囚われ王子の幸福な再婚

高菜あやめ

文字の大きさ
20 / 34
第二部

3. 中庭でのひととき

しおりを挟む
 それから数日後。
 ヒースダインに『二人目』の王子がやってきた。

「よくぞ参られた」

 エドワード国王は謁見の間で、件の王子を出迎えた。

 玉座の右側にはマイヤー王子が、左側にはバージル宰相が立っていた。
 ウェストリン側はバージルが国王の代理として対応し、ヒースダイン側は外務補佐官と名のる男が、王子の代弁者として話した。

 カシュアの席は、玉座の置かれた台から一段下げられた、わりと目立つ場所に設けられていた。
 カシュアは、今後『役立つ』ためにも、この謁見をつぶさに観察する必要があった。

 エドワード国王は、会話はほとんどバージルに任せきりだった。
 彼は、国主の証でもある長いマントを着用しているが、その下は簡易なシャツにズボンと言った、およそ賓客と対峙する装いではなかった。

 対するヒースダインは、王子はもとより外務補佐官も、豪華な衣装を身にまとい、どこか落ち着かない様子だ。
 無理もない……この謁見の間は、まだクーデターの爪痕も生々しいのだから。
 剥がれた壁紙に、破れたカーテン。窓枠は傷だらけで、荒れ果てたままだった。

 ヒースダインの外務補佐官は、あらためて玉座にむかって、慇懃な態度で頭を下げた。

「大変な時期にもかかわらず、あたたかく迎え入れていただき、大変感謝しております。我が国を代表して、厚く御礼申し上げます」

 先方の言葉を、会話を終わらせる合図ととったのだろう。
 エドワード国王が、ようやく口を開いた。

「遠路はるばるご苦労だった。たいしたもてなしもできぬが、ゆるりとくつろいで旅の疲れを癒されよ」

 ヒースダインの一行が退出するとき。
 カシュアは、後方を歩く背の高い人物の姿を見て、息を飲んだ。

(あの服装は……宮廷医師に違いない)

 王子の付き添いとして、医師を同行させるのは不自然ではない。
 しかしヒースダインの宮廷医師は、普通の医師とは違う。

(あいつらの目的は、患者を診ることじゃない)

 カシュアは手にした扇を、ギュッとにぎりしめて、医師の背中をにらんだ。

「……カシュア、どうした」

 バージルに声をかけられ、カシュアはハッとして顔を上げた。
 謁見の間には、いつの間にか誰もいなくなっていた。残っているのは、バージルと自分だけだ。

 カシュアがあわてて席を立とうとしたが、頭上から落ちた影に、やんわりと動きを止められる。

「なにか、気づいたことでも?」

 バージルの感情の乗らない、事務的で冷たい声が響いた。
 カシュアは緊張しながらも、意を決して口を開いた。

「宮廷医師の姿がありました。王子のすぐ後ろにいた、背の高い人物です」
「なるほど、すぐに調べさせよう」

 バージルは短くこたえると、両手を伸ばして軽々カシュアを抱き上げてしまった。
 カシュアは突然高くなった視界に、全身をこわばらせた。

「なにをいきなり……下ろしてください」
「今日はもうこれ以上、歩かないほうがいい。体が心配だ」

 心配、と言われてしまうと、カシュアはうまく反論できなくなる。
 バージルは、カシュアを抱いたまま、上着の内側から懐中時計を取り出した。

「午後三時過ぎてるな」
「……夕暮れまで時間があるので、図書室に行ってきてもいいですか」
「また本ばかり。あなたは本の虫だ」

 つまらなそうにぼやくバージルは、暗にかまってくれと言ってる。

「私は今から、少しばかり休憩が取れる。あなたと中庭へ行きたい」
「中庭に、何かあるのですか」
「花壇の花がいくつか咲いた。あなたは花を摘むことを嫌がるだろう? だから摘まずに一緒にながめたい」

 なんてかわいらしい希望を口にするのだろう。
 カシュアは、自然と頬を緩ませた。
 バージルは自分より年上で、この国の宰相を務める聡明な人だ。しかしカシュアの前では、時おり少年のような無邪気さを見せることがある。

「では、中庭へご一緒します」
「よかった。もう侍女たちには、茶の用意をさせていたのだ。あなたが姿を表さないと、皆がっかりしてしまう」

 無邪気なようで、用意周到なところがまた彼らしい。カシュアはそんなところも、嫌いじゃないと思う。

(ところで……エンシオ王子の件は、どうするつもりだろう)

 バージルのことだから、すでに対処の仕方は決めてるはずだ。聞けば教えてくれるかもしれない。

(でも、今さら聞いてどうする……すでに決まったことなのに。俺の意見が、求められてるわけじゃあるまいし)

 カシュアに意見を求めるのであれば、とっくに聞かれていたはず。
 聞かれなかったということは、カシュアの意見は不用という意味だ。

 王弟にして、この国の宰相でもあるバージルには、ふさわしい妃が必要だ。
 カシュアを娶ったのは、あくまでヒースダインを刺激しないため。国が安定するまでの半年から一年ほどの、かりそめの立場にすぎない。

 しかしバージルは、本気でカシュアを気に入っているらしい。
 つかの間の婚姻関係にも関わらず、好意的に接してくれる。それはカシュアにとって思いがけないことで、恋慕の気持ちを募らせるようになるまで、時間はかからなかった。

 だが王族の婚姻は、好いた惚れたの問題ではない。
 国益に関わることなのだから、当事者たちの気持ちなど二の次だ。

「また、難しいことを考えてるな?」

 気がついたら、紅茶の入ったカップを手に、ぼんやりしてたようだ……カシュアは笑ってごまかそうとした。

「なにも、難しいことなど考えておりません」
「あなたは嘘が下手だ。作りものの笑顔も、とてもぎこちない」
「殿下は人のお気持ちを読むことが、とてもお上手なのですね」

