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十七日目-1
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「どうかした?」
翌日。朝食の席で、向かいに座る殿下が不思議そうに俺を見つめた。
「食事の手が止まってるよ」
「え、あっ」
「あと僕に何か言いたいことでもある? さっきから視線を感じて、少し気になる」
「へっ、うわ、すいません」
俺はあわてて視線を自分の皿に落とした。たしかに料理は、まだ半分も減ってない。殿下はそろそろ食べ終わるというのに、不審に思われても仕方ない。
「殿下のお好きな食べ物は、なんだろうなと思いまして」
「それで僕の食べるところを観察してたの? 普通に聞いてくれればいいのに」
たしかに。いろいろ思うところがあって、なにをどこまで聞いていいものか分からなくなってた。
「食べ物はなんでも好きだよ。特に嫌いなものはないかな」
「そのようですね……子供の頃からずっと、好き嫌いなかったんですか?」
さりげなく聞いてみると、萌黄色の瞳が一瞬揺らいだような気がした。嫌な記憶でもあるのか、単に懐かしんでいるだけなのか、俺にはそこまで表情を読み取る力はない。
「なかったと思う。そういう君は? なんでもおいしそうに食べるから、好き嫌いなさそうだね」
あっさり流されてしまった。あまり触れられたくない過去なのかもしれないし、俺の考えすぎかもしれない。
「俺もあまり。多少嫌いな野菜がありましたけど、訓練して克服しました」
「そう、えらいね」
えらいというか、死活問題につながるから褒められることでもない。任務中は、食べられる時になんでも食べておかないと、後で食べ物が手に入らなくなった場合に最悪飢え死にする危険性がある。
そんなわけで、俺は毒さえなければ基本なんでも食べられる。それこそ虫でもトカゲでも、だ。
「僕の子供の頃が、気になる?」
殿下は躊躇うこともなく、核心に触れる。人の心を読むのが得意な方だから、そう言われることはすでに想定内だ。
俺はようやく食べ終えた皿にナイフとフォークを置くと、上品ぶってナプキンで口元をおさえた。さて、なんて答えようか。あらかじめ用意していた返答にするか、それとも今思いついたものにするか。
「正直気になります。でも」
「でも?」
「なんだか殿下が、嫌そうだから」
「そんなことはない。子供の頃は、嫌なことなどひとつもなかった。あの頃は……」
殿下の銀のまつ毛が、頬に濃い影を落とした。部屋の隅に控えているメイドが、さりげなく聞き耳を立てているのを感じる。興味本位もあるだろうが、何より殿下を心配しているが故だろう。俺だって同じだ。
「奥離宮は知ってるだろう。僕はあそこで育てられた……まあ、つい最近まで住んでいたのだけど」
「いつ頃、王宮に移られたんですか」
「半年前かな」
半年前と言えば、例の戦いが終結した時期だ。戦勝国となった代償に、お兄さんである国王を失った。たしかまだ三十手前のだったのに、若い身空で即位して、あっという間に戦場で儚くなった。
(なんで国王を戦地に送ったんだろうな……)
たしかに国王が戦地に出向いて、兵士の士気を上げることは多々ある。それに、若いからこそ実績もなく、周囲に舐められたり軽んじられたりしないよう、自ら陣頭指揮を取って戦果を上げて、華々しく凱旋したかったと言われればうなずける。
(でも普通に考えて、やっぱり順番としては、弟である殿下の方にお鉢が回ってきそうなもんだけどなあ)
普通ならば、安全な後方部隊と合流させてもいいだろうに、どうしてわざわざ最前線にやってきたのか。あそこは真面目な話、命の危険にさらされるのに。
(まさか……殿下を国王にする為に、わざとお兄さんの方を……いや、違う)
俺は頭に浮かんだ可能性を、即座に否定した。この過剰反応から、俺の単なる願望だって気づかされてしまった。なんの根拠もないのに否定するなんて、感情的になり過ぎてる証拠だ。
(俺はそれが違うことを、その理由を探そうとしてる……)
こんな分かりやすい方法で、国王陛下を死に追いやるはずがない。絶対に内部で反対があったはずだ。それを振り切って、国王自ら戦地へ赴いた理由は……本人が自ら望んだから?
