令されているような言い方なのだ。言われっぱなしでどうもいやだ。おしゃべりなユーイチがそう思うくらいだから、コウちゃんとは絶対そりが合わない。帰りがけに、
「いっしょに帰ろう」と中村さんに言われたが、
「女とはぜったいに遊ばん!」
コウちゃんはそう言ったきり、一人で帰ってしまった。百番地の方向に帰るのは、クラスで三人だけだ。だから、コウちゃんがプイと先に行ってしまったら、いつも中村さんとユーイチが二人で帰ることになる。
結局、登校はコウちゃんと二人、下校は中村さんと二人ということになってしまった。
ユーイチにとって、それはとてもつらいことだ。だって、あまり気の合わない女子と二人だし、その子はユーイチの倍くらいのスピードでおしゃべりして、ずっと話しっぱなしなのだ。ユーイチなんか、まったく言葉をはさめない速さだぞ。まるで言葉の機関銃だ。
ユーイチだっておしゃべりは好きなんだ。しゃべれないといらいらして頭が爆発してしまうんだ。少しはこっちの話も聞けよ!
それに東京とこちらをいちいち比較してくる。学校のことだって、百番地のことだって、いちいち比較する。それを毎日学校の帰りにずっと聞かされるのだ。
「木造校舎だしさ、トイレは古くてくさいしさ、使いにくいしさ、図書室は古い本ばかりだしさ、給食もまずいしさ」
なにが、だしさ、だしさ、だしさなんだ。
そんなことユーイチに言ったってしょうがないじゃないか。
「だいたいがさ、床板なんて古くてふし穴だらけのボロボロの校舎なのよ。それなのにさ、『みんなでピカピカにみがいて大切に使いましょう!』なんて、いったい何のための掃除なんだか。全員に毎日ぞうきんがけをさせることなんかないじゃない」
「でも、この学校は市内で一番床がきれいな学校だって、いつも校長先生がほめてるよ」
「東京の学校はね、みんなコンクリートで出来てるの。だから当然床みがきなんてないし、トイレから変なにおいもしないし、どの部屋も新しくてきれいなの。だから、そうじなんて当番の人しかやらないわよ」
『ああ、いやだいやだ!なんてやつなんだ。そんなに東京がいいのなら転校してこなければよかったのだ』
そんなことを言うわりに土山先生からは、
「中村さんはぞうきんがけが上手ね」
とほめられて、
「わたし、前の学校でもそうじ委員長だっていわれていましたから」
なんて言ってたくせに。
いくら東京だって、そうじ委員長なんてもの、あるわけないだろう。
『いやだいやだ!ああいやだ。一人で帰ればいいじゃないか。なのに、いったいいつまでくっついてくるんだ』
おしゃべりなユーイチがちっとも言葉をはさめない。いつも最初の一言で言い負けるんだ。言い返してやりたい。でもできない。くやしくてしょうがない。
しかも帰り道だって自分で決めたがる。
「ねえ、鉄条網をくぐって帰るなんてこと、わたしはいやよ。ちゃんとした通学路を通ろうよ」
「ええっ・・・!」
『そんなわがままなことを言うなよ!それって、すごく時間がかかるんだぜ。南門まで回ると時間が二倍かかっちまうんだ。そんなに長くおまえの話に付き合えねえよ!』
ほらみろ、おまえのせいで頭が東京弁になっちまったぞ。言葉まで東京に支配されたくねえや。ぼくらの言葉を返せ、返せよ!アーアッ、コウちゃんと二人の時代がなつかしいな。
「ねえ、百番地って変よね。鉄条網だらけだし、防空壕みたいな変な物があるし。だいたい監視塔っていったいなんなの」
「あれは監視塔じゃないぞ!ぼくらを見守る見守り台だ」
「見守り台だって監視塔だって、私たちずっと見張られているんじゃないの。余計なお世話よ。なんで来たばっかりの私まで見張られなきゃいけないわけ?まるでまだ戦争中の町みたいだわ。もうすぐ東京オリンピックも開かれるって時代にさ」
「オリンピックだって、よその国と戦うんじゃないか」
「あれはスポーツよ。競争はするけれど、勝ち負けは関係ないの。平和のお祭りなんだから。東京ではね、今は世界中の国旗がはためいてるのよ」
中村さんは東京のことをしゃべり出すと、いくらでも自分のことのように自慢げに言う。
「東京に比べて道路なんて全然舗装されていないんだもの。でこぼこ道で、車に乗ってたら、ぼっこんぼっこん座席がはね上がるのよ。ほこりは舞い上がるし、くさいにおいがするしね」
