ぽんちゃん、しっぽ!

こいちろう

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 朝早くから釣りに行った。日が高くなったら、暑くて釣りなんかしてられないんだ。
 だから、今日はラジオ体操も休んで、朝明るくなってすぐ、波止に行った。漁港の船だまりだ。タケルはまだ眠くてしょうがないのに、漁師さんたちはもう仕事をすませたんだって。夜明け前に仕事が終わったんだ。
 波止で囲まれた広い港だけれど、漁船は数隻しかとまっていない。
「昔は大きな港じゃったが、今は島の漁師もずい分減ってしもうた」
じいちゃんがさびしそうに言った。
 タケルはちゃんとライフジャケットと赤い野球帽を身に着けている。これで安全だ。そう思って、波止から身を乗り出して、海をのぞき込んでいると
「あんまり海に近づいてのぞいちゃあいかん。外海は岩だらけで危ない。船だまり側のほうの海なら、岩も少ないし、波も静かで安全じゃ」
じいちゃんにそう言われた。
 本当だ!
 波止の外側は、大きなコンクリートの波消しブロックや、ごつごつした岩だらけだ。波も高くて荒い。でも、船だまりになっている波止の内側は、波が全然なくて静かに漁船が休んでいる。水も澄んでいて、海の底に何があるか分かるくらいきれいだ。
「でも、じいちゃん、こっちは底が浅いぞ。こんな丸見えのところに、魚なんているのかなあ」
「いや、底が見えてるけど、けっこう深いんじゃ。落ちんように、よーく気を付けて、下をのぞいてみてごらん。目がなれたら、小さい魚がたくさん泳ぎまわってるのが見えるから」
「ええっと、・・・わあ!本当だ。いるよ」
いるいる。すごくいる!
確かにいるんだ。ちっちゃいのがいっぱいだ。黒いかたまりになって泳いでいる。
「でも、じいちゃん。あんなちっちゃいの釣ったって面白くないよ。まるでメダカじゃないか」
「ちっちゃいのがたくさん見えるじゃろう。その下にな、それをエサにしようとねらってる、大きい魚のかげが時々見える。よーくよーく見てごらん。ぜったいいるはずじゃから」
「そうなの?ちっちゃいのばっかりで、その下は・・・、えーっとえーっと。あっ、いた!いたよ。たしかにでかいやつだ。魚だよ。しっぽをゆっくり振って、黒いかげが動いてる。はっきりとは見えなかったけど、小さい魚の群れの下を、そーっと通ってった。あれは大物だね。ぜったい大物だ!」
「動物の世界はな、小さいものから順番にエサになっていくんじゃ。小さい虫やエビを小魚が食べて、その小魚を大きな魚が食べて、それをもっと大きな魚がエサにして、それでみんなが生きてるんじゃ。ものには順番ちゅうものがある。タケルも今日が初めての釣りじゃから、まず小さい魚をねらってみような」
 そう言って、じいちゃんは肩にかけていたクーラーボックスをおろして、仕掛けバリを取り出した。
「じいちゃん、それ何?」
「これはな、サビキという小物釣りの仕掛けじゃ。ほら、一番下におもりのついた小さなかごがあるじゃろ。そこにこのオキアミといって、小さなエビをたくさんつめこむ。そこに小魚がいっぱい寄ってきて食べようとする。すると、ほら、その上の糸に何本も小さなハリが付いているじゃろ。ここに小魚が引っかかるんじゃ。これを釣ザオの糸の先っぽにつけてと・・・。よし、タケルの釣ザオの準備完了。これを、さっきの小魚の群れにたらしてみるぞ。リールのこのストッパーをそっと外して、ほら、サビキが真下の海にぽちゃんと落ちた」
「すっとまっすぐ沈んでいくよ。ずい分下まで沈んだぞ。本当にけっこう深いんだなあ。あれ、すぐに小魚が寄ってきてる。わあ、いっぱい集まってきたよ。あみかごのエサを夢中になって食べてるんだ。あっという間に空っぽだ。アッ、なんか、糸が引っ張られてるよ」
「引っかかったな。あげてみるぞ」
 ちいさなハリに気付かないうっかりものがいたんだ。あっという間だぞ。
「ホントすぐだったね。釣り糸をたらしたらすぐに引っかかったよ。ちっちゃいちっちゃい小魚ばっかりだと思ってたけど、じいちゃん、これけっこう大きいよ。ぼくの手のひらより大きいや」
「ほら、アジが釣れたぞ。タケルの釣ザオ第一号の魚じゃ。ちょうどコアジが集まる季節じゃが、これはわりといい型が釣れたな。ばあちゃんにナンバン漬けにしてもらおう」
「えっ、食べれるの?食べられるのか。やったあ!うん、いい型だ。おいしそうだよ。こんなのが簡単に釣れるんだね。じいちゃん、ぼくもやりたいやりたい!」
「よし、じゃあ、おもりから二メートルくらいのところにウキをつけてあげよう。それ以上の深さに行ったら、底の岩にハリが引っかかるからな。二メートルくらいなら、上からのぞいても、魚が引っかかる様子がよくわかるじゃろうからな」
 じいちゃんはウキをつけてサオを渡してくれた。
 やった!初めての釣りだ。
 サオを海のほうに向けて、それからリールのストッパーを外す。ほら、スルスルっと糸が伸びて、仕掛けが海に落ちていった。浮きが海の上に浮かんだところで、リールをちょこっと巻きなおす。
「あっ、じいちゃん。何か変だ!変だよ!ぶるぶる糸が引っ張られる、何かが引っ張ってるよ」
糸をおろしてすぐすぐだった。
「おや、もう釣れたのか。だいじょうぶ、だいじょうぶ。そのままリールをゆっくり巻きもどしてごらん。そうそう、あわてんでええぞ」
銀色に光る魚が二匹、水面からいきおいよく上がってきた。
「じいちゃん、さっきのよりちいさいよ。だけど二匹も引っかかってる」
「すごい!いっぺんに二匹か。タケルは釣り名人じゃ。そのままリールを巻いてサオを立てて、波止の上に魚をおろしてごらん」
「わーい!釣ったぞー!生まれて初めてだ!魚を釣ったぞー」
うれしかった。魚が引っかかった感じが、釣竿をにぎった両手に、ビビビって伝わってきて、心臓までドキドキして・・・
 魚釣りって、この感触が楽しいんだ。
「タケルが初めて釣った魚じゃけど、でもこれはまだ小さいなあ。そっとハリをはずして、海に逃がしてやろうな」
「うん、そうしよう。まだ食べるのはかわいそうだもんね。おい、かわいいやつ。大きくなってもどっといで」
二匹のコアジは海に返してやると、タケルに尻尾をふってもぐっていった。
 それから次から次へ、糸をたらすたびにコアジがかかった。あげたりおろしたり、忙しくてしょうがない。でも、タケル以上に忙しいのはじいちゃんだ。ずっとタケルのそばで、魚をハリからはずしたり、エサのオキアミをカゴにつめこんだり、タケルの手伝いばっかりだ。
 ちいさめのは逃がしてやったが、それでもじいちゃんのクーラーボックスはいっぱいになった。

