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紅茶の香りと沈黙
27話 名をつけた夜、君を遠く感じた sideレオニス
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その日は、まるで春を急かすような陽光が射していた。
けれど胸の奥は、雪解けを拒む氷のように冷えていた。
ルシアンが子を産む日。
本来なら駆けつけ、手を握り、命の誕生を見届けるべきだった。
だが――行けなかった。
「ルシアン様は、旦那様には会いたくないと……」
セシリアは静かに告げた。
「今は精神的に不安定で、赤子を見ることすら望んでおりません。
生まれた子も……“自分には関係のない存在”だと仰っていました」
その言葉は、鋭利な刃のように胸を刺した。
(……ルシアンが、そんなことを?)
問い返そうとして、声が出なかった。
あの夜以来、一度も会えていない。
すべては自分のせいだ。
本能に任せてしまった、あの夜の過ちのせいだ。
(怖がらせてしまったのだ……それなのに、会いたいなどと言えるはずがない)
⸻
しばらくして、産声とともに赤子がこの世に生を受けたとの知らせが届く。
ほどなく扉が控えめにノックされ、セシリアが赤子を抱いて現れた。
「……おめでとうございます。男の子でございます」
腕に抱かれた小さな命は、ぐっすりと眠っていた。
その頬は、白く柔らかい。
(……この子が)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
ずっと怖かった。
けれど、こうして腕にいるこの子を見て初めて、心から思った。
(生まれてきてくれて、ありがとう)
だが、セシリアの次の言葉が、その想いを断ち切った。
「……ルシアン様は、“赤ん坊には会いたくない”と仰せでした」
レオニスの手が、赤子に触れかけて止まる。
「え……?」
「“この子は私とは関係ない。レオニス様の子でしょう?”と。
“抱きたいとも思いません”と、確かに仰いました」
信じたくなかった。
あのルシアンが、そんな言葉を――
いや、でも。
あれだけの痛みを味わったのだ。
きっと心も身体も限界だったに違いない。
だが、その言葉は胸に棘のように刺さり、抜けなかった。
(私は……また、彼を壊してしまったのか)
胸が締めつけられる。
なぜ、もっときちんと彼の声を聞かなかったのか。
なぜ、抱きしめてやれなかったのか。
今さら悔やんでも、過去は変わらない。
ただこうして、この小さな命と共に、ルシアンが遠くなっていく音を聞くしかなかった。
「……子の名は、私がつけよう」
そう言いながら、レオニスは小さな指をそっと握った。
かすかに、その指がぴくりと動く。
(この子には……何があっても、寂しい思いをさせない)
けれど、その決意の裏で、レオニスの胸には深い影が残ったままだった。
ルシアンの瞳に、自分もこの子も映っていないのだと。
その言葉が本当なら——これ以上、彼を縛ってはならないのかもしれない、と。
そう思いながら、彼は再び沈黙の奥に身を沈めていった。
その時、彼の知らぬところで、
ルシアンはベッドの上で、赤子に会わせてもらえず——静かに泣いていた。
その涙の理由を、レオニスが知るのは、もう少し先のことだった。
⸻
この子の名前は、ユリルクにしよう。
ハンナも、セバスも、そして私自身も、ルシアンのことをずっと気にかけている。
それでも――子どもが生まれてから一年が経つというのに、レオニスは一度もルシアンに会えていなかった。
けれど胸の奥は、雪解けを拒む氷のように冷えていた。
ルシアンが子を産む日。
本来なら駆けつけ、手を握り、命の誕生を見届けるべきだった。
だが――行けなかった。
「ルシアン様は、旦那様には会いたくないと……」
セシリアは静かに告げた。
「今は精神的に不安定で、赤子を見ることすら望んでおりません。
生まれた子も……“自分には関係のない存在”だと仰っていました」
その言葉は、鋭利な刃のように胸を刺した。
(……ルシアンが、そんなことを?)
問い返そうとして、声が出なかった。
あの夜以来、一度も会えていない。
すべては自分のせいだ。
本能に任せてしまった、あの夜の過ちのせいだ。
(怖がらせてしまったのだ……それなのに、会いたいなどと言えるはずがない)
⸻
しばらくして、産声とともに赤子がこの世に生を受けたとの知らせが届く。
ほどなく扉が控えめにノックされ、セシリアが赤子を抱いて現れた。
「……おめでとうございます。男の子でございます」
腕に抱かれた小さな命は、ぐっすりと眠っていた。
その頬は、白く柔らかい。
(……この子が)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
ずっと怖かった。
けれど、こうして腕にいるこの子を見て初めて、心から思った。
(生まれてきてくれて、ありがとう)
だが、セシリアの次の言葉が、その想いを断ち切った。
「……ルシアン様は、“赤ん坊には会いたくない”と仰せでした」
レオニスの手が、赤子に触れかけて止まる。
「え……?」
「“この子は私とは関係ない。レオニス様の子でしょう?”と。
“抱きたいとも思いません”と、確かに仰いました」
信じたくなかった。
あのルシアンが、そんな言葉を――
いや、でも。
あれだけの痛みを味わったのだ。
きっと心も身体も限界だったに違いない。
だが、その言葉は胸に棘のように刺さり、抜けなかった。
(私は……また、彼を壊してしまったのか)
胸が締めつけられる。
なぜ、もっときちんと彼の声を聞かなかったのか。
なぜ、抱きしめてやれなかったのか。
今さら悔やんでも、過去は変わらない。
ただこうして、この小さな命と共に、ルシアンが遠くなっていく音を聞くしかなかった。
「……子の名は、私がつけよう」
そう言いながら、レオニスは小さな指をそっと握った。
かすかに、その指がぴくりと動く。
(この子には……何があっても、寂しい思いをさせない)
けれど、その決意の裏で、レオニスの胸には深い影が残ったままだった。
ルシアンの瞳に、自分もこの子も映っていないのだと。
その言葉が本当なら——これ以上、彼を縛ってはならないのかもしれない、と。
そう思いながら、彼は再び沈黙の奥に身を沈めていった。
その時、彼の知らぬところで、
ルシアンはベッドの上で、赤子に会わせてもらえず——静かに泣いていた。
その涙の理由を、レオニスが知るのは、もう少し先のことだった。
⸻
この子の名前は、ユリルクにしよう。
ハンナも、セバスも、そして私自身も、ルシアンのことをずっと気にかけている。
それでも――子どもが生まれてから一年が経つというのに、レオニスは一度もルシアンに会えていなかった。
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