『ハイハイ、分かりました。東京ほど文明が発展してませんよ。百番地なんて古代文明のまんまです。でも、勝手に東京なんかと比べるんじゃないよ!』
かなりユーイチが不機嫌な顔になったからだろう。中村さんもちょっと気をつかう。
「でもね、なかなかすてきよ。変わった色の家があっておとぎの国みたいだし、ポプラの並木なんてまるで高原みたいでしゃれてるわ」
やれやれ、よくしゃべるものだ。
やっとユーイチの家の前まで帰って来た。
『あれ、見たことのない人と、うちの母さんが楽しそうにしゃべってるぜ』
ユーイチがそう思ってると、
「お母さん!」
中村さんがかけよった。
「あら、お帰りなさい。今ね、こちらの学校のことについて、いろいろお話をうかがってたのよ」
「あらお帰りなさい。あなたが中村さんね。うちの子がおせわになっちゃって。お調子者の子だけどどうぞよろしくね」
『なにがよろしくねじゃァ!お調子者の子を産んだのはだれなんじゃァ!だいたい、いつの間に東京弁になったんじゃアッ!』
でも、中村さんの話はたまにおもしろいときもある。東京オリンピックや東京タワー、川の上を走る高速道路。そして地下にもぐる電車。もうすぐ開通する夢の超特急新幹線。ユーイチだってそんな近代文明を早く見てみたい。
リューイチは正月に自転車を買ってもらった。自転車に乗ってじーじの家に行く。ついでにぐるっと百番地を一周だ。百番地の空き地に新しい建物がどんどん建ち始めた。鉄筋コンクリートの大きな社宅だ。リューイチたちの野球場も、とうとう立ち入り禁止になった。百番地には転校生がたくさんやってきたようだ。
川北小学校には、転校してくる子なんてまずいない。転校して行く子もいないから、小学校の六年間みんな知った子どもばかりだ。新しい家もできないから、産まれてからずっと、近所は顔見知りの人ばかりが住んでいる。それはそれでいいんだ。でも、転校生がクラスに入ってくれば、よその町の様子を聞けるんだ。リューイチはそれがうらやましくてしかたない。
今日も、放課後学校から帰ると、すぐにランドセルを置いて自転車で百番地に行った。
今日は急いで行った。でも、もう先にじーじの家の門を入っていくランドセルの女の子がいた
中村さんだ。
中村さんは、最近じーじの家の近くに建った、社宅に引っ越してきた。東京からだそうだ。川上小学校の五年生、ユーイチと同じクラスになったらしい。絵画教室で不満そうにユーイチが言っていた。
「あいつなんか川北小学校ならよかったのに」
でも、そんないやな子じゃないと思うんだけど・・・
中村さんはこの前からほとんど毎日、学校帰りにおじいちゃんの家に寄っている。おじいちゃんの家にというか、庭の池に寄り道していると言ったほうがいいかもしれない。
東京からカメを連れてきたのだ。でも、アパートのベランダじゃ狭いっていわれて、おじいちゃんちの池に入れて欲しいと頼みにきたらしい。
それ以来、毎日学校帰りには、池に寄ってカメに声をかける。そして、給食のパンをちぎってはカメにやっている。
「この池にはぼくの放したカメもいるんだよ。自分のカメって分かるのかい?」
「だいじょうぶよ。カメコはわたしの声を聞いたらすぐに顔を出すんだから」
カメに名前まで付けているんだ。でも、本当だ!中村さんが呼んだら、カメコのやつすぐに顔を出して給食のパンを食べだした。
「えっ!本当に言葉が分かるんだ。でもこのカメ、ぼくのにも似ているみたいな・・・。まあいいや、どっちが食べたにしたって」
中村さんはいろんなことを知っている。高速道路や、モノレール。地下鉄に、今度できる東海道新幹線。それに、来年開かれるオリンピックの大競技場。何を聞いてもまるで未来の世界みたいだ。リューイチはその話を聞きたくてしょうがないんだ。
「本で見たけど、東京では川の上に高速道路ができて、家の屋根より高いところを自動車が走ってるんだろ?まるで車が空の上を走る空想マンガみたいだね」
「そうよ。そりゃすごいのよ。東京ってね、世界を代表するような未来都市なんだから」
聞いているだけでリューイチは本当にウキウキしてくる。
