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8章
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――悔しいでしょう。
悔しい。納得いかない。人が死んでるのに。
――今回の判決はネットで叩かれそうね。多分あなたと同じ感情を持ってる人は少なくないわ。
病気だからって何でも許されるの? 何が平等だよ。不平等の間違いじゃない?
――やり返したい? じゃぁ、うちにおいで。
無罪判決が下された日、裁判所で呆然としていたら傍聴席に座っていた女性から言われた。その時に名刺をもらった。
最初は気持ちの折り合いをつけるので必死になっていた。
もう決まったことだから、裁判のやり直しなんてなかなかできない。
あの家族はほとんど来てなかった。初公判と最終判決の時だけ。
終始悪くない、あんたの妹が息子の希望を通さなかったから、病気だからとしか言わなかった。
裁判中、父親である田丸俊治はずっと寝ていたし、挙げ句の果てには船を漕いでいたし、私が証人で立ってた時は野次を飛ばしていた。
終始態度の悪い家族という印象しかなかった。
後から聞いた話だと、田丸家は地域の権力者だからその力で云々……病気だろうが、地域の権力者だろうが、失った悔しさと悲しさは変わらない。
後日アポを取って、名刺の住所を頼りに向かった。
七つ星駅から歩いて十分の路地裏にあるそれは、商店街の中でも新しい外観で清潔感があった。
パッと見は小さなシャレオツなカフェに見える。
入り口前の立て看板には『家事代行・エアコン工事・草むしりその他諸々引き受けます。よろずやななつ星』と白のマーカーで書かれていた。
受付のお姉さんに「大屋様と約束して来ました」と告げる案内され、白のソファーに座って待ってくださいと言われた。
応接スペースだろうか。周りのは白で統一された椅子と長机。
大屋は受付のお姉さんに呼ばれてすぐにきた。
グレーのパンツスーツに黒の天然パーマの女性。スラリとした体型は女性が憧れそうだ。
「待ってたのよー。ほら、座ってくださいなー。私はよろずやななつ星所長、大屋春子と申します」
「お願いします! 田丸一家を制裁したいです。自分の手で!」
立ち上がって深々と頭を下げる。
「まー落ち着きなさいな。座ってー」
「この間の裁判に納得いかないのね」
亜津紗は小さく頷く。
「もう少し詳しくお願いできる? できれば最初から」
亜津紗は大屋に妹が学校で田丸健史のお世話係にされていたこと、日頃から妹だけでなく、他のクラスメイトも被害を受けていたこと、修学旅行の班決めはきっかけに過ぎないこと、学校の対応に納得してないことなど話した。
「自分の手で最後やりたいのね?」
「はい」
「うーん……そうねぇ……」
大屋はしばらく思案して「じゃぁ、うちで働いてもらいましょう! 今、お仕事は?」
「……わ、私がここで働くのですか?!」と思わず大きい声でオウム返しする亜津紗。
「そうよ。お仕事はどうされてる?」
「一応、今やってますが……」
亜津紗の声が弱々しくなった。
新卒からずっとお世話になっている地域密着型の個別指導塾の事務をしてるが、妹の一件で仕事を抜け出すことが多くなった。
仕事中に目が虚ろになったり、間違いが増えだしたり、突き刺すような胃の痛みなどが出ていた。
同僚や大学生の講師達から「高村さんだんだん覇気がなくなってるし、口数も少なくなってるけど大丈夫?」と心配されてるし、上司からは「しばらく休んだほうがいいんじゃないか」と言われていた。
間接的に生徒や保護者に関わっているので、こんな変わり果てた事務の職員の姿を見せるのは失礼な気がしてならない。
塾の仕事は生徒の人生を預かってるのだから。
「そう。塾の事務ね。たしかに子どもたちや保護者の前でそんな姿見せる訳にもいかないからねえ……いっそのこと引っ越ししたらどう?」
引っ越し……今住んでるのは三つ星町で、知り合いや顔見知りの近所の人がなんだかんだいる。
妹の件も知ってる人が少なからずいる。
知らない人がいるとこに行ったほうがいいかもしれない。
「わかりました。少しお時間ください。返事を必ずしますので」
しばらくの後亜津紗は塾の事務を退職して、よろず屋ななつ星で働くことにした。
退職時、同僚や上司からは「事情が事情だし……」と言って深入りしなかった。そして妹の件は口外しないで欲しいことを伝えた。
生徒には家の都合で辞めると伝えた。残念そうな顔をする生徒がいたが仕方ない話だ。
「ここでは偽名をつかって仕事するの。あなたは”すずらん”ね!」
まるで思いつきで決めました! と言わんばかりの大屋。
「あなたにはなんとなく毒々しい感じがするの。すずらんって毒があるのよ」
「はぁ、そうですか……」
よろずやななつ星で働くにあたり、名前も高村亜津紗から、表向きの名前を川端理沙に変えた。
「自分の手で制裁したいならきちんとノウハウを叩き込まないと。そうでしょ」
それから数年ずっと働いてきた。
大屋や他の同僚たちの助けを借りながら。
悔しい。納得いかない。人が死んでるのに。
――今回の判決はネットで叩かれそうね。多分あなたと同じ感情を持ってる人は少なくないわ。
病気だからって何でも許されるの? 何が平等だよ。不平等の間違いじゃない?
