13 / 13
エピローグ
哀愁の酒
しおりを挟む
『昭和酒場たそがれ』は、いつも通りの夜を迎えていた。
年季の入った木のカウンター、少し黄ばんだ照明、壁に掛けられた古い時計。
「じゃあ、また来ます」
結奈がそう言って立ち上がり、透が軽く頭を下げる。
二人の指には、まだ新しい指輪が光っていた。
おっちゃんはにこにこしながら暖簾の方へ二人を送り出す。
「結奈ちゃん、透くん。
改めて――結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
暖簾が揺れ、夜の気配が流れ込む。
二人の姿が見えなくなると、ラウンジはふっと静かになった。
カウンターの端で、桜樹敬司はグラスを傾けていた。
琥珀色の酒が、ゆっくりと揺れる。
その隣に、いつの間にか赤いスーツの女が腰を下ろす。
「……ずいぶん賑やかな式だったわね」
美麗はそう言って、軽く肩をすくめた。
「一仕事、終えたって顔だな」
桜樹は視線を向けずに返す。
「ええ。
少し越権だったけど……後悔はしてないわ」
グラスに口をつける仕草をしながら、美麗は続ける。
「約束は、果たされたんだもの」
桜樹は小さく笑う。
「それで十分だろ」
二人の間に、心地よい沈黙が落ちる。
そのとき、奥で皿を洗っていたおっちゃんが戻ってきた。
エプロンで手を拭きながら、首をかしげる。
「……桜樹さん、誰と話してたんだい?」
カウンターの隣は、空いている。
赤いスーツの女の姿は、どこにもない。
桜樹は一瞬だけ、その空席を見てから、グラスを置いた。
「ただの独り言だよ」
おっちゃんは「そうかい」とだけ言って、また奥へ戻っていく。
『昭和酒場たそがれ』には、いつもの夜が戻った。
誰も気づかないところで、世界は確かに救われていて、
誰かの約束は、静かに果たされていた。
桜樹は、最後に一口だけ酒を飲み干した。
――それでいい。
暖簾の向こうで、人生は続いていく。
年季の入った木のカウンター、少し黄ばんだ照明、壁に掛けられた古い時計。
「じゃあ、また来ます」
結奈がそう言って立ち上がり、透が軽く頭を下げる。
二人の指には、まだ新しい指輪が光っていた。
おっちゃんはにこにこしながら暖簾の方へ二人を送り出す。
「結奈ちゃん、透くん。
改めて――結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
暖簾が揺れ、夜の気配が流れ込む。
二人の姿が見えなくなると、ラウンジはふっと静かになった。
カウンターの端で、桜樹敬司はグラスを傾けていた。
琥珀色の酒が、ゆっくりと揺れる。
その隣に、いつの間にか赤いスーツの女が腰を下ろす。
「……ずいぶん賑やかな式だったわね」
美麗はそう言って、軽く肩をすくめた。
「一仕事、終えたって顔だな」
桜樹は視線を向けずに返す。
「ええ。
少し越権だったけど……後悔はしてないわ」
グラスに口をつける仕草をしながら、美麗は続ける。
「約束は、果たされたんだもの」
桜樹は小さく笑う。
「それで十分だろ」
二人の間に、心地よい沈黙が落ちる。
そのとき、奥で皿を洗っていたおっちゃんが戻ってきた。
エプロンで手を拭きながら、首をかしげる。
「……桜樹さん、誰と話してたんだい?」
カウンターの隣は、空いている。
赤いスーツの女の姿は、どこにもない。
桜樹は一瞬だけ、その空席を見てから、グラスを置いた。
「ただの独り言だよ」
おっちゃんは「そうかい」とだけ言って、また奥へ戻っていく。
『昭和酒場たそがれ』には、いつもの夜が戻った。
誰も気づかないところで、世界は確かに救われていて、
誰かの約束は、静かに果たされていた。
桜樹は、最後に一口だけ酒を飲み干した。
――それでいい。
暖簾の向こうで、人生は続いていく。
35
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
あなたのいない世界に私は生まれた
駄文のヒロ
SF
西暦2051年12月上旬。
レイヤー聖台高等学校2年生の横澤穂花は、母である智美と穏やかな日々を送りながらも、心のどこかで言いようのない違和感を抱いていた。
優しく、何不自由なく育ててくれたはずの母――
けれど穂花は、『この人だけじゃない』という感覚を拭えずにいる。
自分を見守っている“もう一人の誰か”。
声も姿も思い出せないのに、確かに存在している気配。
それが母なのか、記憶なのか、あるいはただの思春期の錯覚なのか――
穂花自身にも分からない。
そんなある日、学校で囁かれている都市伝説を耳にする。
“世界を見守る守り神”
人知れずこの世界を監視し、迷える者の問いに応える存在がいるという噂。
真実を知りたい。
自分が感じているこの違和感の正体を確かめたい。
穂花は、誰にも打ち明けられない想いを胸に、その“守り神”に会いに行くことを決意する。
――その選択が、世界の秘密と、彼女自身の出生の真実を揺るがすことになるとも知らずに。
人々のそれぞれの愛情を紡ぐ『あな生き』シリーズ最終章、始動!
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
あなたのいない世界であなたと生きる
駄文のヒロ
SF
昭和初期の面影を残す酒屋。
湯気の立つ徳利を挟み、桜樹敬司と同期の山崎隼は、昔話のような現在を語り合い、静かに盃を重ねていた。煤けた木の匂い、店主のおやっさんのぶっきらぼうな笑顔――そこは疑いようもなく、懐かしい「現実」に見えた。
だが、その世界は仮想空間だった。
西暦2050年、肉体を管理され、意識を別の場所に預ける時代。彼らが酔い、笑い、記憶をなぞっていた場所は、精緻に再現された“過去”に過ぎない。
二人は二件目のバーで飲み直し、そこで赤いスーツをまとった謎の女性と出会う。
名前も素性も曖昧なその美女との邂逅は、やがて仮想と現実、存在と不在の境界を揺るがし、桜樹敬司の運命そのものを巻き込む事件へと発展していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