「地下鉄って、地面の下を走ってるの?家の下から電車がドドドドって走る音が聞こえるのかな?モノレールって、遊園地にある電車みたいなのが、ビルとビルの間を走り抜けてるんだよね?」
何を聞いても中村さんが教えてくれる。
「これからもね、どんどん新しいものができるわよ。世の中がみんな新しいものに変わっていくんだから。ほら、ロボットだってボタン一つで、人間が思ったように動いてくれるの」
「ロボットって、そりゃないよ。それはテレビマンガだろ?」
「今はそうよね、でもそんな時代もすぐすぐ来ちゃうのよ」
「えっ?世の中そんなに進んでるのか。こりゃあ、快傑風雲児だぞっ!て、ポプラの枝を刀にして、ソテツの葉っぱをシュリケンにして、忍者ごっこをしているぼくたちって、もうおしまいだな」
「すぐすぐできちゃうわよ。リモートコントローラーってボタンのたくさんついているやつで、指一本でボタンを押せば、なんだってできる時代になっちゃうんだよ。リモコンさえあればなんだってできちゃうの。聞きたい音楽だってすぐに聞ける。テレビもボタンを押せば好きな番組を見ることができちゃう。掃除だって、洗濯だって、それから友だちだってさ・・・」
急に声が小さくなった。
「電話もね、ボタン一つでいつでもどこでも声が聞けて話ができるし、友だちだって、今ユキちゃんが東京のどこにいて何をしてるかってことがすぐに分かっちゃうのよ」
そこまで言うと、中村さんはフゥーとため息をついて、突然黙りこくってしまった。
しゃべりすぎて電池切れしたのか?ユキちゃんって・・・
ふと、リューイチはユーレイ屋敷にあった、筆箱くらいの大きさでボタンがたくさんついた機械を思い出した。
ひょっとすると、外国の兵隊さんは、戦争している時から、そんなリモートなんとかってもので、敵がどこにいて何をしているか、すぐに分かったんじゃないだろうか。ボタン一つで日本を攻撃してたんじゃないだろうか。そんな科学兵器があったんじゃ、日本が勝てるわけない。
「じきに、日本国中に高速道路ができて、みんなが好きなときに、好きなところへ自家用車で旅行するようになるんだから」
それはうそだ!絶対無理だよ。みんなが自家用車を持つなんて、そんなびっくりするような時代が来るわけないだろう。
「ウチの前の道なんか、たまにボンネットバスが走るのと、砂利を乗せたダンプカーが通るくらいだぞ。舗装された道なんてほとんどないし、そんなにたくさんの車が走ったら、砂ぼこりまみれで迷惑だ。それにうちのクラスで自家用車があるのは、商売をしているヨーちゃん所だけだよ」
リューイチは、中村さんと話をするとわくわくしてきてたまらない。
「リューイチくんってちゃんと標準語で話せるんだね。川上小の子たちってみんな方言ばっかり」
そうなんだ。シューイチくんと話していたときに、ついくせになってしまったんだ。
『でも、そんなこと人には言うなよ。特にユーイチにはさ。オレはさ、今一生けんめい中村さんに合わせてるだけなんだからさ』
「北門のそばのため池にいつもいる子、まるで未来少年みたいな子だよね。時々、監視塔を指さしてじっと見ているの。きっと、未来と交信しているのよ。いつか、あそこに向かって飛んでいっちゃうんじゃないかな」
ヒロくんのことだ。
そりゃあ、中村さんの妄想だ。
そういえば、最近のヒロくんはいつも一人ぼっちだ。時々ユーイチが声をかけたりしている。最近は絵画教室でも、ヒロくんのそばにユーイチが座るようになった。ユーイチはたびたび話しかけているけど、ヒロくんは明らかにいやがっている。不思議少年と未来少年とでは気が合わないんだろうか。
発破をしかけられ、下からドーンとまたたく間に爆発して、くずれ落ちていった。アーミーグリーンのボイラー倉庫も解体された。跡地にアパートが建つのだそうだ。その前の広場にあった秘密基地の材木も、いつの間にかきれいにかたづけられていた。ここにもじきにアパートが建つのだろう。
朝、学校に行くとき大えんとつはいつものように立っていたのだ。だけど、帰りには跡形もなく、ざんがいの山になっていた。
最近、百番地では、あちこちの空き地にいろいろな会社の社宅が建ち始めた。百番地は小学生がどんどん増えていく。
