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7話ー 番を探してください
しおりを挟む第二次性徴が始まる頃のバース検査でαと診断されて二十数年。その検査でミスがあり、実はΩだったというのを知らされたのはつい最近のことだ。
どこかのタイミングで明確な発情期が来ていれば自分がΩであると気付けたのだろうが、αだと思っていた時期に処方された薬をずっと服用していたせいか、それとも元々ヒートが弱い性質なのか、結局三十四になっても自覚出来るような発情期を迎えたことはなく、誰かに強く魅かれたり、勿論その逆に誰かを惹き付けたこともない。
正しい第二の性を受け入れて三週間。受け入れざるを得なかった、という方が正しいが、未だ雄大の体だけはαもΩも受け付けないと言わんばかりに変化がない。
「薬はどうですか?」
「アレルギーのですか?」
田口が視線だけで「そうです」と返事を寄越す。
前回の定期健診で出されたアレルギー薬が効いているかと聞かれれば効果は良く分からない。何せ元々調子は悪くなかったからだ。
夕食後に一錠だけ飲む薬は眠気を誘うが、それも今は慣れたし、何より教員の仕事を休んでいるから翌日どんなに眠かろうが、体が怠かろうが無職のように過ごす雄大には何の問題もなかった。
「薬の効果は分かりませんが、鼻通りは悪くないですし、体の方も普通です」
答えてから、普通以上に体調は良いなと思い直したが医者にその程度の付け加えをしたところで診察結果に影響は及ぼさないだろうと雄大はそのまま黙った。
仕事を休んで、物凄く規則正しい生活をしているからか体調はすこぶる良かった。
これだけ健康体ならばいつヒートが来ても良さそうなものだが、今の所体調の変化は見られない。といっても突然やって来るヒートも珍しくないから日々の健康状態はさほど重要ではないのかもしれない。
「体の調子が良い今の内に番探しをするのも悪くないですね」
「番、ですか」
「医師としての私の意見を言わせて頂くとΩには番が必要だと考えています。番を持つことでΩのフェロモンは番のみに有効となりヒートは安定、もしくはヒート自体がなくなる方もいらっしゃいます。それにこれは前に門村さんのご自宅でも少しお話しましたが、番を持つということはΩの寿命に関係すると言われています。ヒートが安定、ないしはなくなるということは、体内において急激な変質がなくなるということです。精神的にも落ち着き、抑制剤等の薬が不要になる。これら諸々Ωが短命と言われる原因が番を得ることで解決します」
いつ息をしているのかというほどの勢いで説明されて雄大は瞬きを返すことしか出来ない。
ヒートの安定、ないしはヒートが来なくなる、というのは大歓迎だが、現段階でもヒートの来ていない雄大にとってはこのままヒートが来ない可能性もあるのではと思ってしまう。
けれどそれは運良く薬で抑えられていただけで、「自分は神に選ばれた特別な存在で、Ωだけど一生ヒートが来ない人間なんじゃないですかねぇ?」なんて馬鹿な質問は出来ない。
雄大の体を思えば今まで来ていなかったヒートを起こして、αと番うのが一番なのだろう。
鼻から息を吐いて黙って考えていると田口が続ける。今度は先程のような勢いはなく、穏やかで優しい声色だ。
「三ヶ月してヒートが来なければ発情誘発剤を使うことになります。強い薬は患者の体の負担になる。出来るだけ使いたくない。だから戸賀井と一緒に居ることで自然なヒートを迎えるようにしたかったのですが、今の所そちらも変化が見られない。となると他でも可能性を探る必要があります」
要するに、仕事もしていないのだから暇な時間を使ってヒートを起こしてくれるような相手を探せということだろう。
だが医師として患者の体の心配をするのは当然のこと。命までかかっているなら尚更だ。
未だ一言も発せずにいる雄大に田口がチラシを手渡して来る。
バース性専門の医療ソーシャルワーカーへの相談窓口のサイトURLや電話番号が書いてある。
「予約するなら私から話をしておきます。番のことも含め相談出来る、信用のおけるソーシャルワーカーです」
考えてみて、と言われ雄大は素直に頷いた。
「初めまして、前中です」
みつたにクリニックの一室を借りて待っているとドアが三度ノックされてから開いた。
名乗りながら雄大に名刺を渡した女性は椅子に座ると正面から見つめて来て、ニコッと笑みを浮かべる。人と人が会話する時、特に初対面では大抵間が怖くなるものだが前中は喋り始める前に数秒笑顔を見せるだけの時間を作った。
