【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ

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21話ー兼田翔①

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「門村先生!」
 土曜日の夕方、兼田兄弟と待ち合わせをしたのはファミレスで、先に着いた雄大は案内された席に座り店内に人が入って来る度にそちらに目をやっていた。
 一人目、二人目、とやり過ごして、次に現れた三人目の若い客にそれらしさを覚えてチラチラと目をやっていたら視線に気付いて向こうの方から声を掛けてくれた。
 兼田弟・駿だ。
「おおおお……! 大きくなったな」
 感激してしまい思わず席を立ってから雄大は後悔した。元教え子と身長の差が付き過ぎている。
「え、でか……駿くん今何センチ?」
「俺? 身体測定の時は百八十一だったけど、また伸びてると思う」
「そ……食べ盛りだね」
 項垂れるように席に戻るも、雄大の落胆に気付かぬ駿は「先生ってちっちゃかったんだねぇ」とニコニコ笑う。
「そんな、小さくはない」
 張り付けた笑顔で返して、これ以上無用に傷付くわけにはいかないと話題を変えるため、テーブルを挟んだ向こうに座った駿に「何食べる? 俺はもう決めた」とメニュー表を渡す。
「んー……」
 駿は最初の方にあるサラダや軽食の写真が載っているページをさっさと捲ってボリュームのある定食が載ったページで指を止める。
 小六以降会っていなかった教え子は大きく成長していた。見た目も、両耳にピアスの穴が二個ずつ空いて黒くて坊主に近かった髪は茶色に変わり、長めの前髪を真ん中で分けて何とも今っぽい。兄の翔によく似た人懐っこい笑顔はそのままに立派な高校生になった。
「先生食うの決まってんだよな? ……ってかなにジッと見て」
「いや……当たり前だけど人間って成長するんだなって感動してる」
「なんそれ。卒業生に会うとか俺が初めてじゃねぇっしょ」
 ハハハ、と声を上げて駿が笑う。でも本当にそう実感しているのだから仕方がない。駿が言うように卒業生に会うのは確かに初めてではない。
 卒業後、学校に遊びに来てくれたり、街中で偶然会ったり。そういうことは幾らでもあるけれど、こうやってまじまじと観察するように見ることはないから、素直に感動してしまう。
「小学校から中学校の間の成長って目まぐるしいんだよ。小さい頃を知ってるからこそ驚く」
「まぁ、確かに。バース性もその辺で分かるしね。俺もαって分かってからの成長率ハンパじゃなかったもん。骨軋んで寝れない日もあった」
「……駿くんαなんだ」
 兄の翔もそうだし、この体躯を見れば一目瞭然だろう。口に出して言うと翔は頷いてから注文をするためにテーブルに置かれたボタンを押す。
「てか、兄ちゃんと婚活イベントでご対面てことは門村先生Ωだったんすね」
「うん、まぁ……色々あって、Ωやってる」
「そっかぁ。小学校の時はそんなん全然知らなかったから考えたこともなかったけど、うちの兄ちゃんと合いそうだよね、門村先生」
「ええ? なに突然」
「うち親が居ないから家のことも俺の面倒もずっと兄ちゃんが見てくれて。それはすげぇ感謝してんだけど、家と会社の往復ばっかで全然恋愛気がないんだよね。兄ちゃんには良い人と幸せになって欲しいのにさ……。そこでよ、先生から見て、兄ちゃん、どう?」
「どうって――」
 翔から聞いた通り、成長した駿は兄の今後を心配している。といってもまだ学生なのだから、そんなことを考える前に学業に専念した方が翔も喜ぶのではないか。それに、婚活イベントでの再会というのが誤解を与えているようだが、翔との間には何もない。
 それら諸々を口に出そうとしたら丁度良く注文を取りに店員が現れた。
 駿はチキンとハンバーグとソーセージが二本乗ったセットと大盛り飯、それに単品で唐揚げ。雄大はパスタとサラダを注文して、駿が先程の会話の続きを始めぬように先に言葉を投げる。
「そういえばお兄さんまだなの? 家から一緒じゃないんだね」
「あれ、連絡来てない? 仕事でちょっと呼ばれちゃって遅くなるって」
「え、そうなの? スマホ見てないな」
 注文待ってなくて良かったかな、と独り言のように言って雄大は横に置いてあるボディバッグを引き寄せる。
 中には翔に貸す予定の文庫本とスマホが入っている。
雄大はスマホを掴み出し、確かに翔から急な仕事が入って少し遅れるという旨の連絡が来ていた。けれど雄大の目に留まるのはもう一つのメッセージで、戸賀井からのものだ。
 ――早く帰って下さいね。家に着いたら連絡ください
 とあった。元教え子とその兄と食事したいと伝えた日、若干揉めそうになったが子供にするようなキス一つで何もかもが解決して戸賀井の機嫌は一気に直った。
 雄大は「ごめん、ちょっとメールの返事返すね」と断って、戸賀井に「今、食事してます。帰ったらまた連絡するね」と返信をして、またスマホを仕舞う。
「兄ちゃんもう着きそうって」
「そっか」
「でさ、でさ、さっきの話の続きなんだけど、先生って付き合ってる人も居ないんだよな?」
「うん!? うーん……そういう話を教え子とするのはちょっと……」