始業式のあと、ユーイチたちのクラスにも転校生がやって来た。製鉄会社の社宅に引っ越してきた中村さんという子だ。百番地にとうとう女子の同級生がやってきたのだ。
だけど、あんまりうれしくない。だって、その子は東京弁だ。きざったらしくて、やたらと声がでかい。おまけにユーイチなんか口をはさむことができないくらいの早口で話す。なんだか命令されているような言い方なのだ。言われっぱなしでどうもいやだ。おしゃべりなユーイチがそう思うくらいだから、コウちゃんとは絶対そりが合わない。帰りがけに、
「いっしょに帰ろう」と中村さんに言われたが、
「女とはぜったいに遊ばん!」
コウちゃんはそう言ったきり、一人で帰ってしまった。百番地の方向に帰るのは、クラスで三人だけだ。だから、コウちゃんがプイと先に行ってしまったら、いつも中村さんとユーイチが二人で帰ることになる。
結局、登校はコウちゃんと二人、下校は中村さんと二人ということになってしまった。
ユーイチにとって、それはとてもつらいことだ。だって、あまり気の合わない女子と二人だし、その子はユーイチの倍くらいのスピードでおしゃべりして、ずっと話しっぱなしなのだ。ユーイチなんか、まったく言葉をはさめない速さだぞ。まるで言葉の機関銃だ。
ユーイチだっておしゃべりは好きなんだ。しゃべれないといらいらして頭が爆発してしまうんだ。少しはこっちの話も聞けよ!
それに東京とこちらをいちいち比較してくる。学校のことだって、百番地のことだって、いちいち比較する。それを毎日学校の帰りにずっと聞かされるのだ。
「木造校舎だしさ、トイレは古くてくさいしさ、使いにくいしさ、図書室は古い本ばかりだしさ、給食もまずいしさ」
なにが、だしさ、だしさ、だしさなんだ。
そんなことユーイチに言ったってしょうがないじゃないか。
「だいたいがさ、床板なんて古くてふし穴だらけのボロボロの校舎なのよ。それなのにさ、『みんなでピカピカにみがいて大切に使いましょう!』なんて、いったい何のための掃除なんだか。全員に毎日ぞうきんがけをさせることなんかないじゃない」
「でも、この学校は市内で一番床がきれいな学校だって、いつも校長先生がほめてるよ」
「東京の学校はね、みんなコンクリートで出来てるの。だから当然床みがきなんてないし、トイレから変なにおいもしないし、どの部屋も新しくてきれいなの。だから、そうじなんて当番の人しかやらないわよ」
『ああ、いやだいやだ!なんてやつなんだ。そんなに東京がいいのなら転校してこなければよかったのだ』
そんなことを言うわりに土山先生からは、
「中村さんはぞうきんがけが上手ね」
とほめられて、
「わたし、前の学校でもそうじ委員長だっていわれていましたから」
なんて言ってたくせに。
いくら東京だって、そうじ委員長なんてもの、あるわけないだろう。
『いやだいやだ!ああいやだ。一人で帰ればいいじゃないか。なのに、いったいいつまでくっついてくるんだ』
おしゃべりなユーイチがちっとも言葉をはさめない。いつも最初の一言で言い負けるんだ。言い返してやりたい。でもできない。くやしくてしょうがない。
しかも帰り道だって自分で決めたがる。
「ねえ、鉄条網をくぐって帰るなんてこと、わたしはいやよ。ちゃんとした通学路を通ろうよ」
「ええっ・・・!」
『そんなわがままなことを言うなよ!それって、すごく時間がかかるんだぜ。南門まで回ると時間が二倍かかっちまうんだ。そんなに長くおまえの話に付き合えねえよ!』
ほらみろ、おまえのせいで頭が東京弁になっちまったぞ。言葉まで東京に支配されたくねえや。ぼくらの言葉を返せ、返せよ!アーアッ、コウちゃんと二人の時代がなつかしいな。
「ねえ、百番地って変よね。鉄条網だらけだし、防空壕みたいな変な物があるし。だいたい監視塔っていったいなんなの」
「あれは監視塔じゃないぞ!ぼくらを見守る見守り台だ」
「見守り台だって監視塔だって、私たちずっと見張られているんじゃないの。余計なお世話よ。なんで来たばっかりの私まで見張られなきゃいけないわけ?まるでまだ戦争中の町みたいだわ。もうすぐ東京オリンピックも開かれるって時代にさ」
