因果の糸、断ち切り申す

クリヤ

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第2話 ねた魅

(5)責め苦

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 ビシリッ、ビシリッ!
 笞の音が響く。
 打たれた男は、歯を食いしばって耐える。
 両のまなこからは、涙がこぼれる。
 打たれた皮膚は裂け、じわじわと血が滲む。
 やがて赤く盛り上がって、くっきりと笞の痕が肌に残る。
 後ろ手に縛られた手首は、男が動くたびに固い縄でこすられる。
 こちらも縄目が、刺青のようにハッキリとついて見える。

 「おまえが、店の者たちに毒を盛ったのだろう!」
 「違ぇ……。そんなことは……、してねぇ!」
 「それなら、なぜ、おまえだけが毒の杯をあおっていないのだ」
 「それは……厠に行っていて……」
 「皆が苦しむのを見ていたと、酒屋の者は言っておるぞ」
 「……あれは、……怖くて、足がすくんじまって」
 「杯を運んだ者は、若い男に頼まれたと言っておる。
  おまえが、毒の杯を運ぶように頼んだのであろう!」
 「そんな……、そんなことは、しちゃいねぇ……」
 「幼い小僧も、まだ若い下女も、毒にやられて死んだのだ。
  哀れだとは思わぬか?
  そんな子らにまで手をかけて、まだ己の罪を認めぬつもりか?」
 「……お役人様。……小僧たちのことは、哀れに思いまさァ……。
  それでも。……それでも、やってねぇことをやったとは言えねぇ!」

 ビシリッ! ビシリ、ビシリ、ビシリッ!
 役人の目配せに応じて、笞が続けざまに打たれる。

 「……ぐっ、……うぅ……。くはっ、ムグぅ……」

 笞打に耐える男の口からは、悲痛なうめき声がもれる。
 それでも、笞は男の皮膚を打ち裂くことをやめない。
 涙と土に塗れて、男の顔は、ひどく汚れている。
 それでも、そのまなこは、まだ生気を失ってはいない。
 なんとかして、己の無実を訴えれば、聞いてもらえる。
 そう信じている顔だった。

 「半助よ、ここらで認めてしまったらどうだ?
  ここで認めねば、おぬしを石抱責にせねばならぬ。
  あれは、ひどく辛いものよ。笞などの比では無い。
  だからのぅ、半助。もう楽になったら、どうだ?」
 「お、お役人様。お願い、でさァ。
  本当に、……ホントに俺ァ、やってねぇ!」
 「これだけ優しく説いてやっても無駄か……。
  それならば仕方あるまい。石抱の支度をせねばならぬ」
 「や、やめてくれぇ! こ、これ以上はっ。嫌だぁ!」

 縛られて動けない体を、それでも必死に動かそうとする男。
 けれど、動かそうとすればするほど、縛めは男の体に食い込んでいく。


 ***

 「……ひでぇもんだなぁ。見ちゃいられねぇ。
  やっぱり番屋だの御番所だのってぇとこは、おっかねぇや」

 美しくも陰惨に終わった宴の後。
 紫色の繭玉の染みは、また景色を流し始めた。

 グニャリ。
 巳之吉と桔梗の前で歪む景色。
 朝日と夕日が、もの凄い速さで交代をくり返す。
 町を行き交う人の流れは、目まぐるしく。
 やっぱり巳之吉は、軽い目眩と吐き気を覚える。

 ピタリ。
 唐突に止まった景色は、番屋らしき場所。
 ただひとり、毒の杯を飲まなかった半助が責め苦を受けていた。
 整った顔立ちの男が、苦悶に満ちた表情を浮かべている。
 ところが、血に塗れ、土に塗れても、男の美しさは失われず。
 ミミズ腫れになった肌でさえも、見ようによっては色香が漂う。
 その様は、ある種、異様な妖しささえ感じさせる光景だった。