 バージルは頬杖をつくと、どこか不服そうに目を細めた。

「そのような、かけ引きめいた返事もいらない。あなたには、もっと打ち解けてもらいたいだけだ。少なくとも私の前では、思っていることを素直に表情に出して欲しい……駄目か?」

 バージルは、テーブルの向かいから身を乗り出さんばかり両手を伸ばし、カシュアの手をカップごと握りしめた。

「殿下、お茶がこぼれそうで危ないっ……手にかかったら火傷しますよ」
「たしかに、あなたの手はやわくて、この熱さでも火傷しそうだ」
「そうではなく、殿下の手が」

 バージルは腰を上げて本格的に身を乗り出すと、カシュアの手ごとカップを持ち上げてお茶を飲み干してしまった。

「これで問題は片付いた」

 カシュアの頬が燃えるように熱をはらむ。
 おそらくバージルから見ても、真っ赤になってるに違いない。心臓が激しく打って、全身の血が騒ぎだした。

「すまない、あなたがそこまで動揺するとは思わなかった。体に障るから、部屋まで送ろう」

 その言葉とともに、カシュアは椅子から抱き上げられ、再びバージルの腕の中におさまってしまった。

「あなたは軽くて、あたたかいな……力を入れ過ぎたら、つぶしてしまいそうだ」

 バージルはそう言って庭に立ちつくしたまま、なかなか歩き出そうとしない。
 困ったカシュアが、助けを呼ぼうと周囲を見回そうとするも、それすらも許さないとばかり、胸に深く抱えこまれてしまった。

 そんな二人の様子を、そばに控える侍女たちや付き添いの兵士たちが、微笑ましげにながめていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る

桜城 寧
BL
処刑された記憶とともに、BLゲームに登場する悪役会計に転生したことに気付く。処刑されないために、チャラ男としての仮面を被り、生徒会長に媚び売ったり、どうにか能力を駆使したりして生きてたら、色々な人に構われる話。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。

志子
BL
ノリと勢いで書いたBL転生中華ファンタジー。 美形×平凡。 乱文失礼します。誤字脱字あったらすみません。 崖から落ちて顔に大傷を負い高熱で三日三晩魘された俺は前世を思い出した。どうやら農村の子どもに転生したようだ。 転生小説のようにチート能力で無双したり、前世の知識を使ってバンバン改革を起こしたり……なんてことはない。 そんな平々凡々の俺は今、帝の花園と呼ばれる後宮で下っ端として働いてる。 え? 男の俺が後宮に? って思ったろ? 実はこの後宮、ちょーーと変わっていて…‥。

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

王太子殿下に触れた夜、月影のように想いは沈む

木風
BL
王太子殿下と共に過ごした、学園の日々。 その笑顔が眩しくて、遠くて、手を伸ばせば届くようで届かなかった。 燃えるような恋ではない。ただ、触れずに見つめ続けた冬の夜。 眠りに沈む殿下の唇が、誰かの名を呼ぶ。 それが妹の名だと知っても、離れられなかった。 「殿下が幸せなら、それでいい」 そう言い聞かせながらも、胸の奥で何かが静かに壊れていく。 赦されぬ恋を抱いたまま、彼は月影のように想いを沈めた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎月影 / 木風 雪乃

【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩
BL
マリスは前世で毒親育ちなうえに不遇の最期を迎えた。 転生したらヘデルマリア王国の第一王子だったが、祖国は帝国に侵略されてしまう。 戦火のなかで帝国の皇帝陛下ヴェルハルトに出会う。 マリスは人質として帝国に赴いたが、そこで皇帝の弟(エヴァン・八歳)の世話役をすることになった。 皇帝ヴェルハルトは噂どおりの冷徹な男でマリスは人質として不遇な扱いを受けたが、――――じつは皇帝ヴェルハルトは戦火で出会ったマリスにすでにひと目惚れしていた! しかもマリスが帝国に来てくれて内心大喜びだった! ほんとうは溺愛したいが、溺愛しすぎはかっこよくない……。苦悩する皇帝ヴェルハルト。 皇帝陛下のラブコメと人質王子のシリアスがぶつかりあう。ラブコメvsシリアスのハッピーエンドです。

俺の好きな人は誰にでも優しい。

u
BL
「好きなタイプは?」と聞かれて世界で一番多く答えられているのは間違いなく「優しい人」だろう。 相手の優しいところに惹かれ、気づいた時には引き返せないところまで恋に落ちている。 でも次第に気付くのだ。誰だってみんな「優しい人」ではなく「"自分だけに"優しい人」が好きなのだと。 ロランは、"誰にでも優しい男"、フィリオンに恋をしてしまい、地獄のような日々に身を焼かれていた。 そんなとある日「この恋、捨てたいな…」と溢したら「それ、捨てようとすんの、やめてくんね?オレ、あんたがアイツを見る視線に興奮すっからさ」と遊び人で有名な男、ヒューゴに言われる。 彼は、自分を好きな人間には興味がなく、別の誰かに恋い焦がれている人間の目が好きな変態らしい。 そんな身勝手な遊び人とちょくちょく話すようになってからというもの、フィリオンの様子はどんどんおかしくなっていく。 恋を捨てたい男と、恋を捨てるなと言う男と、優しさが狂い始めていく男の話。 ※作者の意思ではなくキャラの意思で結末が決まります。ご要望は受け付けられませんのでどちらとくっついても美味しいと思う方のみお読みください。 ※中世ヨーロッパ風学園ものです。 ※短編予定でしたが10万文字以内におさまらないので長編タグへと変更します。 ※完結までノンストップで毎日2話ずつ更新。

処理中です...