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紅茶の香りと決意
1話 庭園に香る紅茶
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その日、ルシアンは紅茶のセッティングやお菓子の並べ方を何度も確認し、忙しなく立ち回っていた。
今日はカレドール家で、数名の貴族の夫人と子どもたちを招く小さなお茶会の日だった。
このお茶会は、ユリウスのために開かれるもの。
ユリウスも来春には学園入学を控える年齢となり、外の世界に少しずつ慣れ、友だちを作るきっかけになれば――。
そんなレオニスの願いが込められていた。
そしてルシアンもまた、息子の成長を喜びながら、その歩みを支えたいと心から願っていた。
さらに、ルシアン自身にも気軽に話せる相手ができればと、レオニスは密かに望んでいる。
だからこそ今回は、主催者となるルシアンが中心となって準備を進めていた。
ただし、一つだけ条件があった。
――「アルファを招くのは禁止」
その言葉を、ルシアンはレオニスから何度も念を押されていた。
今回招かれるのは、主にオメガやベータの夫人たち。
けれど、ルシアンの胸には小さな不安が残っていた。
招待状を出したものの、本当に皆来てくれるのだろうか。
“男のオメガ”が主催するお茶会を、敬遠されはしないだろうか。
せっかく準備を重ねても、もし誰も来なければ――。
そんな思いが胸の奥を冷たくしていく。
最近は前向きに考えようとしていたが、ふとした瞬間に不安が顔を出す。
廊下の向こうからは、子どもたちの明るい笑い声が聞こえた。
――その声でさえ、今のルシアンには少し遠い世界のように感じられた。
「奥様……ルシアン様!」
顔を上げると、ハンナが柔らかく微笑んで立っていた。
「少し緊張なさっているようですね。でも、もうすぐお客様がいらっしゃいます。あまり思い詰めずに……きっと上手くいきますよ」
その言葉に、ルシアンの胸のざわめきが少しだけ和らいだ。
最終チェックを終え、ルシアンとユリウスは庭園へ出た。
バラが咲き誇る花園の中、二人は静かに来客を待つ。
隣に立つユリウスがそわそわしているのに気づき、ルシアンはそっと声をかけた。
「ユリウス……緊張してる?」
小さくうなずいて、にかっと笑うユリウス。
「うん。少しだけ。でもね、お母様の方がもっと緊張してる気がするよ?」
ルシアンは息をのむ。
「大丈夫だよ、お母様。今日はきっと、楽しいお茶会になるよ!」
その無邪気な励ましに、ルシアンは思わず微笑んだ。
――なんて頼もしい子なんだろう。
今回のお茶会には、四組の親子を招いている。
ユリウスが自然に会話できるよう、年の近い子どもを持つ家を選び、ルシアンは一通一通、丁寧に招待状をしたためた。
⸻
最初に姿を見せたのは、グロウル男爵家の親子だった。
母子そろって少し緊張した面持ちで花園へ入ってくる。夫人アイリスと息子アベル。
グロウル家は商会を営む家柄だ。
ルシアンとユリウスは笑顔で出迎えた。
「ようこそ、我が家へ。お越しいただきありがとうございます。どうぞこちらへ」
促された夫人は、顔をこわばらせながらも深く頭を下げた。
「っ、あの! き、今日はお招き……あ、ありがとうございますっ! こ、子どもも、とても楽しみにしておりまして……」
「こちらこそ。アベルくんに会えるのを、ユリウスも心待ちにしていました」
ルシアンがそう言うと、アベルは小さな手でズボンをぎゅっと握りしめ、照れながらも微笑んだ。
次に現れたのはレアーヌ子爵家の親子。
レアーヌ子爵家は植物の研究をしていると聞いている。
夫人オリシアは異国出身で、褐色の肌と黒髪がよく映えていた。
そのにこやかな声と仕草が、場の空気を自然と和ませる。
息子ノエルは人懐っこい瞳でユリウスを見つめていた。
「今日はお招きありがとうございます。まあ、なんて素敵な花園でしょう!」
「お母様のお花の仕事、ぼくもお手伝いするんです!」とユリウスが元気よく口を挟む。
「まあ、立派ね」とオリシアは目を細めた。
