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24.お別れ
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雪がちらつく寒い朝だった。登校中の鉄条網のそばで、ジョージが待っていた。
「ユーイチ、ソユンがこれを渡してくれってよ」
自由帳だった。
アイジリョウのクリスマス会でもらった自由帳だ。表紙に絵が描かれている。チマチョゴリでおさげ髪の女の子がおじぎをしている絵だ。ソユンが色えんぴつで描いたんだ。中に手紙でも書いたのか。
「オレたち、ここを出て行くことになった。しばらく大阪の親せきに行って、それから朝鮮に帰るんだ」
「えっ!そうなんか」
ソユンもいなくなってしまうのか・・・
「じゃあな。あばよ!」
「あっ、ちょっと待って!」
ユーイチはあわてて、ランドセルの中から夜叉面のキーホルダーと、自分の作った竹とんぼを取り出して、ジョージに渡した。
「これ、ソユンに渡して!」
「あれ?これはおれのホルダーじゃないか。なんだおまえが拾ってたんか。まあいいや、ソユンに渡してやろう」
ちょっと首をかしげながらジョージは走って行った。
その日は、登校してからも家に帰ってからも、一日中ソユンのことばかりが気になった。
どこかに何か書いてあるんじゃないか。そう思って自由帳を何度も何度も、一ページずつめくってみたけれど、何度見てもどこにも何も書かれていなかった。表紙の絵の下に、小さくもようのようなものが書いてある。それが朝鮮の文字だとわかったのは、だいぶあとだった。
「これはね、『トマンナヨ』、じゃあまたね、という意味よ。またユーイチくんに会いたいって」
サトミさんが教えてくれた。
少し前になるが、ケイコちゃんがいなくなったと聞いた日、ソユンとユーイチは監視塔にあがった。ふつう、女の子は監視塔に近づくことをいやがるのだ。でも、その時はソユンの方から上まであがりたいと言いだした。ソユンはユーイチのあとをついて鉄条網をくぐり、階段を上がってきた。ユーイチは相変わらず危なっかしかったが、ソユンは一つも危ないところなく、スイスイついてきた。
見張り台は冷たい風が吹いていた。
「ほら、川上小も中町小も、ちっちゃくみえるじゃろ。町じゅうがちっちゃく見える。ここにあがって、こうやって周りを見てると、ちょっぴり自分がえらくなったような気がするんじゃ」
ユーイチは、自慢げに言った。
ソユンはだまったまんま、遠くの方をじっと見ていた。そしてぽつんと、
「わたしもねえ、いなくなるかもしれん・・・」
小さい声でそう言った。
「えっ!なんで?」
「いますぐってことじゃないんよ。でもね、いつかはいなくなるんよ」
「なんだあ。いつかは、か。そりゃいつかはみんなそうなるんじゃろうけど」
「この間ケイコちゃんがロバのパン屋さんの話をしとったろう。あれ、本当はお父さんなんよ。ロバのパン屋さんがケイコちゃんの本当のお父さん。ケイコちゃんね、本当はお父さんと暮らしたいんだって、そう言ってたんよ」
ソユンは悲しそうに言った。
「でもね、迎えに来た人って、違うおじさんだったんよ」
「そうなんかぁ・・・」
二人ともしばらくだまってしまった。
「ケイコちゃん、あのとき北海道に行きたいって言ってたよね。あれはねえ、お父さんがね、北海道の出身だったんよ」
ソユンは少し間を開けてこう続けた。
「遠くへ行きたいって、北海道くらいずーっと遠くへ行きたかったんじゃろうね」
おむすび山の方角をじっと見ている。北海道の方角なのだろうか。
「この間焼けたあの山の、あの裏のずっと向こうには何があるんじゃろうか」
「コウちゃんも同じことを言ったことがあるよ。あの山の向こうにも山があって、そのまた向こうにも山があって、その向こうにもって、きりがないくらいの山がずーっとずっと続いとるんじゃ」
「そうか、きりがないくらいずっとずっと山ばっかりなんじゃね」
「そしていつか、どこかで海に出るようになるんよ」
「そうか海かぁ。海があるんかぁ。海は広いんじゃろうね」
これもコウちゃんが言っていた。
ソユンは相変わらず山の方ばかりを見つめている。さびしそうな暗い顔をしていた。ケイコちゃんがいなくなったことが、よっぽどさびしかったんだろうと思った。
「ずっと百番地に居ればええんよ。みんな百番地に居ればええ」
