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第8話
しおりを挟む――朝のすれ違い
戻る朝は、よく晴れていた。
桜はまだ咲いている。
けれど、石畳には淡い花びらが敷かれている。
父が荷をまとめ、母が住職に深く頭を下げる。
「このたびは、まことにありがとうございました」
「なに、困ったときはお互いさまじゃ」
和やかな声。
吉祥は少し離れたところで立っている。
お七は、袖の内の木札を握る。
言わねば。
なにか。
けれど、言葉が見つからない。
⸻
門前。
父が振り返る。
「お七、参るぞ」
「……はい」
足が、動かない。
吉祥が一歩近づく。
「お七どの」
胸が高鳴る。
「町での暮らしが、穏やかでありますよう」
穏やか。
「どうか、笑顔を忘れませぬよう」
わっちは、笑う。
「……はい」
本当は、聞きたい。
わっちは、皆のうちのひとりでござんすか。
それとも。
けれど、吉祥は続ける。
「また何かあれば、寺はいつでも開かれております」
やわらかい声。
変わらぬ距離。
「皆を、お待ちしております」
皆。
ああ。
やはり、そこなのだ。
胸の奥が、すこしだけ沈む。
それでも、お七は頭を下げる。
「……お世話になりました」
本当は、違う。
それだけではない。
でも、ほかの言葉は出てこない。
⸻
歩き出す。
門を出る。
一度だけ、振り返る。
吉祥は、住職と話している。
笑っている。
いつもと同じ、穏やかな顔。
わっちを見てはいない。
悪気など、ない。
きっと、気づいてもいない。
それが、いちばん、切ない。
⸻
桜が、ひとひら。
肩に落ちる。
お七は、それを握る。
消えぬ火も、ござんしょう。
昨日の言葉が、胸に残る。
火は、燃えるものがなくなれば、必ず消える。
本当に?
袖の内で、木札がかすかに軋む。
まだ、罪はない。
ただ、
少しだけ、取り残された心があるだけ。
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