三番目に到着したのは、マルドル伯爵家の夫人エレナと息子カイエン。
マルドル伯爵家は代々、芸術を保護してきた名家であり、夫人エレナも作曲や歌に親しんでいる。
かつてはレティーナとも交流があったという。
夫人は花園を眺め、どこか懐かしむような眼差しを向けた。
「まあ、この花園……懐かしいですわ。レティーナがいらした頃は、もっと花が咲き誇っていた気がいたしますの」
その言葉に、ルシアンの胸がわずかにざわついたが、微笑みを崩さず答えた。
「ようこそお越しくださいました。」
カイエンは少し気の強そうな表情でユリウスをじっと見ていた。
だがユリウスはにこっと笑い、元気よく声を上げる。
「こんにちは!」
その明るさに、カイエンは一瞬きょとんとしたが、すぐに小さく会釈を返した。
ユリウスも嬉しそうにもう一度頭を下げる。
━━━
そして残るは、リーベンハウス伯爵家の到着を待つばかりとなった。
今回の来客の中には、ユリウスと同じ年頃の子どもに加え――珍しいことに、“男性オメガ”の客も含まれている。
大人たちはそれぞれ談笑を交わしていたが、場の空気はまだ少しぎこちない。
ルシアンは話題を振りながら、少しでも和やかな雰囲気を保とうと努めていた。
オリシアは柔らかく微笑み、自然に会話へ溶け込む。
アイリスはまだ緊張の色が抜けず、言葉少なに笑みを返す。
エレナはカップを傾けつつも、どこか観察するような視線を送り――場には静かな緊張が漂っていた。
そんなときだった。
「申し訳ない。少し遅くなってしまった」
凛とした、よく通る声が花園に響く。
ルシアンがそちらを振り向くと、そこに立っていたのは、男性オメガとしては稀な、凛々しい風貌の青年だった。
彼が現れた瞬間、花園の空気がぴんと張りつめる。
一般に男性オメガは華奢で小柄な者が多い。
だが、彼は違った。
ルシアンよりも背が高く、引き締まった体躯は、立っているだけで場の空気を変えてしまう。
切れ長の瞳に、短く整えられた髪。
静かな中に、確かな芯を感じさせる雰囲気。
――そして、彼がゆっくりと一歩を踏み出す。
「今回は招待してくれてありがとう」
低く落ち着いた声が、花園の静寂に溶けていった。
今日はカレドール家で、数名の貴族の夫人と子どもたちを招く小さなお茶会の日だった。
このお茶会は、ユリウスのために開かれるもの。
ユリウスも来春には学園入学を控える年齢となり、外の世界に少しずつ慣れ、友だちを作るきっかけになれば――。
そんなレオニスの願いが込められていた。
そしてルシアンもまた、息子の成長を喜びながら、その歩みを支えたいと心から願っていた。
さらに、ルシアン自身にも気軽に話せる相手ができればと、レオニスは密かに望んでいる。
だからこそ今回は、主催者となるルシアンが中心となって準備を進めていた。
ただし、一つだけ条件があった。
――「アルファを招くのは禁止」
その言葉を、ルシアンはレオニスから何度も念を押されていた。
今回招かれるのは、主にオメガやベータの夫人たち。
けれど、ルシアンの胸には小さな不安が残っていた。
招待状を出したものの、本当に皆来てくれるのだろうか。
“男のオメガ”が主催するお茶会を、敬遠されはしないだろうか。
せっかく準備を重ねても、もし誰も来なければ――。
そんな思いが胸の奥を冷たくしていく。
最近は前向きに考えようとしていたが、ふとした瞬間に不安が顔を出す。
廊下の向こうからは、子どもたちの明るい笑い声が聞こえた。
――その声でさえ、今のルシアンには少し遠い世界のように感じられた。
「奥様……ルシアン様!」
顔を上げると、ハンナが柔らかく微笑んで立っていた。
「少し緊張なさっているようですね。でも、もうすぐお客様がいらっしゃいます。あまり思い詰めずに……きっと上手くいきますよ」
その言葉に、ルシアンの胸のざわめきが少しだけ和らいだ。
最終チェックを終え、ルシアンとユリウスは庭園へ出た。
バラが咲き誇る花園の中、二人は静かに来客を待つ。
隣に立つユリウスがそわそわしているのに気づき、ルシアンはそっと声をかけた。
「ユリウス……緊張してる?」
