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19話ーそれってセフレでは?
「はい、跨いで」
「もおおっ」
やけくそで戸賀井の太腿の上に座ると、顔を見られるのが嫌で彼の頭ごと抱えてしまう。
「先生、門村先生、嬉しいけど苦しいです」
背中をポンと叩かれて、ほんのちょっとだけ腕の力を抜く。
「はー……先生、好きです」
戸賀井の腕が腰元に巻き付いてぎゅうっと抱き締めてくる。着ているTシャツに息が当たって湿ると昔実家で飼っていた犬を思い出す。鼻息は衣服を貫通するほど荒く、でも慕われていることの証拠だと思えば愛おしさは増した。
教え子だった戸賀井と飼い犬を一緒にしてはいけないが、全身で愛情を伝えてくれるところは良く似ていると思う。
「……戸賀井、くん」
「圭って呼んでください、雄大さん」
何と表現すれば良いのだろう。甘い空気を大きな筆で全身に撫で付けられている感覚。悲しいかな、こういう雰囲気に慣れていない。
戸賀井と触れ合うと自分が今までしていた恋愛は完全に「ごっこ」だったのだと痛感させられる。
「は……恥ずかしいよ、今の今まで名字呼びだったのに」
「……そういうところがほんっとに可愛いです」
「可愛くないって……ちょっ、なに、触って……」
否定をしながらも戸賀井の手が尻を撫で回しているのに気付いて注意する。
「いい匂いがする……雄大さんの匂い、気持ちが良いです」
Tシャツ越しに戸賀井が発する呼吸音を感じる。段々と速くなっている気がして雄大は落ち着かなくなる。
「戸賀井くん、だめだよ、ヒートじゃないし」
未だ曖昧な関係であるのは戸賀井の優しさで、雄大を待ってくれている。
αであったはずが実はΩだったこと。
初めてヒート。
職場復帰が上手く行くか。
その他にも考えることは沢山ある。弱っているところに付け込むようなことは幾らでも出来ただろうに、戸賀井は最初から距離を取ってくれていた。
「分かってます。ちゃんと待ちます」
「……ほんとに? なんか……当たってるよ」
下からぐりぐりと硬い物が押し付けられている。流石の雄大も、「これは何だ!?」と騒ぎ立てるほど鈍感ではないから出来るだけ刺激しないよう腰を引いて戸賀井に密着する。
「はぁ……好きです、可愛い。早く雄大さんのうなじ噛みたい。誰かに取られちゃう前に」
疲れているのだろう、夢でも見ているような力の抜けた声で戸賀井が言う。それに対して雄大は「取られるわけないでしょ。おじさんだよ俺は」と返す。
変わったな、と思う。Ωであると判明した自分もそうだけれど、戸賀井という男の印象も随分と変わった。
三津谷という少年ではなく、戸賀井という青年と暮らし始めた頃は今時の子、というかクールな感じであまり感情が表に出て来ず人間味を感じなかった。
だけど気を許せばこんなにも素直に気持ちをぶつける子だと今は分かっている。
自分の他にも、こういう彼を見たことがある人はいるのだろうか。チリッと胸の奥が灼ける。元教え子だなんだと道徳的観念の糸で自分を雁字搦めにしておきながら嫉妬心を覚えているとは。我ながら呆れる。
「……戸賀井くん、大丈夫? 辛くない?」
堪えられないと言われたらどうしてやるつもりなのか、先のことも考えずに聞いてしまう。そうしたら「すぐ治まりますから、このままでいて」と掠れた声で返ってきた。
自分なんかよりも戸賀井の方が余程弁えている。
「え、それってセフレでは?」
「ぐ……」
雄大の話を聞いていた前中がポロッと零したのちに「ああ、すいません、思わず」と本音が漏れてしまったと言わんばかりに笑顔で取り繕う。
雄大は居た堪れず机に突っ伏しそうになるを必死に堪える。
田口の紹介で知り合ったソーシャルワーカーの前中とは定期的に会っている。
場所はクリニックの一室が主だったが、個人的に連絡を取り合うようになってからは外で会うようになり、今日はカフェで、ランチ付きだ。
まるで友人のような付き合いになってしまったが、最初のバース検査から二十三年間もまともなヒートが来ていなかった雄大が珍しいようで後学のためにと頻繁に前中から呼び出されては身の回りの話を聞かれる。
勿論、話せる範囲で構わないと言われているので、雄大もそのつもりで表現出来る感情のみを彼女に話している。
最近は戸賀井関係の話が多くなりつつあり、恋愛相談が出来る相手が居なかったので、興味を持って聞いてくれる前中の存在に救われていた。
いつの間にか出来た信頼出来る話し相手。そんな彼女の口から発せられた「その関係はセフレでしょ」という一撃は相当効いた。
