この手に抱くぬくもりは

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紅茶の香りと沈黙

6話 閉ざされた扉が、少しだけ

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レティーナの言葉に、ルシアンはこらえていたものが堰を切ったように、ぽろぽろと涙をこぼした。
自分を受け入れてくれる人がいる——その優しさに触れた瞬間、胸の奥に積もった不安や自己否定が一気にあふれ出したのだ。

レティーナは何も言わず、そっとハンカチを差し出す。
その沈黙が、かえってやさしかった。

やがて少し落ち着いたころ、彼女は庭の奥を見つめながら静かに口を開いた。

「……あの別館、私も最初は遠ざけるためのものだと思っていました。
でも、部屋の設えや立地を見ていて……あの方、楽しそうに準備をしていたように見えたのです。
もしかしたら、あの方なりに——あなたを迎えるために、できる限りのことをしたのかもしれません」

その横顔は、どこか遠くを見ているように穏やかだった。

「アルファの考えは、私たちオメガにはわからないことも多いけれど……」
「“気に入ったオメガを誰にも見せたくない”という気持ちがある、と聞いたことがあります」

その言葉に、ルシアンは目を見張った。

……気に入った?
私を?

——あの日、あの冷たいまなざしで「呼ばれたら抱く」と言った、あの人が?

信じられない。けれど、完全には否定しきれない何かが胸の奥に芽生えていた。

ルシアンの表情に気づいたのか、レティーナは少し困ったように微笑む。

「……困らせてしまいましたね。ごめんなさい」

否定も肯定もできず、ルシアンはただ曖昧に微笑み返した。

その後も庭には穏やかな時間が流れる。
鳥のさえずり、カップを置く音、風に揺れる花の香り——
すべてが、ほんの少しだけ心を和らげてくれるようだった。

帰り際、レティーナはそっと微笑んで言う。

「また……お茶をご一緒できたら嬉しいです」

ルシアンは驚きながらも、小さく頷いた。
その瞬間、胸の奥にふわりと小さな灯がともる。
別館へ戻る足取りは、いつもより少しだけ軽かった。
人に受け入れられる——そんな経験は、これまでほとんどなかったから。

(あんな素敵な人が奥様なら、あの方が初日に言っていたことも……少しだけ、わかる気がする)

ルシアンはそっと微笑んだ。

今夜は久しぶりに、よく眠れそうだ——そう思ったのも束の間だった。

トン、トン。

静かな部屋に、突然ノックの音が響く。

(……こんな時間に?)

戸惑いながら扉を開けると、そこに立っていたのは——レオニスだった。

言葉を失うルシアンの前で、レオニスは少し気まずそうに視線を逸らしながら言う。

「……少し、いいか。中に……入れてくれないか」

ルシアンは迷いながらも、「……どうぞ」と扉を開けた。

室内に広がる静けさに、緊張だけが満ちていく。
レオニスの前にお茶を淹れ、そっとカップを置いた。
だが彼はしばらく何も言わず、ただ湯気を見つめていた。

沈黙が痛いほど重い。

(……今日のこと、咎められる?)

不安が胸を締めつける。

ルシアンが恐る恐る顔を上げたそのとき、ようやくレオニスが低い声で口を開いた。

「……今日は、どんなふうに過ごしていた?」

その問いは、意外なほど柔らかかった。

「……レティーナ様と、お茶をご一緒しました」

自然と頭が下がる。
だがレオニスはふと顔を和らげ、口元に微かな笑みを浮かべた。

「……そうか。楽しかったか?」

その優しい声音に、ルシアンは思わず顔を上げた。

レオニスは視線を落としたまま続ける。

「さっき、妻から君のことを聞いた。
……こんな場所に閉じ込めていたつもりはなかった。自由に過ごしていいと思っていたし、メイドにもそう伝えたつもりだった。……だが、伝わっていなかったらしい。すまなかった」

ルシアンは驚いた。
αである彼が、こうして自分に頭を下げるなんて——

「……そうだったんですね」

わずかに震える声で、やっとそれだけを返す。

レオニスは、ルシアンの反応をじっと見つめ、静かに言葉を重ねた。

「これからは、自由に外に出ていい。別館にこもる必要なんてない。
やりたいことがあれば、遠慮なく言ってくれ」

ルシアンはそっと頷いた。
けれど胸の奥には、小さな疑問が残る。

——なぜ、最初からそうしてくれなかったの?

その気配に気づいたのか、レオニスはふっと息をつき、わずかに笑った。

「……言い訳になるかもしれないが。
あの日、急な仕事で屋敷を出なければならなかった。あの後すぐ城に戻り、
そのまま君のことは執事やメイドに任せきりにしてしまっていた。
今日帰ってきて……妻から全部聞かされた。不便な暮らしをさせてしまったこと、すまなかった」

その言葉には、大げさではないが確かな誠実さがあった。
ルシアンの胸に、静かに温かさが広がっていく。

(……この人は、本当に不器用なだけなんだ)
(だから、レティーナ様は——こんなふうに彼を好きになったのだろう)

そう思ったとき、ルシアンの心の奥にあった硬い何かが、そっとほどけた気がした。
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