【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸

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後悔する side イヴ

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イヴ=スタームは、1つ上の兄、スターム家四男のレイリー=スタームのいる治療院に呼び出された。
なんでも、足を欠損した騎士が幻肢痛に悩んでいるらしい。 兄も、欠損部位を治療したが、幻肢痛となると兄でも難しく、イヴに要請がかかった。

イヴはレイリーとは仲が良かった。
レイリーはイヴに直接報酬をくれるし、イヴの力を信者以上に認めてくれていた。
スターム家としては落ちこぼれでも、レイリーの態度は他の兄弟と違った。
信者は、イヴが怪我を上手く治せないことを知らないため、イヴの事をスターム家で最も優れていると言う。

しかし、最も優れているのは、レイリーなのだ。

レイリーは全身やけどでも欠損した部位があって感染してなければ完璧に治すことも出来て、内蔵がぐちゃぐちゃでも復活させることが出来る。
天才とはこういうことか、とレイリーの治療を見た時に初めて思ったほどだ。

イヴは神の手を持つレイリーを尊敬している。

そのため、カシミールに「友人たちと呑まないか」と誘われた時、ものすごく後ろ髪をぐんぐん引っ張られたが、渋々兄の要請に応じたのだ。

尊敬している兄、レイリーの頼みとあれば、イヴに行かないという選択肢はない。
レイリーが強制してきている訳では無い。けれど、イヴはレイリーを悲しませたくはなかった。

「兄様、イヴです」

治療院の最奥、レイリーの私室の前の扉をノックすると、中から返事がしたので扉を開けた。
今日はお付きの者が不在のようだった。いつもは扉を開ける前にチェックされるのだが、人払いされているのだろうか。

入ると、レイリーは椅子から立ち上がってイヴの前まで歩いてきた。

「イヴ。久しぶり、元気にしてた?」
「ええ、元気です。兄様は体調大丈夫ですか?」
「忙しくてちょっとねぇ…まぁとくに問題はないよ」

レイリーはニッコリとイヴの頭を撫でながら話す。
イヴはもう10代も終わるというのにこの歳になってもそれが心地よくて、受け入れてしまう。

「最近は……どう?」

レイリーが言う、どう、とは実家のことである。

イヴがまだ実家から出られていない事を、レイリーはいつも心配していた。
長男はどちらかと言うと父に従っているが、次男、三男、四男のレイリーは父についていけず、家を出たのだ。
レイリーはイヴを連れていこうとしてくれたが、父に阻まれてしまい、渋々こうやってイヴを呼び出して心配してくれていた。

「……兄様、そのことで……相談があります。お時間は大丈夫でしょうか」
「もちろん。イヴの為なら何時間でも!」
「ふふ、ありがとうございます」

レイリーは大袈裟に言ってイヴを和ませてくれる。
心優しい兄に、いつもイヴは癒されていた。

イヴはこれまでの経緯を伝えた。

最近父は投資に失敗したこと。
父に言われてカシミール=グランティーノに近づくように指示されたこと。
父に言われた通り、近づいて治療をしていたこと。
カシミールに近づいた理由は父が金の無心をするためであること。
カシミールに好きだったと嘘をついて、付き合い始めてしまったこと。
そして、それを信じたカシミールは本当に優しくてイヴを好きだと全身で示してくれているのが伝わってつらいということ。
本当のことを伝えようとするけれど、嫌われたくて話せないこと。

レイリーは真剣に聞いてくれていた。イヴの分かりにくい説明でも時折相槌を打っていた。

「……クソ親父は健在か。イヴ、カシミールに話さなくてもいいから、スターム家を今すぐ出るんだ。それが一番手っ取り早い」
「ですが……」
「それでもどうしても理由を伝えたいなら、家を出て誠意を見せた後にするんだ。でなければ、父がカシミールに接触した途端、拗れるぞ」

レイリーが言うことは最もだった。
父の監視が一体どこにあるのか分からないのだ。腐っても昔からある侯爵家であり、イヴの知らない影が何人かいる。
それにバレれば、父はカシミールを呼び出すかもしれない。もしくは父からカシミールに接触する可能性があった。

