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十七日目-2
「国を出る? それで自由って、殿下は何か不自由を強いられてたんですか?」
「どうかな……王族に関わらず、誰だって程度の差こそあれ、不自由を強いられてる。僕のは、ただのわがままだったのかもしれないね」
わがままってことは、この国出て自由になるってのは殿下の願望だった、ということになる。つまり殿下は、殿下でいることが嫌で、おそらく即位も望んでない。
(戴冠式まであと二週間というタイミングで、えらい事実を知ってしまった)
ワイダール宰相補佐とか、このこと分かってるのだろうか。
「心配しなくても、ちゃんと王位は継ぐよ。そういう約束だったからね」
「そうですか……」
殿下の鼻の先が、俺の首筋をなぞる。大型犬に甘えられてるようで、少しくすぐったい。でも交わす会話の内容は、ちっとも甘くなくて、どう反応すればいいのか迷う。
(本物の妾なら、色っぽいことで慰めるんだろうな)
でも俺は殿下の護衛であって、それを支えにここで生きてる。そう思うとゾッとした。もし支えがなくなったら……近々なくなる予定だけど……俺は生きる気力があるだろうか、と。
「寒い? 震えてる」
「いえ……いや、まあ少し」
殿下は全身を使って、俺を背後からすっぽりくるんだ。
「あとね、即位するにあたって、もうひとつ、わがままを聞いてもらえたから」
「もうひとつ?」
背後から抱きしめる腕に力が入った。背中を包むあたたかさが、殿下にも自分の考えや意思があって、次期国王としての責務をただ果たそうしてるのではなく、いろいろ思うことや感じることもあるのだと分かる。
「君だよ」
「俺、ですか?」
さびしいから妾が欲しかった、という意味だろうか。たぶん俺に固執しなくても、即位すれば愛人などいくらでも都合がつくだろう。宰相補佐だって、新しい妾候補を選んでると言ってたから、逆に考えると選べるくらい候補がいるってことだ。俺の代わりはいくらでもいる……そう考えると、少しだけ胸が痛んだ。
(いつだってそうだ。別に妾の立場だけじゃない、俺の代わりはいくらでも……)
「無理言って、君にしてもらったんだ」
「え?」
「二ヶ月ほど前になるかな。お忍びでX国へ行ってきた」
「ええっ!?」
殿下が、うちの国に来た?
「その時、君が滞在していた施設も訪ねた。そこではじめて、君の姿を見かけてね……同行していたワイダールに『あの子がいい』って、わがままを通してもらった」
「は、えっ、なにそれ……」
そんなうまくできた話、簡単に信じられるわけがない。そう思いつつも、殿下の言葉はありがたかった。事実が、嘘でも本当でもどうでもいいくらい、慰められた。
「もしも、の話ですよ? もしも、あなたがこのままこちらに残ることになったとして」
「ちょっと待ってください。そんな可能性出てきたんですか!?」
俺は、ワイダール宰相補佐の執務室で、無作法にも雇用主の言いかけた言葉をさえぎった。
「あんた、万が一もないって言ってたじゃないですか」
「この件に関して、万が一などという言葉は口にしたおぼえはありません。まあ屁理屈ですね、ええそうです……わずかながら可能性が出てきました」
「な、なんで……」
「あなた、最近鏡は見ましたか」
ワイダールは畳みかけるように言葉を続けた。
「なんですか、その肌艶は。髪もまるで緋色の絹糸のようにツヤツヤさせて」
「えっ、あっ、はっ……いやこれは」
「やはり気づいてましたね。まあ、これだけ変化が顕著ならば、いくら愚鈍な人間であっても、違和感くらい覚えるでしょう」
俺は当惑気味に、窓ガラスにうつった自分を眺めた。
(そんなに変わったかな……?)
