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第7話
しおりを挟む――小火
家へ戻る前日。
寺の門前が、少し騒がしかった。
「町外れで小火があったそうじゃ」
水桶を運んできた男が、息を弾ませて言う。
「大事には至らなんだが、風向きが違えば危うかったと」
住職が眉をひそめる。
「まだ油断はできぬのう」
父も顔を曇らせる。
「もう御免でございます。あの夜のことを思い出すだけで……」
母は、ぎゅっと袖を握る。
お七の胸にも、あの赤い空がよみがえる。
焦げた匂い。
叫び声。
熱。
怖い。
あれは、怖い。
⸻
夕刻。
境内の端で、吉祥が言う。
「火は、ひとの心に似ております」
「……心?」
「小さき火種でも、風が吹けば大きくなる」
静かな声。
「けれど、風を遮げば、消えることもある」
お七は、木札を握る。
「消えぬ火も、ござんしょう」
思わず出た言葉。
吉祥は、おだやかに首を振る。
「ございませぬ。火は、燃えるものがなくなれば、必ず消えます」
必ず。
その断言が、なぜか胸に残る。
⸻
夜。
町は静かだ。
小火はすぐに鎮まったと聞く。
誰も怪我はなかった。
それが何より。
それなのに。
お七の胸の奥で、なにかがじんわりと熱を帯びている。
火は怖い。
火は奪う。
火は人を困らせる。
それは、ちゃんとわかっている。
けれど。
もし、また町が焼けたら――
そんな考えは、すぐに振り払う。
「罰当たりでござんす」
自分で自分を叱る。
あれは、災い。
恋の道具などでは、ない。
わっちは、そんな娘ではない。
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