【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸

文字の大きさ
4 / 41

相談する side カシミール

しおりを挟む
カシミール=グランティーノが、偏頭痛の治療をイヴ=スタームに任せてから1ヶ月が経った。

イヴは献身的であった。自分の利益を顧みず、利他的なその姿にさすがのカシミールも絆されつつあった。

たった数十分の治療、されど1ヶ月仕事がある日は毎日。

これを献身的と言わず、どう説明すればいいのか、もはやカシミールは認めざる得なかった。

しかし、治療の際に見せる愛想笑いがどうしても好きになれず、気がつけばいつも治療の礼の一つも言えずに別れる。

カシミールは少しずつ罪悪感を蓄積していった。

こちらの態度がいくら悪かろうが、イヴは文句の一つも言わずに治療する。

これではいけないと、カシミールは1ヶ月経ってようやく思い至ったのだった。

「それで、僕に話って?」

カフェの店内の人は疎らで、静かなものだった。ざわつかず、コーヒーの匂いが漂う中、クラークともう1人、クラークの恋人と共に3人で小さな丸いテーブルを挟んで座っていた。

クラークには、「話がある」としか説明せず、予定を尋ねた。するとクラークは「カシミールにもエメを紹介したい」と言って恋人を連れてきたのだ。

クラークの恋人、エメ=リュデュイはほんの少し天然のパーマがある空のような水色の髪で、シトリンが嵌め込まれたような黄色い瞳が特徴的だった。髪は後ろで三つ編みされており、それは肩下程までの長さだった。

紹介された瞬間に、驚いたのだ。エメの言葉遣いは、平民のそれだった。そんな分かりやすい驚きもエメは慣れているのか、「悪いな。言葉遣いはおいおい覚えてくつもりなんだ」と陽だまりのような笑顔で言われれば、失礼な態度だったと謝罪した。

エメは気を悪くしたりせず、カシミールに対し「……クラークの言った通り、本当に真面目だな。いや……堅物と言っても……」という反応だった。

クラークはニコニコと穏やかにその様子を見ていた。クラークにとって恋人の紹介は喜ばしいことだった。
クラークは隠し事をされることも嫌った。なんでも元の恋人が秘密を持っており、恋人のクラークには教えず、他人には教えていたらしい。
そんなクラークのトラウマがあり、それを乗り越えるほどの恋人が出来たことが例えようもなく嬉しいと伝わってくるようだった。

「ああ、相談事なんだが……」

そうして、カシミールはここ1ヶ月のイヴの献身的な治療を2人に伝えた。
そして、そのイヴをみるとどうしても好きになれず、お礼が言えないことも話した。

2人は真剣にこちらの話を聞いて、暫く考え込んだ。そして、先に口を開いたのはエメだった。

「見返りは求めてないって言ったんだろ? 別に気にすることないんじゃねーか? 毎日来るのも治療も、全部向こうが勝手にやってることだ。礼くらい言え、なんてそれこそ押し付けがましいだろ」
「うーん…まぁ僕もエメの言葉に同意かな。ただ、カシムの性格だと罪悪感を今後も感じるとは思う」
「礼を言わないことで罪悪感を感じるって事は、その治癒の力はよっぽどカシミールさんにとって救いになってるってことだな」

「礼するくらいならタダなんだからやった方が良い」と言われるくらいの覚悟はして話したのだが、2人の意見は全く違っていた。

カシミールの罪悪感を少しだけ薄れさせてくれるものだった。

「そうだな、実際かなり助かっている。明らかに偏頭痛の頻度が減っていっているし、そこまで酷い頭痛も起きなくなってきた」
「……それは、凄い治癒の力だね。どこの治療院に行っても治らないって言ってたじゃないか」
「え?てことは金取れるレベルってことか?そりゃラッキーだな」
「治癒の力なんて多少出来れば直ぐに教会へ入るのが普通なのに、イヴとやらはどこの仕事をしているの?」

そう聞かれて、言い淀むカシミールを見て、エメが気づく。

「い、1ヶ月会ってて何してるかも分かんねーやつと会ってんのか!しかも騎士団に入れて?」
「ああ、いや……騎士団の文官服を着ているのは確かなんだ。だから外からの侵入ではない」
「そんなすげーやつが文官?よく分かんねーな……なんか教会に入れない理由がありそうだな」
「イヴの家名ってなに?治癒で有名なのはスターム家だけど」
「……イヴ=スタームと言っていた」