「オリンピックだって、よその国と戦うんじゃないか」
「あれはスポーツよ。競争はするけれど、勝ち負けは関係ないの。平和のお祭りなんだから。東京ではね、今は世界中の国旗がはためいてるのよ」
中村さんは東京のことをしゃべり出すと、いくらでも自分のことのように自慢げに言う。
「東京に比べて道路なんて全然舗装されていないんだもの。でこぼこ道で、車に乗ってたら、ぼっこんぼっこん座席がはね上がるのよ。ほこりは舞い上がるし、くさいにおいがするしね」
『ハイハイ、分かりました。東京ほど文明が発展してませんよ。百番地なんて古代文明のまんまです。でも、勝手に東京なんかと比べるんじゃないよ!』
かなりユーイチが不機嫌な顔になったからだろう。中村さんもちょっと気をつかう。
「でもね、なかなかすてきよ。変わった色の家があっておとぎの国みたいだし、ポプラの並木なんてまるで高原みたいでしゃれてるわ」
やれやれ、よくしゃべるものだ。
やっとユーイチの家の前まで帰って来た。
『あれ、見たことのない人と、うちの母さんが楽しそうにしゃべってるぜ』
ユーイチがそう思ってると、
「お母さん!」
中村さんがかけよった。
「あら、お帰りなさい。今ね、こちらの学校のことについて、いろいろお話をうかがってたのよ」
「あらお帰りなさい。あなたが中村さんね。うちの子がおせわになっちゃって。お調子者の子だけどどうぞよろしくね」
『なにがよろしくねじゃァ!お調子者の子を産んだのはだれなんじゃァ!だいたい、いつの間に東京弁になったんじゃアッ!』
でも、中村さんの話はたまにおもしろいときもある。東京オリンピックや東京タワー、川の上を走る高速道路。そして地下にもぐる電車。もうすぐ開通する夢の超特急新幹線。ユーイチだってそんな近代文明を早く見てみたい。
リューイチは正月に自転車を買ってもらった。自転車に乗ってじーじの家に行く。ついでにぐるっと百番地を一周だ。百番地の空き地に新しい建物がどんどん建ち始めた。鉄筋コンクリートの大きな社宅だ。リューイチたちの野球場も、とうとう立ち入り禁止になった。百番地には転校生がたくさんやってきたようだ。
川北小学校には、転校してくる子なんてまずいない。転校して行く子もいないから、小学校の六年間みんな知った子どもばかりだ。新しい家もできないから、産まれてからずっと、近所は顔見知りの人ばかりが住んでいる。それはそれでいいんだ。でも、転校生がクラスに入ってくれば、よその町の様子を聞けるんだ。リューイチはそれがうらやましくてしかたない。
今日も、放課後学校から帰ると、すぐにランドセルを置いて自転車で百番地に行った。
今日は急いで行った。でも、もう先にじーじの家の門を入っていくランドセルの女の子がいた
中村さんだ。
中村さんは、最近じーじの家の近くに建った、社宅に引っ越してきた。東京からだそうだ。川上小学校の五年生、ユーイチと同じクラスになったらしい。絵画教室で不満そうにユーイチが言っていた。
「あいつなんか川北小学校ならよかったのに」
でも、そんないやな子じゃないと思うんだけど・・・
中村さんはこの前からほとんど毎日、学校帰りにおじいちゃんの家に寄っている。おじいちゃんの家にというか、庭の池に寄り道していると言ったほうがいいかもしれない。
東京からカメを連れてきたのだ。でも、アパートのベランダじゃ狭いっていわれて、おじいちゃんちの池に入れて欲しいと頼みにきたらしい。
それ以来、毎日学校帰りには、池に寄ってカメに声をかける。そして、給食のパンをちぎってはカメにやっている。
「この池にはぼくの放したカメもいるんだよ。自分のカメって分かるのかい?」
「だいじょうぶよ。カメコはわたしの声を聞いたらすぐに顔を出すんだから」
カメに名前まで付けているんだ。でも、本当だ!中村さんが呼んだら、カメコのやつすぐに顔を出して給食のパンを食べだした。
「えっ!本当に言葉が分かるんだ。でもこのカメ、ぼくのにも似ているみたいな・・・。まあいいや、どっちが食べたにしたって」
中村さんはいろんなことを知っている。高速道路や、モノレール。地下鉄に、今度できる東海道新幹線。それに、来年開かれるオリンピックの大競技場。何を聞いてもまるで未来の世界みたいだ。リューイチはその話を聞きたくてしょうがないんだ。
