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――それから十年の月日が流れた。
人間の国、王都。
木々の葉が色付き、冷たい風が吹き付け始めた季節。
とある屋敷の一室で、一人の少女が涙ながらに自分の祖父に詰め寄っていた。
「どうして⁉︎ どうして王宮に連れていってくれませんの⁉︎」
「かわいい魅音や、落ち着きなさい。 龍王陛下の具合が悪化してな……――この度、龍の里に戻られる事になってしまったのだよ。 魅音にはその歌声で龍王陛下を癒してもらいたかったのだが……肝心の陛下がいなくてはのぅ……」
「そんな……――でも私は王宮に上がって、お美しい陛下に見初められるはずだったのに……――そうでしょ、おじいさま⁉︎」
「ーーそうだね? そうなったのならば素敵なことだ。 ワシもそれを望んでおる」
「私……陛下と結婚出来ないの?」
「美しい花よ、これも好機だ」
祖父は魅音の頭をやさしく撫でながら語りかける。
「好機……?」
「ああ、陛下は疲れていらっしゃる。 ――ではその疲れを癒せるのは誰だ?」
「――私ね⁉︎」
祖父の問いかけに魅音は顔を輝かせながら答える。
「そうだとも。 愛しい魅音、自慢の孫よ。 宝石に装飾品、そして美しいお前の歌声――これで癒されぬ訳がない」
「そうして私が陛下の正妃となるのね⁉︎」
「正っ⁉︎ ――……もちろんだとも」
崩れかけた口調を少々強引に戻し、優しく微笑みかける祖父。
その時、二人の背後から控えめな声がかけられた。
「お嬢様そろそろ……」
「今おじいさまと喋っているのよっ⁉︎」
声をかけてきた侍女をキッと睨み付けながら、魅音が険しい顔で言い放つ。
そんな態度に祖父は目を細め、眉を跳ね上げて不機嫌な様子をうかがわせる。
……しかしすぐにその顔に優しい笑顔を張り付けながら魅音に語りかけた。
「魅音や、心配はいらん。 陛下のことはワシがなんとかしよう。 そなたはその時に備え、その歌声を磨いておいで」
「ふふっ 私より歌の上手い子なんて、もうどこにもいないわ?」
祖父の言葉にクスクスと口元を押さえ可愛らしい微笑みを浮かべる魅音だったが、その瞳には残酷な光が見え隠れしていた。
「ああ、そうだね。 ……けれど練習を怠る事は許さない」
そのまま自分のわがままを押し通そうとしていることに気が付いた祖父は、その優しい微笑みに少しの苛立ちを混ぜ、軽く圧をかけた。
孫は可愛いが、自分の思い通りに動かない者は、誰であろうとも許しがたかった。
「は、はい。 おじいさま……」
そんな祖父の性格をよく理解していた魅音は、ビクリとその体を震わせながらすぐに恭順の意を示す。
「――さぁそろそろ時間なのだろう? 心配しないでしっかりと練習しておいで」
そんな素直な孫の様子に満足げにうなずき、再び優しい瞳を魅音に向ける祖父。
「はい――御前、失礼いたします」
魅音はそう言って深く頭を下げると、音も立てずにそのまま器用に後ろに下がる。
そして教養を感じさせる美しい所作で退室していった。
「――将来有望なお孫様でございますね」
魅音が退室したのち、祖父だけとなった部屋の中――
どこに控えていたのか、また新たな人物が祖父に向かって声をかける。
部屋の片隅から姿を現したその男の存在を、祖父はあらかじめ知っていたのか、声をかけられてもその姿を見ても動揺することはなく、静かにその人物に視線を向けていた。
そこには商人風の男が、わざとらしいほどの愛想笑いを浮かべていた。
そして、そのままペコペコと頭を下げながら祖父に近づいていく。
「――ふんっ ……見た目と歌声だけは有望なのだがな?」
先ほどまでの雰囲気とは全く違う態度で答え、テーブルの上に置かれた茶器を手にする。
「おや……溺愛なさっている、と聞いておりましたが……?」
商人はクツクツと笑いながら、からかうようにたずねた。
「――愛しているとも。 あれの見目と歌――そして御しやすい性格……頭の緩さも含めてな」
「……正妃、ですかな?」
にやりと笑いながら商人が返す――思わずそんな軽口を口にしてしまうほどには、魅音が言った言葉は夢物語にほかならなかった。
「はっ そうなってくれれば万々歳だが――歴代の龍王が人間を嫁に迎えた例は両手で数える程度……側妃にでも食い込めれば僥倖よな。 ――そのためには宝石に稀布金に糸目はつけぬ。 とびきりの宝が必要となる……いくらでも持ってこい」
「なんとも景気のいいお話で……この姜静誠心誠意、泰然様のために尽くさせていただきまする」
姜は芝居掛かった動作で深々と頭を下げ――
用件はそれで済んだとばかりに、そのままさっさと部屋から出て行った。
残された泰然は、クイッと茶を飲み干すと、誰もいない空間に向かって静かに話しかける。
「誰ぞあるか」
「はっ」
そんな答えと共に、どこからともなく黒ずくめの人物が姿を現した。
「蓮歌山へ伝言の式を飛ばせ。 “大至急、一反送れ”とな。文句を言うようならば小銭でも握らせてやるように、とも付け加えろ」
「はっ」
そんな返事と共に部屋の中の空気が揺れ、黒ずくめの姿はかき消えていた。
「――宝石に稀布、そして美しい娘……さっさと疲れなど癒して、お戻りいただきますぞ――我らが王、龍王陛下よ……」
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