「賭けだった」
「えっ……」
殿下は席から立ち上がると、おいで、と手招きして、俺を奥の寝室へと誘った。メイドさんたちは何も言わないが、あきらかに心配そうにしてる。
俺はみんなに向かって『大丈夫ですよ』と口パクで伝えると、殿下に続いて奥へと向かった。
寝室はすでにベッドメイクを終えた後らしく、飾り枕がベッドボードにこれでもかと敷き詰められていた。殿下はそれをいくつか無造作に床に落としてスペースを確保すると、俺の手を引いてその真ん中におさまった。そして俺は、まるでぬいぐるみか何かのように、背中から抱きしめられた。背を丸めて俺をギュッと抱きしめる殿下は、大きい体のくせに、まるで小さな男の子のようだ。
「君は聡いから、いろいろ分かっているのだろうね」
「買いかぶりすぎです。それに殿下の口から語られることが、俺にとっての真実ですから」
「嘘つき」
殿下は俺の肩口でクスクス笑った。よく俺を嘘つき呼ばわりするけど、殿下だって同じくせに。正直そうに見えて、言いたくないことは黙っているだけ。まあ、俺もそうだ。
つまり殿下が自ら話そうとすることは、正しく俺に伝えたい時で、きっと本当にあったことだ。
「結果だけみると、僕は兄である国王陛下を陥れて戦地へ送った、悪い王弟ってことになるな」
「殿下は悪かったんですか」
「多少はね。無力さも、罪のひとつと思うから」
「……陥れたなら、そうかもしれませんが、殿下はそんなことされてないでしょう?」
殿下は、俺の肩に額を押しつけた。
「どうして、そう思うの」
「俺がそう思いたいからです。ただの願望です……根拠なんて、ないです」
「素直だな、君は」
「嘘つきですけどね」
短い沈黙の後、殿下は先ほど言った言葉を繰り返した。
「賭けだった……」
「内容をうかがっても?」
「単純だよ。兄上が戦場から生きて帰れたら、僕は晴れて自由の身。その代わり、帰れなかったら王位につけと言われた」
「それは……賭けになるんですか? それに、自由の身ってどういう意味でしょう?」
俺は、殿下の次に口にした言葉に息を飲んだ。
「この国から出ていきたいなら、出ていってもいい……そういう意味の自由だよ」
翌日。朝食の席で、向かいに座る殿下が不思議そうに俺を見つめた。
「食事の手が止まってるよ」
「え、あっ」
「あと僕に何か言いたいことでもある? さっきから視線を感じて、少し気になる」
「へっ、うわ、すいません」
俺はあわてて視線を自分の皿に落とした。たしかに料理は、まだ半分も減ってない。殿下はそろそろ食べ終わるというのに、不審に思われても仕方ない。
「殿下のお好きな食べ物は、なんだろうなと思いまして」
「それで僕の食べるところを観察してたの? 普通に聞いてくれればいいのに」
たしかに。いろいろ思うところがあって、なにをどこまで聞いていいものか分からなくなってた。
「食べ物はなんでも好きだよ。特に嫌いなものはないかな」
「そのようですね……子供の頃からずっと、好き嫌いなかったんですか?」
さりげなく聞いてみると、萌黄色の瞳が一瞬揺らいだような気がした。嫌な記憶でもあるのか、単に懐かしんでいるだけなのか、俺にはそこまで表情を読み取る力はない。
「なかったと思う。そういう君は? なんでもおいしそうに食べるから、好き嫌いなさそうだね」
あっさり流されてしまった。あまり触れられたくない過去なのかもしれないし、俺の考えすぎかもしれない。
「俺もあまり。多少嫌いな野菜がありましたけど、訓練して克服しました」
「そう、えらいね」
えらいというか、死活問題につながるから褒められることでもない。任務中は、食べられる時になんでも食べておかないと、後で食べ物が手に入らなくなった場合に最悪飢え死にする危険性がある。
そんなわけで、俺は毒さえなければ基本なんでも食べられる。それこそ虫でもトカゲでも、だ。
「僕の子供の頃が、気になる?」
殿下は躊躇うこともなく、核心に触れる。人の心を読むのが得意な方だから、そう言われることはすでに想定内だ。
俺はようやく食べ終えた皿にナイフとフォークを置くと、上品ぶってナプキンで口元をおさえた。さて、なんて答えようか。あらかじめ用意していた返答にするか、それとも今思いついたものにするか。
