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第4話
しおりを挟む――穏やかな日々
火は、思ったよりも早く鎮まった。
町のあちこちに焦げ跡は残れど、命を落とした者は少ないと聞く。父は胸を撫で下ろし、母は毎朝、住職に手を合わせた。
寺の暮らしにも、少しずつ落ち着きが戻る。
「お七、青菜を刻むの、だいぶ上手になったね」
母に言われ、わっちは得意げに笑う。
「寺の台所は広うござんすから」
その奥で、吉祥が水を運んでいる。
目が合う。
それだけで、胸がふわりと軽くなる。
⸻
昼下がり。
境内の掃き掃除を手伝っていると、吉祥が声をかけた。
「ほうきの持ち方が、逆でございます」
「えっ」
慌てて持ち替えると、吉祥は少しだけ笑う。
「そう。そうなさると、うまく掃けます」
背後から、そっと手を添えられる。
指先が、ほんの一瞬、触れた。
わっちは固まる。
「……あの」
「はい」
「吉祥さまは、なぜ僧になられたのでござんすか」
口にしてから、失礼だったかと焦る。
けれど吉祥は、しばらく空を見上げてから答えた。
「人の心を、少しでも軽くできればと」
その横顔が、やさしい。
わっちは思う。
この人は、灯明のようだ。
強い炎ではなく、静かに揺れる灯。
そばにいると、あたたかい。
⸻
夜。
住職が笑いながら言う。
「お七どのは、寺の子のようじゃの」
「恐れ入ります」
父も笑う。
「すっかり馴染んでしまいまして」
吉祥が小さく頷く。
「お七どのは、皆を和ませます」
その言葉に、胸が跳ねる。
――皆。
でも、今はそれでもいい。
嫌われてはいない。
そばにいてもよいと言われている。
それで、十分。
⸻
桜が、ひとつ咲いた。
「見てくだされ」
わっちは指さす。
吉祥が歩み寄る。
「……ええ」
二人で見上げる。
花はまだ少ない。
けれど、春は確かに来ている。
「散らぬでほしいでござんす」
「散るからこそ、美しいと――」
「それは、もう聞きました」
くす、と笑う。
吉祥も、つられて笑う。
その笑い声が重なる。
ただ、それだけ。
罪など、どこにもない。
火を恐れ、
人を思い、
明日もまた会えると信じる。
わっちは、ただの町娘。
恋を知ったばかりの、
何ひとつ悪いことなどしていない娘でござんした。
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