小さくうなずいて、にかっと笑うユリウス。
「うん。少しだけ。でもね、お母様の方がもっと緊張してる気がするよ?」
ルシアンは息をのむ。
「大丈夫だよ、お母様。今日はきっと、楽しいお茶会になるよ!」
その無邪気な励ましに、ルシアンは思わず微笑んだ。
――なんて頼もしい子なんだろう。
今回のお茶会には、四組の親子を招いている。
ユリウスが自然に会話できるよう、年の近い子どもを持つ家を選び、ルシアンは一通一通、丁寧に招待状をしたためた。
⸻
最初に姿を見せたのは、グロウル男爵家の親子だった。
母子そろって少し緊張した面持ちで花園へ入ってくる。夫人アイリスと息子アベル。
グロウル家は商会を営む家柄だ。
ルシアンとユリウスは笑顔で出迎えた。
「ようこそ、我が家へ。お越しいただきありがとうございます。どうぞこちらへ」
促された夫人は、顔をこわばらせながらも深く頭を下げた。
「っ、あの! き、今日はお招き……あ、ありがとうございますっ! こ、子どもも、とても楽しみにしておりまして……」
「こちらこそ。アベルくんに会えるのを、ユリウスも心待ちにしていました」
ルシアンがそう言うと、アベルは小さな手でズボンをぎゅっと握りしめ、照れながらも微笑んだ。
次に現れたのはレアーヌ子爵家の親子。
レアーヌ子爵家は植物の研究をしていると聞いている。
夫人オリシアは異国出身で、褐色の肌と黒髪がよく映えていた。
そのにこやかな声と仕草が、場の空気を自然と和ませる。
息子ノエルは人懐っこい瞳でユリウスを見つめていた。
「今日はお招きありがとうございます。まあ、なんて素敵な花園でしょう!」
「お母様のお花の仕事、ぼくもお手伝いするんです!」とユリウスが元気よく口を挟む。
「まあ、立派ね」とオリシアは目を細めた。
三番目に到着したのは、マルドル伯爵家の夫人エレナと息子カイエン。
マルドル伯爵家は代々、芸術を保護してきた名家であり、夫人エレナも作曲や歌に親しんでいる。
かつてはレティーナとも交流があったという。
夫人は花園を眺め、どこか懐かしむような眼差しを向けた。
「まあ、この花園……懐かしいですわ。レティーナがいらした頃は、もっと花が咲き誇っていた気がいたしますの」
その言葉に、ルシアンの胸がわずかにざわついたが、微笑みを崩さず答えた。
「ようこそお越しくださいました。」
カイエンは少し気の強そうな表情でユリウスをじっと見ていた。
だがユリウスはにこっと笑い、元気よく声を上げる。
「こんにちは!」
その明るさに、カイエンは一瞬きょとんとしたが、すぐに小さく会釈を返した。
ユリウスも嬉しそうにもう一度頭を下げる。
━━━
そして残るは、リーベンハウス伯爵家の到着を待つばかりとなった。
今回の来客の中には、ユリウスと同じ年頃の子どもに加え――珍しいことに、“男性オメガ”の客も含まれている。
大人たちはそれぞれ談笑を交わしていたが、場の空気はまだ少しぎこちない。
ルシアンは話題を振りながら、少しでも和やかな雰囲気を保とうと努めていた。
オリシアは柔らかく微笑み、自然に会話へ溶け込む。
アイリスはまだ緊張の色が抜けず、言葉少なに笑みを返す。
エレナはカップを傾けつつも、どこか観察するような視線を送り――場には静かな緊張が漂っていた。
そんなときだった。
「申し訳ない。少し遅くなってしまった」
凛とした、よく通る声が花園に響く。
ルシアンがそちらを振り向くと、そこに立っていたのは、男性オメガとしては稀な、凛々しい風貌の青年だった。
彼が現れた瞬間、花園の空気がぴんと張りつめる。
一般に男性オメガは華奢で小柄な者が多い。
だが、彼は違った。
ルシアンよりも背が高く、引き締まった体躯は、立っているだけで場の空気を変えてしまう。
切れ長の瞳に、短く整えられた髪。
静かな中に、確かな芯を感じさせる雰囲気。
――そして、彼がゆっくりと一歩を踏み出す。
「今回は招待してくれてありがとう」
低く落ち着いた声が、花園の静寂に溶けていった。
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