「元生徒とかそんなん考えないで、兄ちゃんの弟として見てよ」
「いや無理でしょ。生徒は生徒だよ。ていうか先生の恋愛話とか面白くもないでしょ」
「うん。他の先生の恋愛系の話はキモイし興味もねぇけど、門村先生は別。兄ちゃんと上手く行って欲しいからさ」
「……あのね、駿くん。俺とお兄さんじゃ君が期待してるようなことは起きないから。婚活イベントで再会したのは確かだけど、俺は友達が出来たらいいなって程度で、お兄さんは駿くんが申し込んでくれたから顔を出してみようって感じだったよ。つまり俺たちは恋愛の相手を探してたわけじゃない。今日だって俺は成長した駿くんに会いに来てて、お兄さんも成長した駿くんを俺に見せたくて呼んだんだよ。昔を懐かしむ会みたいなもんでしょ」
「先生ってさ、ほんと先生みたいだよな」
「なにを今更。本物の先生だからね、俺は」
「そういう真面目さが兄ちゃんにピッタリだと思うんだよ。俺も兄ちゃんが番うなら門村先生が良い」
「俺の話聞いてる?」
 こちらの意見などまるで無視な駿は思い込みの世界に兄と雄大を住まわせているようだ。
 これでは幾ら否定をしようとも、何なら戸賀井の存在を明かしたとしても駿は「付き合ってるわけじゃないんでしょ? 番った方が勝ちっしょ」と言いそうだ。
 ここは翔を待つこととしよう。そして妙な絡まり方をした駿の思考の糸を共に解いて貰おう。
「お待たせいたしました」
 店員が料理の乗った鉄板と大盛り飯を持って席にやって来る。それとほぼ同時に店の中へと入って来た翔が雄大に笑顔を向けて手を挙げる。
「やっと来たな」
 駿が声を掛けて翔が「ごめんな、遅くなって」と答えて、再び雄大へ目を向ける。
「すいません、門村先生、遅くなってしまって」
「お気になさらず。お仕事お疲れ様です。お腹すいたでしょう? 俺も駿くんも先に注文してしまったので、翔さんもなにか頼んでください」
 雄大が笑い掛けると、翔はその場に立ったままふにゃっとした笑みを浮かべる。後ろからパスタを席に運ぼうと店員が迫っていて、雄大は「翔さん、座ったら?」と促す。
 間近に居る店員の存在に気付いて、弟の横へ腰掛けようとするも気付いているのかいないのか、駿は一向に動かずナイフとフォークでチキンの皮と格闘している。
 見兼ねた雄大が「どうぞ」と奥にずれると、翔は「すいません、失礼します」と丁寧に礼を言って横に座って来た。
「ナスとベーコンのトマトソースパスタとサラダです」
 感情の籠っていない声が上から降って来て、料理がテーブルに置かれると翔が「パスタ美味そうですね」と皿を雄大の前に移動させてくれる。
「昔は駿くんぐらい食べても全く太らなかったんですけど、最近はガッツリいった分全部贅肉になってついちゃうから、軽めに抑えてます。サラダは罪悪感を消すために頼みました」
 そう言うと翔が笑う。
「先生全然太ってないですけどね。でも分かります。そもそも量が入らなくなりますよね」
「それです、それ。昔はなんであんなに食べれたんでしょうね。肉とか吸い込むように食ってましたもん」
 二人してニコニコしながら会話をしていると正面に座っている駿が兄と雄大を交互に見遣って「ふーん」と大き目の鼻息を吐く。
「兄ちゃんと門村先生お似合いじゃん」
 また始まった。けれど雄大は焦ることなく、幼い生徒を見守るような穏やかな表情で駿に目をやる。
 勝手に恋愛関係にさせられそうになって、翔にとっても迷惑な話だろう。だが頭ごなしに否定をするのは相手に失礼というものだ。というか翔は味方なのだから、ここは兄の口からガツンと説明して貰った方が良いに決まっている。
「駿くんは俺たちの関係を誤解してるみたいなんです」
「俺と門村先生の関係を誤解、ですか」
「ほら、再会した場所が場所でしょ。婚活イベントだったから、その、ね、こう……翔さんと交際が始まるんじゃないかと駿くんは思ってるみたいで」
 言い難いことを口にして、だから早く否定をしてください、と雄大は眉を上げて、さぁ、さぁ、と催促をする。
「だって兄ちゃんが言ってたんだもん。門村先生、可愛らしい人だって。可愛いってもう好きってことじゃん」
「こらっ、駿くん!」
 余計なことを、と雄大は目を剥く。
 可愛いと好きをイコールとするのはあまりにも安直だ。それに可愛いっていうのは、背が小さいとか、丸っこいとかそういう時にも使うんだよ、と言いたかったけれど悲しくなるのでやめた。
 早く翔から否定の言葉を引き出したくて、横に目線を流すが、彼は駿の発言に笑いも怒りもせず、ほぼ真顔で雄大を見ていた。
 視線がかち合う。
「翔さ――」
「駿は俺が言わないつもりかもって心配してたんだと思います。すいません」
 想像していた空気感とは違った。何故か謝られてしまって、雄大は「いえ」と小さく呟く。
「駿の言う通り、門村先生に魅かれてます。付き合って欲しいと思ってます」
 何が起きたのか分からずに翔の言葉を反芻するが前に座っている駿の「ははっ」という笑い声で思考は掻き消されてしまう。
 駿は妄想の中だけで兄を語っていると思っていたが、翔の心そのままを口にしていたようだ。
 雄大は突然知らない世界に放り込まれたようになった。「すいません、突然こんなことを言って」という翔の声が遠く聞こえた。

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