この手に抱くぬくもりは

R

文字の大きさ
35 / 49
紅茶の香りと決意

1話 庭園に香る紅茶

しおりを挟む
その日、ルシアンは紅茶のセッティングやお菓子の並べ方を何度も確認し、忙しなく立ち回っていた。
今日はカレドール家で、数名の貴族の夫人と子どもたちを招く小さなお茶会の日だった。
 
このお茶会は、ユリウスのために開かれるもの。
ユリウスも来春には学園入学を控える年齢となり、外の世界に少しずつ慣れ、友だちを作るきっかけになれば――。
そんなレオニスの願いが込められていた。
そしてルシアンもまた、息子の成長を喜びながら、その歩みを支えたいと心から願っていた。

さらに、ルシアン自身にも気軽に話せる相手ができればと、レオニスは密かに望んでいる。
だからこそ今回は、主催者となるルシアンが中心となって準備を進めていた。

ただし、一つだけ条件があった。
――「アルファを招くのは禁止」
その言葉を、ルシアンはレオニスから何度も念を押されていた。
 
今回招かれるのは、主にオメガやベータの夫人たち。
けれど、ルシアンの胸には小さな不安が残っていた。
招待状を出したものの、本当に皆来てくれるのだろうか。
“男のオメガ”が主催するお茶会を、敬遠されはしないだろうか。
せっかく準備を重ねても、もし誰も来なければ――。
そんな思いが胸の奥を冷たくしていく。
 
最近は前向きに考えようとしていたが、ふとした瞬間に不安が顔を出す。
廊下の向こうからは、子どもたちの明るい笑い声が聞こえた。
――その声でさえ、今のルシアンには少し遠い世界のように感じられた。

「奥様……ルシアン様!」
顔を上げると、ハンナが柔らかく微笑んで立っていた。
「少し緊張なさっているようですね。でも、もうすぐお客様がいらっしゃいます。あまり思い詰めずに……きっと上手くいきますよ」

その言葉に、ルシアンの胸のざわめきが少しだけ和らいだ。

最終チェックを終え、ルシアンとユリウスは庭園へ出た。
バラが咲き誇る花園の中、二人は静かに来客を待つ。
 
 隣に立つユリウスがそわそわしているのに気づき、ルシアンはそっと声をかけた。
「ユリウス……緊張してる?」

小さくうなずいて、にかっと笑うユリウス。
「うん。少しだけ。でもね、お母様の方がもっと緊張してる気がするよ?」

ルシアンは息をのむ。
「大丈夫だよ、お母様。今日はきっと、楽しいお茶会になるよ!」

その無邪気な励ましに、ルシアンは思わず微笑んだ。
――なんて頼もしい子なんだろう。

今回のお茶会には、四組の親子を招いている。
ユリウスが自然に会話できるよう、年の近い子どもを持つ家を選び、ルシアンは一通一通、丁寧に招待状をしたためた。
 


最初に姿を見せたのは、グロウル男爵家の親子だった。
母子そろって少し緊張した面持ちで花園へ入ってくる。夫人アイリスと息子アベル。
グロウル家は商会を営む家柄だ。

ルシアンとユリウスは笑顔で出迎えた。
「ようこそ、我が家へ。お越しいただきありがとうございます。どうぞこちらへ」

促された夫人は、顔をこわばらせながらも深く頭を下げた。
「っ、あの! き、今日はお招き……あ、ありがとうございますっ! こ、子どもも、とても楽しみにしておりまして……」

「こちらこそ。アベルくんに会えるのを、ユリウスも心待ちにしていました」
ルシアンがそう言うと、アベルは小さな手でズボンをぎゅっと握りしめ、照れながらも微笑んだ。
 
次に現れたのはレアーヌ子爵家の親子。
レアーヌ子爵家は植物の研究をしていると聞いている。
夫人オリシアは異国出身で、褐色の肌と黒髪がよく映えていた。
そのにこやかな声と仕草が、場の空気を自然と和ませる。
息子ノエルは人懐っこい瞳でユリウスを見つめていた。

「今日はお招きありがとうございます。まあ、なんて素敵な花園でしょう!」
「お母様のお花の仕事、ぼくもお手伝いするんです!」とユリウスが元気よく口を挟む。
「まあ、立派ね」とオリシアは目を細めた。
 
三番目に到着したのは、マルドル伯爵家の夫人エレナと息子カイエン。
マルドル伯爵家は代々、芸術を保護してきた名家であり、夫人エレナも作曲や歌に親しんでいる。
かつてはレティーナとも交流があったという。
 