「正直気になります。でも」
「でも?」
「なんだか殿下が、嫌そうだから」
「そんなことはない。子供の頃は、嫌なことなどひとつもなかった。あの頃は……」
殿下の銀のまつ毛が、頬に濃い影を落とした。部屋の隅に控えているメイドが、さりげなく聞き耳を立てているのを感じる。興味本位もあるだろうが、何より殿下を心配しているが故だろう。俺だって同じだ。
「奥離宮は知ってるだろう。僕はあそこで育てられた……まあ、つい最近まで住んでいたのだけど」
「いつ頃、王宮に移られたんですか」
「半年前かな」
半年前と言えば、例の戦いが終結した時期だ。戦勝国となった代償に、お兄さんである国王を失った。たしかまだ三十手前のだったのに、若い身空で即位して、あっという間に戦場で儚くなった。
(なんで国王を戦地に送ったんだろうな……)
たしかに国王が戦地に出向いて、兵士の士気を上げることは多々ある。それに、若いからこそ実績もなく、周囲に舐められたり軽んじられたりしないよう、自ら陣頭指揮を取って戦果を上げて、華々しく凱旋したかったと言われればうなずける。
(でも普通に考えて、やっぱり順番としては、弟である殿下の方にお鉢が回ってきそうなもんだけどなあ)
普通ならば、安全な後方部隊と合流させてもいいだろうに、どうしてわざわざ最前線にやってきたのか。あそこは真面目な話、命の危険にさらされるのに。
(まさか……殿下を国王にする為に、わざとお兄さんの方を……いや、違う)
俺は頭に浮かんだ可能性を、即座に否定した。この過剰反応から、俺の単なる願望だって気づかされてしまった。なんの根拠もないのに否定するなんて、感情的になり過ぎてる証拠だ。
(俺はそれが違うことを、その理由を探そうとしてる……)
こんな分かりやすい方法で、国王陛下を死に追いやるはずがない。絶対に内部で反対があったはずだ。それを振り切って、国王自ら戦地へ赴いた理由は……本人が自ら望んだから?
「賭けだった」
「えっ……」
殿下は席から立ち上がると、おいで、と手招きして、俺を奥の寝室へと誘った。メイドさんたちは何も言わないが、あきらかに心配そうにしてる。
俺はみんなに向かって『大丈夫ですよ』と口パクで伝えると、殿下に続いて奥へと向かった。
寝室はすでにベッドメイクを終えた後らしく、飾り枕がベッドボードにこれでもかと敷き詰められていた。殿下はそれをいくつか無造作に床に落としてスペースを確保すると、俺の手を引いてその真ん中におさまった。そして俺は、まるでぬいぐるみか何かのように、背中から抱きしめられた。背を丸めて俺をギュッと抱きしめる殿下は、大きい体のくせに、まるで小さな男の子のようだ。
「君は聡いから、いろいろ分かっているのだろうね」
「買いかぶりすぎです。それに殿下の口から語られることが、俺にとっての真実ですから」
「嘘つき」
殿下は俺の肩口でクスクス笑った。よく俺を嘘つき呼ばわりするけど、殿下だって同じくせに。正直そうに見えて、言いたくないことは黙っているだけ。まあ、俺もそうだ。
つまり殿下が自ら話そうとすることは、正しく俺に伝えたい時で、きっと本当にあったことだ。
「結果だけみると、僕は兄である国王陛下を陥れて戦地へ送った、悪い王弟ってことになるな」
「殿下は悪かったんですか」
「多少はね。無力さも、罪のひとつと思うから」
「……陥れたなら、そうかもしれませんが、殿下はそんなことされてないでしょう?」
殿下は、俺の肩に額を押しつけた。
「どうして、そう思うの」
「俺がそう思いたいからです。ただの願望です……根拠なんて、ないです」
「素直だな、君は」
「嘘つきですけどね」
短い沈黙の後、殿下は先ほど言った言葉を繰り返した。
「賭けだった……」
「内容をうかがっても?」
「単純だよ。兄上が戦場から生きて帰れたら、僕は晴れて自由の身。その代わり、帰れなかったら王位につけと言われた」
「それは……賭けになるんですか? それに、自由の身ってどういう意味でしょう?」
俺は、殿下の次に口にした言葉に息を飲んだ。
「この国から出ていきたいなら、出ていってもいい……そういう意味の自由だよ」
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