この手に抱くぬくもりは

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紅茶の香りと決意

11話 守るべき者と、迫る社交界 sideレオニス

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しばらくして、香り高い湯気をまとった茶器を手に、ジョーンが執務室へ戻ってきた。
湯を注ぐ音が、重く沈んだ空気の中に溶けていく。レオニスはそれを待たず、対面に座るアレクの声に耳を傾けた。

「――で、話はこういう訳だ」

低く落ち着いた声が部屋に響く。普段の軽さはなく、どこか切実な響きを帯びていた。
ジョーンは眉間に指を当て、ため息を漏らす。

「つまり……隣国の王子に一目惚れして、嫁にしたいという話ですか」

「要約しすぎだ」とアレクは苦笑する。「……まぁ、だいたい合ってるけどな」

わずかな沈黙ののち、彼は真剣な面持ちで続けた。
「ただ、その人は――男のオメガだ。この国じゃ、まだ差別が根強い」

レオニスは短くうなずいた。
「男のオメガは妃にはできん。側室ならまだしも、正妻としては認められまい」

アレクは悔しげに唇を噛む。
「だからこそ、理解者を増やしたいんだ」

「陛下は何と?」
レオニスの問いに、アレクはわずかに肩をすくめた。

「兄貴は笑ってたよ。『好きな人ができたのか、よかったな』ってな。
……でも“男のオメガ”だと告げたら、『いいんじゃないか。ただ、うるさい連中は多いだろうな。表立っては助けられん』――そう言われた」

「なるほど。陛下は理解を示しているわけか」
レオニスはゆっくりと頷く。「だが、貴族たちは反発するだろう。『男のオメガを妃に』と囁かれる」

「そこが問題なんだ!」
アレクの声が一段高くなり、茶器がかすかに揺れた。

レオニスは静かに視線を落とし、膝の上で眠るユリルクの髪を梳いた。
「……お前に手を貸そう」

アレクは驚いたように目を見開く。
レオニスの指先が幼い髪をなぞり、かすかな震えを帯びて名を呼んだ。
「……ルシアン。私の妻も、男のオメガだ」

その言葉に、アレクは沈黙した。
「お前がその人を妃に迎えれば、この国も少しは変わるかもしれない」
 
━━━
 
「……私はルシアンを正妻に迎えるつもりだ」
レオニスは静かに告げた。「だからこそ、お前の話を聞き、手を貸すと決めた」

アレクは目を瞬かせ、やがて笑みを漏らす。
 
「なるほどな……でも、レティーナ以外を正妻にするのはいいのか?
あんなに“他はいらない”って言ってただろ?」

「レティーナを愛する心は変わらない。
だがルシアンを――愛して、そして誰かに触れられることさえ許せぬほど、恋をしている」

「……お前、平然とそういうことを言うよな」
呆れたように笑うアレクに、レオニスは淡々と返した。
「お前が聞いたから答えただけだ」

ユリルクの頬に指を添え、レオニスは小さく息をつく。
「母が正妻を別に当てようとしている。だが、お祖母様が抑えている。今はまだ動けんだろう」

アレクは顔をしかめた。
「……そっちも火種だな」

「ふっ……お前の方がよほど厄介だろ」
レオニスは諦めたように笑う。「家の干渉など、今に始まったことではない」
 
アレクはうなずく。
「レティーナの時も少し口を出されたな」

「ああ。だが父がいたから、あの時はそこまで干渉されなかった」

アレクは顎に指を添え、目を細める。
「今はローゼリア叔母上が睨みをきかせている。だから動けないわけか」
アレクの言葉に、レオニスは軽くうなずいた。
「……ルシアンを守るには、慎重に動くしかない」

アレクは肩をすくめる。
「お前も大変だな。家族にも気を使わなきゃならない」
 
「避けられぬ道だ」
短い沈黙のあと、レオニスは問う。「それで、私に何をさせたい?」

アレクは少し考え、苦笑した。
「まだ決めてない。ただ、聞いてほしかっただけだ」

レオニスは小さく息を吐いた。

そのとき、ジョーンがため息まじりに口を開く。
「……この話、私が聞く必要ありました?」

「あるさ」
アレクが即答する。「お前の人脈は貴重だ。学園時代から何度も助けられただろ」

「そうだな」
レオニスも頷く。

ジョーンは一瞬表情を和らげたが、すぐに首を振った。
「やっぱり聞かなかったことにしたい。仲間から抜けます」

「ははは、無理だな。もう聞いてしまった」
レオニスは笑みを浮かべ、眠るユリルクを抱き直す。
穏やかな寝息だけが、重い話をやさしく包み込んでいた。
 


レオニスは腕を組み、長く息を吐いた。

「……この国がどれほど男のオメガを受け入れられるか、見極めねばならんな」
レオニスが静かに言葉を落とすと、アレクが思い出したように口を開いた。
「今度、城で社交界があるだろ。そこでお前の奥さんをお披露目してみたらどうだ?」