するとクラークは目を見開いて止まった。クラークの珍しい表情にエメも驚いていた。

「スターム家?! 本当に?! てことは本当にお金をとって治癒している所だよ! 何ヶ月待ちとか普通だよ!」
「え、ガチのスゲー奴なの? マジで?」
「スターム家に居る治癒師の中でも最も優れているのは、頭痛どころじゃない、関節痛やら腰痛、幻肢痛、古傷の痛みでさえも治せる……天使の手と呼ばれている治癒師だ」
「え? まさか」

ちら、とエメとクラークがこちらを伺うように見てくる。
言いたいことはよく分かる。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。

「…謝罪して、礼を言った方が良さそうだな」
「天使の手を無償で…いや、イヴとやらが君に気があるとしか思えないんだけど。それか、なにか見返りを」
「けどイヴは見返りは要らないって言った。……俺は余計なことはしない方がいいと思う。けど、何ヶ月も待って金払ってる患者がいるって聞くと……」

2人はもう一度ちら、とカシミールを見る。
カシミールはもう大きく溜息をつくしかなかった。

まさかあんな愛想笑いの下手くそな、薄っぺらい軽薄な笑みをするイヴが、治癒師として最も優れているとは思ってもみなかった。

カシミールに気がある云々は置いといても、やはり謝罪と感謝は述べる必要がありそうだった。

「はぁ…」
「カシム。イヴがその献身的な治療を行った事は事実だ。しかし君が謝罪や感謝を述べないからと言って、僕は決して君を不実だとは思わないよ。イヴが最初に言ったんだからね」
「そうそう。 あんなこと言ったけど、スゲー奴だから礼するってのも変な話だしな!」

カシミールは「そうだな」と言い、そして礼を述べようとしたが、クラークが話を続ける。

「ただ、なんの目的で君に治癒をかけているのか、それくらいはもう一度確認すべきだ。スターム家がバックにあるとなるとおかしな話になってくる。カシミールのことだからよっぽどの限りでなきゃ害されることはないと思うけど、なにか起きる前に聞いといた方がいい」
「後から法外な金銭の要求とか?」
「……あとは、カシムとの結婚とかかな。こんな有望株、なかなかないだろうし」
「……どれも有り得そうで最悪だ。分かった、聞いてみる」

2人に相談して良かったと、思いつつ感謝を述べると、2人は同じような穏やかな空気を出して他の話になっていった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

君さえ笑ってくれれば最高

大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。 (クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け) 異世界BLです。

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

【完結済】氷の貴公子の前世は平社員〜不器用な恋の行方〜

キノア9g
BL
氷の貴公子と称えられるユリウスには、人に言えない秘めた想いがある――それは幼馴染であり、忠実な近衛騎士ゼノンへの片想い。そしてその誇り高さゆえに、自分からその気持ちを打ち明けることもできない。 そんなある日、落馬をきっかけに前世の記憶を思い出したユリウスは、ゼノンへの気持ちに改めて戸惑い、自分が男に恋していた事実に動揺する。プライドから思いを隠し、ゼノンに嫌われていると思い込むユリウスは、あえて冷たい態度を取ってしまう。一方ゼノンも、急に避けられる理由がわからず戸惑いを募らせていく。 近づきたいのに近づけない。 すれ違いと誤解ばかりが積み重なり、視線だけが行き場を失っていく。 秘めた感情と誇りに縛られたまま、ユリウスはこのもどかしい距離にどんな答えを見つけるのか――。 プロローグ+全8話+エピローグ

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ
BL
 ≪腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者≫  第二王子:ブライトル・モルダー・ヴァルマ  主人公の転生者:エドマンド・フィッツパトリック 【第一部】この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~  エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。  転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。  エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。  死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 【第二部】この道を歩む~異文化と感情と、逃げられない運命のようなものと~  必死に手繰り寄せた運命の糸によって、愛や友愛を知り、友人たちなどとの共闘により、見事死亡フラグを折ったエドマンドは、原作とは違いブライトルの母国であるトーカシア国へ行く。  異文化に触れ、余り歓迎されない中、ブライトルの婚約者として過ごす毎日。そして、また新たな敵の陰が現れる。  二部は戦争描写なし。戦闘描写少な目(当社比)です。 全体的にかなりシリアスです。二部以降は、死亡表現やキャラの退場が予想されます。グロではないですが、お気を付け下さい。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったりします。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 閑話休題以外は主人公視点です。 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

処理中です...