【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ

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18話ー拗らせ歴12年目の強引さ

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「あっ! あっ! 門村先生だ~!」
 校内を歩く雄大を目ざとく見つけ生徒が指を差してくる。その声は鳥が仲間を呼ぶように響いてあっという間に子供たちに囲まれてしまった。
「門村先生、病気治ったの?」
「明日から学校来る?」
「縄跳びのね~、二重跳び出来るようになったよ~」
「ねぇ、ねぇ、鬼ごっこしよう」
 次から次へと話し掛けられても雄大はその一つ一つに笑顔で応える。途中でチャイムが鳴ると雄大に纏わりついていた子供たちは別れの挨拶をして散り散りに去って行った。
 離れ難そうにしている子には他の生徒が「早くしないと休み時間終わっちゃうよ。先生に怒られちゃうよ」と手を引いていく。
 こんなに小さな子たちでもチャイムが鳴ったら次の行動に出る、遅れている子が居たら手を取ってあげるというのが身に付いている。
 教員としてはよく見る光景ではあるが、暫く職務から離れていた雄大にとっては再発見にも近い感動があった。
 子供は素直で、吸収力はスポンジの何倍も優れていて、何でもぐんぐんと飲み込んでいく。だからこそ正しい教育と、一人一人に寄り添った声掛けが必要なのだ。
 あの子にとって、自分の行動もそうだったのかな――雄大は戸賀井のことを思い出す。言われるまで記憶の底で眠っていた線の細い少年。Tシャツから出た腕も短パンから覗く足も頼りなく、バース検査を受けるのが嫌だと一人教室で泣いていたあの子がまさか戸賀井だったとは。
「門村先生」
「あ、はい」
「お待たせしてすいませんね。どうぞ」
 校長室の前で戸賀井のことをあれこれ考えていた雄大は声を掛けられてハッと我に返る。職場で彼との出会いに思いを馳せていたことが恥ずかしくてじわじわと体に熱が籠っていく。
「今日は暖かいですね」
「ええ、本当に。さっき子供たちに会って立ち話をしたんですが、それだけでも暑くて汗掻いちゃいました」
「あらそんなに? 冷房付けましょうか」
「ああ、そんな、お構いなく」
 校長の振る天気の話題など単なる世間話でしかないのに、戸賀井を思って体が熱くなったことを誤魔化そうと余計なことを言ってしまう。
「では早速復職についてお話しましょう」
 校長室に置かれた来客用のソファーに座るよう促されて雄大はそれに従う。
 ヒートが来て、体調も悪くないことから主治医の田口に仕事復帰をしたいと申し出たら、あっさりと了承された。それで校長に連絡を取り、面談の日を決めて今日を迎えた。
 
「現状、復帰は大歓迎です」
 校長の笑みに雄大も安心して笑顔を浮かべる。だが、すぐあとに「但し」と付け加えられて校長の笑みが消え、雄大もつられるように真顔になる。
「クラス担任の継続は難しいものと考えます」
 覚悟はしていた。だけど面と向かって言われると先程まで熱いなんて言っていた体が足先まで一気に冷えていく。
「Ωだからクラスを受け持てないというわけではありません。門村先生は先日初めてのヒートを迎えられたということで、周期が安定しているのか抑制剤がどの程度効くのかまだこれから自分の体を知っていく必要がある。その中でクラス担任という責務はちょっと重いのではないかと考えました。ですからまずは教科担任として生徒たちと関わって頂けませんか」
 辛いでしょうけれど、まずは先生の体を優先してください、と校長が申し訳なさそうな表情で言う。だけど声は優しいまま。
 このまま冷え切って校舎の床と同化してしまいそうだった雄大の心は愛情の込められた校長の声色で本来の温もりへと戻っていく。
「……はい。変わらず生徒たちと関わらせて頂けるのを嬉しく思います。今後とも宜しくお願いします」
「焦らず、頑張っていきましょう。門村先生ならきっとまたクラスを受け持てる日が来ます」
 断言されると涙が零れそうになる。こんなに感情豊かな人間だったかと自分を疑ってしまうが、Ωと診断を受けてαの薬をやめてからどういうわけかこういうふうになってしまった。

「それでは、失礼します」
 来月から職場復帰ということになり、雄大は丁寧に頭を下げて校長室をあとにした。
「門村先生、校長先生とのお話終わりました?」
 廊下を歩いて教職員用の玄関で靴を履いている時に同僚から声を掛けられた。
 学校に着いてから最初に職員室に挨拶に立ち寄ったが、その際には見掛けなかった女性の同僚は「体育の授業中に生徒が怪我をしてしまって保健室に付き添っていたんです」と言い、互いにお久しぶりですと頭を下げ合った。
 対外的には病気療養中ということになっているから、同僚は「体の調子はどうですか」と聞いてくる。雄大が「だいぶ良くなりました」と答えると、病状確認はただの会話の繋ぎだったようで同僚が、そうそう、と本題に入る。
「今日先生が来られるって聞いてから絶対に渡さなきゃと思ったものがあって」
「え、なんでしょう」
「これです」
 差し出されたのは名刺だった。そこには「兼田翔」と名前が書かれてあって、見るなり雄大は「ああっ!」と声を上げてしまった。
 婚活イベントで偶然再会した元教え子の兄である翔に連絡するのを忘れていた。あのあとヒートになり、自分のことで精一杯ですっかりその存在が抜けていた。
 同僚から差し出された名刺も部屋の何処かにあるはずだ。
「この人、門村先生の教え子のお兄さんなんでしょう? 先週訪ねて来てね、病気療養中って伝えたら連絡先を教えて欲しいってしつこくて。でも個人情報でしょ。だから断ったんです。そしたら名刺だけでもって押し付けられちゃって」
「……すいません」
 何故か雄大が謝ってしまう。
 翔の名刺を受け取って、今度は忘れぬように同僚が去ったあとその場でメールをした。
 連絡が遅れてしまったことに対する謝罪と、学校で名刺を受け取ったことを伝えて、それだけで終わらせるのも変だから「また今度ご飯でも」と付け加えて送信をした。
 翔にメッセージを送って、職員用の玄関から外に出ると自転車に乗って家へと帰る。戸賀井と暮らしていたマンションではなく、壁の薄いアパートの方にだ。
 