ソーシャルワーカーとして様々な患者の相談に乗って来たという自負か、それとも彼女の第二の性がそうさせるのか。何となく、彼女はαだろうなと思いつつ雄大は「門村です。よろしくお願いします」と挨拶をした。
元々色白なのか厚塗り感のない肌、メイクの必要性を感じない大きな目、リップも薄く清潔感がある。ダークブラウンの長い髪は後ろで束ねられて、地味な一本結びなのに艶やかな光を放っている。口角が上がると笑い慣れているように可愛らしいえくぼが浮かび上がって、つられてこちらまで笑顔になってしまいそうになるが堪えて真顔を保つ。
「あの……随分前にバース検査を受けて、その時にαと言われたんですが、それはクリニックのミスで、本当はΩだったんです。でも告知ミスだったと言われるまで俺にはヒートらしいヒートは来ていなくて、それで今まで気付かなかったということもあるんですが、とにかくΩだったからには早期にヒートを迎えて、寿命を縮めないためにも番を探した方が良いと言われました」
前中はリップが綺麗に塗られた唇を引き伸ばして笑顔を保っている。表情筋が攣りやしないかと心配になるが慣れているのだろう、本人はその表情を維持したままで雄大の言葉に静かに頷く。
「田口先生から伺っています。私は医師ではないので医療的なアドバイスは何も出来ませんが、バース性専門の相談員としては先生の意見に概ね同意します」
「……そうですか。じゃあ番探しはした方がいいんですね」
「第二の性の話は一旦置いておいて、門村さんはパートナーを持つつもりはないんでしょうか」
「いえ……でも、いずれそういう相手が現れたらいいな、程度でした。今は状況が変わって焦らないといけなくなった。まるで番を探すために生きてるようで、これからの生活を窮屈に感じてしまいそうです」
「門村さんはとても真面目ですね」
「真面目なんじゃなくて、単に番探しが億劫なだけです」
前中の笑顔に合わせるよう笑って見せる。
早期にヒートを起こさなければならない。ヒートを起こしたあとは抑制剤を飲みつつ、無理のない範囲で仕事をして突然のヒートに怯えるよう日常生活を送りながら心身の安定のために番を探す。
第二の性に振り回されるばかりの人生じゃないかと、この先を思えば思うほど憂鬱になる。
「門村さん、どうか考え過ぎないで。あなたのような人は突き詰めて考え過ぎる。番だの、寿命だの、重苦しい言葉ばかりが並ぶから暗くなるんです。難しく考えないで、単なるお友達探しだと思えばいい」
「……お友達探し……」
急に軽い感じになる。前中は雄大を窺うみたいな笑みで、「そうよ」と言う。笑顔のバリエーションは幾つ用意されているのだろう。
「別に絶対番わないといけないわけじゃないし、絶対結婚しないといけないわけでもない。田口先生もお堅い人だから神妙な面持ちで言ったんでしょうけど、それに引き摺られちゃ駄目ですよ。良い人が居れば番候補に、程度で良いんです。自由なの、門村さんは。早期にヒートを起こした方が自分の身の為で、それを誘発したいなら、医者でも私たちのような者でも何でも利用してやるって気持ちで良いと思うの」
今度は悪戯な笑みを浮かべて言う。
「門村さんの人生なんだから門村さんが決めて良いんです」
ジン、と胸の奥が痺れる。引力に負けるかのように雄大が頷くと、前中はバッグの中からクリアファイルを取り出し、その中から何枚かチラシを出してテーブルの上に並べた。
少子化に伴い、婚活イベントや番を探すためのイベントが活発に行われている。テーブルの上に拡げられたチラシはどれもがそれ関係で雄大は視線を下に落として前中の声を聞く。
「私たちが紹介するものは県や市が運営するイベントなので安心安全です。昔と違って今は婚活アプリで番を探したりする人もいるけど、どういう人が来るか分からないからまだちゃんとしたヒートを迎えたことのない門村さんは利用しない方が良い」
「チラシ、貰って帰っても良いですか」
「もちろん。申し込みは自由ですから、考え直してやっぱりやめたっていうのも全然ありですよ」
他にも疑問や不安な点があったらいつでもご相談くださいねと前中の明るい声がする。
雄大の頭の中には戸賀井の姿が浮かんでいて、チラシを見て貰って、意見を聞いてから申し込もうと考えていた。
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