足の傷ばかり気にしてたから、指摘されるまで気が回らなかった。
「今のところは、メイドたちの手入れのたまもの程度でごまかせる、ギリギリのラインです。まあ磨けば光るものだと、やはり殿下の妾に選ばれるくらいだから当然と、そのレベルで済まされます。でもそれ以上になると、面倒なことになります」
「はあ……」
「そこで、あなたの部屋を奥離宮へ移すことにしました」
「はあ!?」
宰相補佐は、軽く眼鏡を押し上げると、ソファーの真ん中に縮こまって座る俺の前に立ちはだかった。
「あの美の結晶とも言えるべき宮殿で暮らせるとは、本当にいいご身分になられたものです」
「嫌味ですか」
「ええ。この流れは、殿下の思う壺ですよ。まったく……もう少しで、新しい妾と側室候補が決まりそうだった矢先に、これですからね。まあでも、度胸や口のかたさや、なにより自己防衛能力の高さを考えると、結局あなたでよかったのかもしれません」
「身分差とか……」
「あなた、X国の頭領の息子でしょう?」
まるでどうでもいいような、投げやりな言い方だった。
「えーと、殿下のあの不思議な力は、やっぱりエルフの血ですか」
「それ以外なんだと言うのです」
ワイダールはすっかり開き直っていた。下手なごまかしとかしないから、話が早くて助かる。
(エルフの末裔って、本当だったのか……)
しかし癒しの力は分かるとして、なぜ俺の外見まで影響が出たのだろう。このまま顔の造形まで変化したら、シャレにならない。妾の振りするくらいは納得できても、さすがに全く別の人間にトランスフォームする覚悟まではない。
「それで、奥離宮に移された後、俺はどうなります?」
「さて、どうなるか……あなたの変化次第、というところでしょうか。赤猿の片鱗が残せるならば『あなた』は生きながらえる。しかし跡形もなくなったら、もう『生まれ変わる』しかない。違いますか」
「……」
「どちらにせよ、もう殿下をお止めできません」
いやまさか、別人になるわけじゃないんだ。ただほんの少し、マシな形になるだけだろう。
いつの日か、朝起きて顔を洗おうとしたら、鏡の前にある見慣れない顔に飛び上がったら、なんだ自分の顔か……なんてことが本当に起こるのか。
「奥離宮へ移るなら、国へ帰ってもよくないですか。もう刺客はほぼ捕縛したんでしょう? 俺がここにいる意味ってあります?」
「本来の意味で言うと、あなたの役目はほぼ終わってます。しかし、これからは真の意味で、殿下のパートナーになっていただく必要が出てきました」
「待ってください、なんで妾からパートナーに変わってんです!?」
「あなたにこれほど肩入れする殿下が、他に妾を作るとでも? 甘いですね、あなたはあの種族の、愛の重さを分かってない……どれほど、おそろしいか」
今、おそろしいって言った? それに最初の『もしも』と『わずかながらの可能性』はどこいった?
「どうかな……王族に関わらず、誰だって程度の差こそあれ、不自由を強いられてる。僕のは、ただのわがままだったのかもしれないね」
わがままってことは、この国出て自由になるってのは殿下の願望だった、ということになる。つまり殿下は、殿下でいることが嫌で、おそらく即位も望んでない。
(戴冠式まであと二週間というタイミングで、えらい事実を知ってしまった)
ワイダール宰相補佐とか、このこと分かってるのだろうか。
「心配しなくても、ちゃんと王位は継ぐよ。そういう約束だったからね」
「そうですか……」
殿下の鼻の先が、俺の首筋をなぞる。大型犬に甘えられてるようで、少しくすぐったい。でも交わす会話の内容は、ちっとも甘くなくて、どう反応すればいいのか迷う。
(本物の妾なら、色っぽいことで慰めるんだろうな)
でも俺は殿下の護衛であって、それを支えにここで生きてる。そう思うとゾッとした。もし支えがなくなったら……近々なくなる予定だけど……俺は生きる気力があるだろうか、と。
「寒い? 震えてる」
「いえ……いや、まあ少し」
殿下は全身を使って、俺を背後からすっぽりくるんだ。
「あとね、即位するにあたって、もうひとつ、わがままを聞いてもらえたから」
「もうひとつ?」
背後から抱きしめる腕に力が入った。背中を包むあたたかさが、殿下にも自分の考えや意思があって、次期国王としての責務をただ果たそうしてるのではなく、いろいろ思うことや感じることもあるのだと分かる。
「君だよ」
「俺、ですか?」
さびしいから妾が欲しかった、という意味だろうか。たぶん俺に固執しなくても、即位すれば愛人などいくらでも都合がつくだろう。宰相補佐だって、新しい妾候補を選んでると言ってたから、逆に考えると選べるくらい候補がいるってことだ。俺の代わりはいくらでもいる……そう考えると、少しだけ胸が痛んだ。
(いつだってそうだ。別に妾の立場だけじゃない、俺の代わりはいくらでも……)
「無理言って、君にしてもらったんだ」
「え?」
「二ヶ月ほど前になるかな。お忍びでX国へ行ってきた」
「ええっ!?」
殿下が、うちの国に来た?