「本で見たけど、東京では川の上に高速道路ができて、家の屋根より高いところを自動車が走ってるんだろ?まるで車が空の上を走る空想マンガみたいだね」
「そうよ。そりゃすごいのよ。東京ってね、世界を代表するような未来都市なんだから」
聞いているだけでリューイチは本当にウキウキしてくる。
「地下鉄って、地面の下を走ってるの?家の下から電車がドドドドって走る音が聞こえるのかな?モノレールって、遊園地にある電車みたいなのが、ビルとビルの間を走り抜けてるんだよね?」
何を聞いても中村さんが教えてくれる。
「これからもね、どんどん新しいものができるわよ。世の中がみんな新しいものに変わっていくんだから。ほら、ロボットだってボタン一つで、人間が思ったように動いてくれるの」
「ロボットって、そりゃないよ。それはテレビマンガだろ?」
「今はそうよね、でもそんな時代もすぐすぐ来ちゃうのよ」
「えっ?世の中そんなに進んでるのか。こりゃあ、快傑風雲児だぞっ!て、ポプラの枝を刀にして、ソテツの葉っぱをシュリケンにして、忍者ごっこをしているぼくたちって、もうおしまいだな」
「すぐすぐできちゃうわよ。リモートコントローラーってボタンのたくさんついているやつで、指一本でボタンを押せば、なんだってできる時代になっちゃうんだよ。リモコンさえあればなんだってできちゃうの。聞きたい音楽だってすぐに聞ける。テレビもボタンを押せば好きな番組を見ることができちゃう。掃除だって、洗濯だって、それから友だちだってさ・・・」
急に声が小さくなった。
「電話もね、ボタン一つでいつでもどこでも声が聞けて話ができるし、友だちだって、今ユキちゃんが東京のどこにいて何をしてるかってことがすぐに分かっちゃうのよ」
そこまで言うと、中村さんはフゥーとため息をついて、突然黙りこくってしまった。
しゃべりすぎて電池切れしたのか?ユキちゃんって・・・
ふと、リューイチはユーレイ屋敷にあった、筆箱くらいの大きさでボタンがたくさんついた機械を思い出した。
ひょっとすると、外国の兵隊さんは、戦争している時から、そんなリモートなんとかってもので、敵がどこにいて何をしているか、すぐに分かったんじゃないだろうか。ボタン一つで日本を攻撃してたんじゃないだろうか。そんな科学兵器があったんじゃ、日本が勝てるわけない。
「じきに、日本国中に高速道路ができて、みんなが好きなときに、好きなところへ自家用車で旅行するようになるんだから」
それはうそだ!絶対無理だよ。みんなが自家用車を持つなんて、そんなびっくりするような時代が来るわけないだろう。
「ウチの前の道なんか、たまにボンネットバスが走るのと、砂利を乗せたダンプカーが通るくらいだぞ。舗装された道なんてほとんどないし、そんなにたくさんの車が走ったら、砂ぼこりまみれで迷惑だ。それにうちのクラスで自家用車があるのは、商売をしているヨーちゃん所だけだよ」
リューイチは、中村さんと話をするとわくわくしてきてたまらない。
「リューイチくんってちゃんと標準語で話せるんだね。川上小の子たちってみんな方言ばっかり」
そうなんだ。シューイチくんと話していたときに、ついくせになってしまったんだ。
『でも、そんなこと人には言うなよ。特にユーイチにはさ。オレはさ、今一生けんめい中村さんに合わせてるだけなんだからさ』
「北門のそばのため池にいつもいる子、まるで未来少年みたいな子だよね。時々、監視塔を指さしてじっと見ているの。きっと、未来と交信しているのよ。いつか、あそこに向かって飛んでいっちゃうんじゃないかな」
ヒロくんのことだ。
そりゃあ、中村さんの妄想だ。
そういえば、最近のヒロくんはいつも一人ぼっちだ。時々ユーイチが声をかけたりしている。最近は絵画教室でも、ヒロくんのそばにユーイチが座るようになった。ユーイチはたびたび話しかけているけど、ヒロくんは明らかにいやがっている。不思議少年と未来少年とでは気が合わないんだろうか。
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