鍵のかかった部屋

あめとおと

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第2話 増える影

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資料室に閉じ込められてから、三時間が過ぎた。
時計の秒針は、狂ったように早く進んだり止まったりする。
影は増え、壁の角に潜む暗闇が私の視界を食い尽くす。

最初に見えたのは、私の肩に沿って伸びる細長い影だった。
次に、机の脚の下、床の端、天井の照明の周り――
一瞬だけ、誰かが立っていたような気配が、何度も繰り返す。

手元の書類を覗き込むと、未来の日付がまた変わっていた。
日付だけでなく、文字が少しずつ、私を指すように赤く変化していく。

「動くな」

心臓が跳ねた。
振り返ると、壁の影の中に、私と同じ形をしたものがいた。
微かに口角を上げ、じっとこちらを見ている。
でも、私が動こうとすると、影も動く――
一歩踏み出すたびに、影が三秒遅れて追いかけてくるようだ。

息を殺して立ち止まる。
それでも影は揺れ、時折、微かな囁き声が重なる。
「ここから…出られない」
「ここから…出られない」

影は増え続け、机や棚、椅子の上にまで広がっていく。
目を凝らすと、影の中に昨日の自分や、知らない顔も混じっているように見える。
消えたはずの存在が、ここでは形を持っている。

部屋の照明が瞬く。
そして、気づく。
私の手元の書類が一枚、床に落ちた。
日付は今日になっている――はずなのに、
文字は赤く脈打つように光り、今の私を狙っている。

「動くな…逃げるな…」
囁きが、部屋の四方八方から聞こえる。

息が詰まる。
影の一つが、机の端から、床を這うように私に近づいてくる。
触れられた瞬間、冷たく硬い感触が肩を貫き、思わず叫ぶ。

声は誰にも届かない。
部屋の外の廊下からの足音も、もう完全に消えている。

私は壁に背を押しつけ、身を縮めるしかなかった。
影は、部屋全体を覆い尽くす勢いで迫り、
秒針は狂ったまま、私の存在を数えるように動き続けている。

闇の奥で、低く、囁く声が重なる。

「ここから…出られない」

私は気づく。
この部屋は、もはや「閉じられた空間」ではない。
影が形を持ち、存在そのものが捕らえられ、
時間の隙間の中で消えていく場所になっている――。

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