それができないことはユーイチも分かっている。百番地にずっと住んでいる子はいない。いろいろな子が入ってきて、でも、必ずいつかは出て行く。ユーイチだっていつこの百番地を出て行くことになるか分からない。百番地の古いものはこわされ、新しいアパートなんかができ始めた。遊んでいた空き地もだんだん少なくなっていく。
いつまでも同じものなんてない。百番地も、これからどんどん変わっていくのだ。
「ここからなら、ずーっと向こうの遠い所まで見えるね。いいよねえ、この景色。心が遠くに遠くに吸い込まれていってしまいそう」
「ここに上がるとね、いつもちょっと未来に近づいたような気がするんじゃ。あの山のずっと向こうからね、自分の未来が飛び出てくるんじゃないかと思うんよ」
「未来かあ・・・」
そのままじっと、山の方を見つめているソユンの顔は、相変わらずさびしそうだった。
「楽しかったなあ百番地!ケイコちゃんもいたし・・・」
しばらくして、今度は三百六十度ゆっくりと見回しながら、ソユンは笑顔でユーイチの方を向いた。
「だいじょうぶよ。わたし、百番地もケイコちゃんも、ユーイチくんも絶対忘れんから」
いつものやさしいソユンの顔にもどっていた。
あるとき、中村さんに聞いた。
「あの学校の裏山があるじゃろ。この間焼けたハゲ山じゃけど。その後ろも山なんよ。そしてその後ろも山があって、ずっとずっと山が続くんよ。ここから東京まで行く間にいったいどれだけの山があるんじゃろうか?」
「そうね、山はずっと続いてるよね・・・」
中村さんはいつもと違って、真顔で答えてくれた。
「でもね、そんなに山ばかりでもないわよ。この間東京からここまで来るのに、夜行列車に乗ったんだけど、途中に名古屋があったり、大阪があったり、その間にもいろんな町の明かりが続いていたよ。日本は山ばっかりっていうけれど、けっこういくつも町の明かりが続いているのよ。そりゃあ長いトンネルもあったり、白い雪が積もった高い山が見えたりもするけれど、人の住んでる町ってどこまでも続いているのよ」
中村さんって、意外と話せる人だ。
そうか、この町だけじゃない。日本中に、いや世界中に、人の住んでいるところって広がっているんだ。町はたくさんあるんだ。人もたくさんいるんだ。オリンピックを開くくらいだから、日本はひとりぼっちじゃないんだ。百番地だってひとりぼっちじゃない。
ケイコちゃんも、そしてソユンだってひとりぼっちじゃないんだ。ユーイチは少しホッとした。
「ユーイチ、ソユンがこれを渡してくれってよ」
自由帳だった。
アイジリョウのクリスマス会でもらった自由帳だ。表紙に絵が描かれている。チマチョゴリでおさげ髪の女の子がおじぎをしている絵だ。ソユンが色えんぴつで描いたんだ。中に手紙でも書いたのか。
「オレたち、ここを出て行くことになった。しばらく大阪の親せきに行って、それから朝鮮に帰るんだ」
「えっ!そうなんか」
ソユンもいなくなってしまうのか・・・
「じゃあな。あばよ!」
「あっ、ちょっと待って!」
ユーイチはあわてて、ランドセルの中から夜叉面のキーホルダーと、自分の作った竹とんぼを取り出して、ジョージに渡した。
「これ、ソユンに渡して!」
「あれ?これはおれのホルダーじゃないか。なんだおまえが拾ってたんか。まあいいや、ソユンに渡してやろう」
ちょっと首をかしげながらジョージは走って行った。
その日は、登校してからも家に帰ってからも、一日中ソユンのことばかりが気になった。
どこかに何か書いてあるんじゃないか。そう思って自由帳を何度も何度も、一ページずつめくってみたけれど、何度見てもどこにも何も書かれていなかった。表紙の絵の下に、小さくもようのようなものが書いてある。それが朝鮮の文字だとわかったのは、だいぶあとだった。
「これはね、『トマンナヨ』、じゃあまたね、という意味よ。またユーイチくんに会いたいって」
サトミさんが教えてくれた。
少し前になるが、ケイコちゃんがいなくなったと聞いた日、ソユンとユーイチは監視塔にあがった。ふつう、女の子は監視塔に近づくことをいやがるのだ。でも、その時はソユンの方から上まであがりたいと言いだした。ソユンはユーイチのあとをついて鉄条網をくぐり、階段を上がってきた。ユーイチは相変わらず危なっかしかったが、ソユンは一つも危ないところなく、スイスイついてきた。
見張り台は冷たい風が吹いていた。
「ほら、川上小も中町小も、ちっちゃくみえるじゃろ。町じゅうがちっちゃく見える。ここにあがって、こうやって周りを見てると、ちょっぴり自分がえらくなったような気がするんじゃ」
ユーイチは、自慢げに言った。