「……イヴはもう充分家に尽した。私なんかよりも、尽くしたじゃないか。長男はもうあの家から出ることは出来ないが、末のお前は出れるんだ」
「ち、父に……言うことを聞けと」
「イヴ。もうお前は何も出来ない子供じゃない。家を出た後が不安なら、私の家にしばらく住めばいい。父の監視が来たとしてもこの治療院に居れば問題ない」

レイリーに説得され、イヴは俯いた。
レイリーの言う通りだった。
イヴが行動を起こせばいいだけで、イヴが今まで全て受け身で行動した結果、こんなことになってしまった。

「よく考えなさい、イヴ。カシミールと一緒になりたいのならば、家を出るべきだ」

レイリーはイヴに悲痛な表情を見せていた。
イヴを置いていったことにずっと後悔していたレイリーは、イヴがどうすれば幸せになれるか、一緒に考えてくれる人だった。

レイリーと話した後、幻肢痛の治療を行って実家へ帰った。

レイリーの通り、もうイヴは子供じゃない。父の庇護下に置かれる理由はないのだ。
ただ、誰かに従っている方が楽で、そうしてきてしまった。

イヴは後悔していた。

カシミールに嘘をついたことを後悔していた。

明日、カシミールに本当のことを話し、そしてその足で実家を出ることを決意した。

翌日、いつもと同じようにカシミールが定時に終わったイヴを迎えに来てくれた。

そのまま歩いて帰るのかと思えば、カシミールに馬車に乗るように言われた。
不思議に思いながらも、カシミールにエスコートされながら馬車に乗った。

「ど、どこに向かってるんですか?」

隣に座っているカシミールに尋ねる。
馬車の内装は、高そうな装飾が施されていて、イヴはなんだか落ち着かなくなってきた。

「行けばわかる」

そう微笑まれれば、イヴはなにも聞けなくなってしまった。
しばらく馬車に揺られると、やがて到着したのか馬車が止まった。

「降りよう」
「あ、は、はい」

カシミールにエスコートされて馬車を降りると、目の前に美しい光景が広がっていた。

夕焼けの中、一面、色とりどりの花が咲き誇り、空気の澄んだ場所だった。イヴが見てきたどの花畑よりも綺麗だった。

「す、凄い……!」
「気に入ったか?ここは、母が好きな場所でな。……父が母にプロポーズした場所だ」
「えっ! そんな大切な場所なんですか?!」

イヴはカシミールを見て驚く。カシミールはイヴを見て微笑んでいた。
ずっと見られていたのだと気づいて顔が赤くなるのが分かる。

「俺の頭痛の原因を話したことがなかったな」
「え? あ、そういえば」

頭痛の原因を気にしたことは、一度もなかった。

「俺は過去、ここでプロポーズした女性がいた。その後で女性に問題があるのが分かった。それからだ、頭痛がするようになったのは」

イヴは指先から冷えていく感覚がした。
足が震えている気さえする。

イヴは嫌な予感がしたのだ。

カシミールの顔が、ほんの少し歪んで、まるでそれがイヴに向けられている気がしたからだ。 

「その女性は俺の事を愛してなどおらず、金のために俺と付き合っていただけだった」

イヴは自分が上手く立てているのか分からなかった。

「……でも、君が俺に癒しをくれた。本当に感謝しているんだ」
「あ……」

言い出せない。

言えるわけが無い。

今日、全てを打ち明けるつもりだった。

けれど、イヴがやってることと、女性がやったことの違いは大差ない。

言ったら、彼をどれほど傷つけるだろうか。

「まだ付き合ったばかりで、プロポーズという訳ではないが……でもいつかしたいと思う。それを前提に、これからも共に居て欲しい」

イヴは涙を流すしか出来なかった。
カシミールにはきっと、嬉し涙に映っているかもしれない。

けれど、流した涙の正体は後悔だった。
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