――やり返したい? じゃぁ、うちにおいで。
無罪判決が下された日、裁判所で呆然としていたら傍聴席に座っていた女性から言われた。その時に名刺をもらった。
最初は気持ちの折り合いをつけるので必死になっていた。
もう決まったことだから、裁判のやり直しなんてなかなかできない。
あの家族はほとんど来てなかった。初公判と最終判決の時だけ。
終始悪くない、あんたの妹が息子の希望を通さなかったから、病気だからとしか言わなかった。
裁判中、父親である田丸俊治はずっと寝ていたし、挙げ句の果てには船を漕いでいたし、私が証人で立ってた時は野次を飛ばしていた。
終始態度の悪い家族という印象しかなかった。
後から聞いた話だと、田丸家は地域の権力者だからその力で云々……病気だろうが、地域の権力者だろうが、失った悔しさと悲しさは変わらない。
後日アポを取って、名刺の住所を頼りに向かった。
七つ星駅から歩いて十分の路地裏にあるそれは、商店街の中でも新しい外観で清潔感があった。
パッと見は小さなシャレオツなカフェに見える。
入り口前の立て看板には『家事代行・エアコン工事・草むしりその他諸々引き受けます。よろずやななつ星』と白のマーカーで書かれていた。
受付のお姉さんに「大屋様と約束して来ました」と告げる案内され、白のソファーに座って待ってくださいと言われた。
応接スペースだろうか。周りのは白で統一された椅子と長机。
大屋は受付のお姉さんに呼ばれてすぐにきた。
グレーのパンツスーツに黒の天然パーマの女性。スラリとした体型は女性が憧れそうだ。
「待ってたのよー。ほら、座ってくださいなー。私はよろずやななつ星所長、大屋春子と申します」
「お願いします! 田丸一家を制裁したいです。自分の手で!」
立ち上がって深々と頭を下げる。
「まー落ち着きなさいな。座ってー」
「この間の裁判に納得いかないのね」
亜津紗は小さく頷く。
「もう少し詳しくお願いできる? できれば最初から」
亜津紗は大屋に妹が学校で田丸健史のお世話係にされていたこと、日頃から妹だけでなく、他のクラスメイトも被害を受けていたこと、修学旅行の班決めはきっかけに過ぎないこと、学校の対応に納得してないことなど話した。
「自分の手で最後やりたいのね?」
「はい」
「うーん……そうねぇ……」
大屋はしばらく思案して「じゃぁ、うちで働いてもらいましょう! 今、お仕事は?」
「……わ、私がここで働くのですか?!」と思わず大きい声でオウム返しする亜津紗。
「そうよ。お仕事はどうされてる?」
「一応、今やってますが……」
亜津紗の声が弱々しくなった。
新卒からずっとお世話になっている地域密着型の個別指導塾の事務をしてるが、妹の一件で仕事を抜け出すことが多くなった。
仕事中に目が虚ろになったり、間違いが増えだしたり、突き刺すような胃の痛みなどが出ていた。
同僚や大学生の講師達から「高村さんだんだん覇気がなくなってるし、口数も少なくなってるけど大丈夫?」と心配されてるし、上司からは「しばらく休んだほうがいいんじゃないか」と言われていた。
間接的に生徒や保護者に関わっているので、こんな変わり果てた事務の職員の姿を見せるのは失礼な気がしてならない。
塾の仕事は生徒の人生を預かってるのだから。
「そう。塾の事務ね。たしかに子どもたちや保護者の前でそんな姿見せる訳にもいかないからねえ……いっそのこと引っ越ししたらどう?」
引っ越し……今住んでるのは三つ星町で、知り合いや顔見知りの近所の人がなんだかんだいる。
妹の件も知ってる人が少なからずいる。
知らない人がいるとこに行ったほうがいいかもしれない。
「わかりました。少しお時間ください。返事を必ずしますので」
しばらくの後亜津紗は塾の事務を退職して、よろず屋ななつ星で働くことにした。
退職時、同僚や上司からは「事情が事情だし……」と言って深入りしなかった。そして妹の件は口外しないで欲しいことを伝えた。
生徒には家の都合で辞めると伝えた。残念そうな顔をする生徒がいたが仕方ない話だ。
「ここでは偽名をつかって仕事するの。あなたは”すずらん”ね!」
まるで思いつきで決めました! と言わんばかりの大屋。
「あなたにはなんとなく毒々しい感じがするの。すずらんって毒があるのよ」
「はぁ、そうですか……」
よろずやななつ星で働くにあたり、名前も高村亜津紗から、表向きの名前を川端理沙に変えた。
「自分の手で制裁したいならきちんとノウハウを叩き込まないと。そうでしょ」
それから数年ずっと働いてきた。
大屋や他の同僚たちの助けを借りながら。
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