ソユンはだまったまんま、遠くの方をじっと見ていた。そしてぽつんと、
「わたしもねえ、いなくなるかもしれん・・・」
小さい声でそう言った。
「えっ!なんで?」
「いますぐってことじゃないんよ。でもね、いつかはいなくなるんよ」
「なんだあ。いつかは、か。そりゃいつかはみんなそうなるんじゃろうけど」
「この間ケイコちゃんがロバのパン屋さんの話をしとったろう。あれ、本当はお父さんなんよ。ロバのパン屋さんがケイコちゃんの本当のお父さん。ケイコちゃんね、本当はお父さんと暮らしたいんだって、そう言ってたんよ」
ソユンは悲しそうに言った。
「でもね、迎えに来た人って、違うおじさんだったんよ」
「そうなんかぁ・・・」
二人ともしばらくだまってしまった。
「ケイコちゃん、あのとき北海道に行きたいって言ってたよね。あれはねえ、お父さんがね、北海道の出身だったんよ」
ソユンは少し間を開けてこう続けた。
「遠くへ行きたいって、北海道くらいずーっと遠くへ行きたかったんじゃろうね」
おむすび山の方角をじっと見ている。北海道の方角なのだろうか。
「この間焼けたあの山の、あの裏のずっと向こうには何があるんじゃろうか」
「コウちゃんも同じことを言ったことがあるよ。あの山の向こうにも山があって、そのまた向こうにも山があって、その向こうにもって、きりがないくらいの山がずーっとずっと続いとるんじゃ」
「そうか、きりがないくらいずっとずっと山ばっかりなんじゃね」
「そしていつか、どこかで海に出るようになるんよ」
「そうか海かぁ。海があるんかぁ。海は広いんじゃろうね」
これもコウちゃんが言っていた。
ソユンは相変わらず山の方ばかりを見つめている。さびしそうな暗い顔をしていた。ケイコちゃんがいなくなったことが、よっぽどさびしかったんだろうと思った。
「ずっと百番地に居ればええんよ。みんな百番地に居ればええ」
それができないことはユーイチも分かっている。百番地にずっと住んでいる子はいない。いろいろな子が入ってきて、でも、必ずいつかは出て行く。ユーイチだっていつこの百番地を出て行くことになるか分からない。百番地の古いものはこわされ、新しいアパートなんかができ始めた。遊んでいた空き地もだんだん少なくなっていく。
いつまでも同じものなんてない。百番地も、これからどんどん変わっていくのだ。
「ここからなら、ずーっと向こうの遠い所まで見えるね。いいよねえ、この景色。心が遠くに遠くに吸い込まれていってしまいそう」
「ここに上がるとね、いつもちょっと未来に近づいたような気がするんじゃ。あの山のずっと向こうからね、自分の未来が飛び出てくるんじゃないかと思うんよ」
「未来かあ・・・」
そのままじっと、山の方を見つめているソユンの顔は、相変わらずさびしそうだった。
「楽しかったなあ百番地!ケイコちゃんもいたし・・・」
しばらくして、今度は三百六十度ゆっくりと見回しながら、ソユンは笑顔でユーイチの方を向いた。
「だいじょうぶよ。わたし、百番地もケイコちゃんも、ユーイチくんも絶対忘れんから」
いつものやさしいソユンの顔にもどっていた。
あるとき、中村さんに聞いた。
「あの学校の裏山があるじゃろ。この間焼けたハゲ山じゃけど。その後ろも山なんよ。そしてその後ろも山があって、ずっとずっと山が続くんよ。ここから東京まで行く間にいったいどれだけの山があるんじゃろうか?」
「そうね、山はずっと続いてるよね・・・」
中村さんはいつもと違って、真顔で答えてくれた。
「でもね、そんなに山ばかりでもないわよ。この間東京からここまで来るのに、夜行列車に乗ったんだけど、途中に名古屋があったり、大阪があったり、その間にもいろんな町の明かりが続いていたよ。日本は山ばっかりっていうけれど、けっこういくつも町の明かりが続いているのよ。そりゃあ長いトンネルもあったり、白い雪が積もった高い山が見えたりもするけれど、人の住んでる町ってどこまでも続いているのよ」
中村さんって、意外と話せる人だ。
そうか、この町だけじゃない。日本中に、いや世界中に、人の住んでいるところって広がっているんだ。町はたくさんあるんだ。人もたくさんいるんだ。オリンピックを開くくらいだから、日本はひとりぼっちじゃないんだ。百番地だってひとりぼっちじゃない。
ケイコちゃんも、そしてソユンだってひとりぼっちじゃないんだ。ユーイチは少しホッとした。
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