夫人は花園を眺め、どこか懐かしむような眼差しを向けた。
「まあ、この花園……懐かしいですわ。レティーナがいらした頃は、もっと花が咲き誇っていた気がいたしますの」
 
その言葉に、ルシアンの胸がわずかにざわついたが、微笑みを崩さず答えた。
「ようこそお越しくださいました。」

カイエンは少し気の強そうな表情でユリウスをじっと見ていた。
だがユリウスはにこっと笑い、元気よく声を上げる。
「こんにちは!」

その明るさに、カイエンは一瞬きょとんとしたが、すぐに小さく会釈を返した。
ユリウスも嬉しそうにもう一度頭を下げる。
 
━━━

そして残るは、リーベンハウス伯爵家の到着を待つばかりとなった。
今回の来客の中には、ユリウスと同じ年頃の子どもに加え――珍しいことに、“男性オメガ”の客も含まれている。
 
大人たちはそれぞれ談笑を交わしていたが、場の空気はまだ少しぎこちない。
ルシアンは話題を振りながら、少しでも和やかな雰囲気を保とうと努めていた。

オリシアは柔らかく微笑み、自然に会話へ溶け込む。
アイリスはまだ緊張の色が抜けず、言葉少なに笑みを返す。
エレナはカップを傾けつつも、どこか観察するような視線を送り――場には静かな緊張が漂っていた。

そんなときだった。

「申し訳ない。少し遅くなってしまった」
 
凛とした、よく通る声が花園に響く。
ルシアンがそちらを振り向くと、そこに立っていたのは、男性オメガとしては稀な、凛々しい風貌の青年だった。
彼が現れた瞬間、花園の空気がぴんと張りつめる。
 
一般に男性オメガは華奢で小柄な者が多い。
だが、彼は違った。
ルシアンよりも背が高く、引き締まった体躯は、立っているだけで場の空気を変えてしまう。
切れ長の瞳に、短く整えられた髪。
静かな中に、確かな芯を感じさせる雰囲気。

――そして、彼がゆっくりと一歩を踏み出す。

「今回は招待してくれてありがとう」
低く落ち着いた声が、花園の静寂に溶けていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

無自覚オメガとオメガ嫌いの上司

蒼井梨音
BL
ベータとして生きてきた無自覚オメガの小国直樹は、オメガ嫌いの白鷹課長のいる部署に異動になった。 ビクビクしながら、なるべく関わらないように仕事をしてたのに、 ペアを組んでいた先輩が倒れてしまい、課長がサポートすることに。 そして、なぜか課長にキスされてしまい…?? 無自覚オメガ→小国直樹(24) オメガ嫌いの上司→白鷹迅(28)アルファ 第一部・完 お読みいただき、ありがとうございました。 第二部 白鷹課長と一緒に住むことになった直樹。 プロジェクトのこととか、新しくできた友だちの啓さんのこととか。 相変わらず、直樹は無自覚に迅さんに甘えています。 第三部 入籍した直樹は、今度は結婚式がしたくなりました。 第四部 入籍したものの、まだ番になってない直樹と迅さん。 直樹が取引先のアルファに目をつけられて…… ※続きもいずれ更新します。お待ちください。 直樹のイラスト、描いてもらいました。

奇跡に祝福を

善奈美
BL
 家族に爪弾きにされていた僕。高等部三学年に進級してすぐ、四神の一つ、西條家の後継者である彼が記憶喪失になった。運命であると僕は知っていたけど、ずっと避けていた。でも、記憶がなくなったことで僕は彼と過ごすことになった。でも、記憶が戻ったら終わり、そんな関係だった。 ※不定期更新になります。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

異世界からきた青年医師に恋する剣士の こじらせ片想い〜紫になるまで〜

素麺えす
BL
「俺以外の誰かに恋なんてしないで⋯⋯」 「この世界で、ずっと貴方を守るから⋯俺だけをその青で癒して」 《犬系甘々剣士×猫系クーデレ医師》  気ままに旅する赤髪の剣士ロティルカレアは、異世界からやってきたという医師の青年カヤミと治療院で出会う。 あまり愛想のないカヤミだが、治療等をしてもらい関わっていく中で、たまに見せてくれる表情や優しさに惹かれ、ロティルは恋におちてしまった⋯⋯!   好き過ぎて片想いを拗らせ 一喜一憂する日々。それでも2人の距離は少しづつ縮まり⋯⋯ 赤髪×青髪=紫 その過程を描くボーイズラブコメです。 ○じっくり恋愛中心(後々 絡みアリ) ○旅や剣や薬草、異種族等は出てきますが、日常メインで冒険ファンタジーではないです。 魔王もいません⋯(敵対人間は有り)

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

処理中です...