 「さっきの宴での人死には、半助のせいになっちまったようだなぁ」
 「えぇ。しかし、そんな素ぶりはありませんでしたが」
 「だよなぁ! 
  これから人を殺そうってぇ、様子にはとても見えなかったぜ?」
 「そのようなこと、お役人には分かりませぬゆえ」
 「まぁ、なぁ。俺だって、さっきの景色を見てなけりゃあよ?
  ひとりだけ毒を飲んでねぇやつが、怪しいだろうって思っちまう」
 「そうですね。酒屋の者も、見当違いのまま、番屋に走ったようですし」
 「けどよぅ。責め苦ってのは、ひでぇもんだぜ。
  やってねぇやつを責めてもよ? やってねぇとしか言えねぇってのに。
  やったって言うまで責めるんならよぅ。
  疑われちまった時点で、もう詰みってぇことじゃねぇか」
 「そう、ですね。この世にも地獄はあるようです」


 グニャリ。
 再び、繭玉の染みは、その景色を変えようとしている。
 目の前の景色が、大きく歪む。
 朝の小鳥たちの囀りと夜に飛ぶ鳥の不気味な鳴き声。
 長屋の前で遊ぶ子らの声と宵町の嬌声。
 それらが、代わるがわる流れゆく。

 ピタリ。
 またも唐突に止まった景色。
 目の前には、先ほどの責め苦が軽く思えるほどの光景があった。


 ***

 三角の形に切られた木が、五本ほど並べられている。
 その尖った部分に正座をさせられる男の姿。
 三角の木は、男の自らの重みで脛に食い込んでいく。

 「んぐっ、……グアっ! い、痛ぇ……。んはっ」

 男は、その痛みにうめき声と小さな悲鳴を上げる。

 「半助よ。そろそろ認める気になったか?
  おぬしがいつまでも認めねば、石を抱かせるしかなくなるぞ?」
 「……お、お役人様。どう、どうか。信じて……くだせぇ……。
  やっちゃいねぇ。……俺ァ、なんにもやっちゃいねぇんだ」
 「ふぅ。仕方あるまい。半助よ。あの石はなぁ、十三貫もあるのよ。
  おなごひとりほどの重さよなぁ。それをな。
  おまえの膝に抱かせねばならぬ。認めぬのならな。
  柔らかなおなごならば、抱くのもよかろう。
  けれど、尖った算盤板の上で冷たい石を抱くのは、いかがなものかのぅ?」

 役人の合図に、下男がふたりがかりで平べったい石を運んでくる。
 その石を見た半助の目は、恐怖に見開かれた。
 ゆっくりと半助の膝の上に、石が置かれる。
 十三貫の重みは、半助の脛を尖った木にザックリと食い込ませる。
 皮膚が破れ、肉が裂け、骨に響く苦痛は、いかばかりか。

 「グアァァァ! ぎゃぁっ。ヒヤァァァ!」

 顔は真っ赤に膨らみ、涙と鼻水があふれ続ける。
 さすがの二枚目も、こうなると、もう見られたものでは無い。
 下に敷かれた三角の木には、おびただしいほどの血が滴る。

 「半助よ。あの石はなぁ、あと三枚ほどもあるのよ。
  おなご三人ならば喜びもしようが、石となるとなぁ。
  これ以上は、骨も折れる。
  どうだ? 認める気になったか? 半助?」

 『あと三枚』
 その言葉を聞くと、半助のまなこから光が消え落ちた。
 がっくりとうなだれた首は、すでに屍のようにも見える。

 「……みと、めやす……」

 半助の口から、微かな言葉がこぼれ落ちる。
 役人は、半助の顔をのぞき込むと、確かめるように問う。

 「毒の杯で、多くの者を殺めたことに相違ないか?」

 ピクリとも動かなくなった半助の口から、無味な言葉だけが落ちる。

 「……はい」


 ***

 半助の様子を固唾を飲んで見ていた巳之吉。
 その惨たらしい様に、ガタガタと震えが止まらない。

 「桔梗よぅ。……人ってのは、人ってのはよぅ!
  かくも、ひでぇことが出来るもんかねぇ!」
 「えぇ。己の中に納得出来るわけさえあれば、出来るものです。
  責め苦だろうと、人を殺めることだろうと」
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