呉宮史桜の優雅な放課後

詩央

文字の大きさ
10 / 43
Case.01【消えるピアニスト】

day9─そして、明日へ─

しおりを挟む
 翌週、絢葉は奏汰と共に、こっそりと廊下から吹奏楽部の練習の様子を覗き込んでいた。

 休憩時間、山野辺がピアノに向かい、あの曲を弾き始める。
 旋律はまだ完全とはいえないが、以前のように音を外すことはなく、確かな前進を感じさせた。
 演奏を終えると、古谷や他の部員たちから自然と拍手が湧く。
 山野辺は照れくさそうに笑い、仲間と談笑を交わした。

「……山野辺先輩、もう大丈夫そうですね」
「そうだな」
 二人はその場を静かに後にする。
 廊下を歩きながら、絢葉が思い出したように問うた。
「そういえば天野先輩、なんで先週、旧音楽室の鍵だけ開けて帰っちゃったんですか?呉宮先輩の推理、凄かったのに」
「いや、あんなん絶対しんみりした雰囲気になるだろ?そういうのダルいし」
「えぇ……」

 絢葉の呆れ声に、奏汰は肩をすくめて小さくため息を漏らした。

 その頃、音楽室では。

「麻美、すごいじゃない! もうスランプともおさらばね!」
 古谷が満面の笑みで声をかける。
「ううん、まだまだだよ。でも……ありがとうね、果歩」
 山野辺も笑い返す。
「全然!でも、もう私が必要以上に頑張らなくてもいいかな?」
「……どういうこと?」
 古谷は照れ笑いを浮かべた。
「実はね、高校に入ってすぐの頃から、時々由美先生にピアノを教えてもらってたの」
「え……? お母さん、そんなこと全然……」
「私が麻美にはナイショにしてってお願いしたから!  でも麻美が調子を崩して……なら、その間だけでも私が代わりになれればって思って、もっと頑張ってたんだよ。結局、あんまり上手くはいかなかったけど」
 山野辺は驚きに目を見開き、やがて小さく笑った。
「……そうだったんだ。ありがとう、果歩」
 こぼれた涙を、彼女は笑顔のまま拭った。
 その時、村西が背後から声をかける。
「山野辺」
 振り向けば、珍しく穏やかな眼差しを浮かべた顧問が立っていた。
「随分、良くなってきたみたいね」
「は、はい先生!」
 涙を慌てて拭い、元気よく答える山野辺。
 村西は小さく笑い、ふっと言葉を落とした。
「その様子なら……もう、こそこそ頑張る必要はないな?」
「……え?」
 山野辺が戸惑い、問う間もなく、村西は楽譜を手に部員たちに練習の指示を出し始めてしまった。
 真意を測りかねたまま、しかし山野辺は小さく笑みを零した。


 ─────


 その後絢葉は、帰ると去っていった奏汰と別れて一人、優雅部の部室を訪れていた。
 部室の扉を開けると、史桜が読みかけの本を机に置き、こちらを見た。
「どうだった?」
「山野辺先輩は、もう大丈夫そうです」
 音楽室での様子を報告する。
 史桜は満足げに微笑み、頷いた。
「そうか。それは何よりだ。これにて一件落着だな」
 彼はいつもの様に優雅な所作で紅茶のカップを傾ける。
 暫しの談笑の後、絢葉は一瞬言い淀んだが、やがて決意を固めたように口を開いた。
「あの……私、正式にこの部に入りたいです。もっと色んな体験をして、色んな世界を知りたいです」
 史桜はまるで予想していたかのように微笑んだ。
「君ならそう言うと思っていたよ。ならば勿論歓迎しよう。君の調査も、報告も、きっとこれからも優雅なものになる」

 夕日が差し込む窓辺で、二人の笑顔が重なる。
 こうして、静英高校優雅部は、新たな一歩を踏み出した。

Case.01 end──
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。 高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。 「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」 そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。 彼女の名は、立石麻美。 昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。 この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。 その日の放課後。 明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。 塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。 そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。 すべてに触れたとき、 明希は何を守り、何を選ぶのか。 光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

不思議なショートストーリーたち

フジーニー
ミステリー
さくっと読める短編集 電車内の暇つぶしに、寝る前のお供に、毎日の楽しみに。

【完結】メインヒロインとの恋愛フラグを全部ブチ壊した俺、サブヒロインと付き合うことにする

エース皇命
青春
《将来ヤンデレになるメインヒロインより、サブヒロインの方が良くね?》  16歳で自分が前世にハマっていた学園ドラマの主人公の人生を送っていることに気付いた風野白狼。しかしそこで、今ちょうどいい感じのメインヒロインが付き合ったらヤンデレであることを思い出す。  告白されて付き合うのは2か月後。  それまでに起こる体育祭イベント、文化祭イベントでの恋愛フラグを全てぶち壊し、3人の脈ありサブヒロインと付き合うために攻略を始めていく。  3人のサブヒロインもまた曲者揃い。  猫系ふわふわガールの火波 猫音子に、ツンデレ義姉の風野 犬織、アニオタボーイッシュガールの空賀 栗涼。  この3人の中から、最終的に誰を選び、付き合うことになるのか。てかそもそも彼女たちを落とせるのか!?  もちろん、メインヒロインも黙ってはいない!  5人の癖強キャラたちが爆走する、イレギュラーなラブコメ、ここに誕生! ※カクヨム、小説家になろうでも連載中!

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...