【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸

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戸惑い side イヴ

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イヴ=スタームは、戸惑っていた。
イヴが嘘の告白をしたあとから、カシミールの態度が一変したのだ。

イヴが望んでいた状況と、なんだか齟齬がある。

定時で仕事を終え、いつも通り第1騎士団出入口に向かおうとした。
席を立ち、文官達が出入りする扉を開けた。

「イヴ」

名を呼ばれ、驚いた。カシミールが立っていた。
こんなことは、1ヶ月経って初めての出来事でイヴは目を丸くした。
扉で固まったままのイヴの後ろには、他の同僚が帰りたいために待っているというのに。
そんなことは一瞬で吹っ飛ぶくらい、驚いた。

「後ろがつかえている」

カシミールが、イヴの手を優しく掴んで扉から離そうとしてきた。
つまりそれは、カシミールの身体の方へ引き寄せられるということだ。
運動神経は全くないイヴが、よろける自分の身体を支えられなくて、カシミールの胸にぶつかってしまった。

何が起きているのか分からなくて、またしてもそのまま固まっていると同僚達がゾロゾロと出ていく音が聞こえてきた。

同僚のチクチクとした視線を感じる。しかし、皆カシミールの姿に圧倒されて何も言えずに通り過ぎるだけだった。

足音が聞こえなくなったところで、バッと身を離した。

「す、すみません……!」

イヴはやっと状況を飲み込んだ。
恥ずかしくて顔が紅潮してくるのが分かる。 
イヴはすぐさま謝罪した。
男色の気がないカシミールはきっと機嫌が悪くなる。そう思って身は離したのだが、手は掴まれたままだ。

「いや、俺も引っ張って悪かった。行こう」

そう言って、手は握られたままカシミールは歩き出した。

おかしい。昨日の最後の辺りからずっとカシミールが変だ。
イヴに対して明らかに優しい声色で、優しい言葉をかけてくる。
イヴが「好きだ」といった時から、カシミールから不機嫌な顔が消えたのだ。

イヴは混乱した。
カシミールの態度の変わりように、頭が追いつけない。

カシミールの足のコンパスとイヴのコンパスは違うはずなのに、苦にならない。歩調を合わせてくれているのが分かる。
握っている手も、痛くない。優しく握られているのが分かる。
カシミールの周りから、穏やかな気が流れているのが分かる。

イヴは隣を歩きながら、恥ずかしくて居た堪れない気持ちにさせられた。

手を繋がれていることが恥ずかしいのもあるが、カシミールの方を見れないのだ。

「イヴ、今日は違うところに行こう」
「えっ」

少し頭上からそう言われ、横を向いてカシミールを驚いてつい見上げた。

イヴは信じられないものを見た。

カシミールの口端が、ほんの少しだけ上がっているのだ。
笑っているカシミールが信じられなくて、イヴはますます混乱した。

着いたのは、最初にカシミールと接触した大きな木の下のベンチだった。
ベンチには木陰からほんの少し陽の光が刺していた。
カシミールはいつも通りそこに座ると、イヴも後ろに立とうとした。
けれど、カシミールが手を離さない。

「あ、あの…」

やはり居た堪れなくて、どうしたらいいか分からずにイヴは声をかけた。
手を離してくれないと、直接患部に触れなくては治癒できないイヴは困る。
けれど、カシミールがどういうつもりで手を繋いでいるのか分からなくて、どうしたらいいのか分からなかった。

「イヴ。座って」
「へっ」
「イヴ」
「あ、は、はい……」

どこに座っていいのか分からなかったので、手は繋いだまま、イヴの身体ひとつ分離れて座った。

「……どうしてそんなに離れる?」
「えっ、で、でも!」

カシミールがイヴの方を見ながら、少しだけ機嫌悪そうに言う。イヴはまたしてもどうしていいか分からなかった。

「イヴ」

優しい声色で、けれどどこか悲しそうな声で名を呼ばれ、カシミールを見るとほんの少しだけ眉尻が下がっていた。
イヴはまたしても信じられなかった。鉄面皮のような堅物が、こうも変わってしまったことに。

「ちゃんと隣に座ってほしい」
「ひぇ…」

恥ずかしくて、変な声が出てしまった。カシミールからこんな甘い声を聞くなど、想像もしてなかった。

万が一付き合ったとしても、「ああ」とか、「そうだな」とか、そんなつまらない答えで会話をしていくことになるだろうと思っていたのだ。
まだ付き合ってもない状態で、まさかここまで違うとは思っていなかった。

そういえば、今まで付き合っていた女生徒達はみんな一様に、「優しくて甘ったるい、もっとクールな人だと思ってたのに」と言っていた気がする。

そんなことをグルグル考え込んでいると、手を引かれた。強くない引きに身体は動くことはなかったが、カシミールの方をまた見ると、やっぱりほんの少しだけ悲しそうな顔をしていた。

「わ、分かりました!」

居た堪れない雰囲気に、何とか一度立ち上がり、カシミールと触れない位まで近づいて座った。
そして、手はカシミールの膝の上にあって、イヴは叫び出したいくらい恥ずかしかった。

今まで付き合ってきた女にもこんな甘い雰囲気を出したことはないし、男にも出されたことがない。耐性がないイヴは顔を真っ赤にしてしまう。

「ああああの! 治癒は!」

耐えきれず叫ぶようにイヴは言った。

「今日は要らない。 それよりもイヴのことを教えてくれ」
「え、ええ……?」
「君のことを何も知らない。そんな状態で君のことを好きになったりはできない。だから、話そう」
「……は、はい」

イヴはまたしても混乱した。

こんな甘ったるい空気を出しておいて、これでイヴを好きじゃない?
こんなの、好きな相手に出す空気のはずだろう。

イヴは混乱しながらも、怖くなった。
好きじゃなくてここまで甘いのならば、イヴを好きになった時、一体この男はどう変わってしまうのか。

歴代の彼女たちは、これにやられたのだ。
この甘ったるい、砂糖そのものの空気に飲み込まれて溺れかけて逃げ出したのだ。

「イヴ、君のことがちゃんと知りたい」

彼の微笑みを初めて見た時に、まるで木陰から指す光がキラキラと輝いていた。
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