確かに言われてみればその通りで否定出来ない。戸賀井は雄大の気持ちが追い付くのを待ってくれていて、正式に付き合ってはいない。
でもヒートが来たら戸賀井に助けて欲しいと思っているから、つまりその時はセックスしようねと約束をしている。文字に起こしてみると自分がとんでもないことをしているように感じる。親が聞いたら泣くだろう。
「やっぱりそうですよね……セフレに見えますよね……酷いですよね、こんなの」
「いやいやいや、戸賀井くんも承知なら全然良いんじゃないですか。番候補ってことで」
「候補だなんて……戸賀井くんしか考えられないです」
「あら、じゃあなんで付き合ってないんですか。なにか問題でも?」
「戸賀井くんが教え子だったって話はしましたよね? やっぱりそれがちょっと引っ掛かってて」
「えー、もうやることやっちゃってるのに?」
「そっ、ゔ、そうなんですけど、その時は知らなくて……ほんとに、うう」
「じゃあまだそんなに戸賀井くんのこと好きじゃないんじゃないですか」
「え」
「好きー! って気持ちはブレーキの利かないものじゃない? 教え子だなんだ言っても、別に小学校の頃から目を付けてたとかそんなんじゃないし、それなのにそこにずっと引っ掛かりを覚えているってことは、戸賀井くんに対する気持ちが引っ掛かりを上回ってないってことじゃないですか」
そうなのだろうか。雄大は、んー、と鼻を鳴らして考える。
戸賀井のことを好きじゃないということは、ない。好きは好きだ。湧き上がる愛おしさが恋愛感情であることは判断出来る。しかし、好きの度合いを聞かれると、前中の言うことにも耳を傾ける必要があるようにも思える。
恋愛ごとは突き詰め過ぎないで心の赴くまま進むのが自然だろうと思うのに、いつも頭で考え過ぎるから行動が出来なくなってしまう。もっと戸賀井のように、何ならヒートの時の自分のようにもっと素直に想いを解放出来たらいいのに。
「そんな門村先生に~、おすすめの婚活イベントがあります!」
「……いや、俺はもう結構です」
「なに言ってんですか、戸賀井くんよりも相性の良い、つよっつよのαがいるかもしれないんですよ! 探しに行きましょ~!」
何だ、結局のところ婚活パーティーに参加して欲しいだけなのかと雄大は苦笑いを浮かべる。
「確かに、戸賀井くんより相性の良いαは存在するかもしれませんが、俺のことをあれだけ強く想ってくれるのは彼しかいないので……だから行きません」
「……なんだ、十分好きじゃないですか、戸賀井くんのこと。あっ、そういえばあの人はどうなったんですか、こないだのイベントで会ったって人。教え子のお兄さんでしたっけ」
「ああ、メッセージのやり取りだけしてます」
「狙われてんじゃないの、先生」
「ないない、ないです。全然そんなんじゃない」
「αなんでしょ。番候補のお友達じゃないですか」
「だから候補とかないんですって。あ、そうだ、婚活イベントなら彼におすすめしておきましょうか?」
雄大は誤魔化すように笑い、兼田翔に婚活イベントの紹介をしておこうかと前中に言うが「残念ながらαよりもΩの人数が足りてなんですよ~。だから先生来てください」とまたもや誘われてしまった。
笑顔で断りを入れると本気ではなかったのか前中も笑みを返してくれる。
別れ際、また戸賀井くんとの惚気話聞かせてくださいね、と語尾に♡を付けるような明るい声で前中が言い、雄大は「ではまた」と大真面目な顔で前中の話を無視して帰路に着いた。
帰り道、ズボンのポケットの中でスマホが振動する。戸賀井だと思い込んでポケットから取り出すと翔からのメッセージでやや気落ちしてしまう。
――今週の土曜日はお暇ですか。駿と三人で飯行きませんか
「……んー……」
復職の許可を得に小学校に顔を出した帰りに翔にメッセージを送った以来、二、三日に一度のペースでやり取りをしている。
前中に伝えた通り、全くそんな雰囲気はなく、翔の弟の駿の話を聞いたり、今日は何をした明日は何をするといった他愛のないメッセージを送り合うだけの仲だ。
それこそ友人のような関係だと言っていい。
でも今日はいつもの取るに足らない内容ではなく、食事の誘いだ。
婚活イベントで再会した際に確かに約束をした。翔はそれを果たそうとしている。
戸賀井に確認を取ってからにしよう、いや、その必要があるか?
自分の中で会議をして、伝えるだけ伝えておこうと即答えを出すと翔とのやり取りの画面を切り替え、戸賀井に「今日家に行っていい?」とメッセージを送った。
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