呉宮史桜の優雅な放課後

詩央

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Case.04【虚ろな影】

day6.2─問題児─

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 放課後の職員室は、窓の外から射す夕陽と蛍光灯の光が混ざり合い、独特の静けさに包まれていた。
 絢葉は入口で一礼し、奥の席に目を向ける。並んだ教員の席の一つで村西が、資料に目を通していた。

「失礼します。東雲です。少しお時間、よろしいでしょうか」

 声をかけると、村西は顔を上げ、
「東雲か。呉宮から聞いている。私に何か、聞きたいことがあるそうね」

 絢葉が小さく頷くと、村西は冗談めかした口調で続けた。
「まさかとは思うが──私を犯人と疑っているわけじゃないだろうな?」

「い、いえ、そういうわけではありません」

 絢葉は慌てて手を振る。

「むしろ、呉宮先輩は先生のことを“現状、一番容疑者から遠い人物”だとおっしゃっていました」

 村西は小さく「ふむ」と唸る。
 絢葉は少し息を整えてから言った。
「一応、これまでの調査で村西先生と一緒にいた間の先生の行動も報告していますので……」

 村西は軽く肩をすくめた。
「抜け目が無いわね。お前もすっかり“優雅部”の一員らしくなってきたじゃない」

 その言葉に、絢葉も思わず苦笑する。
 だがすぐに表情を引き締め、手帳を開いた。

「本題に入ります。呉宮先輩からの指示で、今回の怪異騒ぎが起こって以降、下校時刻後に“見回り”を担当された先生方について伺いたいんです」

「教師陣の?」

「はい。どの先生が見回りを担当されたのか、またその方々の“担当科目”と“通勤方法”を教えていただきたい、とのことでした」

 村西は一瞬、眉をひそめた。
「科目に通勤方法? ……そんなことを聞いて、何か意味があるのか?」

「詳しい理由は私にも……ですが、先輩は“そこに鍵がある”と」

 村西はしばし黙考し、やがて「仕方ないな」とため息をついた。
「わかった。口頭で構わないか?」

「はい、お願いします」

 村西は手元のペンを指先で回しながら、淡々と口にしていく。

「分かりやすく五十音順でいこうか。まず麻生──数学。徒歩通勤だ。次に飯沼──物理。車通勤。狩野──化学。同じく車。立花──現代文。バイク通勤。遠野──体育。車。中川──古文。徒歩。私は英語で、車だな。結城──物理。徒歩。最後に、和田──世界史。バイク通勤。以上だ」

 絢葉は丁寧に手帳へ書き留め、顔を上げる。
「……ありがとうございます。全部で九名ですね?」

「そう。見回りはこの九人で、毎日三人ずつのローテーション。警備員とも連携して、下校後の校内を一通り確認してる」

 ペンを置いた村西は、わずかに目を細めた。
「……呉宮は、この情報を何に使うつもりなんだろうな」

 絢葉は小さく首を横に振った。
「私にも、まだ分かりません。でも──きっと意味があるはずです」

 村西は「ふふ」と静かに笑った。
「なるほど。あいつを信じているわけか。……良い顔になったな、東雲」

 初めて会った時とは対象的な柔らかな声と表情に、絢葉は照れくさそうに微笑んだ。
 村西への聞き取りを終え、絢葉は丁寧に頭を下げた。
「ご協力、ありがとうございました」

「どういたしまして。呉宮からは今日も下校時刻後の調査は行わないと聞いた。気をつけて帰りなさい」
 村西はそう言って軽く手を振る。

 絢葉は職員室を出ようと、ドアの方へと歩き出した。
 その時──

「聞いてるのか、笠松!」
 突然、職員室の奥から鋭い怒声が響いた。
「また停学になるぞ!」

 思わず立ち止まった絢葉がそちらに目を向けると、机の前で怒鳴っている男性教師の正面に、無造作に立っている生徒の姿が見えた。
 気怠げな態度、無表情の奥に刺々しい光。
 ──見覚えがある。
 先日、廊下で見かけた、“翔”と呼ばれていた三年生だ。

 翔は教師の叱責をまるで他人事のように受け流している。
 両手をポケットに突っ込み、薄く笑みを浮かべたまま。

 村西が小さくため息をついた。
「またアイツか……」

 絢葉は声を潜めて尋ねた。
「あの、彼は?」

「ああ。笠松翔。度々問題を起こすやっかいな奴よ」
 村西は少し眉を寄せ、低く続ける。
「他校の生徒と喧嘩したり、校内の備品を壊したり。過去には夜の学校に忍び込んで、校舎の壁に落書きをして停学になったこともある。だから今回の“怪異騒ぎ”にも、アイツが関わってるんじゃないかって疑う教師もいるの」

「そうなんですか……」
 絢葉は翔を一瞥した。
 その背中には、反省や恐れといった色が一切なかった。
 けれど、何かを隠しているような、妙な静けさが漂っていた。

 教師の怒声と、翔の淡々とした返事が交錯する中、絢葉は軽く会釈して職員室を後にした。

────

 優雅部の部室に戻ると、史桜は既に紅茶を淹れて待っていた。
「おかえり、東雲君。どうだった?」

 絢葉は手帳を開き、村西から得た情報を丁寧に報告する。
 そして、最後に職員室での出来事──笠松翔のことを話した。

 史桜は興味深そうに眉を上げた。
「ほう。“笠松翔”か」
 紅茶の湯気の向こうで、その瞳がかすかに光る。
「彼のことは、先週一度君からも聞いたね。なるほど、想定していなかった情報だが……一度そちらを調べてみるのも良いかもしれない」

「笠松先輩が、本当に今回の件に関わっていると?」

「必ずしもそうとは言えない」
 史桜は静かに首を振る。
「だが、そこから何かしら有益な情報が得られる可能性はある。あるいは──“最後の一ピース”になるかもしれない」

 その言葉に、絢葉は思わず息を呑んだ。

(……最後の一ピース?)

 じゃあ、逆に言えば──
 呉宮先輩はもう、ほとんどすべてを読み解いているということ?

 史桜はいつもの調子で、静かに紅茶を口に運んだ。
 その仕草は、まるでこれまでの全てが予定調和であるかのような、
 静かな確信に満ちていた。
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