【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸

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嘘をつく side イヴ

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イヴ=スタームは父親に呼び出され、イライラとしていた。顔にはお首にも出さず真剣な顔つきで父親の話を聞いていた。

「お前、カシミールとは接触したのか!もう1ヶ月も経っているぞ!」
「1ヶ月、治癒で奉仕し続けてます。ただ、中々の堅物のようで治療以外はさせてもらえません」
「それは!お前が愛想がないせいだろう!」

愛想笑いはしているのだが、その瞬間にカシミールのこめかみがピク、と動くのだ。
もう愛想笑いをしてしまうのは癖みたいなものなのにどうしろと。と思いつつもヘラ、と笑ってしまう。

「早くお前の言うことを聞くような奴にしろ!いいな!」
「……はい」

例え恋人になったとしてもあの堅物は、イヴの言うことを素直に聞いてくれるとは到底思えなかった。

翌日、いつも通り第1騎士団出入口へ向かっていた。
仕事も定時に終わり、走って向かうのにも少しずつ慣れていった。

カシミールはいつも通り立って待っていた。立ち姿すら気品があるように見えた。イヴにとって憎い相手なのにそういう風に思ってしまうほど、カシミールはカッコイイのだ。

「お、遅くなりました! すみません」
「……遅れていない」
「そ、そうですか? はは……」

ならどうして、そんなに機嫌悪そうな顔をしているのか。
いつもよりも眉間にシワが寄っていて、立ち姿は気品があるのに顔だけ見たら人が避けていきそうな迫力だった。
1ヶ月接触しているイヴですら、この迫力が怖くて笑って誤魔化すしかなかった。

「行きましょうか、カシミールさん」

そう言うと、カシミールは無言で踵を翻し、騎士団内に入っていった。

カシミール=グランティーノは誰がどう見てもカッコイイというだろう。
女性も、男性すら憧れそうな程の、どこか異国を思い起こさせる顔つき。艶やかな黒髪に、黒曜石のような瞳をし、彼の真面目さを表しているようだった。
なおかつ、体躯も良く、金持ちと来れば世の女性は放っておくはずもない。

いつも通りの席にカシミールが座って、カシミールの後ろに立って頭部のマッサージを始めた。
そして、癒しの力をゆっくりと丁寧に揉みほぐすように注いでいった。

10分ほどやっただろうか。だいぶ頭も解れてきた。 毎日何を悩めばこんなに頭痛がするようになるのか不思議だ。

「……カシミールさん、終わりで大丈夫ですか?」

またもや静止がかからず、自分から尋ねた。 このまま1時間も2時間もさせられたら堪らない。
タダでやっているのだ。
いつもなら10分でかなり稼げる。父親にほとんど持ってかれるとしても、自分の手元にもそれなりに残る値段がする。

それなのに、何故か嫌いな相手に金も取らず、愛想笑いをし続けなければならないのは苦痛以外の何者でもなかった。

カシミールもイヴの事を嫌いなようだし、父親の言う通りやっても、結局金は貰えないだろうな。と思ってしまう。それならそれで良い。この苦痛の時間が終わるならば、むしろイヴを完全に拒否して欲しいとすら感じている。

「……ああ」
「そうですか。他はどこか痛みます?」
「いや。大丈夫だ」
「分かりました。では、これで」
「まて」

すぐさま出ていこうとしたが、カシミールに腕を捕まれ阻まれる。
初めての出来事に、イヴは驚いた。「なんですか?」なんて愛想笑いも出来なくなるくらい、仰天した。
イヴのことを嫌いなくせに、自分から触れるのかという事実もあるが。いつものやり取り以外の言葉を発したことにもだ。

「……君は、スターム家の治癒師だそうだな」
「調べたんですか? でも大したことはないですよ。治療してる内に信者ができていっただけです」

半分本当で半分嘘をついた。大したことがあると自分でも思うし、信者は勝手に出来た。一度治癒した患者はだいたいリピーターになる。

「大したことがあるんだろう。俺の友人が言っていた。天使の手と呼ばれていると」
「……その名前、あんまり好きではないんですけど」
「俺の頭痛は、どこに行っても治らなかった。なのに君がやるとほぼ一日頭痛が起こらない。流石に俺でもその名前が正しいことは分かる」
「そ、それはどうも」

堅物と名高いカシミールに褒められると、嫌いな奴とはいえ、悪い気はしてこない。
むしろ少し照れくさくなってくる。
どこを見て良いのか分からず、カシミールから視線をズラした。

「そんな君が、どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」
「え?」
「正当な金額も払っていない俺に、治癒をし続ける理由だ。前にも聞いたが、君が治癒をする目的を教えてくれ」

イヴは内心冷や汗をかいていた。
見返りは求めてないことになっている。しかし目的の部分ははぐらかしたのだ。誤魔化されてくれていると思ったのに、どうして突然こんなことを言い出すのだ。

イヴは焦った。理由は父親が金の無心をするためなどとは絶対に言えるわけが無い。
かと言って、またはぐらかしたとしてもこの目の前の男の眼光に、それは許されないと言われているようだった。

イヴは覚悟した。

「……私が、カシミールさんを好きだと言ったら、引きますか」

イヴはどちらでもいける、バイであった。

男色の気がない男に言うのは、覚悟がいる。どんな暴言が吐かれるのか、分かっているからだ。

イヴは言われたことは無いが、学園の知り合いが「気持ち悪い」と言われているのを聞いて、恐怖を感じたのだ。

例え、このカシミールが嫌いであったとしてもこれが一番効果的な理由であることは間違いない。

無償の愛ならば、さすがのカシミールも騙されてくれるに違いない。

「……それは」

カシミールの目を見ると、黒曜石が煌めいていた。

「本当なのか」

そう言いながら、カシミールの顔は「信じられない」と書いてあった。

イヴはもう少しだと確信した。
この1ヶ月の成果が、報われる時がきたのだ。

「ええ、本当です。でなければ、私だって毎日治癒しませんよ」
「……それは、付き合いたいということか?」
「い、いえ。見返りは求めてないって言いましたよね? カシミールさんが男を好きだとは思ってませんし……」

言ってから、失敗したと思った。
ここで、「そうです」と言ったら付き合えたのかもしれない。

「男を好きになったことは無いな」
「で、ですよね…」
「けど、君の気持ちは受け取った」
「え?」

カシミールは立ち上がった。イヴもそこそこ普通の身長があるが、カシミールが立つと見上げなくてはならない。
こんなところにもスペックの差を感じる。

そして、腕は掴まれたままだったことに気づいた。

「いつもありがとう。 感謝している」

この男に、治癒の力はないはずなのに。

掴まれた腕からゆっくりと注がれているのは、一体なんなのかイヴにはまだ分からなかった。
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