「馬鹿を言うな」
反射的に声を荒げるレオニス。「ルシアンを犠牲にするような真似はできん」

「わ、悪かった! 冗談だって!」
アレクが慌てて両手を上げる。
「そんな怒るなよ。膝の天使が起きるぞ」

レオニスは深く息を吐く。
(……誰が怒らせたと思っている)
 
胸の奥に重いものが沈んだまま、彼は思考を巡らせた。
(ルシアンを隠したままでは、いずれ立場が危うくなる……どう動くべきか)

「ですが……」と、ジョーンが遠慮がちに続ける。
 

「ルシアン様を公に出すのも、一理あるかと。
姿を見せれば、貴族たちも“男のオメガが第1夫人を務めている”という事実を無視できません」

レオニスは黙考した。
(理にはかなっている……だが、ルシアンを巻き込むことになる)

やがて、彼は静かに頷いた。
「少し、ルシアンと話してみよう」

「おお、それは助かる!」
アレクが嬉しそうに顔を上げた。

「お前は――男のオメガに理解ある者を探してこい」
レオニスが言うと、アレクは胸を叩いた。
「了解!」
 


やがて、ジョーンが思い出したように口を開く。
「そういえば、ルシアン様のお茶会で探したとき、騎士団長の第2夫人も男のオメガでしたよね?」

アレクの表情がわずかに曇った。
「……騎士団長……リーベンハウス家か……確かに、あそこは男のオメガだな……」

レオニスが問いかけるように視線を向けると、アレクは息を吐いた。

「昔、騎士団で“ある事件”があった。ベータが突然オメガになって混乱したまま処理された。その偏見が、今も残ってる。しかも正妻は辺境伯の娘で、父親が娘を溺愛していて……男のオメガには敵意を持ってるんだ」
 
「……その事件なら耳にしている。小競り合い程度と報告を受けていたが」
レオニスの声が低くなる。「まさか裏にそんな事情があったとはな」
 
彼はユリルクの髪を撫でながら、深く息をついた。
(辺境伯を敵に回せば厄介だ……。ルシアンも危険に晒されるかもしれん)

アレクが視線を上げる。
「だからこそ、お前の奥さんを社交界に出すんだ。男のオメガが公に立つ、その事実を見せつけるんだよ」

レオニスはしばらく黙し、やがて静かに言葉を落とした。「私がルシアンを守ろう。何があっても、ルシアンを傷つけさせはしない……」

「ヒュー、かっこいいなー」
アレクは軽く笑った。

「茶化すな」
レオニスは短く返し、ユリルクを抱き直した。
「本人と話してみる。嫌がったら無理はさせない」

「もちろんだ!」
アレクは明るく笑い、勢いよく立ち上がる。
 
「よし、そうと決まれば――」
ぱん、と手を打った。
「レオニス、お前の家に行っていいか!」
 
「……は?」
レオニスの眉がぴくりと動く。

「お前の第2夫人にまだ会ったことないんだよな。隣国に行ってたから。ちょうどいい機会だろ?」
 
「だめに決まっているだろ」
声は低く、きっぱりとしていた。
「そんな急に来られたら、屋敷の者たちが慌てる。それに――ルシアンが緊張する」

「堅いなぁ。俺、子どもとも遊べるし!」
アレクはユリルクを覗き込み、いたずらっぽく笑う。

レオニスは額に手を当て、深くため息をついた。
「仮にも王族を屋敷に迎えるんだ。準備ぐらいはさせろ」

「ふーん、そういうものか」
アレクはにやりと笑い、肩をすくめた。
「もう使者は送ったけどな」

「……何?」
レオニスの声が低くなる。「俺に相談もなくか?」
 
「ああ! お前が“準備がどうこう”ってうるさいから、早めに行くって伝えておいた。親切だろ?」

「――馬鹿かお前は!」

「おいおい、王族にバカはないだろ」
アレクが笑いながらジョーンを見る。「お前も来いよ、レオニスの愛しい妻を見られるぞ?」
 

ジョーンはすぐさま両手を振った。
「遠慮します。今日は家で休みたいです」

アレクは唇を尖らせ、ジョーンはこっそりレオニスに視線を送った。
(……ご愁傷さまです)

レオニスはその無言の合図に眉を寄せる。
こうして、彼とユリルクの一日は静かに幕を閉じた。
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