 人の気配を感じて、振り返ったら中原先生だ。
「わあ、ずい分釣れたんだねえ」
漁港の向こうの民宿に下宿しているんだ。
 ラジオ体操をすませて学校から帰ってきたところだ。
「先生、いっぱい釣れたよ!」
「こりゃあ、孫がいつもお世話になっとります」
じいちゃんが挨拶をしていた。
「今日はおじいちゃんと釣りに行くんだって、この間からとっても楽しみにしてたみたいですよ」
「先生、今日はラジオ体操を休んでごめんね」
「いいのよ。朝早くからがんばったのね。なみちゃんとみなちゃんから聞いたわよ。おじいちゃんといっしょに釣りができてよかったわね」
「うん。いっぱいナンバン漬けの魚を釣ったよ!」
「あらコアジのナンバン漬けか、おいしそうね。なみちゃんとみなちゃんにも、こんなに釣ったんだぞって、教えてあげなさい。二人とも、今年の夏休みはタケルくんとしっかり遊ぶんだって、楽しみにしてるみたいだから」
それはそれで、ちょっと不安なんだけど・・・
 中原先生は、下宿してる民宿の方に帰って行った。
 じいちゃんが言った。
「タケル、島に来てからひとつも遊んでやれんかったなあ。島にはなんにもないし、じいちゃんとばあちゃんとの生活じゃあさびしかったろう。いつも一人にしてすまんじゃった」
「ううん。一人だってさびしくないよ」
だって、じいちゃんだってばあちゃんだって、みかん作りで大変なんだ。タケルと遊ぶ時間なんてないよ。近ごろは、みかんの摘果で、毎晩腰が痛い、痛いって言ってたもの。
 ちっちゃな青い実がいっぱい枝に着いているんだ。実が着きすぎると大きな実が育たない。だから、たくさんのみかんの木の、そのたくさんの枝についた小さな実を一つずつ手で間引いてるんだ。毎日毎日、じいちゃんとばあちゃんの二人でやっている。
「東京だったら、友だちといつでもいろんなところに行って、いろんなことをして遊べたんだろうに。この島じゃ、さぞかし毎日たいくつじゃろうなあ」
「そんなことないよ。みな子さんもなみ子さんもやさしいし、島の人はみんなよく話をしてくれるしさ。それに、楽しい遊び仲間もできたんだ。ぽんちゃんとモンタとウリ坊ってね。みんなじいちゃんのことを良く知ってるって言ってた。モンタなんて、この間じいちゃんからずい分しかられたんだぞって」
「そうじゃったかな、ははは」
じいちゃんはうれしそうに笑った。
「さて、そろそろ帰ろうか。これから暑くなるぞ。また、たびたびここで釣りをしよう。今度は、大物をねらって投げ釣りも教えてやるぞ」
「うん、やりたい。もっといろんな魚を釣ってみたい」
 じいちゃん、自分の釣ザオを一つも使わなかったんだ。今日はタケルの手伝いばっかりだった。せっかくの釣りなのに、じいちゃんは楽しめたのかなあ・・・

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