「その時、君が滞在していた施設も訪ねた。そこではじめて、君の姿を見かけてね……同行していたワイダールに『あの子がいい』って、わがままを通してもらった」
「は、えっ、なにそれ……」
そんなうまくできた話、簡単に信じられるわけがない。そう思いつつも、殿下の言葉はありがたかった。事実が、嘘でも本当でもどうでもいいくらい、慰められた。
「もしも、の話ですよ? もしも、あなたがこのままこちらに残ることになったとして」
「ちょっと待ってください。そんな可能性出てきたんですか!?」
俺は、ワイダール宰相補佐の執務室で、無作法にも雇用主の言いかけた言葉をさえぎった。
「あんた、万が一もないって言ってたじゃないですか」
「この件に関して、万が一などという言葉は口にしたおぼえはありません。まあ屁理屈ですね、ええそうです……わずかながら可能性が出てきました」
「な、なんで……」
「あなた、最近鏡は見ましたか」
ワイダールは畳みかけるように言葉を続けた。
「なんですか、その肌艶は。髪もまるで緋色の絹糸のようにツヤツヤさせて」
「えっ、あっ、はっ……いやこれは」
「やはり気づいてましたね。まあ、これだけ変化が顕著ならば、いくら愚鈍な人間であっても、違和感くらい覚えるでしょう」
俺は当惑気味に、窓ガラスにうつった自分を眺めた。
(そんなに変わったかな……?)
足の傷ばかり気にしてたから、指摘されるまで気が回らなかった。
「今のところは、メイドたちの手入れのたまもの程度でごまかせる、ギリギリのラインです。まあ磨けば光るものだと、やはり殿下の妾に選ばれるくらいだから当然と、そのレベルで済まされます。でもそれ以上になると、面倒なことになります」
「はあ……」
「そこで、あなたの部屋を奥離宮へ移すことにしました」
「はあ!?」
宰相補佐は、軽く眼鏡を押し上げると、ソファーの真ん中に縮こまって座る俺の前に立ちはだかった。
「あの美の結晶とも言えるべき宮殿で暮らせるとは、本当にいいご身分になられたものです」
「嫌味ですか」
「ええ。この流れは、殿下の思う壺ですよ。まったく……もう少しで、新しい妾と側室候補が決まりそうだった矢先に、これですからね。まあでも、度胸や口のかたさや、なにより自己防衛能力の高さを考えると、結局あなたでよかったのかもしれません」
「身分差とか……」
「あなた、X国の頭領の息子でしょう?」
まるでどうでもいいような、投げやりな言い方だった。
「えーと、殿下のあの不思議な力は、やっぱりエルフの血ですか」
「それ以外なんだと言うのです」
ワイダールはすっかり開き直っていた。下手なごまかしとかしないから、話が早くて助かる。
(エルフの末裔って、本当だったのか……)
しかし癒しの力は分かるとして、なぜ俺の外見まで影響が出たのだろう。このまま顔の造形まで変化したら、シャレにならない。妾の振りするくらいは納得できても、さすがに全く別の人間にトランスフォームする覚悟まではない。
「それで、奥離宮に移された後、俺はどうなります?」
「さて、どうなるか……あなたの変化次第、というところでしょうか。赤猿の片鱗が残せるならば『あなた』は生きながらえる。しかし跡形もなくなったら、もう『生まれ変わる』しかない。違いますか」
「……」
「どちらにせよ、もう殿下をお止めできません」
いやまさか、別人になるわけじゃないんだ。ただほんの少し、マシな形になるだけだろう。
いつの日か、朝起きて顔を洗おうとしたら、鏡の前にある見慣れない顔に飛び上がったら、なんだ自分の顔か……なんてことが本当に起こるのか。
「奥離宮へ移るなら、国へ帰ってもよくないですか。もう刺客はほぼ捕縛したんでしょう? 俺がここにいる意味ってあります?」
「本来の意味で言うと、あなたの役目はほぼ終わってます。しかし、これからは真の意味で、殿下のパートナーになっていただく必要が出てきました」
「待ってください、なんで妾からパートナーに変わってんです!?」
「あなたにこれほど肩入れする殿下が、他に妾を作るとでも? 甘いですね、あなたはあの種族の、愛の重さを分かってない……どれほど、おそろしいか」
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