 戸賀井から好きだと告げられたあの日から一ヶ月。
 戸賀井は雄大が出て行くのを最後まで止めたが、仕事はしたいし、Ωとして生活も送って行かなければならない。いつまでも戸賀井に頼ってはいられない。
 これは男としてのプライドというよりも大人としてちゃんとしたいという思いからだった。
 ――いつでも戻って来てください
 返そうとした合鍵は逆に突き返されてしまい、今は雄大の自宅の鍵と一緒にキーホルダーにぶら下がっている。
 自転車を走らせること十分少々。駐輪場とは呼び難いアパート下の敷地に自転車を停めて階段を上る。
 寂しくないといえば嘘になる。短い間だけれど一緒に暮らして、互いに心の内を曝け出した日々は自分のこれまでの人生――主に恋愛関係――が如何に平凡であったかと実感させるものだった。
 でも一生の別れになるわけではない。会いたい時には連絡を取って、会えない時にも連絡を取る。それに戸賀井は若く、行動力もあり――
「門村先生」
 声が聞こえて雄大は顔を上げる。部屋の前に立つ戸賀井が雄大を見つけて笑顔を向けている。彼は思い立ったらすぐ実行に移し、こんなふうに突然会いに来てくれたりするのだから、不安になるようなこともない。

「鍵渡してあるんだから中に入ってていいのに」
 戸賀井のマンションの合鍵を返却しない代わりに雄大の自宅の合鍵も戸賀井に渡してある。
「外で待ってるってのが良いんですよ」
「なにが良いの」
 分かんないな、と呟きながら施錠を解いて先に戸賀井を部屋の中へと入れる。まだ外は明るいのに玄関を閉めると薄暗くなってしまう部屋はいつでも明るかった戸賀井のマンションを思い出させて雄大を甘酸っぱい気持ちにさせる。まぁ家の主は目の前に居るのだけれど。
「なに飲む? 麦茶か緑茶か水ならあるよ」
 飲み物のラインナップがおじいちゃん家かなという感じではあるけれど、戸賀井に聞くと「じゃあ麦茶で」と返事が来る。
 狭いキッチンでコップに麦茶を注ぎ、これまた狭いリビングに持って行くと、二人掛けのソファーに戸賀井が腰掛けてジッと視線を向けてくる。
 戸賀井が雄大の部屋に来るのは三度目だ。最初は土下座をされた時、二度目は一週間前で、今日が三度目になる。
「はい、麦茶」
「ありがとうございます」
「……なに、なんでそんなに見るの」
「門村先生、合鍵持ってんのに全然俺ん家来てくれないなと思って。俺が来なきゃ会えないのってなんでですか」
「……だって君忙しいじゃない。俺なんかに構って当直の翌日まで会わなくていいんだよ」
 戸賀井は最近になって病院を掛け持ちして働き出した。入院施設のある病院では当直勤務もあって、翌日は必ず休みだが自宅に帰って体を休めればいいのにこうやって雄大に会いに来る。
「無理なんてしてないです。先生に癒されに来てるだけ」
「……次は俺から行くよ」
 ばつの悪い顔をして突っ立っていると雄大の表情とは反対に戸賀井の笑みは深くなる。
「先生、今日も可愛いです」
 言われ慣れていない言葉に雄大は苦い顔をするが、来て、と両腕を拡げられると戸賀井の胸に飛び込まないという選択肢はなくて彼の隣に座ってコテッと頭から凭れる。
「上に乗っかって欲しいです」
「やだよ、重いもん」
「重くないです」
 いやだ、と繰り返して戸賀井の胸に埋めた頭をぐりぐりと左右に動かす。
「夜勤明けの俺にご褒美ください」
「……くっ……」
 それを言われると拒否出来なくなって雄大は悔し気に唇を噛む。
 元教え子だ。教育実習生の頃とはいえ、雄大は教え導く立場で、戸賀井は無垢な生徒だった。そんな時期に出会い、大人になったからといってこの関係は許されるものだろうか。往生際が悪いと言われようが雄大は未だ葛藤している。
「またなんか難しいこと考えてるんですか。俺が先生を好きになって、先生も多少は俺のこと良いって思ってくれてるんでしょう? だからお互いに合鍵も交換してるし、ヒートが来たら対処することも、何もない時だってこうやって触れて良いって同意してくれてる。もう俺は大人ですよ。なんか問題あります?」
「……ないよ。ないけどね……」
「じゃあなんですか? もしかして恥ずかしいの?」
 それは大いにある。寧ろ大半はその感情かもしれない。しつこいほど繰り返すが、戸賀井は元教え子だ。その彼に甘えて抱き付くだけでも抵抗があるというのに上に乗るだなんて――考えるだけでも自分の中に飼っている倫理観がアウトと書いたボードを翳して主張してくる。
「来てくんないなら、引っ張り上げるだけです」
「ぅ、わわ、あぁ、やめて」
 両脇を抱えられて、だけど雄大は子供じゃないからそう簡単には行かず、ずるずると間抜けな感じで戸賀井の体の上まで引っ張り上げられた。

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